隣人はタコでした。~魔物の異世界帰還を阻む無自覚スキル持ちの話~

手羽本 紗々実(てばもと ささみ)

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第2章 タコ、明かす

19話 心も体も凍てつくような

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 寒さが苦手らしいロンに付き合わされて、「家具のコウノトリ」にでかけるなんてちょっとしたイベントがあり、少しは気が紛れた。

 とはいえ、やるべき課題がなくなったわけではなかった。


「一方の女とは、あまり会う機会がないと言ったな? ならば、まずは顔を合わせやすいほうの女と接触してみろ。可能な限り、長い時間だ」

「またケガでもしろってか?」

「方法は任せる。ただし、くれぐれも自然な雰囲気の中で、だ。怪しまれてしまえば動きにくくなってしまうからな。それで万が一、その女がスキルの主だったら目も当てられない」

「それは分かるけど……相手が相手だから、その『自然な雰囲気』がいつできるか分かんねぇぞ。気長に待っててくれるか?」

「しかたない。ただ、無駄に時間を浪費する気はないぞ。妥協せず、機会を常にうかがうのだ。いいな?」

「……善処する」


 これぞまさしく、「Yes or はい」か。

 鋭い目で見つめられ、拒否する選択肢は存在しないと悟った。

 希望して作ってもらったカレーをおかわりして、満腹になって眠りについた次の日。


「あああああ」


 アパートから駅まで歩く途中で、思わず顔を手で覆って声を出した。

 通行人から怪訝そうな目を向けられつつも、そうせずにはいられなかった。

 だって、あの支倉さんと鈴原さんだぞ? 二人のうちどっちかを、恋人にしなきゃいけねぇんだぞ!?

 自慢ではないが、俺はれっきとした(?)「彼女いない歴イコール年齢野郎」である。

 バリバリ仕事をこなす、おしとやかな支倉さん。

 明るくて元気で、仕事にも真摯に向きあう社長令嬢の鈴原さん。

 一方の俺。長所といえば、どんな仕事も喜んで請け負う気概がある点ぐらい、か……? いや、それは別に自慢できる点ではない。

 短所なら、すぐにいくつか思い浮かぶ。例えば、年下にあまり強く出られないなどヘタレなところとか、大したスキルもないところとか、稼ぎが少ないところとか。

 さぁ、問題だ。こんな俺に、あの二人に好きになってもらえる要素があるだろうか?


「……ねぇわ」


 ため息まじりに否定。そして、顔を手の平で叩いて気を引き締めた。

 うじうじ悩んでいても、しかたない。まずはとにかく、ロンの言ったとおりチャンスが訪れるのを虎視眈々と狙うのだ。

 会社につくと、すでに何人かの社員が出勤している中、なぜか支倉さんの姿が見当たらなかった。

 おかしいな。ほとんど毎回、俺よりも早く出勤している彼女が、まさか遅刻か?


「支倉さんはまだですか?」

「あかりちゃん? 今日は有休とってるけど」

「……そうですか」


 総務担当の事務員の武田さんに言われ、顔が引きつりそうになったが、なんとかこらえた。

 予定が書いてあるホワイトボードを見ると、確かに支倉さんのところには「休」の文字が赤字で書いてあった。

 そうか……今日は、休みだったか。


「なにか用事あった?」

「いえ、別に」


 武田さんに聞かれてごまかしつつ、ほっとしたようながっかりしたような複雑な心境のもと、自分の席のパソコンを起動した。



 ◇◇◇



 その日は、午後にパソコンの初期設定の仕事で、依頼主の家を訪問した。

 設定を終え、希望していたZOOMの操作のしかたを説明。


「よく分かりました! ありがとうございます。ところで、メールアドレスはどこ見ればいいんでしたっけ?」


 こんな感じで、つい先程言ったはずの内容を、何度か聞き返されることはあったけれど。こちらはやるべき仕事はやったので、問題はない。はず。


「本当にありがとうございました! またなにかあったら頼みますね」

「はい。どうぞいつでもご相談ください。それじゃ」


 丁寧にお辞儀をして、依頼主に見送られて、その家を出た。

 社用車を運転して会社に戻り、報告書を提出。その後は、平和に終業時刻を迎えた。

 支倉さんにも、当然のように鈴原さんにも会えなかったし、今日は収穫ゼロだ。前もって伝えてはあるとはいえ、それを報告したらロンになんと言われるか。

 がっかり……するだろうか? それとも、烈火のごとく怒って今日は飯ぬき、なんて言い出すか? いやいや、さすがにそこまでは……


「これから会社に行くんです」

「またまたぁ。そーんなカッコで言われても、嘘だってバレバレだから」


 神凪駅につくと、なにやらトラブルの予感がする声が聞こえてきた。

 腰までは届かない程度の長い黒髪の女性が、同じく黒髪でウルフカットの長身の男性に絡まれているようだ。

 女性は、こちらから見ると背を向けていて顔は見えないが、逆に男性のほうははっきりと分かる。にやにやした顔で、女性の服装をなめまわすように観察している。

 これは、つまりアレだ。男にしつこくナンパされて困っている女性の図。なにかでよくあるシチュエーションだ。

 見て見るふりをするのも、どうかと思い、しかしどうしたものかと悩んで、一旦離れた位置で足をとめて様子をうかがってみた。


「本当です。今日は休みだったのですが、ちょっと会社に用ができたもので」

「じゃ、用が済んだらいいでしょ? 俺も一緒にいくからさ」

「……ですから、困ると言っているんです」

「いーじゃんいーじゃん。ちょこっとお茶するだけ。ねっ?」


 男が女性の肩に手を置こうとしたが、女性は即座に身を引いてよけた。


「え……!」


 そこで、俺は絶句した。女性が身を引いた瞬間、ちらっとその横顔が見えたのだ。

 その女性は、紛れもなく支倉さんだった。

 いつもと髪型が違うため分からなかったが、めがねをかけた顔を見れば、一目瞭然だった。よくよく考えれば、よく通る声が彼女のそれだった。

 これはもはや、「なにかでよくあるシチュエーション」ではない。恋愛ドラマやマンガでよくあるシチュエーションであり、とんでもなくベタな展開だ。現実で遭遇するとは、思ってもみなかった。

 とにかく、どうするべきかなんて考えている場合ではない。助けにいかねば。いや、その前に警察か?

 と、一歩前へ足を動かした瞬間、なにかが絡みつくような感触がして、立ち止まって足元を見た。

 そこに、赤紫色の花柄のエコバッグをさげたロンがいた。


「お前……っなにしてんだよ?」


 聞くと、ロンはのばした触手を動かして、まずは自分を指し、次に絡まれている支倉さんのほうを指した。


「……連れてけってことか?」


 ロンが頷いた。

 いや、自分で行けよ。

 そう思ったが、口論している暇はない。俺はロンを両手で持ちあげて、支倉さんのもとへと駆け寄った。


「本当に、困ります」

「……あのさぁ。ちょっとだけ付き合ってくれればいいっつってんじゃん。いい加減にしてくんない?」

「いい加減にすんのはあんただよ」


 打っても響かない支倉さんに、いらだちを隠せなくなってきた男が語気を強めたところで、声をかけた。

 二人が、同時にこちらを向く。

 男は訝しげに目を細めたが、支倉さんは逆に目を見開いていた。


「あ? うるせぇな、関係ねぇ奴は黙って――は? なにお前?」


 怒りをにじませて近寄ってくる男が、俺が胸元まで上げた状態でもっているロンに注目した。

 気づいてくれて、よかった。大の大人がタコを抱えているなんて意味不明な姿に、ツッコミを入れてもらえなかったらどうしようかと思ったぞ。

 内心安堵しつつ、さらに言葉をかけようと口を開いた。


「何度も断ってるのにしつこくつきまとうのは、迷惑防止条例違反、立派な犯罪だぞ」

「ああ? なにが迷惑防止条例だよ。てめぇ何様のつもりだ……あ?」


 男が食ってかかってきたところで、ロンがエコバッグに腕を入れ、あるものを取りだした。

 俺の顔と同じくらいの大きさで、色は黄緑色。太いトゲがびっしりついているのが特徴の、謎の物体だった。

 なんだろう。どこかで見たおぼえがあるような……あ、まさか。


「それって……ドリアンか?」

「なっ!?」


 うろたえる男を尻目に、ロンが前を向いたまま頷いた。

 ドリアン。フルーツの王様とも称される、見た目も中身も強いインパクトのある果物。そのわけは、間違いなく強烈な臭いにある。生で見るのは初めてなので、具体的にどんな臭いかは分からないが。

 俺は、白目をむきそうな勢いで言葉を失った。

 なぜ今、ドリアンを出してきた? どうするつもりだよ……まさか、食うのか? 食わされるのか? 俺が?……美味いのか?

 現実逃避モードに入って黙りこんでいると、ロンはさらにドリアンを男に近づけた。

 男は動揺して、目を泳がせている。


「や、やめろ近づけんな!……っくそ!」


 そう言い残して、男は背を向けて走り去っていった。

 見事な、ロンとドリアンの勝利である。恋愛ドラマやマンガでよくあるベタなシチュエーションが、台無しになった気分だ。


「……それ、どうするんだよ?」


 こっそり聞いたが、ロンはなにも答えずに、ドリアンをエコバッグの中にしまった。

 やっぱり、俺に食わせる気なのか……?


「名瀬さん」

「あ……はい。えっと、支倉さんですよね?」


 気が遠くなりかけたが、支倉さんに呼ばれて我に返った。


「はい。助かりました。ありがとうございます」


 彼女は、肩にかけていたショルダーバッグをかけなおして、お礼の言葉とともに頭を下げた。


「いえ、俺はなにも。助けたのはこいつですよ」


 そう言って、両手でもったままだったロンを見せる。

 八本の足をうねうねと動かすロンを見た支倉さんは、息をのんだようにはっとして、自分の胸に手を当てた。

 このリアクションは……? もしや、この手の生き物は苦手だったとか?


「あ、すみません。こういうやつ苦手で――」

「触ってもよろしいですか?」

「……えっ?」


 人の言葉を遮り、決意がこもったような強い口調で、支倉さんが言った。

 ロンが頷くと、支倉さんはゆっくり、おそるおそる手をのばして、ロンの頭に手を置いた。そして、軽くつかむ。

 むに、と音がしそうな感じで、ロンの頭がへこむ。


「……っ!」


 途端に、支倉さんの頬が赤くそまった。

 次に彼女は、ロンの吸盤のついた足に触れて、その感触を確かめていた。なんだか、とても楽しそうに。嬉しそうに。

 その様子を見て、俺はまた白目をむきそうになった。

 知らなかった。まさか、あの鉄仮面な支倉さんが ”そっち系” だったなんて……
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