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イニシアチブ 後編

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「お前、先輩にした仕打ち忘れてないだろうな」

 珍しくも校内ですれ違った時だった。鳴海がいるだけで近くを歩く女子学生からの視線が絶えない。
 彼は目上や女の子に対して柔らかな対応をしてみせるがその他には雑だ。セックス時の快楽に従順なかわいい鳴海を知っていると、この場でぶち犯してその様子を皆に見せてやりたくなる。

 ところで、彼にした仕打ちというのは何のことかさっぱりだ。
 首を傾げたらガッツリ胸倉を掴まれた。


「授業終わったら今日の予定全部捨てて俺の家に来い。来なければコロス、いいな」

「…………………………はい」


 殺害予告を残し立ち去って行く後ろ姿を見送りつつ、胸元の皺を伸ばした。




 
 こっわ。





 
 鳴海を怒らせた原因について真面目に心当たりを探ってみる。確か安奈ちゃんと三人でやったのが最後に会った時だ。
 嬢に潮吹きさせられたのがそんなに嫌だったのだろうか。それか僕との絡みがないことに不満があったのかもしれない。いや、シナリオを送る時点で鳴海からのダメ出しは済んでいたから不満の線はないだろう。そもそも僕の台本は絶対というルールを最初に破った鳴海が悪い。

「……はあ。」

 殺されたくはないので、とりあえず鳴海の家に行くことは決定事項だ。









 鳴海の家のインターホンを鳴らす。
 ここのマンションには何度か遊びに来たことがあった。とはいっても彼の実家なのでセックスするときには向かず、鳴海の台本の読み合わせに付き合わされるのがほとんどだったが。

