あまりにも1人の世界で

宵月

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指輪

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「偽物というのは…どこからが偽物なんだろうね。」

剥がれ落ちかけているメッキの指輪。

ロウソクに照らされ輝いている。

それを見ながらひぃは言った。

「どこから、っていうのは定義からということ?」

「レプリカと偽物というのは違うだろう?」

あまりにも質問の意図が分からない。

レプリカも偽物も、同じ複製品だ。

「…何が言いたいのかよく分からないよ。」


メッキが剥がれた指輪は色がすっかり変わってしまっていて。

「例えば俺達にとって偽物だったとしても、この形の指輪が欲しかった人からしたらそれはレプリカ、もしくは本物になる。」

「急に哲学者みたいに言われても困るだけだよ。」

「価値を測る上で何を大切にするかを理解するのは大事だと思うんだ。だからエマの意見を聞いてるんだけれど。」

正直、付き合わされるこちらの身にもなって欲しいが本音だが。

「…私にとってはどれだろうと複製品というようにしか思わないけど。」

「この宝石もこんな勿体ないものでは無く密かに輝くものなら良かったのにね。グリーンガーネットなんてよくはめ込んだものだ。彼女はエメラルドと言っていたけれど。」

「私の言葉一切聞いてないでしょ。」

指輪は彼の手中に収まる。

事実その指輪の宝石はしっかりとグリーンガーネットだ。

透明度の差が少なく安価でも買える。

普通にあるような宝石店で買ったものだろう。

安く、簡単に手に入れられるもの。

調べれば簡単に出てくるものだ。

「それ、どうするの?」

「ん?どうするとは?」

「商品になり得ないものを買い取ったんですから。それも5万で。」

「あぁ、捨てる気もなければここまで緑青が入ってればそもそも商品にもならないからね。非売品だよ。」

「…相変わらず、どうして。」

「きっと、取り戻しに来るはずさ。この指輪の持ち主がね。」

「…?」

丁寧に箱に入れられ、ひぃは手袋を外した。

「さて、エマ、さっきの質問に戻ろう。偽物というのは、どこからが偽物だろう。」

話ばかりが一方通行で呆れる。

「複製されたものが偽物?ならレプリカは?本物だと裏付けるためには鑑別書でもつけてればいいかい?もしそれならば鑑別書があれば全て本物かい?」

どうしても私にはその質問の意図が分からない。

「ひぃの言うことはどうしても理解出来そうにない。」

彼のソファの隣に座れば窓から差す日に温もりを感じる。

「…そうだね。理解してくれなかったよ。」

悲しいの瞳は一瞬で遮られ、あまりにもそれは理解不能だった。

「…ちゃんとここにいるというのに。」

これから先、理解することは無いだろう。

それはある意味業務外だ。

「もし、お客が来たら教えて。エマ。少し俺は奥にいるから。」

「…分かりました。」












その日に、話していたお客は来なかったものの。

別日にそのお客とやらは来た。

「ここに…!ガーネットの指輪は来てないか…!」

それは紛れもなく上流階級の人間だ。

「ガーネットの指輪というのは来ておりません。指輪をお求めでしたらこちらに…」

「違うっ!!緑の、グリーンガーネットのものだ!」

「いえ、申し訳ありませんがこちらには。」

「ありますよ。グリーンガーネットの、真鍮を使用した指輪ですね。」

ひぃはその話が聞こえたからかお客の前へと行き。

「数日前に5万の額で買い取らせていただいたものです。グリーンガーネットの透明度は少し劣っておりますがやはり安定性のある宝石ですね。」

「そうだ!それを…」

「しかし何故、あなたはこれを手放してしまったのです?事実こちらはいい品とは言い難いものですが。」

「違う!私がこれを売るはずもなければ手放すつもりなんて…!」

少しの沈黙が空気を刺し。

その沈黙を折ったのはひぃだ。

「そうですよね。そもそも、売りに来た方が違いますからね。こんなところに売るのですから余程価値をつけて欲しかった方だと思います。」

諭すように、まるで落ち着かせるようにひぃは話し出す。

「…ヒリル様。こちらのは販売の予定がないのでは。」

「うん。なんせこれは盗品だからね。返還の義務がそもそもある。」

「…どういうことですか。」

「売ったのは…ブラウンの髪の女性でしょう…。間違いない…あいつが…っ!」

「大切にしてたものなのですね。」

その人だとも答えることはなく。

秘匿義務だけは紛れもなく守っている。

「いい、理解していたなら話は早い。10万で買おう。」

「…倍額で…?」

「こちらは買取はさせて頂きましたが盗品だった場合、本人への返還義務があります。今回はそれに該当しますから無償で、返還させていただきます。」

「いい!5倍だろうが6倍だろうが出す!」

立ち振る舞いや服装、その他もろもろを見たとしてももちろん上流階級の方だとは理解出来る。

しかし10万という額は既に4、5ヶ月分の平民の給料と大差ない。

この場合は…まぁ、言えば買い戻したことを情報として機密にしておけ、といういわゆる口止め料だろう。

「…かしこまりました。ではそちらが提示した価値での取引とさせていただきます。」

「それでいい…!早くしてくれ!」

「すぐにご用意いたします。少々お待ちください。」

そして本当にその男性はその指輪を買い取り。

帰って行った。

嘘のようなものだ。

5万という額で提示し買い取ったひぃもおかしいと思っていたが。

2倍の額へ形を変え、男性は大切そうにあの指輪を持って帰ったのだ。

「…何故。そもそも盗品だと理解して買い取ったの。今回のようなパターンはむしろ稀だし。返還義務で訴訟を起こされることだってありえなく無い話であったはずなのに。」

「そうだね。盗品と分かっていて今回は買い取ったよ。」

「そもそも何故そこまで分かって…」

「指輪に彫られていた名前が買い取りをした時に記載してもらう署名書と違っていたんだ。」

「…私には理解出来そうにないよ。」

呆れ半分でお金を整理するひぃを見る。

けれどそれを何も厭わないというようにその貨幣をまとめている。

「…あの指輪自体、価値が高いものでは無いのに。」

「でもそもそも買い取った額が相場の10倍くらいだからね。ある意味この店だからできることだけれど。」

グリーンガーネットと言えど少し透明度が低いだけで価値は下がる。

そして緑青がついている、そして金メッキともなれば材質は想定できるのは真鍮だ。

先程もひぃが言っていた。

真鍮を使用した指輪だと。

価格にしても…まぁ平民からしたら高いが四千くらいが相場だろうか。

先程の額を聞くと法外な価格だ。

「それ程、あれが大切だったらしい。位の高い人間が私財を投げ打ってでもあんなものを買いたがるほどにね。彼にとっては、あれが本物なんだよ。」

ふとその言葉で、この前の質問を思い出す。

「…なら。余計に私には理解出来そうもないよ。」

何度も言ったようで違う言葉。

「ひぃも、そこまでして買い戻したかったの。」

「…そうだね。それのためならお金なんて惜しまなかったよ。」

私にはどうしても、レプリカを買う意味も、偽物を買う意味も、本物を探す意味も分からない。

分かりそうにもない。

けれど2人だけの世界でその価値は法外だろうが感情論でいくら払ってでも買えるものだと言うのだ。

「エマを買ったのだってそうだ。もう居ないだろうが、もう会えないだろうが、その大切が全て脆弱になっていくようで。」

ひぃはエマの写真を見る。

私では無い、エマの写真。

それはこのヒリルという青年の恋人だったらしい。
それを模して、レプリカとして作られたのが私だった。

だからこそ、理解できそうもない。

「ひぃ、私はここにいるのに。」

「…そうだね。機械になってもエマはエマだ。」

間違えた答えを言ったつもりも私には無い。

しかし、正解でもなかったらしい。




「あまりにも、1人の世界で、生きていくのは難しい。」




ひぃは振動もしない私の胸元へと顔を埋めて。

ただ、その時間が過ぎるのを待った。
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