隣人はタコでした。~魔物の異世界帰還を阻む無自覚スキル持ちの話~

手羽本 紗々実(てばもと ささみ)

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第1章 タコ、現る

閑話 Side-T ② ~黒魔術には黒魔術で対抗を~

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 魔物に仮装をして、菓子類をねだりまわる珍妙な祭り――ハロウィンなるものが近づいてきた頃。巷では、ある病が流行りだしているようだった。

 その症状は、多種多様。咳が出たり、鼻水が出たり、喉が焼けるように痛んだり、体のあちこちが痛くなったり、熱が出て動けなくなったりするそうだ。

 私が働くスーパーでも、それにかかって調子が悪いとぼやく者が数人いる。病欠する者がそれほど多くないのが幸いと言うべきか。


「風邪、流行ってるねぇ。そろそろワクチン打っといたほうがいいかなぁ」

「インフルでしょ? 私はもう予約したよ」

「えー! 早いね」

「だってうち、今年……っていうか、来年か。孫が受験だから」

「やだ、大変。それは気を遣うね」

「そうなの。それで、うちの旦那がさ……」


 客と同胞の会話を盗み聞き――自然に聞こえてしまったのだからしかたない――しつつ、私はため息をついた。


「タコさんじゃないの。久しぶりだねぇ。あのさ、ゴミ袋ってどこにあったかな?」


 商品が入った箱がのった手押し車を運んでいると、毎日のように見かける老いぼれに見つかり、声をかけられた。

 しかたがないので、希望の商品がある場所に先導してやった。前も同じ質問をされたような気がするが、こやつは記憶の力でも欠如しているのだろうか?


「どうもありがとう。いや、まいっちゃってねぇ。ゴミ袋、まだあると思ったんだけどなくなっててさぁ。女房は風邪ひいて寝こんじゃってるし。あ、そうだ。パックのお粥も買っていこうかなぁ」


 その話は、昨日も聞いたぞ。やはり、記憶力が欠如しているのだな。これもおそらくは病の一種だろう。

 ついでに、「れとると」の食品が並んでいる棚にも案内。まだなにかぶつぶつと勝手に話している老いぼれを放置して、品出し作業に戻った。

 まったく、これだから人間は。

 なんてか弱い生き物だろうか。魔王グリアロボス様から加護を与えられた私は、当然病などに屈しない。皆もあの方に忠誠を誓えばいいものを。

 気を取り直して、品出しに意識を集中させる。しかし、ハロウィン仕様のパッケージの菓子を手にとったとき、怒りがわきあがってきた。

 牙をむき出しにして噛みつこうとしている魔物。薄汚れた肌にツギハギだらけの顔の魔物。白くて足がない体に目と口がついている、恐ろしさのかけらもない魔物。その他、人間の想像によって生みだされた魔物たちが描かれている。

 ばかにしているのか!

 こんな弱そうな見た目の魔物が、いてたまるか。これが商品でなければ、墨をまきちらして腕で叩き潰して、一つ残らず粉々にしていたところだ!

 そんな気持ちを抑えつつ、丁寧に棚へと並べていく。すべてを箱から出し終わって、確認。整然とならんだ姿を見て、少しだけ気分が上向いた。

 そんな次の日の話だ。私は、ある奇妙な事態にみまわれた。

 その日は仕事が休みだったので、棲家にこもって料理の研究をしようと決めていた。しかし、隣の部屋から立てつづけに聞こえてきた音に、違和感をおぼえた。

 今のは、咳の音だ。

 よもや、隣のあの人間――忌々しい謎めいた強力なスキルをもつ者、ナゼアユムも病にでもかかったのか。情けない。時空を歪めるほどの力をもっていようとも、所詮か弱い人間には違いないのか。

 呆れながら、「ずんどうなべ」なる大振りの鍋をコンロに置く。そのとき、気づいた。

 これは、最大の好機ではないか? 病により弱っている今なら、スキルがうまく発動せず私の魔法が効く公算が高いはずだ。

 これまで、幾度となく跳ね返されてきた私の魔法。警戒心を抱かれないように――スキルの効力を極力抑えた上で私の特製料理を口にするようにと、接し方にも工夫をこらすようになった。奴の行動を監視し、不自然ではないかたちで可能なかぎりそばにいて、好機を逃さないようにしていた。

 我が魂の故郷である海にて、喉が渇いた頃を見計らい、刺激が強いがしかし甘い味のする「ラムネ」を与えたときは、さすがに多少は効果があると期待した。が、結果は見てのとおりだった。

 他に打つ手はないのかと、心が折れかかっていた矢先に訪れた、この好機。絶対に逃がしてなるものか!

