隣人はタコでした。~魔物の異世界帰還を阻む無自覚スキル持ちの話~

手羽本 紗々実(てばもと ささみ)

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第2章 タコ、明かす

13話 頭の中で思考が回らないせいで

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 ぼんやりとした状態のまま帰宅。玄関に入ってすぐのところで、背中から下ろした仕事用のリュックを足元に落とす。

 あれは、本当になんだったんだ?

 確かにはしごは、傾いて地面にむかって倒れていった。しかし、気づいたときには倒れる前の状態に戻っていた。

 俺は、なんとかケガを最小限におさえようと必死だったので、目はしっかり開けていた。死角になったところでなにかがあったとしても、ほとんど倒れた状態のはしごと俺を元の位置に戻せるほどのなにかが、あのわずかな時間に起こったとは考えられない。

 とった風船とはしごを返すために戻ったとき、誰に聞いてもあいまいな返事しかもらえなかった。みんなも、なにが起こったのか分かっていない様子だった。

 せめて、誰かが動画でも撮影してくれていたら、分かったかもしれないのだが。それを探すほどの気力は、今の俺にはなかった。


「わっけわかんねー……」


 独り言を呟き、頭を乱雑にかきながらようやく靴を脱いで自室にあがった。

 落としたリュックをもってベッドの脇まで移動したところで、玄関のチャイムが鳴った。

 誰だろう、と訝しがるも、すぐに思いついた。十中八九、あのタコだろう。


「はーい……あ、やっぱり」


 来訪者は、予想どおりのロンさんだった。

 しかし、今回はいつもと違って、おすそわけの料理をもっていない手ぶらの状態だった。別にそれを当たり前のように思っているわけではないが。


「お疲れ様です。どうでした、売上は」


 尋ねたが、ロンさんからの反応はなかった。

 俺が開けた玄関のドアの隙間から中に入ってきて、どこからか出してきたレースのハンカチで八本の足を一本ずつ順番に拭いて、部屋にあがった。きれい好きか。


「えっと……? どうかしまし――」

「やっと分かったぞ」

「……は?」


 どこからか、俺ではない者の声が聞こえた。

 ロンさんがこちらを振り返って、一本の腕を俺を指すように突きつけた。


「貴様は時間遡行のスキルをもっているのだな?」


 続けて聞こえた声は、妙に高い声だった。まるで、アニメに出てくる人の言葉をしゃべる小動物が発しそうな、柔らかくて高い声だ。

 思わず周囲を見回すも、他にそんな声ないしは音が出るものはなにもなかった。とても信じられないが、今の声はこの目の前にいる、マンガに出てくる殺し屋並に目力が強くなったタコが発したもののようだ。

 っていうか……


「あんた、喋れたのかよ!?」

「当たり前だ。今までは確信がもてなかったから、安易に正体を明かすわけにはいかなかったのだ」

「正体って……」


 俺は混乱しながらも、確信した。

 やはり、俺はおかしくなかった。おかしいのは、こいつとこいつを受け入れている周りの奴らだったのだ。

 タコは、二本の腕を絡めて腕組みをして、少しだけ顔を俯けた。


「ずっと不思議だったのだ。私の魔法が通用しないのは、間違いなく貴様のスキルのせいだとは分かっていたが……」


 勝手に納得したかのように、二度頷くタコ。すると、ふとこちらを見上げて首を傾げた。


「なんだ、その腑抜けた顔は?」

「あんたのせいだよ! っていうか、勝手に話進めんな!」


 抗議すると、タコは訝しげにぎゅっと眉間にシワを寄せて、首をゆっくり横に振った。


「まったく……これだから、人間は。理解力が乏しくてかなわん」

「こんな状況、すぐ理解できる奴なんかいねーよ! あと、今までずっと謎だった生物に突然話しかけられて冷静でいられる奴なんて、そうはいねぇからな!?」

「致し方ない。お前のために一から説明してやろう」


 完全に上から目線の口調に腹が立ったが、その点は無視して、ひとまず寝室に移動した。壁に防音効果はあるとはいえ、玄関先で騒いでいたらさすがに外にもれて近所迷惑になってしまう。


