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第三章 【誓】
希望の瞳
しおりを挟む第三セットに入りブッケンは終始翻弄されていた。
【4-8】
第一セット、水沢夏は相手を観察する事に徹した。己の武器を隠し、カットで耐え続け相手の事を分析する時間を作った。
球種や打ってくるタイミング、モーション。苦手なコースや、癖、ひいてはその性格まで。
それらを知った上で第二セットから仕掛けてきた。
相手が攻めに転じるその一瞬の隙を突き、相手に点が取れないというイメージを植え付けた。
──バックサイドに送ったチャンスボール。これにチキータを合わせる事が多いっす。そしてそのモーションの大きさ、バレバレっすね。焦ってそれが顕著にでてるっすよ──
ただ闇雲にカウンターを仕掛けている訳では無い。ブッケンの得意なチキータやバックハンドスマッシュ、フリックに照準を絞って前に出る。そしてそれ以外はカットで凌ぐという、計算されたカウンター。
水沢夏のブロックにまたしても阻まれたブッケンのチキータ。
完全に攻め手を無くし成す術がない──
──じゃんけんで一番強い手は、グーでも無ければチョキでもない。かといってパーでもないっす──
【4-9】
──じゃんけんで一番強いのは “ 後出し ” っす。相手の出した手を見て、それより強い手をぶつける。これより強い手は存在しないっす──
相手に先手を打たせる為に、水沢夏はカットマンの道を選んだ。自慢の観察眼と表裏共に回転の影響を受けにくいラバーの特性を活かし、攻撃をシャットアウトする。
それに加え、緩急を活かしたスマッシュに反転能力とトリックの限りを尽くした正に異質型。
【4-10】
いつしか何をやっても無駄という気持ちからの、自信の喪失。迷いのあるプレー。戦型の崩壊──
──どんなに守っても失点はつきものっす。問題なのは、その失点がどんな失点の仕方だったのか。その内容ひとつで状況が一変するもんなんすよ──
【5-11】
セットカウント【1-2】
追い詰められ、膝に手を付きうな垂れたブッケン。あと一セット奪われてしまえばそこで終わり。
皆んなの夢がついえてしまう──
──第四セット──
カット、カット、カット……繰り返される様なボールの交換。まるでラリーを続けるゲームの様にお互いがカットで打ち返し合う。
どうすればいい──
どうやったら勝てる──
私は勝ちたい──
ただただカットで打ち返すだけの時間が続く。
攻めなければ点は取れないが、攻めれば取られる。
持っている決め球は全て使った。
ひっくり返って叩いてみても、これ以上の技術は今のブッケンからは出てこない。
【0-1】
──諦めない……なんとか乃百合ちゃんに繋ぐんだ……絶対に──
【0-2】
粘るブッケン。カットで打ち合い、なんとか相手のスキを突こうと様子を伺い続ける。
──乃百合ちゃんと約束したんだ──
【1-3】
時間にしても相当時間この二人は戦っている。根負けだけは許されない。
──約束……──
【2-4】
なんとか相手の意表をつく攻撃をしなければ、永遠にこの差は埋まらない。
──約束したんだ……──
【3-6】
負ける…………
このままいったら確実に──
終わる────
粘るブッケンだったが、突如糸が切れたかのように顔をうつ向けた。
そして一言。
「すみません……タイムアウト……お願いします……」
どうする事も出来なかった……
最初は勝てると思っていた。
自惚れていたわけではない。
それだけの気持ちがあった。
それも今となってはどこからそんな自信が湧いてきていたのかさえ謎だった。
すがるようにフラフラとした足取りで向かった先は、親友の乃百合の元だった。
「乃百合ちゃん……私」
「ブッケン、頑張ったね」
「頑張ってるけど……」
「やれるだけの事はやった?」
「うん……」
「やり残した事は無い?」
「…………出来ることは全部……」
乃百合はブッケンの長い前髪をたくし上げ、目を見つめて最後の確認をする。
「諦めはついた?」
「……そんなわけ……無いよ」
それを聞いた乃百合はニコリと笑い、ブッケンの背中を優しく叩いた。
