79 / 96
第三章 【誓】
【やなぎ】
しおりを挟む海香のドライブをストップしにいった楓のラケットは、海香の上回転ドライブに合わせるように、更に下回転を乗せてネット上すれすれを越え、ネット側ギリギリに落ちた。
当然強烈なバックススピンがかかっていた為、つんのめる程台奥まで手を伸ばし取りに行った海香だったが、それを返す事が出来なかった。
「い……今のはどういう打球だったんでしょうか……解説の桜先輩、お願いします」
「いつから私が解説役になったのよ。まぁいいけど。
今のはストップに行く際、更に回転を上乗せして返す技術だね。近年では【やなぎ】って名前が付けられていて、プロでも多用する人が増えているよ。
ライジング気味に拾いに行くから難しいんだけど、たまに前陣型の人の打球がああなる事、あるよね。これが狙ってやった事なら大したもんだけど……」
「確かに、私もたまにああいう打球打っちゃう事ありますけど、ちゃんとした技だったんですね……」
「【やなぎ】をマスターすれば、かなり戦術に幅ができるよ。上回転、下回転は勿論、横回転でも応用できるからね。
私にはちょっと難しくて無理そうだけど」
「成る程……」
遊佐楓はやなぎは勿論、ストップの事もよく分かっていない。
ただ海香の技術を盗み、更にはどうやれば勝てるかを必死に考えた結果これに至ったに過ぎない。
自ら技を進化させ、モノにした。天才的発想──
──まだ終わってない。携帯に一歩近づいた。携帯を手に入れたら『凶から始まる凶同生活!』を一気観するんだ──
再び楓のやなぎが炸裂する。
今度は上回転──
この発想と応用力は天性のものだ。
【6-5】
「こりゃウチの楓ちゃん、覚醒したんちゃうんか! どう見ても偶然ちゃうやんけ!」
「原海香が育ててくれたんすよ。強くしてくれるのは、練習やチームメイトだけじゃ無いっす。敵や逆境も自分を強くさせるファクターっす。まぁ、今回は感謝しないといけないっすね」
勝負を分からなくする、楓の連続得点。この数分間で格段に強くなっていく楓を前に、海香は何故か嬉しさを感じていた。
──楓ちゃん凄いよー! うちの一年生も凄いし、楽しみが増えたかもー! でも、まだ勝たせてあげない。今日だけは負けられないんだから──
相手を遠ざける海香のループドライブ。真円を描くような美しい軌道で落下し、その美しさからは想像できないほどの回転がかけられた打球。
打ちに行った瞬間、思った方向へ飛ばすことのできなかった楓は、思わず海香を睨みつけた。
──遠くに打ち込んでもカウンター。前に落としても、やなぎによるカウンター。でもねー、カウンターを打たせない事なんて幾らでもできるんだよー。凪咲さんはもっと強かったよ。さぁ、楓ちゃんならどうするのかなー?──
【7-5】
楽しむ事こそ海香の卓球。
迷わない。もうそこには以前の海香は居ない。
■■■■■■
「ねえ、お姉ちゃんはなんで卓球をやってるの? あんなのの何が面白いの? 楓には理解不能なんだけど」
ある日、楓は姉の凪咲にこんな質問をぶつけてみた。
幼心に率直な質問であり、そこに悪意は無い。
「楓は漫画好きだよね? 私には逆にその気持ちがわからないんだけど。だって大体の漫画って結末決まってるでしょ? 戦うやつなら強い奴倒して終わり。ラブロマンスなら結ばれて終わり。ミステリなら謎が解けて終わる。
でも卓球は違うの。先が読めない。どっちが勝つか分からない。勝つも負けるも自分次第。面白いでしょ?」
その言葉に楓は全くピンときていない様子で、次なる凪咲の言葉を待っている。
「まぁそれはスポーツ全般に言える事なんだけどね。でもね、卓球って一対一で行う球技の中で、最も相手との距離が近いんだよね。だから分かるの。
相手の表情や考えてる事、闘志や熱量──
それを小さなボールでぶつけ合う。私が最強だって、ね」
「ふーん」
相変わらず反応の薄い楓だったが、凪咲は自分の考えを押し付ける事はしない。余計な事をしなくても、楓には楓の好きが見つかるはずなのだから。
「楓もいつか出会うよ。自分を夢中にさせてくれる物に」
「漫画ぁ」
「そっかー」
■■■■■■
手を伸ばさなければ取れない場所から、更に逃げていくカーブドライブに飛びついた楓。
──ぐぬぬぬぬぬぬ──
【8-5】
大きなループドライブ。
普通に返しているだけでは一生点が取れない事は分かっている。
ではどうやれば海香から得点が奪えるのか──