「まずは、私が一体なんなのか。知りたいのだな?」

「……別に知りたくねぇけど」

「教えてやろう」

「いや、聞けよ」


 タコは、飛び上がってタンスの上に乗った。素晴らしいジャンプ力だ。


「私はロンギヌス二世。かの偉大なる魔王・グリアロボス様から寵愛を受けた、唯一無二の下僕だ!」

「……はぁ」


 一本の腕をのばし、斜め上を見てポーズを決めて言ったタコには悪いが、俺にはさっぱり分からなかった。

 こいつがもしタコではなく人間だったら、ただの頭がおかしい輩で済んだのだが。


「誰だよ、グリ――なんとかって」

「知らんのなら、今この場でしかと頭に叩きこむがいい。グリアロボス様は、いずれ我らが世界の支配者となるお方だ」

「あーそうですか」


 俺はタコから視線を外して横に目を向け、頭をかいた。早くも、この状況をどう終わらせるべきかと考えはじめていた。

 それを察したのか、タコがタンスから飛び下りて、俺の目の前に移動した。


「信じるか信じないかは貴様の自由だ。だが、貴様はすでに事実を目の当たりにしているだろう。疑いようのない事実を」

「疑いようのない事実?」

「そうだ。私が貴様の目の前に存在している。それで十分ではないか?」

「……それは……」

「貴様らの感覚で言えば、私は『タコ』なのだろう? タコは陸上――そこらへんに生息しているのか? 今までそんな奴を見たことはあるのか?」

「…………」


 ずっと気になっていた部分を指摘されて、俺は言葉を失った。


「あるわけがないだろう! 私はグリアロボス様の下僕! そのへんのか弱い生物とはわけが違うのだからな!」

「分かった。それは分かったけど。で、なんでそんなお前がここにいるんだよ?」

「決まっているだろう。グリアロボス様の命により、人間どもを偵察しにきたのだ」

「偵察?」

「そうだ。人間どもを恐怖の底に陥れる算段を立てるためにな。怪しまれて邪魔されないよう、魔法で意識を操作してある」

「魔法で意識操作って……」


 そうか。だから、他の人たちはこのタコを平然と受け入れていたのか。大家さん、近所の人たち、スーパーの人たち。そして、前田や支倉さんまでも。

 待てよ。だとしたら、俺は?


「なんで俺にだけその魔法をかけなかったんだ?」

「かけたに決まってるだろう! 効いていないのは、ことごとく貴様がはねかえしているせいだ!」

「は……? 俺が、魔法をはねかえしてる?」

「……やはり無自覚か。なんて危険な」


 嘆かわしい、とばかりに、タコは首を横に振った。


「先に言っただろう。貴様は、時間遡行のスキルをもっているのだ」

「時間遡行って、なんだよ」

「先程の『ふりーまーけっと』での出来事。忘れたわけではあるまいな? 高所から落ちるところだったのに、いつの間にか元の位置に戻っていただろう」

「……!」


 身振り手振りをまじえながら言われると、途端にあのときの不思議な感覚が蘇った。

 落ちる、と思った瞬間、はしごを上りきったところまで戻っていた。あの妙な感覚は、忘れようとしても忘れられない。実際、つい先程まで頭の中はそれでいっぱいだったのだ。


「時間遡行。すなわち、起こった事象を取り消して元に戻す……『キャンセル』とでもいうべきか。それが貴様のもつスキルだ。スキルとは、自身の命を守る際、意思の有無に関わらず最大限発揮される」

「スキルって……そんなマンガみたいなこと言われても」

「『まんが』とはなんだ?……否、今はどうでもいい。もはや疑いの余地はないはずだ。私のを食べても平気でいられたのも、そのためなのだからな」

「……は?」


 非現実的としか思えない話で混乱する中でも、その言葉ははっきりと聞こえていた。

 今、なんて言った?「魔力を込めた特製料理」って言ったか?


「お前……っ! やっぱなんか仕込んでたんだな!?」

「なんか、ではない。私の魔力だと言っている」

「魔力ってなんだよ!? なに俺に食わせてんだ!」

「初めて会って触れた瞬間に弾かれた。あれを見て、外側ではなく内側からアプローチしていく必要があると判断した結果だ」


 タコは、ふん、とまるで鼻で笑うかのように、息を吐いた。

 待て待て待て! 毎回のように食べた瞬間に「雷に打たれたような衝撃」を感じていたのは、こいつがかけた魔法を弾きかえしていたからなのか!? そうとは知らずに、「うまいうまい」と言って食べる俺……ばかか!?


「食材、味つけ、食べさせるタイミング……今まで膨大な時間を研究のために費やしてきた。なのに……どうしてくれるんだ!」

「それはこっちのセリフだよ!!」


 少し間を置いてこちらを横目で一瞥したあと、完全に振り向いてキリっとした目で一本の腕の先を突きつけ叫んだタコに、同じように声を張って抗議した。もはや、近所迷惑など気にしている場合ではなかった。

 魔法がかかっていたらしい異質な料理を、喜んで残さず食べていた過去の自分の警戒心のなさに、頭を抱えるしかなかった。
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