「わお、むっちゃ好みやねんけど。鳴海、アンタやるやないの~」

「……?」

 どちら様だろうか、見知らぬ男の出迎えに引き返そうとしたら奥から鳴海の声が聞こえた。
「ノンケをビビらせんな、丁寧に扱ってやれ」
 男は鳴海の言葉に応じて僕の腕を掴んでいた力を緩める。
 鳴海が黒髪に色白の肌という容姿なので、背中まで伸ばした金髪に褐色の肌という組み合わせの男が並ぶとコントラストが際立つ。というか不釣り合いだ。
 奥へ通されながらあたりを見渡してみるが、家には鳴海とこの男しかいないらしい。鳴海の母は不在のようだ。美人で穏やかな彼の母と会うのはひそかな楽しみだったので、残念な気持ちになる。
「それで鳴海サン、この人は?」
 強引に鳴海の部屋に押し込まれてから、改めて問う。
「ああ、俺の知り合い。伊藤っての。」
「どーも伊藤ですぅ。ほな、よろしく~。君がミナトくん、ええ男やんなあ」
「はあ。」
 伊藤とかいうやつと握手を交わした。
 なぜこんな男がここにいるのかよりも、鳴海と伊藤の関係をぼかされたことが気になった。鳴海は知り合い程度の関係の人間を家に上げない。慎重で意外にも潔癖なところがあるのだ。
「で、今日はなんすか。台本の読み合わせですかね」
 伊藤の存在に嫌な予感がしつつも、課題に使う台本の読み合わせに付き合わされることは何回かあったので、伊藤とかいう男も役者なのかもしれないと小さな希望にかける。が、あっさり裏切られた。
「大人しくしてろよ」
 鳴海の手が僕のベルトを外していく。
 反射的にそれを止めようとすると、伊藤に背後から抱きしめられた。
「伊藤、頼むわ」
「はいな~」
 後ろで両手を紐の様なもので拘束されれば、さすがに黙っていられない。
「ちょっ、なに、マジでなんなんすか」
「鳴海、ほんまにええの。この子アタシにトラウマ刻まれんで」
「問題ない」
 鳴海の澄ました顔に腹が立った。
「問題なくないです。伊藤さん、だっけ? 暴行罪で訴えますよ」
「んあ? 鳴海を訴えてや~。アタシは頼まれて来ただけやねんで」
「ふざけっ、ンん!」
 伊藤の手で口を塞がれた。そのままベッドへ横向きに押し倒され、上に乗っかられる。のたうち回って振りほどこうともコイツの方が腕力は上らしい。ビクともしない。咥内に指を突っ込まれ、喉奥を押された。簡単にえずかされて激しく咳き込む。これは僕の抵抗が完全になくなるまで続いた。吐き気と疲労感から脱力すると伊藤は安心したように口端を上げる。
「じっとしててやぁ、こっちも泣かせたないんよ。」
 泣いているのではなく、涙は生理現象だった。誰だって吐かされそうになれば条件反射で滲み出る。
 それにしてもこの男、頼まれてきたということは男娼か。鳴海への馴れ馴れしさからみて、友人という線も考えられるが、それにしては乱暴なお友達である。
 二人がかりで足を押さえつけられると、鳴海が下着の上から性玩具の電気マッサージ器を当ててくる。細やかな振動に全体を愛撫されると次第にじんわりと身体が熱くなってきた。
「お前さ、イったあとに先っぽをしつこくヤられんの、どんだけ辛いかわかるか」
 この発言で鳴海が怒っている理由を察した。
 前のプレイで嫌がる鳴海を見て見ぬふりし楽しんでいたことが許せないらしい。これは確かに僕の自業自得が招いた結果かもしれなかったが、男二人がかりはさすがにやり過ぎでは、と抗議したくなる。
「けっこー根に持つタイプっすよね、そういうのめんどくさいんですけど。そもそもルール最初に破ったの鳴海サンでしょ」
 僕の吐き捨てたセリフが逆鱗に触れたのか、鳴海がにっこりと笑った。
「お前が本当にノンケなら、男に何されてもたたねえよな?」
 かわいい笑顔に反して声が低い。
 僕が何か言い返す前に、伊藤が首筋を舐めてくる。全身に走る鳥肌と寒気。
「うわっ。むりむりむりむりむり、鳴海サンすいません。ほんとすいませんした!」
「うっせえ、声がでかい」
 ナチュラルに頭を叩かれて怒られる。
 大声を出して助けを呼んだところで、この場面を一番見られたくないのは僕だ。逃げようと少し身動きするだけで、伊藤の制裁が飛んでくる。このまま大人しくしているしかないのだろうか。嫌悪感で吐き気がしてくる。
「おい、どうした、パンツ濡れてるぞ」
 伊藤の舌が僕の耳を愛撫するたび思考力が低下するため、鳴海の声は聞こえているが何も言い返せなかった。まず知らない男に好き勝手に舐められるのが我慢ならない、鼓膜に唾液音が響くだけで変な気分になって耐えがたかった。
「なんや、耳弱いんか。かわええなミナトくん」
 殺意のあまり脳血管がブチ切れるかと思ったが、鳴海の手によって下着からペニスを取り出されるのがわかると何をされるかわからない恐怖感に支配される。ぺチン、と下腹部に先端がぶつかり、反り返る裏側に振動を当ててくる。直接的な刺激に思わず身を捩った。足蹴しようにも誰かの手によって抑えられているらしい、思うように動けなかった。
「どうだよ、ヤられる側の気分は?」
「…………。」
 裏筋を撫で上げるように振動が移動する。雁首のところをゆっくり撫でるように当てながら、鳴海の舌らしき熱が亀頭のてっぺんをぐりん、と抉った。たまらない快感に思わず声を漏らしそうになる。
「ふうん、満更でもねえってか」
 僕の反応をみて勝ち誇った笑みを浮かべる鳴海に苛立ち、舌打ちする。
「ほんとにもう勘弁してもらっていいすか、精神的にしんどいんで。本気で怒りますよ。」
「俺がそれ言ったとき、お前は俺に何してくれたよ」
 冷たい視線から目を逸らした。
「……顔射しました。いやだから謝りますって、本当に悪かったっていってるじゃないですか。こんなに謝ってるのに」
「謝ったら許してくれると思ったのかよ。」
 抑揚のない声音で遮られた。鳴海の醜悪に歪んだ顔を見て、もはや言葉が出ない。
「鳴海ってタチん時、ものすっごい鬼畜よな~。」
「あーこいつ俺のことネコ専だと思ってるから」
「ははーん。てことはこの子処女なん、初物アタシがもろてもええ?」
「それはムリ」
「……なに、なんのはなし?」
 ネコとかタチってなんだ、こんな時に動物の話かよ。なめやがって。
 伊藤の口ぶりから、鳴海と肉体関係があるらしいことはわかった。まあ鳴海が誰とやろうが僕には関係のないことだが、相手がこの伊藤というのは如何なものだろうか。偏見かもしれないがどことなく下品な雰囲気があって気に食わない。というか、なぜこの状況下で伊藤と鳴海の関係が気になっているのか自分でもよくわからない。
 すると、伊藤との雑談が終わったのか鳴海に抱き起される。やっと解放されるのか、安堵の吐息を漏らす僕を鳴海が神妙な面持ちで見つめてくる。
「ミナトはノンケだし手を出すつもりなかったけど、もしチャンスがあんなら……。」
 そういって僕の頬を撫でると、まるで女の子にするみたいな優しい口付けをされた。僕に対する全ての動作が甘く柔らかい。男にこういう欲望の眼を向けられるのは初めてのことだった。不快感はあったものの、僕に犯されていた鳴海とイニシアチブを握る今の鳴海のギャップに困惑し、呆然と彼を見つめる。
 数秒の沈黙。鳴海に何を求められているのか気づいた瞬間、僕はベッドから転げ落ちる勢いで逃げ出していた。が、案の定あっけなく伊藤に捕まり、ベッドに押し付けられる。鳴海が僕の上に乗り、耳元へ口を寄せてきた。見たこともないほどに興奮し昂る彼の双眸は、僕を硬直させた。

