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16.変わってしまった婚約者
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時は遡ること、まだ残暑が残る秋の日。アンドレア・バルベは愛する婚約者が自分の腹違いの兄を連れ領地に赴いたと聞き苛立っていた。
♢♢♢アンドレア・バルベ♢♢♢
エスメが感染症が猛威を振るう領地に赴いたらしい。それにジェイクも付いて行ったと言う。僕は居てもたっても居られなくなって、ライナス皇帝陛下に抗議しに行くことにした。
皇族は病気もしても隠さなければならないが、父は持病が悪化して体調の悪い日も多い。ついこの間まで、公務を近い内に僕に任せるようにすると言っていたのに、ジェイクを皇籍に復帰させてからその話は無くなった。
父は今日も体調が悪く寝室にいるらしく、謁見要請をしても断られた。
それでも僕は可及的速やかに父と話したくて、寝室の前まで来ている。
「アンドレア皇子殿下、本日ライナス皇帝陛下は⋯⋯」
「分かっている。でも、緊急に皇帝陛下にお話ししたい事があるんだ。扉を開けろ」
父の病状は最低限の人間の一人であるクレイグ補佐官に扉を開けさせる。
父は寝室でベッドに腰掛け、仕事をしていた。父の仕事量は非常に多い。本来なら皇后である母は贅沢しから知らず父のサポートは一切しない。
「アンドレア、扉の外が騒がしいと思ったら、お前か。エスメとの婚約を破棄する気になったのか?」
父の言葉に一気に頭に血が昇りそうになるも、気持ちを落ち着けた。
「婚約破棄はしません。僕はエスメを愛しています」
「ならばなぜ、もっとエスメに気を配らなかったのだ? エスメはお前を見切ったのかもしれない。でも、余はあの娘が皇室に欲しい」
父は、僕がエスメを蔑ろにし、シエンナに構っていた事を注意している。僕自身、どうしてそのような行動をしてしまったのか分からない。ただ、この三年のエスメに違和感を感じていた。そんな時、近付いて来たシエンナを側に置いてしまった。
「だから、ジェイクを皇籍復帰させたと?」
「そうだ。何度も言わせるな」
父が少し怒気を込めた声を出す。
「皇帝である父上がたかだか侯爵令嬢の言葉に耳を傾けているのは何故ですか? ジェイクは平民の血が混じっています。そんな男を僕は兄だとは認めたくありません」
返答など分かりきっているのに、僕は父の特権意識を引き出そうとする。エスメの毒が最も回っている父に本当は何を言っても無駄だと分かっていた。
「ジェイクには皇族の血も混じっている。アンドレア、お前が今まで『完璧な皇子』と称されてたのはエスメの力があったからだ。今度はエスメの力なしで自分の力を示してみろ」
父は全てを分かっていた。
十四歳の時に、エスメをが移民を受け入れる学校を提案する際、僕は皇后である母の反発を受けるからと後ろ向きだった。エスメはそんな僕に失望したような顔を一瞬すると、自分で直接皇帝陛下に提案を持って行った。
それ以外の僕の政策で、採用されて評価を得ているものは全てエスメの考えたものだ。
十三歳の時に、バルベ帝国が強い海軍を持つソレイア王国から責められた際、エスメは水中堤防を作るように僕からライナス皇帝に提案するように言った。
水中に石山を作る事で、敵の海軍の船は座礁。帝国は兵力を失う事なく戦争を終わらせた。
エスメは戦術、医術、政治など多岐に渡る知識を持ち、頭がずば抜けて切れる女だった。
三年前からエスメは特に僕に提案をしなくなった。その間も僕の為に動いていたのかもしれない。そんな事は予想ができたけれど、僕はエスメの変化が受け入れられなかった。
透き通るような白い肌に美しい赤い髪、長いまつ毛に彩られた琥珀色の瞳。一瞬で誰もが恋に落ちるような女、エスメ・オクレール。彼女は僕を常にときめかせてくれていた。
僕が十二歳の時に行われた婚約者を選ぶ試験の候補者の中に彼女を見つけた時は心が躍った。七歳で初めて彼女を見掛けた時から恋焦がれていた。彼女が恋を初めてするのも僕であって欲しいと願った。
