74 / 86
御花園での争い②
しおりを挟む
階段を登って登場したのは、何人もの侍女を従えた鈴麗だ。
普段は宝石のごとく美しい杏仁型の翠眼は怒りに染まっており、ただでさえ迫力のある風貌は凄みを増している。
「そこのお前、名は?」
居丈高な声で鈴麗は関貴人に名を問う。
会うたびに苛つかれている木蓮は、今日の鈴麗の怒りは今までとは比べ物にならないヤバいものだと肌で感じていた。
「鎮国公関朧の娘、関阿若にございます。この度貴人の位を賜りました」
「私が尋ねたのは名前よ。聞いてもいないのに余計なことを話す必要は無いわ」
ピシャリと叩きつけるような鈴麗の口調に、関貴人こと阿若の顔が歪んだ。
より緊迫感が増し、木蓮はハラハラしながら事の成り行きを見守った。
「お前の名は?」
「宇玉連にございます」
深く跪き、玉連は優雅に拝礼した。
「お立ち」
「ありがとう存じます」
玉連が立ち上がったところで、鈴麗は厳しい表情を崩さずに二人を見比べる。
「此度の争い、原因は?」
「足元にまとわりつく野良猫が鬱陶しくて蹴飛ばしたら、そこの宇答応が私を侮辱したのです」
「宇答応、関貴人はこう申している。異論はあるか?」
「ございます。関貴人は猫を虐めておりました。鬱陶しいのならどければ良いだけのこと。執拗に蹴り続けていたので見ていられず、それでお止めした次第です」
余計なことを言うなと言わんばかりに睨み付ける阿若の視線を真正面から受け止め、玉連は鈴麗が下す沙汰を待った。
「事情はわかった。宇答応、騒ぎを起こした罰として一ヶ月の減棒とする」
鈴麗の言葉に耳を疑った木蓮は、目を見開いた。
「どんな事情があろうと、ここが後宮である以上は下位の者が上位の者に逆らうなど許されぬ。今回の件を教訓とし、しかと胸に刻みなさい」
「……承知いたしました」
しょんぼりと肩を落とす玉連に対し、勝ち誇ったように笑った阿若だが、その次の瞬間に笑みは消えた。
「関貴人は三ヶ月俸録を没収。さらに、明日から一日十回の写経」
「なっ!」
「後宮指南役である私の命令も無しに、勝手に妃嬪を罰した罰よ。たかだか貴人の分際でよくもでしゃばってくれたわね」
阿若は不満そうに唇を噛み締めたが、鈴麗はさらに追い討ちをかけた。
「不満そうね。まあ、お前の身分は本来私より高いのだから、罰を受けるなど屈辱だと思うのでしょう。しかし後宮に入ったからには実家のことは忘れ、己の地位に見合った言動を心掛けなさい」
(意外とまともなこと言うんだなぁ……)
見た目だけなら阿若とは違った方向性の悪役顔の鈴麗だが、なかなかどうしてしっかりしている。
莞莞とも通じる、舜の貴婦人らしい威厳と清廉潔白さに、鈴麗への好感度がうなぎ登りだ。
「この事は皇后娘娘にもご報告します。さあ、お行き」
二人に解散を命じ、高台が無人となってから鈴麗は重苦しいため息をついた。
眉間のシワを揉みほぐす鈴麗に、侍女の一人が気遣わしげに声をかける。
「娘娘、ご立派でしたわ」
「これで皇太后に目をつけられたわね。あの関阿若、皇太后の姪だもの。きっと私が罰をくだしたことを言いつけるでしょう」
「だから何だと言うのです。娘娘は後宮指南役としての役目を果たしただけですわ」
「陛下と対立する皇太后が姪を後宮に送り込んできたこの怪しい状況下で、私の言動が陛下に不利にならないか心配なのよ。いつ、どこで何がおこるかわからないのが後宮だもの」
とはいっても、叱った事実を取り消すことは出来ないと続け、鈴麗は不意に木蓮と莞莞が隠れている生け垣に目を向けた。
「ところで、覗き見なんて悪趣味だと思わないの?貴女達」
確信を持った声で呼びけられ、木蓮と莞莞、張姉妹はすごすごと生け垣から這い出た。
「隠れるならもっと上手く隠れなさい。中途半端に頭や足が見えていたわ」
「はい……なんていうかその……ごめんなさい」
歯切れの悪い謝罪を木蓮がすると、鈴麗は旗袍の裾を翻して高台を去った。
残った四人は、それぞれ顔を見合わせた。
微妙な空気になってしまい、とても花を見る気分ではなくなった木蓮は、張姉妹と別れて寧世宮に戻ることにした。
普段は宝石のごとく美しい杏仁型の翠眼は怒りに染まっており、ただでさえ迫力のある風貌は凄みを増している。