「抱かせて、挿れたい」

 囁かれた言葉に対し、平静を装って鼻で笑ってやった。
「死んだ方がマシっすね、冗談抜きで縁切りますよ。」
 なんとか声を絞り出して即答する。端正な顔が僅かに笑ったように見えた。
「ちょお鳴海、何言うたん? この子震えちゃってんで」
「さあな。いいからミナト押さえとけよ」
 鳴海は再び、亀頭に振動を触れさせてきた。時折、深くまで咥えられて吸ったりしながら精子が出そうなタイミングで離される。何度も何度も同じような寸止めを繰り返され、もうやめてくれと懇願したくなったがこれを言えば鳴海の思うツボだ。
「辛そうだなあ「イかせてください、鳴海さん」って可愛くおねだりしてみろよ」
 この流れは僕の予想通りだ。当然だが、解放されることよりも、絶対に言う通りにはしたくないというプライドの方が勝った。人の手でイかされることもそうだけどそれを鳴海に請うなど何より耐えがたい屈辱だ。頑なに口を閉ざす僕を見下ろし、伊藤が苦笑する。
「頑固やなあ、アタシが吐かせたろか~?」
 伊藤が僕の鳩尾をとんとん、と突きながら鳴海に問いかけた。
「やめてやれ、俺の部屋ゲロまみれにする気かよ」
 その言葉にゾっとした。吐かせるって吐瀉物の方かよ。
「安心しろ、優しい先輩がちゃーんと昇天させてやっから」
 鳴海の手が竿を扱きつつ親指で亀頭を撫でられるとすぐに射精感が高まった。
「……んッ……はァ、っ」
 自分の放出した熱が腹に飛び散ったのがわかった。
 普段なら徐々に快感は引いていくのに何度も脈打つ感覚が続き、心臓も煩く高鳴ったままで呼吸が苦しい。
「あは、えっろい声やな~。ミナトくん絶対コッチの素質あると思うねんけど」
 どさくさに紛れて伊藤にキスされそうになり、躱すついでに起き上がる。多量の精子を出し切っても尚果てることのないペニスをみてげんなりした。下半身が興奮したままだと誤解されかねない。
 鳴海はティッシュで精液まみれの手を拭きながら、僕と目が合うと微笑んだ。
「かわいいだろ、俺の後輩」
 楽しそうに笑う鳴海と賛同する伊藤にイラっときたので怒鳴ってやりたかったが、なぜか眩暈が酷く、溜息だけが零れた。
 何はともあれ散々な目に合ったが、復讐劇はこれで終わりだろう。深呼吸をして今度こそ平静を取り戻すと、伊藤を足蹴して退かしながら立ち上がった。
「どこ行くんだよ。これからが本番だろ」
 鳴海にベッドへ押し戻された。すとん、と床に足裏を付けて座らされる。
「…………は?」
 意味が分からず聞き返すと、伊藤がすぐ後ろで苦笑した。
「ほんま鬼畜やなあ、Мやない子にはキツイやろうに。まーミナトくん、もうちょい頑張りや」
 指で輪っかを作った鳴海が微笑んだ。
 その指の輪っかを僕の雁首に嵌めると、先端に向けて搾り取るように動かす。イったばかりのそこを扱かれても地味に痛いだけだった。だけど先ほどの体勢よりも、逃げようと思えば逃げられる。背後にいる伊藤の隙を見て動こうとした矢先に顎を掴まれて顔を上げさせられた。鳴海の双眸が僕を捉えて離さない。考えを射抜かれたくなかったので視線を横に逸らした。
「こっち見ろよ」
 先端の弱い部分を扱かれながら、鳴海の舌が入ってきて咥内を蹂躙される。同じキスでもやられる側は苦痛極まりない上、彼の唾液を無理やり飲まされたのが特に不愉快だった。どこからともなく、じわじわと尿意がわいてきて徐々に視界や物の輪郭が溶け始める。鳴海に舐め取られるまで、自分の唾液が溢れ出て顎を伝っていることにも気づかなかった。このまま快楽に翻弄されればこいつらの思うままだ。鳴海を見上げ、苛立ちが伝わるようにわざと声を荒げる。
「……っ、いい加減にしてください、クソ気分悪いっつってんすよ!」
「んなカワイー顔で強がられると余計焦らしたくなるなァ」
 亀頭の割れ目を、指先で優しく擽られる。この時、鳴海を蹴り飛ばすこともできたが、反動で敏感な部分を傷付けられる気がして下手に抵抗できなかった。これらの行為を不快に思っているにもかかわらず、萎えるどころか意志に反してガチガチに誇張するペニスがうざったい。これ以上の刺激は無理だ、鳴海を制御させるセリフを必死に考える。彼を変に煽らず気分を害さないような、それでいて諫言的な言葉を。
「…………鳴海サンのこと、本気で嫌いになりそうです。マジで尊敬してたのに」
 背後からの伊藤の耳責めに脳細胞がぶちのめされていく中、鳴海の食指が一瞬だけ止まったことを感じ取る。
「ふん、仕方ねえなァ。次からは俺と二人でやるって約束しろよ」
 どうやら効果はあったらしい、どろどろの脳内で理解できたのはそれだけだ。
「……ぃ、ふたりでいいれす。はやく、トイレに…………。」
 なにがふたりなのかよくわからないが、もう我慢の限界だった。強烈な尿意により、トイレに行きたい以外の欲求はない。もどかしい感覚が僕を揺さぶり解放されたい一心でなんでもいいと適当に頷く。
「よしよし。今の言葉、忘れんなよ」
 なんの予告もなしに亀頭を指で弾かれた。