仕草も表情も魅惑的で、甘い蜜を求める蜜蜂のように僕は彼女に夢中だった。
しかし、三年前から彼女は死んだ魚のような目で淡々とした女になってしまったのだ。
そんな彼女がある日、僕の好きになった女に再びなった。気が強く、駆け引きが上手で、目が離せないエスメが戻って来たのだ。喜ぶ間もなく婚約破棄をしたいと伝えてきて、僕の腹違いの兄と婚約しようとする彼女。認められるはずもない。
「ライナス皇帝陛下はこの三年のエスメをどう思ってましたか?」
自分でも尋ねていいか迷う質問。しかしながら、この三年間の彼女の違和感を感じていたのは僕だけではないはずだ。エスメを盲信する彼女の妹でさえ、この三年は冷めた目で彼女を見ていた。
「悪い何かに取り憑かれてたかな。あの女の話なら私は聞かなかった。でも、今のエスメはバルベ帝国に不可欠な女だ。私の質問に一瞬で答えおった」
「質問?」
「皇后が今里帰りしているだろう。いつものように護衛を不必要に連れて⋯⋯」
呆れたように話し出す父に胸が詰まる。グレンダ皇后は僕の母親だが、しょうもない人だ。碌に仕事もせず長々と祖国に里帰りする際には自分の権威を見せつけるように護衛騎士を大勢連れて行く。
「そのせいで休みがないと護衛騎士からクレームが上がっていたのだ。他の騎士団から騎士を借りる案もあったが、新しい問題が生まれそうで問題を先送りしていたのだ」
「エスメはどう解決したのですか?」
「交代式の廃止と二交代制から、三交代制にする事を提案して来た」
一度の勤務時間が短くなる事で体感的に楽になる。交代式に割かれてた時間を省くのもエスメらしい。
「三日で対策を考えるように言ったのに、エスメは一瞬で答えを出してきた。皇室に必要なエスメ・オクレールだ」
『皇室に必要なエスメ・オクレール』その言葉が矢のように心臓に刺さる。父はエスメが皇室に嫁いでくるならば、結婚相手は僕ではなくても構わないと言っているのだ。
エスメが男ならオクレール侯爵は手放さず、侯爵家を継がせただろう。エスメは女だったのは皇室にとって幸運。他の家や、ましてや他国にエスメを取られる事を父は一番危惧している。
グレンダ皇后の反発があるのを分かっても、エスメを選ぶ。父が買っているのはジェイクでも、僕の能力でもない、エスメ・オクレールだ。
父はエスメの事を話す時は表情が緩む。先程まで顔色が悪かったのに、頬に赤みが差しながら父は話し続けた。
「全ての護衛騎士が朝、昼、夜間の経験もでき、急な休みにも対応できるようになったと騎士たちからも好評だ」
護衛騎士がしばしば夜間勤務担当をハズレ勤務と呼んでいるのは聞いていた。三交代制になれば平等性も保たれる。
「エスメらしい提案ですね。皇帝陛下がエスメにゆくゆくは皇后の冠を被せたいとお考えなら、婚約破棄をした時点で僕の負けは確定しているのではありませんか?」
「負けか⋯⋯アンドレアは皇太子になれないなら、ゆくゆくは皇帝になれないならば負けだと思っていると言う事か?」
質問に質問で返される。僕はジェイクというライバルを母が排除し、唯一の皇位継承権保持者として育てられた。
今更、皇位を争えと言われても戸惑う。僕の立場ならば、皇太子になれなければ負けだと思うのは自然だ。でも、自分が子供っぽい考え方をしているというのは分かっている。僕がどう答えて良いか迷っていると、父は呆れたように口を開いた。
「一度、エスメと婚約破棄してみたらどうだ? もし、アンドレアがジェイク以上の力を見せればエスメは戻ってくる」
「クラリッサと婚約したら、エスメは戻って来ません」
僕の返答に父は吹き出した。
僕はエスメと婚約を破棄し、妹のクラリッサと婚約するように言われている。オクレール侯爵家の支援を継続的に受ける為と言われているが、それは建前。クラリッサはエスメの意向で動く、彼女の妹の皮を被った信者だ。そんな事は誰もが知っている。
「とにかく僕はエスメともう一度話すまでは、婚約破棄はしません。皇帝陛下、長々と失礼しました。お大事にしてください」
一礼して僕が部屋を出ると、扉の前で補佐官が待ち構えていた。
「クラリッサ・オクレール侯爵令嬢が殿下を訪ねてきていますので、執務室に通しています」
エスメの妹を蔑ろにできない。でも、僕は今からクラリッサに何を言われるのかと思うと気が重くなった。
♢♢♢アンドレア・バルベ♢♢♢
エスメが感染症が猛威を振るう領地に赴いたらしい。それにジェイクも付いて行ったと言う。僕は居てもたっても居られなくなって、ライナス皇帝陛下に抗議しに行くことにした。
皇族は病気もしても隠さなければならないが、父は持病が悪化して体調の悪い日も多い。ついこの間まで、公務を近い内に僕に任せるようにすると言っていたのに、ジェイクを皇籍に復帰させてからその話は無くなった。
父は今日も体調が悪く寝室にいるらしく、謁見要請をしても断られた。
それでも僕は可及的速やかに父と話したくて、寝室の前まで来ている。
「アンドレア皇子殿下、本日ライナス皇帝陛下は⋯⋯」
「分かっている。でも、緊急に皇帝陛下にお話ししたい事があるんだ。扉を開けろ」
父の病状は最低限の人間の一人であるクレイグ補佐官に扉を開けさせる。
父は寝室でベッドに腰掛け、仕事をしていた。父の仕事量は非常に多い。本来なら皇后である母は贅沢しから知らず父のサポートは一切しない。
「アンドレア、扉の外が騒がしいと思ったら、お前か。エスメとの婚約を破棄する気になったのか?」
父の言葉に一気に頭に血が昇りそうになるも、気持ちを落ち着けた。
「婚約破棄はしません。僕はエスメを愛しています」
「ならばなぜ、もっとエスメに気を配らなかったのだ? エスメはお前を見切ったのかもしれない。でも、余はあの娘が皇室に欲しい」
父は、僕がエスメを蔑ろにし、シエンナに構っていた事を注意している。僕自身、どうしてそのような行動をしてしまったのか分からない。ただ、この三年のエスメに違和感を感じていた。そんな時、近付いて来たシエンナを側に置いてしまった。
「だから、ジェイクを皇籍復帰させたと?」
「そうだ。何度も言わせるな」
父が少し怒気を込めた声を出す。
「皇帝である父上がたかだか侯爵令嬢の言葉に耳を傾けているのは何故ですか? ジェイクは平民の血が混じっています。そんな男を僕は兄だとは認めたくありません」
返答など分かりきっているのに、僕は父の特権意識を引き出そうとする。エスメの毒が最も回っている父に本当は何を言っても無駄だと分かっていた。
「ジェイクには皇族の血も混じっている。アンドレア、お前が今まで『完璧な皇子』と称されてたのはエスメの力があったからだ。今度はエスメの力なしで自分の力を示してみろ」
父は全てを分かっていた。
十四歳の時に、エスメをが移民を受け入れる学校を提案する際、僕は皇后である母の反発を受けるからと後ろ向きだった。エスメはそんな僕に失望したような顔を一瞬すると、自分で直接皇帝陛下に提案を持って行った。
それ以外の僕の政策で、採用されて評価を得ているものは全てエスメの考えたものだ。
十三歳の時に、バルベ帝国が強い海軍を持つソレイア王国から責められた際、エスメは水中堤防を作るように僕からライナス皇帝に提案するように言った。
水中に石山を作る事で、敵の海軍の船は座礁。帝国は兵力を失う事なく戦争を終わらせた。
エスメは戦術、医術、政治など多岐に渡る知識を持ち、頭がずば抜けて切れる女だった。
三年前からエスメは特に僕に提案をしなくなった。その間も僕の為に動いていたのかもしれない。そんな事は予想ができたけれど、僕はエスメの変化が受け入れられなかった。
透き通るような白い肌に美しい赤い髪、長いまつ毛に彩られた琥珀色の瞳。一瞬で誰もが恋に落ちるような女、エスメ・オクレール。彼女は僕を常にときめかせてくれていた。
僕が十二歳の時に行われた婚約者を選ぶ試験の候補者の中に彼女を見つけた時は心が躍った。七歳で初めて彼女を見掛けた時から恋焦がれていた。彼女が恋を初めてするのも僕であって欲しいと願った。
仕草も表情も魅惑的で、甘い蜜を求める蜜蜂のように僕は彼女に夢中だった。
しかし、三年前から彼女は死んだ魚のような目で淡々とした女になってしまったのだ。
