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米不足
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「あっつーい……」
額を伝う汗を乱雑に手の甲で拭い、木蓮は低い声で唸った。
舜に来てからおよそ一月が経った。
季節は夏の盛りになり、乗馬の訓練をはじめてからもう一週間は過ぎている。
筋肉痛と腰痛に見舞われ、何度か落馬も経験した木蓮だが、昨日からコツを掴み、今日は今までで一番スムーズに馬を歩かせることが出来た。
「梅婉、今日もありがと。ゆっくり休んで」
千李に借りた白馬の梅婉に水を飲ませ、おやつの人参を少し与え、最近新しく作った馬小屋に入らせる。
毎日朝と晩に梅婉に乗って寧世宮の周りを一周するようにという千李の言いつけを守ってからというもの、木蓮の体は明らかに変化した。
細くも太くもない、ただ筋肉が無いことだけはわかるプニプニとした体つきが、やや引き締まった。
一番嬉しいのは、姿勢が良くなったことにより少しだけ身長が伸びて、莞莞との身長差が少し縮んだことである。
乗馬を始めてからすっかり習慣化した朝風呂をしに浴室に行くと、すでに着替えが用意されていた。
熱々の湯船に浸かり、手足を伸ばして木蓮はニヤニヤと笑った。
(身長伸びたし、153センチくらいにはなったはず!あと5センチ伸びれば、チビ脱出だ!!)
あわよくば160くらいは欲しいなと夢想していたその時、カタリと物音がし、水面が揺れる。
間髪入れずに強い揺れが襲ってきて、木蓮は必死で浴槽の縁につかまった。
幸い揺れはすぐにおさまったが、日本にいた時に大きな地震を経験したことを思い出し、木蓮は素早く体を拭いて服を着た。
余震を警戒しながら客間に行くと、西露と莞莞が割れた壺を片付けているところだった。
「二人とも、怪我はない?田榮はどこ?」
「私共は大丈夫です。仙女様もご無事でようございました。田榮は厨房の様子を見に行きました」
「じゃあみんな無事だね。良かった」
木蓮がホッとしたその時、客間の扉が開き、田榮が顔を覗かせた。
眉が垂れ下がり、困ったような表情をしている。
「茶器、食器は無事でしたが、小麦粉を貯蔵していた壺が割れてしまいました」
「ということは、今日の昼から主食となるものが無いな。わかった。内務府に行ってこよう」
田榮の報告を聞くなり走り出そうとした西露を引き止め、木蓮は小首を傾げた。
「待って。お米の備蓄は?もう無いんだっけ?」
「昨日食べた分で最後になります。当分米は支給されないでしょう。最近あちこちで地震が発生しており、国内最大の稲作地帯の隋川も大きな地震に見舞われました。半分以上の田んぼがダメになってしまったので、今年は慢性的な米不足です」
米不足になるほどの震災があったこと自体知らず、木蓮は項垂れた。
何も知らずに呑気に米を食べていたことに、申し訳なさを感じる。
「陛下と皇后娘娘は率先して小麦粉や雑穀を食べているそうよ。多分しばらくは粗食になるわね」
「そうか……ねえ田榮、今は食糧難なんだし、しばらくは点心は作らなくて良いよ。贅沢はやめないと」
田榮の作る胡麻団子や大根餅は大好きだが、食糧の供給が復活するまでは我慢しようと決意し、木蓮は西露にお使いを頼んだ。
いつもは山盛りに作られる饅頭も、今日は一人につき二つだけだ。
田榮と西露はいつも先に食事を済ませているため、莞莞と二人で席につく。
野菜がたっぷり入った羮と、イカと青菜の炒め物をいつもの倍の時間をかけてゆっくりと噛みしめる。
大食らいの木蓮には物足りない量だが、それは絶対に口が裂けても言わない。
普段より量が少ない食事を終えると、莞莞が散歩に誘ってきた。
「そろそろ紫陽花が見頃の季節だし、御花園にでも行かない?」