「……いッ、っ!」

 この瞬間、今までの快感を超越した何かに襲われ、我慢していたものが一気に弾け飛んだ。信じられないほどの快楽が全身を鞭打つ、初めて精通したときの衝撃に近かった。


「はは、この顔は初の潮吹きやなァ? ええもん見してもろたわ」


 伊藤の声で我に返る。
 床やシーツを汚した透明色の体液、これは自分が出したものだと理解するまで数秒を要した。冷えていく体に反比例して鳴海と伊藤に対する憎悪が湧き上がってくる。

「外せ」

 顔は見てないが、鳴海が明らかに動揺しているのは伝わっている。
「ミナト、悪い。やりすぎた」
「早く外せっつってんだろ」
 鳴海の謝罪が紡ぎ終わる前に強く命じた。
 伊藤に拘束を解かれるや否や、脱がされたものを履いてベルトを締めながら部屋を飛び出す。
 運悪く、玄関先で丁度帰宅してきたらしい鳴海の母にぶつかった。
「あら、ミナトくん来てたのね。……どうしたの?」
 ものすごく心配そうな声で、顔を覗き込まれる。優しい声音に目頭が熱くなった。
「ねえ大丈夫、何があったの?」
 いったい僕はどんな顔をしているのやら。
「……失礼します」
 鳴海たちに追いつかれる前に、急いでその場を後にした。








 あのあと、どうやって自分の家に帰ってきたか覚えてない。
 気付いたら自分の家のトイレで吐いていた。知らない男に恥辱を受け、更にあんな痴態まで晒した。プライドは文字通りズタズタだ。僕の無様をみて鳴海がどう思ったか、それを考えただけで気が狂いそうになる。セックスの関係を抜きにすれば鳴海は僕のあこがれでもあったのに、そんなことも忘れるほど裏切られた絶望感しかなかった。
 







 
 それでも鳴海ばかりを責められなかった。
 最初に鳴海を利用しようとしたのは、僕の方だったのだから。
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