舜国仙女伝

チーズマニア

文字の大きさ
上 下
86 / 86

夜伽ー英文視点ー

しおりを挟む
机上の時計の針が夜9時を指したのを見て、英文は上奏文の添削を途中で止めた。

食後に湯浴みを済ませ、韋常在が大星殿に到着するまでの間、時間潰しに政務に励んでいたが、思ったより集中していたようだ。

机の上を片付け、劉太医から処方された媚薬を飲み干し、部屋の鍵を閉めてから寝室に向かう。

即以後、すっかり馴染み深くなった寝室は、先帝の西洋趣味が反映された、華やかだが落ち着きのある内装だ。

天蓋つきの巨大な寝台も、側にある寝椅子や洋箪笥もいつもと変わらないが、一つだけ違うのは、部屋の入り口から寝台にかけて、色とりどりの花びらが撒かれている点である。

今宵から始まる小主達との初夜に際し、英文は一つの習慣を廃止させた。


「陛下、韋常在をお連れしました」

「入れ」


かすかに軋む音をたてながら寝室の扉が開き、俯いた韋寧婉いねいえんがしずしずと入室した。

扉が閉まり、二人きりになると同時に膝をついた彼女は、緊張を滲ませた声で挨拶をした。


「前例の無い厚遇を賜り、恐悦至極に存じます」

「別にそなたの為ではない。暗殺防止のためと謳いながら無駄だらけの風習であったから廃止した。ただそれだけだ」


本来、最初の夜伽では、指名された小主は自分の宮で湯浴みを済ませ、体を拭いたら全裸のまま布団にくるまれ、宦官達に皇帝の住まいまで運ばれる。

この風習を無駄と判断した英文は、夜伽の指名をすると同時に、初夜の儀式を廃止するという触れを出した。


「それでも、嬉しゅうございます。いくら宦官とはいえ、不特定多数の人間に肌を晒したい女子などおりませんもの」

「確かにな。それに、あの風習ではやる気が起きぬ。かえって萎えるばかりだ」


あまりに直接的な物言いだったからか、寧婉はサッと顔を赤らめた。

それにわずかに欲情を覚えた英文は、彼女の手を引き、寝台に押し倒した。

身体を包む薄布に手をかけ、一糸纏わぬ姿にすると、あからさまに体が強張る。

しかし、それでも拒絶の言葉を飲み込み、されるがままに脚を開く様が哀れで、英文は耳元で呟いた。


「なるべく早く終わらせる。しばらく耐えてくれ」


気持ちよくなるよう奉仕するつもりはないが、処女を痛めつけるつもりもない。

枕元に忍ばせていた小瓶の蓋を開け、英文は自身の欲望にふりかけた。

困惑した様子の寧婉にかまうことなく足を開かせ、一気に貫く。


「ひいっ」


目が極限まで見開かれ、痛みに震えながらも、寧婉は歯を食いしばり、泣き声はあげなかった。

しかし、律動を終え、子種を注いだその瞬間、目尻から涙がこぼれ落ちた。

そこから、寧婉の涙は止まらなかった。

泣きじゃくる寧婉に毛布をかけると、英文は身支度を整え、部屋を出た。

媚薬の副作用か、行為が終わってから酷い倦怠感があり、歩くのがやっとである。

足音に気づいたのか、英文が扉を開ける前に、劉太医と王苒が迎え入れた。


「陛下、御体の調子は?」 

「体がだるいだけだが、一応診てくれ」


診察の結果、特に体に問題はなかったため、英文は寝室に戻ることにした。


「あと一刻もすれば、副作用の倦怠感もおさまりましょう」

「わかった。どれくらい日を空ければ、次の夜伽が出来る?」

「三日ほど空けばよろしいかと」

「ではまた連絡する。今宵は大儀であった」


ややふらつきながらも寝室に戻ろうとする英文に、王苒は眉尻を下げた。


「陛下、もうこちらでお休みになられたほうが……」

「初夜に皇帝に置き去りにされたと噂が立てば、韋常在の名誉に関わる。彼女はこちら側に引き入れたい人間だ。適当に扱うつもりはない」

「私が短慮でございました。お許しください」

「構わぬ。王苒、そなたはもう休め。朝の謁見の半刻前に起こしに来い」


すでに英文の頭は、どうやって寧婉を味方につけるかでいっぱいであった。

彼女に結婚を誓った相手がいたと知ってから、すぐに韋常在の故郷に密偵を放った。

互いに得をするような取引が出来るかもしれない。

淡い期待を胸に、英文は寝室の扉を開けた。

すぐに耳に入ってきたのは、安らかな寝息であった。

行為の後は激しく泣いたため、体力を消耗したのだろう。

毛布を抱きしめ、丸まりながら眠る寧婉の眦は赤く腫れ上がっていた。

纏ってきた薄布をその華奢な体にかけ、部屋のあちこちに灯された火を消して回る。

最後の一つを吹き消し、英文は深くため息をつきながら寝椅子に寝転んだ。

長い一日が終わりを迎えた安心感から、英文は微睡みに落ちていった。


しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...