「良いね。じゃあ、出掛ける支度をしよう」
額を伝う汗を乱雑に手の甲で拭い、木蓮は低い声で唸った。
舜に来てからおよそ一月が経った。
季節は夏の盛りになり、乗馬の訓練をはじめてからもう一週間は過ぎている。
筋肉痛と腰痛に見舞われ、何度か落馬も経験した木蓮だが、昨日からコツを掴み、今日は今までで一番スムーズに馬を歩かせることが出来た。
「梅婉、今日もありがと。ゆっくり休んで」
千李に借りた白馬の梅婉に水を飲ませ、おやつの人参を少し与え、最近新しく作った馬小屋に入らせる。
毎日朝と晩に梅婉に乗って寧世宮の周りを一周するようにという千李の言いつけを守ってからというもの、木蓮の体は明らかに変化した。
細くも太くもない、ただ筋肉が無いことだけはわかるプニプニとした体つきが、やや引き締まった。
一番嬉しいのは、姿勢が良くなったことにより少しだけ身長が伸びて、莞莞との身長差が少し縮んだことである。
乗馬を始めてからすっかり習慣化した朝風呂をしに浴室に行くと、すでに着替えが用意されていた。
熱々の湯船に浸かり、手足を伸ばして木蓮はニヤニヤと笑った。
(身長伸びたし、153センチくらいにはなったはず!あと5センチ伸びれば、チビ脱出だ!!)
あわよくば160くらいは欲しいなと夢想していたその時、カタリと物音がし、水面が揺れる。
間髪入れずに強い揺れが襲ってきて、木蓮は必死で浴槽の縁につかまった。
幸い揺れはすぐにおさまったが、日本にいた時に大きな地震を経験したことを思い出し、木蓮は素早く体を拭いて服を着た。
余震を警戒しながら客間に行くと、西露と莞莞が割れた壺を片付けているところだった。
「二人とも、怪我はない?田榮はどこ?」
「私共は大丈夫です。仙女様もご無事でようございました。田榮は厨房の様子を見に行きました」
「じゃあみんな無事だね。良かった」
木蓮がホッとしたその時、客間の扉が開き、田榮が顔を覗かせた。
眉が垂れ下がり、困ったような表情をしている。
「茶器、食器は無事でしたが、小麦粉を貯蔵していた壺が割れてしまいました」
「ということは、今日の昼から主食となるものが無いな。わかった。内務府に行ってこよう」
田榮の報告を聞くなり走り出そうとした西露を引き止め、木蓮は小首を傾げた。
「待って。お米の備蓄は?もう無いんだっけ?」
「昨日食べた分で最後になります。当分米は支給されないでしょう。最近あちこちで地震が発生しており、国内最大の稲作地帯の隋川も大きな地震に見舞われました。半分以上の田んぼがダメになってしまったので、今年は慢性的な米不足です」
米不足になるほどの震災があったこと自体知らず、木蓮は項垂れた。
何も知らずに呑気に米を食べていたことに、申し訳なさを感じる。
「陛下と皇后娘娘は率先して小麦粉や雑穀を食べているそうよ。多分しばらくは粗食になるわね」
「そうか……ねえ田榮、今は食糧難なんだし、しばらくは点心は作らなくて良いよ。贅沢はやめないと」
田榮の作る胡麻団子や大根餅は大好きだが、食糧の供給が復活するまでは我慢しようと決意し、木蓮は西露にお使いを頼んだ。
いつもは山盛りに作られる饅頭も、今日は一人につき二つだけだ。
田榮と西露はいつも先に食事を済ませているため、莞莞と二人で席につく。
野菜がたっぷり入った羮と、イカと青菜の炒め物をいつもの倍の時間をかけてゆっくりと噛みしめる。
大食らいの木蓮には物足りない量だが、それは絶対に口が裂けても言わない。
普段より量が少ない食事を終えると、莞莞が散歩に誘ってきた。
「そろそろ紫陽花が見頃の季節だし、御花園にでも行かない?」
「良いね。じゃあ、出掛ける支度をしよう」
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