小さな手記に花を添えて

宵月

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1人とひとつ

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…どうしてあなたは人形が好きなの?


「それはね、いつだって俺のことを抱きしめてくれるから。

カサブランカはずっと、俺と一緒だから。」


…ならどうして人形なの?


「カサブランカだからだよ。

それに動く人間なんか気色悪いんだよ。

ただ動かずに抱きしめてくれてればいいんだから。」


…ならなんでそんなものを持っているの?


「なんでなんでって煩わしい。

これは、俺の『恋人』だからだよ。」




10月。 

あなたは死んだ。

約束も誓いも忘れて逝った。

僕と一緒だと言ったじゃないか。

結局死ぬまでとは短い時なんだと今を呪った。

しかし棺で見た彼女はより一層美しかった。

動かない彼女が、愛おしかった。

酷く足元が冷えていた。

それすらも背筋を震わせる興奮剤にしかならなかった。


「10月2日。動かない彼女は金木犀の香りに包まれたまま。誰よりも美しかった。」





11月。

忘れるはずもない彼女の笑顔をそっと手に取った。

額縁に入った彼女はもう骨となり何も残ってはいなかった。

その骨はちゃんと、僕が持っていた。

ずっと、手放すつもりはなかった。

その時だ。

一つだけ、彼女と出会う方法を見つけたのは。


「11月18日。夢の中の彼女はキンセンカを持っていた。別れを悲しむのは、君も同じなのだろうか。」




12月。

夢の中で会うことしか無かった彼女が、俺の腕の中へと戻ってきてくれた。

その体は酷く変わっていたが。

優しく微笑む表情はあの時と変わらない。

思わず抱きしめた体は酷く硬かったが、そんなのは気にしない。

体の底にある彼女の片鱗を感じることができたから。

そんな彼女に俺は「カサブランカ」と名付けた。


「12月24日。カサブランカは送れなかったがプレゼントしたポインセチアはよく似合っていた。」



1月。

雪の降る空が酷く空虚で虚しかった。

そんな時もソファでゆったりと座る彼女が癒してくれた。

その頬は薄いピンク色で優しく口元を綻ばせている。

雪景色がお花畑のようだと笑った。

それを思うだけで不思議と空虚感は消え去った。

静かに俺の腕の中に入るカサブランカは可愛くてさらに愛おしく思えた。

「1月9日。シンビジウムを育てていた彼女は綺麗だった。くれた種は綺麗に花を咲かせてくれた。」


2月。

彼女は相変わらず優しい頬笑みを浮かべている。

その表情に飽きることなどありやしない。

でも周りは、俺を『おかしい』と言った。

おかしいも何も、大好きな彼女を愛しているだけだった。

大切な人を大切にして何が悪い。

その静かな怒りをそっと落ち着けてくれるかのようにそっと彼女の手に自分の手を重ねた。

カサブランカの伏せ目がちな瞳は優しく、そのふたつの手を見つめた。


「2月14日。彼女がくれた球根が花をつけた。黄色いクロッカスだった。」



3月。
 
冬も終わりに近付いた気がする。

庭には名前も知らない小さな花の芽がぱっぱっと開いている。

もう少ししたらきっと、手入れをされてしまう。

その芽を見てこれはなんの花じゃない?と笑った彼女がいた気がして振り返る。

そこにあるのはカサブランカの姿だけだ。

この今が何故か、虚しく感じた。

雑草にまで水を与える彼女を思い出して苦しくなった。

カサブランカは僕の懺悔を聞きながら優しく微笑んでいた。

赦してくれるかのように。

「3月27日。黄色のチューリップが咲いた。悲しくも、クロッカスより綺麗に見えた。」



4月。

春だ。あたたかい。

庭でゆっくりと過ごす時間は幸せだった。

もう少しで…僕は可哀想な王となる。

可哀想も、何もないくせに。

忘れることは無い。

彼女の死んだ棺桶の横で笑う彼らを。

どうしてやろうかと、ずっと思っていた。

彼らはもう、狂えばいいとさえ思ったのだ。

「4月21日、王位継承の日だ。エリカは居ない。白のユリが、黒く塗りつぶされたように見えた。」




5月。

王になってもやることは変わらない。

パーティに出て、庭を歩き、カサブランカを愛でる。

仕事はもちろん、外交から政治から全て僕がルールだ。

祖父よりは、まともな政治をしてるつもりだ。

何が悲しいと言えば、カサブランカに会えないことだ。

もう少しで、出会った日だと言うのに。

庭を見ればまだ、あの時が蘇る。

『エリカって東洋人みたいでは無いですか?なので特別な呼び名としてヒースって呼んでくれませんか?』

…もう、その名前も呼ばなくなってしまった。

『アスターはアスターのままでいいんですよ?ふふ、2人とも花の名前だなんて運命でしょうか?』


「5月3日。窓から見えたユーストマは綺麗だった。彼女は…トルコキキョウだと笑っていた。」





6月。

湿気が酷くなると人形が壊れてしまわないか心配になる。

「ねぇ、カサブランカ。もう梅雨になっちゃったね。」

柔らかい肌はもうなくとも、その腕は俺の事を抱きしめてくれた。

そのガラスでできた瞳とそれを覆う瞼は優しく細められあの時の優しい表情のままだった。



「…どうして、動かないんだい?」


6月18日。



僕らの結婚記念日だった。




美しいと思った彼女も動かなければ虚しいものだ。

空虚な瞳が僕を見つめる。

どれだけ綺麗なドレスで着飾っても、宝石で出来たネックレスをつけても、爪まで綺麗に塗ったって、彼女は動かない。

カサブランカは動くことは無いのだ。



「…ヒース。」

その呼び名では、いや、もう彼女を呼んだって反応することは無い。

カサブランカはただ何も思うことがないまま、庭を見ていた。

ヒースが触れることが無くなってから、庭も寂しい情景になった。

1人の女性がいなくなっただけで、ここまで狂うものなのか。

ヒースは、もうこの世にはいない。

それが深く染み込んだ今の現実だった。






ーーー…


10月16日。

この日、我が国は戦争を起こした。

隣国が小さな諍いを大きくしだしたからだ。

国まで、奪うというのか。

彼女を奪っておいて。

未来永劫、かの国を許すことはないだろう。



「10月16日。彼女の墓に行ける事などないまま、私は王として兵を率いた。カサブランカも…きっと待っている。」





12月。

雪が降る中…私は隣国の王の首を取った。

ここまでしないと…気がすまなかったのだ。

王女も、殺した。

瞳の奥には、血がべっとりとこびりつき、離れない。

「ヒース…私は…どうすれば生きていけるだろうか。」

もう、生きることも、苦しくなった。


「12月、29日。

カサブランカは待っていてくれた。

優しい笑顔で。

庭には   エリカが咲いていた。

抱きしめたカサブランカは冷たくて、人形だということを酷く突きつけられた気がした。

愛した彼女が、ここにいる気がした。」




もう、花は咲くことは無い。

絡みついた蔦が、蕾すらも締め上げる。

そんな中で、僕は生きていかなくてはならない。

この玉座は、苦しすぎる。



次もし

あなたに出会えるなら

この蔦で

死ぬまで離すことはないだろう
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