──考えろ。考えるんだ。これが漫画だったら最後は私が勝つ筈なんだ。でも違う。これは卓球だから。自分の力でなんとかしないと……負ける──
【9-5】
バックドライブに素早く反応、フォアで拾えるところを敢えてバックで強引に打ち込んだ楓。
予想外の打球に逆を突かれた海香は久し振りに失点を喫した。
【9-6】
──うおっやった……まだいける──
楓の集中力が増していく。
物語の結末は自分で作る。それは漫画では味わえない、自分だけの物語。
対面する海香もまた、楓の変化に気づいていた。
真剣な表情、体から立ち上る熱、我を倒そうと目論むギラつくその目。
その全てが更に海香を奮い立たせてくれる。
──いいねー。そうこなくちゃ。いよいよ面白くなってきたー!──
今日初めての、海香のナックルドライブ。それを危なげながらも返した楓。続くこの打球はどうか──
「でた! 海香先輩の下回転ドライブッ!」
打球がラケットに当たった瞬間、咄嗟にその異変に気付いた楓は、強引にすくい上げるように打ち返す。
──うがぁぁ、落としてたまるかぁぁ──
始めて見るボールだったなら、完全にやられていただろう。
しかし上がったボールは完全なるチャンスボール。すかさず海香が仕留めに来る────
──────。
【9-7】
そこにドンピシャでカウンターが決まった。
勝ちに急いだ海香の首を掻く、会心の一撃──
だが海香も冷静さを失ってはいない。すぐさま得意のドライブで取り返し、遂にゲームポイントを奪い取る事に成功する。
【10-7】
楓にとっては、最低あと三点取らなければならない状況。それも海香が一点を取る前に。
だがやらなければならない。
このままでは到底不可能な状況で、今勝負に出なければ手遅れになる。
やるなら次か──
これまで尽くカウンターを封じてきた海香のループドライブに合わせ、跳ねた直後を狙った楓。狙うはただ一つ。
やなぎ──
「嘘やろ!? その距離からかいな!?」
「そっからネットを越して更に手前に落とすつもりっすか?」
チームメイトですらそれが成功するとは思えなかった。それ程意外で出鱈目なプレイ。しかしそうでなければ海香には勝てない。
ネットすれすれに低い弾道。ボールにはループドライブに上乗せした強烈なバックスピンが残っている──
──越えろぉぉ! お願いだから決まって! ──
感触はバッチリだった。海香はまだ台から少し離れている。これが決まれば一気に流れを引き寄せる事ができるかも知れない。
楓は願う。
この人に勝ちたい──
お願いだから入ってくれ──
静まった会場で、コンコンコンと響き渡る、ピンポン球の跳ねる音が聞こえる。
【11-7】
楓のボールはネットを越える事が出来なかった。
この瞬間、海香の勝ちが決まった。
「ゲームカウント【3-0】で、勝者、原海香さん。お互い握手をして下さい」
審判の最後の言葉の後、海香は握手を求めながら楓に優しく話しかけた。
「楓ちゃん、ありがとー。すごく楽しかったよ、また、一緒に卓球やろうねー」
差し出された海香の手を見て、ぷいっと顔を背け、そのままベンチに引き下がった楓。
完全に嫌われてしまったようだ。
楓がベンチに戻って来るや、水沢夏は右手を振るった。乾いた音が鳴り響き、楓の頬が赤く染まる。
「ちゃんと挨拶するっすよ」
すると楓は自分でもわかっていたかのように無言のまま頬に手を当て、素直に念珠崎ベンチに向かって歩いて行った。
「なっちさん、もしかして凪咲さんにぶん殴られた事根に持ってるんじゃ……」
「お? なんやそのおもろそうな話は?」
「違うっすよ! これは楓ちゃんがこの先、卓球と向き合うのに、絶対に必要な事っすよ。因みにあの時ぶったのは凪咲さんじゃなく、紗江さんっすよ」
「そうでしたっけ?」
頬の椛マークを引っさげ念珠崎ベンチまでやって来た来た楓は、自ら手を差し出し最後の挨拶をやり直した。
「原海香……次は……次は絶対に負けないからな。 必ず倒してやるからな! 覚えとけ!」
「────っうん! 楽しみにして待ってるねー!」
握手を交わし健闘を讃え合った二人。ここにまた、新たなライバル関係が誕生した。
第二試合【3-0】勝者、原海香。
ゲームカウント【1-1】
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜 あやめ
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる