インフルエンス・ワールド

風浦らの

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第一章【光と闇・そして崩壊】

ありえない

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    その光を受けた山吹猿は、大きく雄叫びをあげ、光の発信源である燕にグイッと近づき、その大きな顔を寄せてきた。

    そのあまりの迫力に、燕は体を硬直させ、足のみならず手も全く動かすことが出来なかった。

    肝心のシークレット・ストーリアという言葉と共に放たれた白い光は、結局何も起きた様子は無く、謎のまま。

    「マス……タ…………に…………逃げ…………」

    パティークの絞り出すような忠告にも、燕の体はピクリとも動こうとはしない。
    山吹猿が大きな口から地響きのような唸り声をあげると、燕の背中に鳥肌が立った。

    このままでは食われる────

    誰もがそう思ったが、実際そうはそうはならなかった。

    燕の懐から顔を出しだレイジーが、なにやら山吹猿に語りかけ始めると、驚く事に、山吹猿はパティークを優しく地面に下ろしてくれた。

    「あ……ありがとう」

    燕が言う事を聞いてくれた山吹猿に対しお礼を言うと、心なしか山吹猿が少し照れたような表情を見せた気がした。

    「なんか……よく見ると可愛いかも……この子」

    柔らかい土を踏みしめたパティークは、その光景に呆気にとられていた。
    本来、山吹猿とは、知能が低くとても凶暴な性格をしている。その獰猛さは有名で"自分が目をつけた獲物は限界まで追い回す"というのがこのぜルプスとでの常識だったからだ。

    山吹猿の行動はそれだけにはとどまらない。さっきまでパティークを握っていた掌を燕に差し出し、燕の反応をじっと待っている。

    「乗れ……って言ってるのかな……?」
    「ど、どうだろうか……」
    「また急に襲ってきたりしないよな?」
     
    三人が顔を合わせ迷っていると、レイジーが燕の肩から山吹猿の掌に飛び移った。

    「あっレイジー!」
    「うむ。どうやら乗れと言うこと……らしいな」

    半信半疑ながらも、三人は恐る恐る山吹猿の大きな掌に足をかけると、山吹猿はそれを軽々と持ち上げた。

    そしてそのまま三人を持ったまま歩き出したのだった。

    「運んでくれるのかな?」
    「恐らく……な」
    「おお、これは速いし、楽ちんだな」

    山吹猿の一歩は人間とは比べ物にならない程大きく、当然進むスピードも速い。どうやらレイジーの口利きによって、皆をプラムベリーの近くまで運んでくれるらしかった。
    揺らさないようにゆっくり歩いているとはいえ、流れていく景色はこれまでの10倍である。

    「ところでマスター燕、さっきのアレはなんだ?    そして今のこの状況はどういう事だ?    説明してもらおうか」
    「アレ……アレだよね。うーん。私にもよく分からないんだけど、なんか頭の中に言葉が浮かんできて……確か【秘密の物語シークレット・ストーリア】だったかな。体が光ってる時にこの言葉を言うと、周りに光が走るの。そのお陰かは分からないけれど、私は前回も、そして今回も助かった。って感じかな」
    「マスター燕自身にも効果が分からない、か。ただその話を聞く限りではその言葉には『奇跡を呼ぶ力』があるのかも知れんな」
     「奇跡を呼ぶ!?」

    とてつもない可能性を秘めた力があるかもしれないと聞き、燕は驚いた。

    「そんなに驚くことでも無い。なにせ、マスター燕はこの世界のマスターなのだからな」

    本当に自分にそんな力があるのだろうか。それに、一言『奇跡を呼ぶ』と言っても、ざっくりし過ぎている。
    ならば本当にそうなのか、試したくなるのが人というもの。

    例えば今ここから飛び降りたとして、直ぐに奇跡を呼ぶ力を発動すれば無傷でいられるのだろうか────とか。

    そんな好奇心から、そっと片足を山吹猿の手から投げ出した燕だったが、勘づいたパティークに「馬鹿な真似はよせ」と止められた。

    燕には、いつかは分かる事だと自分に言い聞かせるも、やっぱり力の事が気になってモヤモヤした気持ちが残った。
    どんな効果があるのか、はたまた実のところ、全てはたまたまで実際はなんの効果も無かったりするのかだろうか────


    山吹猿に運ばれる事、約一時間。  
    パティークが二人に声を掛け遠くを指さした。

    「見えてきたぞ。もうすぐプラムベリーだ」

    促された燕の目に映ったのは、リーヤ村とは比べ物にならない程の家々が建ち並んだ、紛れも無い『町』だった。

     「大っきい……ゼルプストにもこんな場所があるんだね……」
     「プラムベリーはゼルプストで三番目にカラクターが多く集まっている場所だ。ここなら例えコチトラ達と会えなかったとしても、何かしらの情報が得られるかも知れんな」
    
    そんなパティークの言葉に、燕は大きな期待感を抱いた。

    その時─────

    プラムベリーのある方角から、爆発音のような音が聞こえてきた。

    「ちょ、今、なんか──────」

     徳が異変に気づき声をあげると、プラムベリーのある場所から、数回光が放たれた。
    更にはうっすらと、煙の様なものが立ち上っているようにも見える。
    明らかに様子がおかしい────

    「燕、山吹猿にここで下ろして欲しいとお願いしてくれ」
    「えっ、ここでいいの?    急いだ方がいいんじゃ…………」
    「いや、何か様子がおかしい。山吹猿の巨体では目立ちすぎるし、何より、山吹猿はゼルプストでは危険な存在だ。この子の為にもあまり近づかない方がいいだろう」
     「そ……そっか……そうだよね…………
     ね、ねぇ山吹猿さん、ここで下ろしてもらってもいいかな?    ここまで運んでくれてありがとう。とっても助かったよ」

    燕が山吹猿に話しかけたすぐ後に、レイジが山吹猿に通訳するかのように話しかけると、山吹猿はその場に立ち止まり三人をそっと地面に下ろしてくれた。

    「あ、ありがとう。最初はちょっと怖かったけど、本当は優しいいい子だったんだね。ここまで本当にありがとう。またどこかで会えたら、その時は一緒に遊びましょ」
    「本当に未だに信じられない。まさか山吹猿がこんなに大人しく言うことをきくだなんて……私も少し考えを改めなければならないのかも知れんな。ともかく、今は礼を言っておこう」
    「ありがとう、山吹猿。凄く楽させて貰って。なんか困ったら俺達に相談してくれよな?    今度はこっちが手助けしてやるからな」

    三人がお礼を言うと、山吹猿は控えめに鳴き声を上げ、元来た道を引き返していった。

   「なんか、ちょっと寂しいね」
   「そうだな。だが、今は急いだ方が良さそうだ」
    「よし、じゃあ、急ごう!」

    三人はプラムベリーに向けて再び歩き出した。

    もうすぐコチトラ達と再会出来る────
   しかしなにかが起きている事は間違いない。
    妙な胸騒ぎを感じながらも、燕は一歩、また一歩と進んで行った。
    
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