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密談ー英文視点ー
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「陛下、遅れて参りましたことをお詫び申し上げまする」
「かまわぬ。それよりも劉太医、例の薬が出来たそうだな」
「効能は確かです。しかし、強い薬ですので、副作用も酷く、使用後は発熱や倦怠感があるでしょう。また、小主が運良くご懐妊あそばされても、無事出産出来るかどうか……」
「先日も言ったが、今優先すべきは、すべての小主との夜伽を済ませ、やかましい外野を黙らせることだ」
「差し出がましいことを申し上げました。お許しを」
気分を害した風もなく応鷹に頷き、英文は劉を下がらせた。
そして、隣に座る千李と、彼女の後ろに控えている王苒に視線を向ける。
「さて、準備は整った。あとは夜伽の相手を選ぶだけだが……」
千李も王苒も、言葉を途切れさせた英文に対し、神妙に頷いた。
「まさにそれが問題でございます」
「皇后よ、そなたが私なら誰を最初の夜伽の相手に指名する?」
「私でしたら……韋常在を指名します」
「なぜだ?」
「馬晋族はあくまで異民族です。我が一族の娘を最初の夜伽に選ぶとなれば、大臣達の反感を買うことに。宇答応は名門の出ですが、今回の秀女達の中では最も実家の身分が低いので、これも悪手。常識的に考えれば、鎮国公を父に持つ関貴人に最初の夜伽の相手を命じるのが道理ですが、皇太后に目をかけられている彼女を最初に指名すると、ややこしい事態になるでしょう。ここはあえて韋常在を指名し、皇太后の反応を見たいところです。それに……」
「続けよ」
「私の密偵が、韋常在について調べたところ、彼女には結婚を約束していた幼なじみがいたとか。秀女選抜に参加させるため、両親が無理やり恋人と別れさせたようです。そういう背景を持つならば懐柔し、こちらの味方につけるのも難しくはないでしょう」
「なるほど。確かに、それならば与しやすいだろうな。王苒、韋常在の宮に遣いを。それから湯殿の用意も頼む」
「御意」
「劉太医、すまぬが今夜はここに詰めてくれ。万が一私の体に異変が起きた場合、そなたがいてくれなければ難儀するだろうからな」
「もとよりそのつもりにございます」
「皇后、いや、千李」
いきなり名前を呼ばれた千李は、一瞬大きく目を見開いた。
それについ苦笑し、英文は胸の奥からほろ苦い何かが溢れそうになった。
一体いつから、彼女のことを名前ではなく皇后と呼ぶようになっていたのか。
「そなたほどの賢后は、この世に二人とおるまい。それに比べて、私は情けないな。文武共に、そなたの足元にも及ばない」
「陛下、そのように御自分を卑下するのはお止めください」
「事実だ。それに、別に悲観しているわけではない」
ならば一体なんなのか、という表情を隠さない千李に、英文は穏やかに笑った。
「千蘭のことで私を恨み、見捨ててもかまわないのに、そなたは私を赦した。それどころか、こうして私を支えてくれている」
「陛下をお助けするのは臣妾として当然のことですわ」
「誇り高い馬晋族のそなたに、そのような実態のない義務感があるものか。そなた自身の判断で私を支えてくれていることくらい、鈍感な私でもわかる」
「陛下……」
「そなたには感謝している。あの世にいる千蘭に恥じぬ、立派な君主となれるよう、努力する。そなたの期待にも応えてみせる。だから、これからも私を支えてくれ」
英文の声は一国の君主とは思えぬほど朴訥としており、気負いを感じさせないものであった。
しかしその言葉に込められた重みに気づいた千李は、唇を固く結んだ。
黙って膝をつく千李を立たせようとした英文だが、彼女の膝が濡れていることに気づき、踵を返した。
王苒も下がらせ、一人になり、ようやく泣けると思ったが、いつまで待っても涙は出てこない。
虚しさだけを感じ、泣き方を忘れたことに驚くも、英文は自分を納得させた。
(これで良かったのだ。いつまでもメソメソと泣いているわけにはいかないのだから)
「かまわぬ。それよりも劉太医、例の薬が出来たそうだな」
「効能は確かです。しかし、強い薬ですので、副作用も酷く、使用後は発熱や倦怠感があるでしょう。また、小主が運良くご懐妊あそばされても、無事出産出来るかどうか……」
「先日も言ったが、今優先すべきは、すべての小主との夜伽を済ませ、やかましい外野を黙らせることだ」
「差し出がましいことを申し上げました。お許しを」
気分を害した風もなく応鷹に頷き、英文は劉を下がらせた。
そして、隣に座る千李と、彼女の後ろに控えている王苒に視線を向ける。
「さて、準備は整った。あとは夜伽の相手を選ぶだけだが……」
千李も王苒も、言葉を途切れさせた英文に対し、神妙に頷いた。
「まさにそれが問題でございます」
「皇后よ、そなたが私なら誰を最初の夜伽の相手に指名する?」
「私でしたら……韋常在を指名します」
「なぜだ?」
「馬晋族はあくまで異民族です。我が一族の娘を最初の夜伽に選ぶとなれば、大臣達の反感を買うことに。宇答応は名門の出ですが、今回の秀女達の中では最も実家の身分が低いので、これも悪手。常識的に考えれば、鎮国公を父に持つ関貴人に最初の夜伽の相手を命じるのが道理ですが、皇太后に目をかけられている彼女を最初に指名すると、ややこしい事態になるでしょう。ここはあえて韋常在を指名し、皇太后の反応を見たいところです。それに……」
「続けよ」
「私の密偵が、韋常在について調べたところ、彼女には結婚を約束していた幼なじみがいたとか。秀女選抜に参加させるため、両親が無理やり恋人と別れさせたようです。そういう背景を持つならば懐柔し、こちらの味方につけるのも難しくはないでしょう」
「なるほど。確かに、それならば与しやすいだろうな。王苒、韋常在の宮に遣いを。それから湯殿の用意も頼む」
「御意」
「劉太医、すまぬが今夜はここに詰めてくれ。万が一私の体に異変が起きた場合、そなたがいてくれなければ難儀するだろうからな」
「もとよりそのつもりにございます」
「皇后、いや、千李」
いきなり名前を呼ばれた千李は、一瞬大きく目を見開いた。
それについ苦笑し、英文は胸の奥からほろ苦い何かが溢れそうになった。
一体いつから、彼女のことを名前ではなく皇后と呼ぶようになっていたのか。
「そなたほどの賢后は、この世に二人とおるまい。それに比べて、私は情けないな。文武共に、そなたの足元にも及ばない」
「陛下、そのように御自分を卑下するのはお止めください」
「事実だ。それに、別に悲観しているわけではない」
ならば一体なんなのか、という表情を隠さない千李に、英文は穏やかに笑った。
「千蘭のことで私を恨み、見捨ててもかまわないのに、そなたは私を赦した。それどころか、こうして私を支えてくれている」
「陛下をお助けするのは臣妾として当然のことですわ」
「誇り高い馬晋族のそなたに、そのような実態のない義務感があるものか。そなた自身の判断で私を支えてくれていることくらい、鈍感な私でもわかる」
「陛下……」
「そなたには感謝している。あの世にいる千蘭に恥じぬ、立派な君主となれるよう、努力する。そなたの期待にも応えてみせる。だから、これからも私を支えてくれ」
英文の声は一国の君主とは思えぬほど朴訥としており、気負いを感じさせないものであった。
しかしその言葉に込められた重みに気づいた千李は、唇を固く結んだ。
黙って膝をつく千李を立たせようとした英文だが、彼女の膝が濡れていることに気づき、踵を返した。
王苒も下がらせ、一人になり、ようやく泣けると思ったが、いつまで待っても涙は出てこない。
虚しさだけを感じ、泣き方を忘れたことに驚くも、英文は自分を納得させた。
(これで良かったのだ。いつまでもメソメソと泣いているわけにはいかないのだから)
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