魅惑の御曹司の破滅愛から逃げたら、推しの溺愛が待ってました。

専業プウタ

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1.空っぽな私

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 アパレルブランド『トライアンフ』の社長令嬢の私、柏原凛音(りお)は生まれながらに全てを持っていたはずだった。

 恵まれた容姿に、打ち出の小槌のように出てくるお金。経済的な苦労もなかったし、親が用意してくれた美形の婚約者もいた。私は生まれながの勝者だと自覚していた。だから人に媚びることもなく、好きなように過ごしてきたつもりだ。

⋯⋯本当に自分の決められた将来を窮屈に思わなかった?
暇すぎるせいか何度も誰かが私の脳内で問いかける。

⋯⋯私の人生は決められたレールを走っていて、私に自由はない。
 でも、私は自分の人生を捧げたいくらい愛する人がいる。それは、婚約者の曽根崎玲ではなく、アイドルのHIROだ。HIROはアイドルグループ『スーパーブレイキン』のセンターで私の神。歌も踊りも上手で、いつも楽しそう。彼を見ているだけで友達が1人もいなくても私の毎日は充実している。

♢♢♢

 今日は私の17歳の誕生日だというのに一人朝食をとる。
 母も留守で、父は愛人宅だ。
 母自慢の優秀な兄はこの家に愛想をつかせて出て行ってしまった。

 私たち家族が四人揃って食事をすることは、記憶にある限りこの3年間で1度もない。

 外から見れば仲良し家族で、母はそれを常にSNSでアピールしていた。
 でも、本当は冷め切った崩壊した家庭だ。
 母は私から見ても承認欲求の塊で、見ていて痛々しい程の空っぽな女だ。

 私はファッションデザイナーとしても成功してアパレルブランドを経営している柏原清太郎の娘だ。そして、母はインフルエンサーの柏原七海。母は短大卒業と共に、父と結婚した。母は二言目には父は働くような生意気な女と結婚したくなかったから専業主婦になったと言っている。

 実際は、母は背が低く皆が憧れるようなモデルにはなれず、就職氷河期に面接に落ち続けるのに耐えられなかっただけだと思う。

 周りから嘲笑されるそのような厳しい言い訳を堂々と言える母は異質で虚しい存在だ。実際、母は父にとって顔だけ良い扱い安い女だっただけだ。側から見れば父は結婚適齢期に自分を満足させる無駄な事を言わない頭の悪い女を買ったように見えている。私はそのような両親を軽蔑していた。私は振れば「カラカラ」と音が鳴るような空っぽな母親とは違うと思っていた。

 朝起きて、いつもはテレビなどくだらなくてつけないのに今日は自然とテレビのリモコンに手が伸びた。告げられたのは私の最愛の人の訃報だった。

『今朝、HIROことアイドルグループ『スーパーブレイキン』の小柳真紘17歳が亡くなりました。死因は自宅での首吊りによる窒息死⋯⋯』

「えっ? 何で? HIROが自殺なんてする訳ないよ! 絶対、HIROを嫉妬するクズにやられたに決まってるよ⋯⋯」

 私が思わず呟いた言葉にお手伝いさんが興味津々に目を見開く。
 金持ち令嬢がアイドルオタクだった事が面白いのだろうか。
 私はそのような下々の人間は自分にとってどうでも良いと見做していた。一瞥した後に、その辺を飛び回る蚊より下回る存在だと認識する。

 私は家でも学校でも自分がHIROのファンだという事を隠していた。
 自分でも、HIROを好きだと言うことを後ろめたく感じていたのがなぜだか分からない。

『第一発見者はガールバンド『JKロック』のMINAこと草井奈美子25歳⋯⋯』
 私にとっては一大事のニュースをキャスターは淡々と伝える。

「嘘だよ。何で? どうしてMINAがHIROの自宅にいるの?」

 今はそんな事はどうでも良いと瞬時に自分に言い聞かせる。
 2人は一度一緒にいるところを週刊誌に撮られて噂があったから恋人同士だったのかもしれない。

 推しの恋愛に激怒する人間もいるが、私は全く興味がない。
 私がHIROに求めているのは疑似恋愛ではないからだ。

 草井奈美子が25歳なのに女子高生として売っていた事も大衆から見れば楽しいネタだが、私には取るに足らない事実だ。
 第一発見者から疑うのがセオリーだとするならば、彼女が犯人かもしれない。
 でも、犯人探しなんてしても何の意味もない。 

 重要なのはHIROがもうこの世にいないと言う事だ。
 
「あぁ⋯⋯もう⋯⋯」

 知らずに私のものとも思えない弱々しい声が漏れた。

 なんだか心も体も空っぽだ。
(そう⋯⋯私も母と同じ空っぽな人間だ⋯⋯本当は全てを持っているどころか何も持っていない)

 みんな最初は私の外見や持っているものに近づいてくるのに、時間が経つと離れていく。自分が大好きで自意識過剰な程に自信に溢れて見えていた柏原凛音は、実は虚構の存在だったと気が付くのだろう。
 
 柏原凛音の空っぽのグラスを埋めてくれるのはHIROだった。
 
「何もない、空っぽだぁ⋯⋯」
 私はその場で食事を中断し無気力になった体をテーブルに預けて突っ伏した。


♢♢♢
 
 HIROの死から1年、私は学校に行けなくなった。

 私は高校3年生になっていた。
 予定通りエスカレーターで行ける大学には進学できる。
 莫大な寄付金も学校に支払っているし問題ない。

 問題があるのは、なぜか言うことを聞いてくれない私の体だ。

 HIROが死んで以来、体が鉛を四肢に付けられたように重くて動かない。
 ベッドの上で生活をしなければならないが、食事も持ってきて貰えるし問題はない。
 私は自分が想定以上に人生の楽しみをHIROに依存してしまっていた事に気がついていた。
(このまま寝たきりになって何か困るかしら?)

 半年間、お見舞いに来てくれたのは婚約者の曽根崎玲だけだ。

 母も私に自分の浮気がバレてから、気まずくなったのか家に戻らなくなった。
 私を利用した家族円満アピールができなくなったからだろう。
 お手伝いさんがシフト制で常時いて世話をしてくれているし、私も母の自己満の撮影会に付き合わされなくて済むから問題ない。

「自分に友達がなぜできないのか一度考えてみろ」と先生に言われた事があった。
その事を父に伝えた翌日にはその先生は学校を去った。
友達どころか、家族にも見放されている私に対し愚問だ。

 真っ白なシーツに顔を埋めながら少し物思いに耽った後に、とるに足らない事だと一笑した。
 そのような自分の問題点を省みなければならないのは貧乏人のすることだ。 お金のない人間は永遠にお金のある人間に媚びて施しを受けて暮らす。私はお金のある側の人間だからそのような憂いはない。

 イケメンで従順な婚約者もいるから人生のセカンドステージの結婚後も問題ない。今日も玲さんは時間を作って私のお見舞いに来るだろう。

 曽根崎玲は私の祖父の決めた婚約者だ。祖父は手広く事業を展開していて、私との結婚は曽根崎家にとって得がある。だから、彼はどんな時も私に尽くした。私と彼の間に恋愛感情みたいなものはない。それでも、玲さんは婚約者である以上、私を誰より大切にしてくれる。

 
「はぁ、HIRO! このつまらない世の中で唯一私を楽しませてくれる存在だったのにな⋯⋯」

「凛音⋯⋯」

 頭の上から聞き慣れた低い声がして見上げると、私のことを玲さんが見下ろしていた。玲さんは曽根崎薬品の御曹司で私より7歳年上の24歳だ。大学卒業と共に、父親の跡を継ぐべく曽根崎薬品の専務として働いている。身長も185センチと高く、精悍な顔つきと涙ボクロが色っぽい万人受けしそうなイケメンだ。

 彼はいつも穏やかに口角を上げて微笑んでいるように見せているが、目の奥は全く笑っていない。きっと、心からの愛情を向けられたら私も大多数の女の子のように彼に惹かれていただろう。実際、14歳の時にパーティーで当時大学生だった彼と初めて会った時は一目惚れのような感情が湧き起こった。

 しかしながら、義務的な笑顔と隠しきれない冷たい視線を感じる度に私の心は冷めていった。

「ゼリーくらいなら食べられるか? こんなにやつれて⋯⋯可哀想に⋯⋯」
 フルーツがゴロゴロ入っているゼリーをスプーンと共に渡してくる玲さんに私は溜息をついた。

 確かに昨晩から食事も喉を通らなくなっている。
 その話をお手伝いさんから聞いて気を利かせたつもりなのだろう。

 お手伝いさんも玲さんも本当は私を心配なんかしていない。
 心配をしている体を保っているだけだ。
(腹が立つ! どいつもこいつも偽善者ばっか!)

 私は思いっきり、彼の手を引っ叩いた。
 床にゼリーが散乱する。

「こんな添加物ばかりのコンビニデザートを食べられる訳ないでしょ。根本パティシエでも呼んで私の満足できるようなデザートを作らせて持ってきて! こんなプラスチックの入れ物に入った安っぽいデザートじゃなくて、陶器に銀スプーンで提供された料理じゃないと私は食べないわ」

 私はかぐや姫のように無理難題を彼に伝える。人気パティシエの作ったデザートを直ぐに持って来るなど不可能に近い。それでも今までと同じように彼はやり遂げるだろう。私はいつも彼がどこまで自分に尽くせるか、どこまで私の我儘に耐えられるかを試していた。




 
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