そんな彼女がある日、僕の好きになった女に再びなった。気が強く、駆け引きが上手で、目が離せないエスメが戻って来たのだ。喜ぶ間もなく婚約破棄をしたいと伝えてきて、僕の腹違いの兄と婚約しようとする彼女。認められるはずもない。
「ライナス皇帝陛下はこの三年のエスメをどう思ってましたか?」
自分でも尋ねていいか迷う質問。しかしながら、この三年間の彼女の違和感を感じていたのは僕だけではないはずだ。エスメを盲信する彼女の妹でさえ、この三年は冷めた目で彼女を見ていた。
「悪い何かに取り憑かれてたかな。あの女の話なら私は聞かなかった。でも、今のエスメはバルベ帝国に不可欠な女だ。私の質問に一瞬で答えおった」
「質問?」
「皇后が今里帰りしているだろう。いつものように護衛を不必要に連れて⋯⋯」
呆れたように話し出す父に胸が詰まる。グレンダ皇后は僕の母親だが、しょうもない人だ。碌に仕事もせず長々と祖国に里帰りする際には自分の権威を見せつけるように護衛騎士を大勢連れて行く。
「そのせいで休みがないと護衛騎士からクレームが上がっていたのだ。他の騎士団から騎士を借りる案もあったが、新しい問題が生まれそうで問題を先送りしていたのだ」
「エスメはどう解決したのですか?」
「交代式の廃止と二交代制から、三交代制にする事を提案して来た」
一度の勤務時間が短くなる事で体感的に楽になる。交代式に割かれてた時間を省くのもエスメらしい。
「三日で対策を考えるように言ったのに、エスメは一瞬で答えを出してきた。皇室に必要なエスメ・オクレールだ」
『皇室に必要なエスメ・オクレール』その言葉が矢のように心臓に刺さる。父はエスメが皇室に嫁いでくるならば、結婚相手は僕ではなくても構わないと言っているのだ。
エスメが男ならオクレール侯爵は手放さず、侯爵家を継がせただろう。エスメは女だったのは皇室にとって幸運。他の家や、ましてや他国にエスメを取られる事を父は一番危惧している。
グレンダ皇后の反発があるのを分かっても、エスメを選ぶ。父が買っているのはジェイクでも、僕の能力でもない、エスメ・オクレールだ。
父はエスメの事を話す時は表情が緩む。先程まで顔色が悪かったのに、頬に赤みが差しながら父は話し続けた。
「全ての護衛騎士が朝、昼、夜間の経験もでき、急な休みにも対応できるようになったと騎士たちからも好評だ」
護衛騎士がしばしば夜間勤務担当をハズレ勤務と呼んでいるのは聞いていた。三交代制になれば平等性も保たれる。
「エスメらしい提案ですね。皇帝陛下がエスメにゆくゆくは皇后の冠を被せたいとお考えなら、婚約破棄をした時点で僕の負けは確定しているのではありませんか?」
「負けか⋯⋯アンドレアは皇太子になれないなら、ゆくゆくは皇帝になれないならば負けだと思っていると言う事か?」
質問に質問で返される。僕はジェイクというライバルを母が排除し、唯一の皇位継承権保持者として育てられた。
今更、皇位を争えと言われても戸惑う。僕の立場ならば、皇太子になれなければ負けだと思うのは自然だ。でも、自分が子供っぽい考え方をしているというのは分かっている。僕がどう答えて良いか迷っていると、父は呆れたように口を開いた。
「一度、エスメと婚約破棄してみたらどうだ? もし、アンドレアがジェイク以上の力を見せればエスメは戻ってくる」
「クラリッサと婚約したら、エスメは戻って来ません」
僕の返答に父は吹き出した。
僕はエスメと婚約を破棄し、妹のクラリッサと婚約するように言われている。オクレール侯爵家の支援を継続的に受ける為と言われているが、それは建前。クラリッサはエスメの意向で動く、彼女の妹の皮を被った信者だ。そんな事は誰もが知っている。
「とにかく僕はエスメともう一度話すまでは、婚約破棄はしません。皇帝陛下、長々と失礼しました。お大事にしてください」
一礼して僕が部屋を出ると、扉の前で補佐官が待ち構えていた。
「クラリッサ・オクレール侯爵令嬢が殿下を訪ねてきていますので、執務室に通しています」
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