隣人はタコでした。~魔物の異世界帰還を阻む無自覚スキル持ちの話~

手羽本 紗々実(てばもと ささみ)

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第2章 タコ、明かす

18話 作戦を練るために必要な

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 詳しい話はあとで聞く、とロンに言われ、俺は風呂に入った。

 さっさと体を洗って、たっぷり湯を張った浴槽に体を預ける。普段はシャワーで済ませるほうが圧倒的に多いが、冬が近づくこの頃は、こうして湯船につかるのはとても気持ちがよかった。


「はー……」


 思いきり、息を吐く。

 不意に、右手の甲の傷が視界に入る。しばらく見つめたのち、今度はため息をついた。

 風呂から上がって、髪をタオルで拭きながら寝室に行こうとしたら、


「髪はちゃんと乾かしてこい。またカゼをひくぞ」


 お母さんのような注意をされた。

 大人しくドライヤーで乾かしてから寝室にいくと、すでに夕食の用意が整えられていた。

 今日のメニューは、ホイコーローとワカメスープらしい。

 盛りつけられたホイコーローの皿、白飯の茶碗、スープが入ったカップ。カップだけ二人分置いてある。いずれも湯気が立っていて、一番うまいできたての状態なのだと一目で分かった。

 腹の虫をおさえつつ、クリニックでもらった新しいガーゼを傷口に当てて、切ったテープを貼った。明日の朝にまた替えるので、寝ている間にはげないようにすればいいだけ、と思っててきとうに貼ったのだが、またしてもロンからダメ出しをくらった。


「ヘタクソめ。そんな雑な貼り方でいいわけがないだろう。貸せ」


 ロンは、俺が貼ったテープをはがし、ガーゼの位置を微修正。そして、角がしっかり隠れるように、ガーゼの二つの長辺にテープを貼った。


「……こんなことまで得意なのかよ」

「得意ではない。万が一のときには必要だから、身につけるよう努力したのだ」


 努力、の部分を強調されては、ぐうの音も出なかった。

 気を取り直して、ほかほかの料理の前に座る。


「では、食事の前に話だ」

「は? いや、これお預けは地獄なんですけど」

「『ながら食べ』はよくないだろう」

「そりゃ、『スマホ見ながら』とかだったらよくないかもだけど、『話しながら』は別にいいんじゃねぇの?」

「……食べながらでは話がおろそかに――」

「ならねぇって! ちゃんと聞くし、話すから!」

「…………」


 ロンは、訝しげな視線を向けてきたが、最終的には納得してくれたようで、頷いた。

 一応、きちんと手を合わせて、「いただきます」と言い、箸をとった。

 味は、相変わらず最高だった。ホイコーローは、豚肉が柔らかくて、しかしキャベツには適度なシャキシャキ感がある。甘辛い味噌ベースの味は、白飯に合わないわけがなかった。

 ワカメスープは、ホイコーローにあわせてあっさりした中華風味だった。ワカメは、噛むと歯ごたえが感じられるので、おそらく乾燥ワカメではなく生ワカメを使っているのだろう。安易に妥協しない姿勢に感服する。

 きちんと話を聞く、と約束した手前、飲酒は控えるしかなかった。このメニューだったら発泡酒が……だめだ、考えるな。今日は休肝日だ。


「では……今日あったことについて、話を聞かせてもらおうか」


 ロンは、ワカメスープを半分ほど飲んだあとで、口を開いた。

 タコは海藻も食べるのか、と感心しつつ、口の中のものを飲みこんで、一旦箸を置いた。


「今日触れたのは、昨日触った四人のうちの二人。しかもどっちも女性」

「二人? 女は一人ではなかったか?」

「ああ。うち一人は、毎日は会わないから可能性低いんじゃねぇかなって思ってた人」

「なるほど。たわけの判断ミスで、危うく当事者だったかもしれぬ者を除外するところだった、というわけだな?」

「……まぁ、うん」

「たわけが」

「二回も言わなくていいだろ!」


 ロンは、完全に俺をばかにしたように鼻で笑って、カップのスープを飲んだ。

 奴の言うとおりなので、反論はできないが。


「その者とは、どれくらいの頻度で会うのだ?」

「んー……マジな話、多くても週二ってレベルじゃねぇかな」

「なんだと? 本当に社員なのか?」

「臨職。いろんな資格の勉強してるから、そんなに仕事には入らねぇんだよ」

「…………」

「な? 違うかもって思ってもおかしくねぇだろ?」

「一理あるな」


 認めたくないのか、ロンは俺から視線を外して、少しだけ残ったスープを見つめた。

 ロンが考え事をしている隙に、俺は食事を再開して、残っていたものをすべてたいらげた。おかげさまで、今日も大満足な夕飯だった。


「もう一人のほうは、どんな奴だ?」

「もう一人……は、社員だし事務員だからしょっちゅう――てか、仕事の日はほぼ毎日会うよ。本当にあの二人のどっちかだったら、そっちの人のほうが可能性的にはずっと高いと思うんだけど?」

「確かにそれは言えるな。少なくとも接近しなければ、スキル同士が干渉などしないはずだからな」


 腕組みをして頷くロンを見ていたら、ふとある疑問がわいてきた。


「なぁ。そういえば聞いてなかったけど、別のスキルの持ち主とやらが分かったら、そのあとはどうするんだ? その人とも契約結ぶのか?」

「それも手だが、効果が出ない可能性がある」

「効果が出ないって……なんの効果だよ?」

「その前に……片付けだ! すぐに洗わねば、汚れがこびりついて厄介だろうが!」

「あ、はい」


 ビシッと音がしそうな勢いで一本の腕を突きつけられ、素直に言われたとおり使った食器を流し台まで運び、洗った。

 水気を拭きとって食器棚にしまうのは、ロンがやってくれた。体を支える用に二本を足にして床につけて、残りの六本の腕を効率よく動かしていた。布巾でふいて、棚にしまって、そうしている間にまた別の食器を手にとる。よくまぁ、絡まらずに済んでいるな。

 そして、改めて寝室のテーブルの前に座る。ロンが湯飲みにほうじ茶をいれて、もってきてくれた。


「緑茶じゃねぇんだ?」

「ばかめ。緑茶には、眠りを妨げる『かふぇいん』なる物質が含まれているのだぞ。寝る前に飲むなど、愚の骨頂だ」

「栄養成分まで把握してんのかよ」

「当然だ。貴様が無知なだけだ」

「そーですか」


 てきとうに流しつつ、ほうじ茶を一口。そして、肝心の話を再開する。


「で、効果が出ないっていうのは?」

「……複数の者と契約を結べば、契約主である私の魔力がそれぞれに分散される。つまり、一人に対して使える魔力が、それだけ減るのだ。そうなれば、スキルの制御がうまくきかなくなるかもしれん」

「あー……なるほどな」

「だから、今度はお前が服従させるのだ」

「……なんて?」

「お前が服従させるのだ」

「同じこと二回言われても理解不能なんですけど」


 思わず、ほうじ茶を飲もうとして湯飲みを持ちあげた手が止まった。

 服従って、なんだよ。動物園とか水族館の調教師じゃあるまいし。


「分からん奴だな。お前の手で、そやつを下僕とするのだ!」

「するのだ、じゃねぇ! 無理に決まってんだろ!」

「行動に移す前から無理と言うのは、怠惰な愚か者の証だぞ。なにが無理なのだ?」

「なにもかもだよ。そもそも、俺そんな偉い立場じゃねぇし」

「立場は関係ない。それに貴様、二人とも女だと言ったな?」

「言ったけど?」

「ならば、都合がいいではないか。その女を伴侶とし、貴様が主導権を握ればいい」


 さらっと、とんでもない言葉を吐いたロンを、口をあんぐりと開けて見つめた。

 鈴原さんか支倉さんを、伴侶って。いや、その前に彼女だろ。どちらかを……彼女? 俺の彼女に、だって?

 断言する。無理だ。


「なぁ」

「弱音を吐いている暇はないぞ。これからどうするかを考え――」

「お前、帰らなくてもよくね?」

「……なっ!? なにを言う!?」


 ロンが、動揺したのか湯飲みを危うく倒しそうになり、少し茶をテーブルにこぼした。


「や、最初はなんだこいつって思ってたけど、もうだいぶ慣れたし。俺はいっこうに構わねぇよ? 飯うまいし、他の家事だって……あ、ちゃんと食費は出すからな?」


 なぜかおぼつかない手つきで、こぼれた茶を黙ったままティッシュでふくロンを見ながら、続けた。


「っていうかさ。お前の魔法、俺には効かないって言ってたけど、ちゃんと効いてるぞ?」

「……なに?」

「料理の魔法。俺、もうすっかりお前に胃袋つかまれちまってるから。間違いねぇって」


 笑って言えば、ロンは俺を見つめたまま、固まった。続けて、「な?」と、言ってとどめを刺す。

 しばらくして、ロンが俺を見つめたまま、腕を伸ばして――首にからみついてきた。


「うまいことを言ったつもりか!! 自分が苦労をしたくないからといって、私を犠牲にするつもりだな!?」

「犠牲とかじゃねぇって! マジだって!」

「まだ言うか! 私は騙されんぞ!」

「いてっ! ちょ、吸盤貼りつけんな……っいってぇな!」


 ロンは、俺の肩の上に乗り、腕を俺の首にからみつけたり、頭をバシバシ叩いたりした。

 顔に当たると、吸盤が貼りつく。それが勢いよく離れると、皮膚ごとはがれるのではないかと思うほどの痛みが走った。

 ロンの怒りが落ち着いたあとで鏡を見てみると、吸盤が当たったらしい箇所が赤くなっていた。タコの吸盤、恐るべし。


「よいか。次また同じような戯言を口にしたら、その程度では済まないと思え」

「はいはい……肝に銘じておきますよ」


 顔を真っ赤にして――元々だが、余計に――怒っているロンを見た後、奴に背を向けて、こっそりため息をついた。

 鈴原さんか、支倉さんを落とすなんて。一体どうすればいいのだろうか。
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