「そこのお前、名は?」
居丈高な声で鈴麗は関貴人に名を問う。
会うたびに苛つかれている木蓮は、今日の鈴麗の怒りは今までとは比べ物にならないヤバいものだと肌で感じていた。
「鎮国公関朧の娘、関阿若にございます。この度貴人の位を賜りました」
「私が尋ねたのは名前よ。聞いてもいないのに余計なことを話す必要は無いわ」
ピシャリと叩きつけるような鈴麗の口調に、関貴人こと阿若の顔が歪んだ。
より緊迫感が増し、木蓮はハラハラしながら事の成り行きを見守った。
「お前の名は?」
「宇玉連にございます」
深く跪き、玉連は優雅に拝礼した。
「お立ち」
「ありがとう存じます」
玉連が立ち上がったところで、鈴麗は厳しい表情を崩さずに二人を見比べる。
「此度の争い、原因は?」
「足元にまとわりつく野良猫が鬱陶しくて蹴飛ばしたら、そこの宇答応が私を侮辱したのです」
「宇答応、関貴人はこう申している。異論はあるか?」
「ございます。関貴人は猫を虐めておりました。鬱陶しいのならどければ良いだけのこと。執拗に蹴り続けていたので見ていられず、それでお止めした次第です」
余計なことを言うなと言わんばかりに睨み付ける阿若の視線を真正面から受け止め、玉連は鈴麗が下す沙汰を待った。
「事情はわかった。宇答応、騒ぎを起こした罰として一ヶ月の減棒とする」
鈴麗の言葉に耳を疑った木蓮は、目を見開いた。
「どんな事情があろうと、ここが後宮である以上は下位の者が上位の者に逆らうなど許されぬ。今回の件を教訓とし、しかと胸に刻みなさい」
「……承知いたしました」
しょんぼりと肩を落とす玉連に対し、勝ち誇ったように笑った阿若だが、その次の瞬間に笑みは消えた。
「関貴人は三ヶ月俸録を没収。さらに、明日から一日十回の写経」
「なっ!」
「後宮指南役である私の命令も無しに、勝手に妃嬪を罰した罰よ。たかだか貴人の分際でよくもでしゃばってくれたわね」
阿若は不満そうに唇を噛み締めたが、鈴麗はさらに追い討ちをかけた。
「不満そうね。まあ、お前の身分は本来私より高いのだから、罰を受けるなど屈辱だと思うのでしょう。しかし後宮に入ったからには実家のことは忘れ、己の地位に見合った言動を心掛けなさい」
(意外とまともなこと言うんだなぁ……)
見た目だけなら阿若とは違った方向性の悪役顔の鈴麗だが、なかなかどうしてしっかりしている。
莞莞とも通じる、舜の貴婦人らしい威厳と清廉潔白さに、鈴麗への好感度がうなぎ登りだ。
「この事は皇后娘娘にもご報告します。さあ、お行き」
二人に解散を命じ、高台が無人となってから鈴麗は重苦しいため息をついた。
眉間のシワを揉みほぐす鈴麗に、侍女の一人が気遣わしげに声をかける。
「娘娘、ご立派でしたわ」
「これで皇太后に目をつけられたわね。あの関阿若、皇太后の姪だもの。きっと私が罰をくだしたことを言いつけるでしょう」
「だから何だと言うのです。娘娘は後宮指南役としての役目を果たしただけですわ」
「陛下と対立する皇太后が姪を後宮に送り込んできたこの怪しい状況下で、私の言動が陛下に不利にならないか心配なのよ。いつ、どこで何がおこるかわからないのが後宮だもの」
とはいっても、叱った事実を取り消すことは出来ないと続け、鈴麗は不意に木蓮と莞莞が隠れている生け垣に目を向けた。
「ところで、覗き見なんて悪趣味だと思わないの?貴女達」
確信を持った声で呼びけられ、木蓮と莞莞、張姉妹はすごすごと生け垣から這い出た。
「隠れるならもっと上手く隠れなさい。中途半端に頭や足が見えていたわ」
「はい……なんていうかその……ごめんなさい」
歯切れの悪い謝罪を木蓮がすると、鈴麗は旗袍の裾を翻して高台を去った。
残った四人は、それぞれ顔を見合わせた。
微妙な空気になってしまい、とても花を見る気分ではなくなった木蓮は、張姉妹と別れて寧世宮に戻ることにした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
16
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる