36 / 38
第4章 俺とタコ、手に入れる
32話 おいしいおいしい異世界料理を味わうために
しおりを挟む
俺は、足早に電車に乗りこんだ。
普段、俺が酒を買うのは近所のスーパー「ふくまる」だ。しかし、今回はなんでもいいわけではない。「魔王の口に合う酒」でなければならないのだ。
神凪駅に降りたって、まっすぐ行った先にある商店街へと入る。まもなく、「大西酒店」の看板が見えてきた。
「いらっしゃーい」
間延びしたやる気のなさそうなあいさつが聞こえて、右手のレジが置かれている台のほうを反射的に見る。
そこには、ゲーム機片手にこちらをちらりとも見ようとしない、店長の一人息子・宙斗の姿があった。
「あれ? 店長は?」
「今ちょっと買い物に……って、なんだ。あゆ兄じゃん」
「なんだとはなんだよ」
質問をすると、ようやく宙斗は顔を上げた。しかし、やってきた客が俺だと分かった途端、再びゲーム機に目を落とした。
……まぁ、いいか。今は細かいところを気にしている場合ではない。
そっけない態度の宙斗をスルーして、日本酒がずらりと並んでいる棚の前に移動した。
謎の料理「ジャボ・グリュテ」は、どうやら相当刺激が強い料理――激辛の煮込み料理と思われる。辛いものならビールも合うが、洋酒よりは日本酒のほうが魔王の口に合う気がする。俺の勝手なイメージだ。
だがしかし、日本酒の種類はきわめて多いし、俺は普段あまり飲まない。辛味が強い料理に合う日本酒といえば、と言われても、思いつかない。
やはり、無難にビールでも買っていったほうがいいのだろうか。そのほうが楽といえば楽なのだが。
「なに悩んでんの?」
すぐ横から声をかけられて振り向くと、そこに宙斗が立っていて、俺の顔をのぞきこんでいた。
先程までゲームに熱中していたはずだ、と思ってレジ台のほうを見ると、コンセントにプラグでつながれていた。どうやら、バッテリーの充電が切れたらしい。
「いや……ちょっとな」
「今暇だから、聞いてあげてもいいよ」
「暇じゃないと聞いてくれないのな」
複雑な気持ちになり、顔が引きつった。
未成年の宙斗に相談して解決するとは思えないが、せっかくそう言ってくれているので、口を開いた。
「今ちょっとうちに魔王が来ててな」
「魔王?」
ああ、と肯定しようとしたところで、はっと気づいた。
――おいっ! バカか俺! なに第三者にべらべら話してんだ!
おそるおそる宙斗を見ると、怪訝そうに首を傾げていた。
「あーいや……その、魔王ってあだ名の上司な」
「そんな上司がいるんだ?」
「俺のじゃなくて、隣の部屋の奴の」
すると、宙斗が突然ぷっと吹きだした。
「隣に住んでる奴が、あゆ兄のうちに上司連れて遊びにきてんの? なにその状況。ウケるんだけど」
「当事者の俺は全然ウケねぇんだわ」
ガチで殺されかけたしな。
げんなりと肩を落としながらも、うまく誤魔化せたようなので、安心する。
「その上司に酒買ってこいって言われたんだ? 大変だね」
「そう。大変なんだよ」
他人事のように半笑いで言う宙斗は、ため息をついた俺を見かねてか、ある日本酒の瓶をつかんだ。
「じゃあ、これなんてどう?」
宙斗が見せてきたのは、黒い一升瓶。ラベルには、「鬼討」とある。
どこにでもある、工場で大量生産されているらしい安物の日本酒だ。名前の割には妙に薄い感じがして、俺は好きになれなかった。
「それ、安物だしあんまうまくねぇから」
「あゆ兄のおサイフ事情も考えて選んであげたんだけど?」
「どうもありがとう。けど、今は余計なお世話だな」
「あっそ……じゃあ、これは?」
宙斗が「鬼討」の一升瓶を元に戻して、次に見せてきたのは「獄炎」だった。
初めて見る酒だ。ラベルは、赤い筆で書いたような字体で書かれている。魔王が飲んでいたらしっくりこなくもない……けれど。
「お前……名前だけで選んでるな?」
「当たり前じゃん。どれがいい酒かなんて、俺に分かるわけないっしょ」
「ですよね」
ため息をつきながら、念のためにどういう酒かを見るため、一升瓶を受け取った。
そして、成分表示を見て、目を見開いた。
「ちょ! おま、これ、アルコール度数三十八度とか書いてあんぞ!」
「それがなに?」
「普通の日本酒の度数はもっと低いんだよ!」
「へー……あ、ホントだ。こっちは十三度ってなってる」
宙斗は、最初に出してきた「鬼討」のラベルを確かめて、納得していた。
一方で俺は、唖然としながら「獄炎」の瓶を見つめた。
アルコール度数三十八度は、もはや焼酎や泡盛のレベルではないか? これに激辛料理なんて合わせたら、確実に胃がやられるぞ。
……だが、どうだろう。相手は魔王だ。むしろ、これくらい強い酒ではないと口に合わないのではないだろうか。名前からして、それっぽいし。
一応、他の日本酒も見てみたが、ピンとくるものはなかった。よって、大きな賭けのつもりで「獄炎」に決め、購入。
「接待、がんばってねー」
気持ちが全然こもっていない宙斗の応援を背に、俺はアパートへと急ぎ足でむかった。
◇◇◇
「遅かったな」
アパートの部屋に戻るやいなや、ベッドの上に腕と足を組んでふんぞりかえった魔王様が睨みつけてきた。
公共交通機関経由だが、特急で帰ってきたつもりだ。しかし、魔王にしてみれば遅いほうだったようだ。
素直に、「申し訳ありません」と謝り、買ってきた酒とてきとうなコップをもって――うちには盃なんてものはない――魔王のいる部屋に移動して、正座した。
ちなみに、ロンは土鍋を火にかけていて、実に真剣な様子でなにかを煮込んでいる。俺が、酒を買うために一旦外出したのも気づいていないかもしれない。
「早う飲ませろ」
急かされた途端、緊張が走った。
……ああ、大丈夫だろうか。
つい先程まで、あかりさんと初めて二人きりで出かけて、浮かれていたのに。気分の落差が激しすぎる。
一抹の不安をおぼえながらも、コップに酒を注いで、献上するように両手で差し出した。
「……ほう。香りは悪くないな」
受け取った魔王は、ソムリエのごとくにおいをかいで、感心していた。第一印象は悪くないようだ。
そして、ぐっと飲みほした。三十八度の酒を、一気に。
見ているこちらの喉や胃が焼けるような感覚がして、思わず「うっ」と声をもらした。
「……ナゼアユム」
「は、はい」
飲みほした直後、顔を俯けた魔王に呼ばれ、肩を震わせた。
え……だめ、だったか……? どうしよう。俺、今日が命日か……?
「大義であった」
「……えっ」
「気に入ったぞ。これは、『ジャボ・グリュテ』にも合いそうだ」
「そ……そうです、か」
にやり、と怪しげな笑みを浮かべた魔王を見て、ほっと胸をなでおろした。
よかったぁぁ! 気に入ってくれたみたいだ! マジでビビった! 寿命が数年は縮んだぞ、確実に!
