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第三章 【誓】
それを受けるのは
しおりを挟む勝利を掴み帰ってきた海香に、すぐさま乃百合は飛びついた。
その圧倒的強さと対照的な柔らかな可愛さは、乃百合にとって憧れだ。
「凄いです! 流石です! カッコイイです!」
「あははー、乃百合ちゃん重いよー」
他のメンバーも、今までの海香からは想像もつかない団体戦での活躍っぷりに、驚くと共に大きな喜びを感じていた。
「しっかし海香も変わったよなぁ……前は団体戦の度にベソかいてたのによぉ」
「ちょっとまっひー、その言い方酷いよー」
「あははははっ、まぁいいじゃねぇか! 無事に克服できたんだからよ」
「だねー。自分でも何が良かったのかわかんないんだけど、わっ子ちゃんと組んで、何かが変わった気がしたよーな」
「わわわっ私ですか!?」
「そそっ。わっ子ちゃん、ありがとー。わっ子ちゃんがこのチームに居てくれて、私は救われたよ」
「そんなっとんでもないです! 私なんて」
困る和子を見て、一同は一時の和やかな時間を共にした。
そしてすぐにその表情が引き締まっていく。次はダブルス──
「さぁ俺たちの番だぜ、わっ子」
「はっはいっ!」
師弟コンビ復活。
とは言えまひるの手首にはテーピングがガチガチに巻かれており、本当にこの状態でまともな卓球が出来るのか、些か疑問も残る。
だがやると決まった以上、やるしか無い。
ラケットを握り、素振りで感触を確かめた後、まひるは和子の腰に手を回し、決戦の地へとエスコートした。
どんな時でも頼りになる、部長のまひる。例えるならばその性格は虎である。鋭い目と爪で近寄る物を刈り取る、卓上の虎。
それも今となっては手負いの虎だ。そんなまひるの背中を不安そうに乃百合は見送った。
「まっひー先輩……大丈夫でしょうか……」
「腱鞘炎は甘く見てはいけない怪我だけど、一戦……この一戦だけならなんとか。かな」
「桜先輩もよくオーケー出しましたよね? 一番ガミガミ言いそうだと思ったんですけど」
「あのねぇ。私はみんなの為を思っていつも口うるさく言ってるの。損な役回りなんだからね。あと、先生にも言ったけど、責任は私が取るよ。ダメだと判断したら直ぐにやめさせるとも言ったし、無茶はしないでしょ」
「責任ったって……」
「ちゃんと取るよ。まっひーが左手で卓球が出来るようになるまで、つきっきりで練習に付き合ってあげる」
「ひぇ……」
──第三ゲーム──
念珠崎 興屋まひる(二年)&小岩川和子(一年)VS 小国真知(二年)&早田穂笑(一年)
これまで同様、審判のコールの後お互いに握手を交わし試合が始まる────
向かい合う相手は二人。
ダブルスの難しいところは、仲間との、息を合わせる事は勿論、敵である二人の特徴を把握しなければならないところにある。
──相手の小国の事は知っている。右のカットマン。広い守備範囲と、状況判断に優れ、賢い戦い方をするプレイヤーだ。ズバリ俺の苦手なタイプ。もう一人の早田……あんまり情報ねぇな……こればっかりは探りながらやるしかねぇ──
まひるが早田の事を知らないのも無理はない。歳も一つ下なら、実力を付け始めたのもここ最近。
早田はダブルスを組んで開花した、甘芽中の才能の一つである。
まひるの強く速いサーブ。
──よし、この手でもサーブは打てたっ───────ッんな!?