「安心した。 なら大丈夫! 諦めの悪いブッケン程、頼りになる人は居ないよ」
そう冗談交じりに言葉を添えた。
「うん……私……諦めの悪さだけは乃百合ちゃんにだって負けないから」
乃百合にそう言われてはやるしか無い。この人にさえ繋げばいいんだ。
「あと少しだよ、頑張ってね」
「あと少しだね。頑張ってくるよ」
そんな言葉のやり取りを済ませると、短い一分間の終わりを告げられ、ブッケンは再び戦いの場へと戻っていった。
笑顔で送り出した乃百合だったが、ブッケンの居なくなったベンチで悔しそうに拳を握りしめていた。
言葉が出てこなかった──
「ブッケンが苦しんでいるのに、なんて事言ってるんだろ……私。アドバイス一つも言えなかった……あんなのただの精神論だよ……」
「確かにアドバイスらしいアドバイスは私も見つけられなかったけど、ブッケンにとってはあれでよかったんじゃ無いかな?」
「桜先輩……」
「大好きな乃百合ちゃんに励まされて、やる気アップ! ってね」
「今はそんな冗談言ってる場合じゃありませんッ!」
試合が再開されても、なにかを劇的に変えた訳では無いので、当然試合展開も変わらない。
守ってても拉致があかず、攻めればやられる──
絶対絶命の大ピンチ。
とにかく今は凌ぐしかないとばかりに、カットマンに徹して失点を避けるスタイルをとっているブッケン。しかし彼女の卓球は元々攻めるスタイルが基盤となっている。カットを会得した今でも、その攻めを活かす事でここまで勝ち上がってきたに過ぎない。
守っているだけで勝てる程のカット技術は、今のブッケンには無いのである。
【4-6】
「よしっ取れた!」
「今のラリー長かったけど、よく我慢したよね。ただ、リードされてる状況でこのカットの打ち合いに付き合うのは正直厳しいかも……」
続くラリーも非常に長いものとなった。これまでは、長くラリーが続いた末にブッケンが仕掛ける事が多かったが、今はそれが無く、ただひたすらに耐えて耐えて耐え続けるブッケン。
──亀のように縮こまって来たっすか……これじゃあもう怖いものは無いっすね。リードしている私が圧倒的に有利っす。冷静に、安全に試合を運んでお終いっすよ──
【4-7】
最後にミスをしたのはブッケン。
どうしたってつきまとう、ミスというイレギュラー要素が、二人の差を縮めてくれない。
乃百合達もそんなブッケンを見守る事しか出来ないでいた。長い長いラリーを、息をするのを忘れる程に夢中になって目で追っていた。
「まっひー先輩、ブッケン頑張ってますよね……」
「あぁ。凄げぇよ……あんなに長くラリー続けるなんて、負けてねぇ。水沢夏が誘い待ちってのもあるかも知れねぇけどな」
「このまま行ったらもしかしたら……」
「可能性はあると思うけど、それすら水沢夏の作戦な気もするんだよなぁ。現に二人の得点差は、ずっと縮められないでいる。早く何か手を打つ方が、現実的なんじゃねぇかな」
「そんな……何か方法はッ!? 早くなんとかしないと!」
「落ち着け乃百合、今俺達がそれを思いついた所で、それをブッケンに伝える術はねぇ。悔しいけど、今は応援するしかねぇんだよ」
「なんとか……してあげたいのに……」
まひるの言う通り、今の乃百合達にできる事は無い。応援し、信じてブッケンの帰りを待つ事が、今できる最善策だと言い聞かせ、乃百合は再び試合に目を向けた。
「────方法ならあるよ」
そう呟いたのは藤島桜。
その声に一同の目は桜に向けられた。
「この局面を変える方法はあるよ」
「えっ!? 本当ですかッ桜先輩!」
「本当だよ」
「一体どんな!?」
「私もさっきブッケンを見てて思いついたんだけど、あの子は多分、もうその作戦を実行しているよ。この局面をひっくり返す、最後の賭けに出てる──、その証拠に、そういう目をしてるよね」
桜に言われ、乃百合がブッケンの目を見ると、ふとあの時の事を思い出した。
全中にてカットマンスタイルで臨んだ関翔子の試合。
その瞳は、決して諦めない、今では無いそれより先、未来を見つめた──
希望を見据える目──
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