心の中で歓喜していると、魔王が空のコップをつきだしてきたので、それに再び酒をなみなみと注いだ。
さすがは、魔王様。アルコール度数三十八度は、むしろ普通のようだ。
これを選んでくれた宙斗に感謝だな。あとで好物のプリンでもプレゼントしよう。
「お待たせいたしました」
魔王が一升瓶の半分程度飲みおえたところで、ようやくロンがやってきた。もってきたカセットコンロを、テーブルの上に置いた。
「それはなんだ?」
「『かせっとこんろ』といいます。この世界ではポピュラーな魔道具で、その白いツマミを押しこみながら左に回すと、火がつく仕様になっております」
「ほう?」
説明を聞いて、魔王が右の脇についているツマミを回した。ボッと音を立てて火がついたのを、魔王が冷めた目で見た。
「火力が弱すぎるな……まぁ、鍋を温めるには十分か」
不満げに呟いた魔王の横で、ロンはテキパキと鍋を食べる準備をした。取り皿と箸を置いて、最後に主役の鍋を運んできて、コンロの上に置いた。
「準備が整いました。大変お待たせしてしまったこと、どうかお許しください」
「構わぬ。早う食わせろ」
「では。どうぞ、お召し上がりください」
ロンが、閉じられた土鍋のふたを開けた。
その瞬間、鼻をつく刺激的な香りが広がった。中には、煮えたぎる赤い液体に、草のような緑の切れ端が覆いかぶさり、斜めに切られた白い茎のようなものや、角ばった白い塊がぐつぐつと踊っていた。
そしてなにより目を引くのは、それだ。
鍋の中央から、骨ばった足のようなものが突き出ている。指のような部分がまだ形状を保っていて、まるでつかみかかってきそうな雰囲気すらある。
……なにこれ、こわい。
いや……待てよ。これってひょっとして……?
「おお! これぞまさしく『ジャボ・グリュテ』ではないか!」
いやいやいや! 明らかにただのキムチ鍋だろ、これ!!
感動した様子で自身の手を重ねて握りしめた魔王に、内心でツッコミを入れて、再度鍋に視線を向ける。
おそらく鶏の足、なんておかしな具材はあるけれど、他は通常の具材――ニラ、長ネギ、豆腐その他だった。
まさか、「ジャボ・グリュテ」とは異世界の言葉でキムチ鍋を表す、とでもいうのか? ドラゴンの名前がついた植物、とか言っていたけれど、それはつまりトウガラシのことなのか? ドラゴンとトウガラシ……? わけが分からん。
混乱している俺を差し置いて、ロンが慣れた手つきで取り皿に盛って、礼をしながら魔王に献上した。
受け取った魔王は不敵な笑みを浮かべ、まずはスープを一口。そして、突き出た鶏の足を口に運んだ。バキバキ、とえげつない咀嚼音を立てながら、骨ごと噛み砕いている。
……歯、強いな。いや、顎か。
「ロンギヌス二世」
「はいっ」
咀嚼しおえると、魔王はロンを両手で高く持ちあげた。
その顔には、恍惚とした笑みがあった。
「腕を上げたな……! 私は誇らしいぞ」
「……! も、も、もったいなきお言葉にございますっ」
「謙遜するでない」
魔王は、まるでお気に入りのぬいぐるみか人形を扱うかのように、ロンを抱きしめて頬ずりをした。どうやら、鍋の味が好みにドンピシャだったらしい。
ロンもロンで、感激しているのか、黒い点のような目を潤ませているように見える。
……俺は一体、なにを見せられているんだろう。
その後、酒と鍋で腹を満たしてすっかり機嫌がよくなった魔王が、なにかを考えるように天井を見上げ、しばらく沈黙した。
「……決めたぞ。ロンギヌス二世」
「はい、グリアロボス様。なんなりと」
鍋を片付けようとしていたロンは、呼びかけられて立ち止まり、魔王のほうを向いて一礼した。
決めたって、なにをだ? 頼むから変なこと言うなよ。俺の胃がおかしくなるから!
魔王は、心なしか少し寂しそうな笑みを浮かべて、言った。
「そなた、この先もこの世界に住みつづけるがよい」
普段、俺が酒を買うのは近所のスーパー「ふくまる」だ。しかし、今回はなんでもいいわけではない。「魔王の口に合う酒」でなければならないのだ。
神凪駅に降りたって、まっすぐ行った先にある商店街へと入る。まもなく、「大西酒店」の看板が見えてきた。
「いらっしゃーい」
間延びしたやる気のなさそうなあいさつが聞こえて、右手のレジが置かれている台のほうを反射的に見る。
そこには、ゲーム機片手にこちらをちらりとも見ようとしない、店長の一人息子・宙斗の姿があった。
「あれ? 店長は?」
「今ちょっと買い物に……って、なんだ。あゆ兄じゃん」
「なんだとはなんだよ」
質問をすると、ようやく宙斗は顔を上げた。しかし、やってきた客が俺だと分かった途端、再びゲーム機に目を落とした。
……まぁ、いいか。今は細かいところを気にしている場合ではない。
そっけない態度の宙斗をスルーして、日本酒がずらりと並んでいる棚の前に移動した。
謎の料理「ジャボ・グリュテ」は、どうやら相当刺激が強い料理――激辛の煮込み料理と思われる。辛いものならビールも合うが、洋酒よりは日本酒のほうが魔王の口に合う気がする。俺の勝手なイメージだ。
だがしかし、日本酒の種類はきわめて多いし、俺は普段あまり飲まない。辛味が強い料理に合う日本酒といえば、と言われても、思いつかない。
やはり、無難にビールでも買っていったほうがいいのだろうか。そのほうが楽といえば楽なのだが。
「なに悩んでんの?」
すぐ横から声をかけられて振り向くと、そこに宙斗が立っていて、俺の顔をのぞきこんでいた。
先程までゲームに熱中していたはずだ、と思ってレジ台のほうを見ると、コンセントにプラグでつながれていた。どうやら、バッテリーの充電が切れたらしい。
「いや……ちょっとな」
「今暇だから、聞いてあげてもいいよ」
「暇じゃないと聞いてくれないのな」
複雑な気持ちになり、顔が引きつった。
未成年の宙斗に相談して解決するとは思えないが、せっかくそう言ってくれているので、口を開いた。
「今ちょっとうちに魔王が来ててな」
「魔王?」
ああ、と肯定しようとしたところで、はっと気づいた。
――おいっ! バカか俺! なに第三者にべらべら話してんだ!
おそるおそる宙斗を見ると、怪訝そうに首を傾げていた。
「あーいや……その、魔王ってあだ名の上司な」
「そんな上司がいるんだ?」
「俺のじゃなくて、隣の部屋の奴の」
すると、宙斗が突然ぷっと吹きだした。
「隣に住んでる奴が、あゆ兄のうちに上司連れて遊びにきてんの? なにその状況。ウケるんだけど」
「当事者の俺は全然ウケねぇんだわ」
ガチで殺されかけたしな。
げんなりと肩を落としながらも、うまく誤魔化せたようなので、安心する。
「その上司に酒買ってこいって言われたんだ? 大変だね」
「そう。大変なんだよ」
他人事のように半笑いで言う宙斗は、ため息をついた俺を見かねてか、ある日本酒の瓶をつかんだ。
「じゃあ、これなんてどう?」
宙斗が見せてきたのは、黒い一升瓶。ラベルには、「鬼討」とある。
どこにでもある、工場で大量生産されているらしい安物の日本酒だ。名前の割には妙に薄い感じがして、俺は好きになれなかった。
「それ、安物だしあんまうまくねぇから」
「あゆ兄のおサイフ事情も考えて選んであげたんだけど?」
「どうもありがとう。けど、今は余計なお世話だな」
「あっそ……じゃあ、これは?」
宙斗が「鬼討」の一升瓶を元に戻して、次に見せてきたのは「獄炎」だった。
初めて見る酒だ。ラベルは、赤い筆で書いたような字体で書かれている。魔王が飲んでいたらしっくりこなくもない……けれど。
「お前……名前だけで選んでるな?」
「当たり前じゃん。どれがいい酒かなんて、俺に分かるわけないっしょ」
「ですよね」
ため息をつきながら、念のためにどういう酒かを見るため、一升瓶を受け取った。
そして、成分表示を見て、目を見開いた。
「ちょ! おま、これ、アルコール度数三十八度とか書いてあんぞ!」
「それがなに?」
「普通の日本酒の度数はもっと低いんだよ!」
「へー……あ、ホントだ。こっちは十三度ってなってる」
宙斗は、最初に出してきた「鬼討」のラベルを確かめて、納得していた。
一方で俺は、唖然としながら「獄炎」の瓶を見つめた。
アルコール度数三十八度は、もはや焼酎や泡盛のレベルではないか? これに激辛料理なんて合わせたら、確実に胃がやられるぞ。
……だが、どうだろう。相手は魔王だ。むしろ、これくらい強い酒ではないと口に合わないのではないだろうか。名前からして、それっぽいし。
一応、他の日本酒も見てみたが、ピンとくるものはなかった。よって、大きな賭けのつもりで「獄炎」に決め、購入。
「接待、がんばってねー」
気持ちが全然こもっていない宙斗の応援を背に、俺はアパートへと急ぎ足でむかった。
◇◇◇
「遅かったな」
アパートの部屋に戻るやいなや、ベッドの上に腕と足を組んでふんぞりかえった魔王様が睨みつけてきた。
公共交通機関経由だが、特急で帰ってきたつもりだ。しかし、魔王にしてみれば遅いほうだったようだ。
素直に、「申し訳ありません」と謝り、買ってきた酒とてきとうなコップをもって――うちには盃なんてものはない――魔王のいる部屋に移動して、正座した。
ちなみに、ロンは土鍋を火にかけていて、実に真剣な様子でなにかを煮込んでいる。俺が、酒を買うために一旦外出したのも気づいていないかもしれない。
「早う飲ませろ」
急かされた途端、緊張が走った。
……ああ、大丈夫だろうか。
つい先程まで、あかりさんと初めて二人きりで出かけて、浮かれていたのに。気分の落差が激しすぎる。
一抹の不安をおぼえながらも、コップに酒を注いで、献上するように両手で差し出した。
「……ほう。香りは悪くないな」
受け取った魔王は、ソムリエのごとくにおいをかいで、感心していた。第一印象は悪くないようだ。
そして、ぐっと飲みほした。三十八度の酒を、一気に。
見ているこちらの喉や胃が焼けるような感覚がして、思わず「うっ」と声をもらした。
「……ナゼアユム」
「は、はい」
飲みほした直後、顔を俯けた魔王に呼ばれ、肩を震わせた。
え……だめ、だったか……? どうしよう。俺、今日が命日か……?
「大義であった」
「……えっ」
「気に入ったぞ。これは、『ジャボ・グリュテ』にも合いそうだ」
「そ……そうです、か」
にやり、と怪しげな笑みを浮かべた魔王を見て、ほっと胸をなでおろした。
よかったぁぁ! 気に入ってくれたみたいだ! マジでビビった! 寿命が数年は縮んだぞ、確実に!
心の中で歓喜していると、魔王が空のコップをつきだしてきたので、それに再び酒をなみなみと注いだ。
さすがは、魔王様。アルコール度数三十八度は、むしろ普通のようだ。
これを選んでくれた宙斗に感謝だな。あとで好物のプリンでもプレゼントしよう。
「お待たせいたしました」
魔王が一升瓶の半分程度飲みおえたところで、ようやくロンがやってきた。もってきたカセットコンロを、テーブルの上に置いた。
「それはなんだ?」
「『かせっとこんろ』といいます。この世界ではポピュラーな魔道具で、その白いツマミを押しこみながら左に回すと、火がつく仕様になっております」
「ほう?」
説明を聞いて、魔王が右の脇についているツマミを回した。ボッと音を立てて火がついたのを、魔王が冷めた目で見た。
「火力が弱すぎるな……まぁ、鍋を温めるには十分か」
不満げに呟いた魔王の横で、ロンはテキパキと鍋を食べる準備をした。取り皿と箸を置いて、最後に主役の鍋を運んできて、コンロの上に置いた。
「準備が整いました。大変お待たせしてしまったこと、どうかお許しください」
「構わぬ。早う食わせろ」
「では。どうぞ、お召し上がりください」
ロンが、閉じられた土鍋のふたを開けた。
その瞬間、鼻をつく刺激的な香りが広がった。中には、煮えたぎる赤い液体に、草のような緑の切れ端が覆いかぶさり、斜めに切られた白い茎のようなものや、角ばった白い塊がぐつぐつと踊っていた。
そしてなにより目を引くのは、それだ。
鍋の中央から、骨ばった足のようなものが突き出ている。指のような部分がまだ形状を保っていて、まるでつかみかかってきそうな雰囲気すらある。
……なにこれ、こわい。
いや……待てよ。これってひょっとして……?