 踵を返し、外に出る。奴の部屋の前に移動し、呼び鈴へと腕をのばした。しかし、そこでもう一つの重要な部分に気づく。

 体が弱っている生物は、本能的に警戒心が強くなる。正面からむかっていっても、非道な手段「いるす」を使ってくる可能性が高いのではないか。

 正攻法では奴のテリトリーに侵入するのは難しいと考えた私は、一旦棲家に引き返した。そして、突き当たりにある窓を開けてベランダに出て、窓枠をつたって隣の奴の棲家の窓の前にぶら下がった。

 カーテンは閉まっているが、わずかに隙間が空いている。そこから部屋の中をのぞいていると、不意に部屋の中にいた奴――ナゼアユムと目が合った。

 びっくりさせるな、と言いながらも、奴は窓を開けて私を招き入れた。

 こんな易々と私を中に入れてしまうとは。やはり、体が弱っているせいで思考が正常に働かないようだ。内心しめたと思ったのも束の間、見回した内部の様子にぎょっとした。

 なんだ、この汚い部屋は。

 脱いだ服が散らばっていて、口がしばった状態の満杯のゴミ袋が二つも放置されている。棚には、ホコリがつもった箇所がいくつもあった。

 この邪悪な環境は……まさか、黒魔術の儀式でも行うつもりか!?

 ありえない話ではない。普段の生活実態については、未だ不明な点が多いのだ。奴にその心得があるとは思えないが、万が一にも自身の力を増強させる魔術でも使われたら、こちらとしてはいよいよ打つ手がなくなってしまう。

 失敗できる余地は、もうあまり残されていないのかもしれない。一刻も早く対処せねば。

 気を引き締め、弱った体に最適の料理を考え、煮こみうどんを作った。これは、栄養価が高く消化にもいい料理の一つだ。つまり、その栄養に魔力を上乗せすれば、効率よく吸収されるはず。そして奴は、たちまち私に屈するだろう。

 ナゼアユムは、若干ためらいつつもうどんを口にした瞬間、反応を見せた。激しく咳きこんだのだ。

 いけるぞ。もう少しだ。そら、早く飲みこめ。そして、私に服従を示すのだ!

 ……しかし、結局それ以上の変化は見られなかった。またしても、失敗だった。

 なぜなのか、と項垂れる暇はなかった。これ以上余計なまねをされないように、部屋を片付けなければならない。せめて、黒魔術の儀式だけはさせないように、と。

 邪気がたまりがちな、風呂や「といれ」なる排せつ場などの水回りは、特に念入りに掃除。日の当たりにくい場所は、極力物を置かないようにして風通しをよくする。さらには、無造作に詰めこまれていた引き出しの中身を一旦全部出し、どこになにがあるのか一目で分かるように整理した。

 すべてを終え、達成感に満たされつつ奴を見ると、寝床に横になった状態で顔を引きつらせていた。

 ふん。どうだ、参ったか!

 もはやここは、黒魔術の儀式を行うにふさわしい環境ではなくなった。儀式のために精一杯環境を整えたであろう奴が、悔しがっているのが手にとるように分かる。せいぜいもがき苦しむがいい。

 最後に、置き場所を変えたものについてのメモを書いて残した。そして、いつの間にかすっかり抵抗する余力を失い、穏やかな眠りについた奴の姿を、棚の上にのぼって見下ろしてから部屋をあとにした。

 自身の棲家に戻り、扉を閉めてすぐに項垂れる。さらなる状況悪化は防いだが、事態はなに一つ進展してはいない。

 まだなにかが足りないようだ。狙いどころは、間違ってはいないはず。となれば、私の料理に未熟な点があったのかもしれない。

 次こそは、と決意を込めて顔を上げ、改めてきっぱなしだった「ずんどうなべ」と向きあい、作業に入った。
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