【0-1】
「速いっ!」
「プッシュか」
【プッシュ】相手の打球に合わせブロックを作り、タイミング良く押し込むように相手に返す。言わばショートカウンターである。
早田穂笑のラケット。
それはシェイクハンドの両面に表ソフトを貼ったラバー構成。
スマッシュとカウンターに特化した前陣向けのスタイルだ。
とは言っても、両面に表ソフトを貼る事は非常に珍しい。それは回転で勝負する現代卓球の逆を行っていると言っても過言ではない。
二球目のサーブはさっきよりも強く速いサーブを打ち込んだ。
【0-2】
プッシュされた打球は、和子がびっくりしている間にその横を通り過ぎていった。
カウンターとは相手が速いボールを打ち込めば打ち込む程、返ってくるボールもまた速い。
それは当然のことなのだが、この試合はダブルスである。
卓球のダブルスはテニスやバドミントンとは違い、“ 必ず交互に打球を受けなければならない ’’ というルールが存在する。
つまり──
まひるの打った速い打球を受けるのが、和子という事になる。
まひるが速く強い打球を打てば打つ程、和子が受ける打球が速くなるという皮肉な構図が、僅か二球で出来上がってしまったのだ。
序盤の流れは甘芽中に傾いた。
小国のカットで間を作り、早田のスマッシュとショートカウンターで得点を積み重ねていく。
【1-3】
【2-5】
【3-7】
この結果を受けて、甘芽中ベンチでは先ずは一安心と言った空気が流れていた。
「おっしゃおっしゃ、ダブルスはコッチのもんやな? アタッカーは怪我しとるし、相方も全然やないか」
「事実っすけど、それは今のところはっす。興屋まひるはやる女っすよ。その辺の県大会の選手より全然強いっす。何より、その勝ちへの気迫と執念は相手を飲み込む程っす。まだまだ安心はできないっすね」
「なんや? なっちはん、随分とあの興屋まひるってのを高く買ってるんやな?」
その二人の会話に、ここぞとばかりに池華花が割って入ってきた。
「実はですね、なっちさん、興屋さんに今年の全中の団体戦で完敗してるんですよ。それだけじゃなくて、個人戦の一回戦でも負けたんです」
「うっわー、その気持ちわかるわぁ! 自分に勝った相手が弱いと認めたくないっちゅうやつやな!」
「花っち余計な事は言うなっすよ。それに、興屋まひるは贔屓目なしに強いっす──」
【4-9】
まひるはチラリと隣の和子の様子を伺った。前の風北中の試合でもミスを連発した和子。周りのレベルについていけない事が重石になっていないか気が気ではない。
しかし当の和子はと言うと、案外ケロリとしたもので、まひるの視線に気がつくとこう話かけてきた。
「なんか、まっひー先輩全然楽しそうじゃないです」
ぷくっと膨らませたその頬が愛らしい。
「そ、そんな事ないって」
「また一緒にダブルスを組めて、私楽しみにしてたんですからね。もしかして、手、痛むんですか?」
多少の手首の制限はあるものの、手の痛みはそれ程気にはなっていない。
ただ、速い打球を打てば打つほど受ける和子の事が気になっていただけだ。
だが和子はそんな事を気にしてくれとは言ってはいない。逆にもっと楽しめと、もっと速い球を打てと言っているようだった。
「わっ子、知らないのか? 俺はスロースターターなんだぜ? 振り落とされないように、しっかり付いて来いッ!」
「はいっ!」
【5-10】
──早田穂笑、この俺と打ち合おうってのか? 上等じゃねぇか──
ラリーが続いた所で、隙をついたまひるのスマッシュ。今までよりも一段と速い、思い切りの良い打球が相手コートを襲う。
素早く反応を見せた早田だったが、全くの逆を突かれてしまった。
確かにこっち側に来る気配のあった打球だった筈──
【6-10】
まひる得意のフェイントに引っかかった早田は、まだ自分がなぜ逆に動いてしまったかわかっていない様子であった。
しかし念珠崎は、その後一点を返すも、前半の失点が響きこのセットを落とす事になる。
【7-11】
セットカウント【0-1】
エンジンのかかってきたまひるが躍動し始め、まだまだ先のわからないダブルス。
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