「おお! これぞまさしく『ジャボ・グリュテ』ではないか!」
いやいやいや! 明らかにただのキムチ鍋だろ、これ!!
感動した様子で自身の手を重ねて握りしめた魔王に、内心でツッコミを入れて、再度鍋に視線を向ける。
おそらく鶏の足、なんておかしな具材はあるけれど、他は通常の具材――ニラ、長ネギ、豆腐その他だった。
まさか、「ジャボ・グリュテ」とは異世界の言葉でキムチ鍋を表す、とでもいうのか? ドラゴンの名前がついた植物、とか言っていたけれど、それはつまりトウガラシのことなのか? ドラゴンとトウガラシ……? わけが分からん。
混乱している俺を差し置いて、ロンが慣れた手つきで取り皿に盛って、礼をしながら魔王に献上した。
受け取った魔王は不敵な笑みを浮かべ、まずはスープを一口。そして、突き出た鶏の足を口に運んだ。バキバキ、とえげつない咀嚼音を立てながら、骨ごと噛み砕いている。
……歯、強いな。いや、顎か。
「ロンギヌス二世」
「はいっ」
咀嚼しおえると、魔王はロンを両手で高く持ちあげた。
その顔には、恍惚とした笑みがあった。
「腕を上げたな……! 私は誇らしいぞ」
「……! も、も、もったいなきお言葉にございますっ」
「謙遜するでない」
魔王は、まるでお気に入りのぬいぐるみか人形を扱うかのように、ロンを抱きしめて頬ずりをした。どうやら、鍋の味が好みにドンピシャだったらしい。
ロンもロンで、感激しているのか、黒い点のような目を潤ませているように見える。
……俺は一体、なにを見せられているんだろう。
その後、酒と鍋で腹を満たしてすっかり機嫌がよくなった魔王が、なにかを考えるように天井を見上げ、しばらく沈黙した。
「……決めたぞ。ロンギヌス二世」
「はい、グリアロボス様。なんなりと」
鍋を片付けようとしていたロンは、呼びかけられて立ち止まり、魔王のほうを向いて一礼した。
決めたって、なにをだ? 頼むから変なこと言うなよ。俺の胃がおかしくなるから!
魔王は、心なしか少し寂しそうな笑みを浮かべて、言った。
「そなた、この先もこの世界に住みつづけるがよい」
0
あなたにおすすめの小説
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
追放料理人とJKの異世界グルメ無双珍道中〜ネットスーパーは最強です〜
音無響一
ファンタジー
わーい、異世界来ちゃった!
スキルスキル〜何かな何かな〜
ネットスーパー……?
これチートでしょ!?
当たりだよね!?
なになに……
注文できるのは、食材と調味料だけ?
完成品は?
カップ麺は?
え、私料理できないんだけど。
──詰みじゃん。
と思ったら、追放された料理人に拾われました。
素材しか買えない転移JK
追放された料理人
完成品ゼロ
便利アイテムなし
あるのは、調味料。
焼くだけなのに泣く。
塩で革命。
ソースで敗北。
そしてなぜかペンギンもいる。
今日も異世界で、
調味料無双しちゃいます!
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる