浮気な婚約者を捨て愛を知る。

専業プウタ

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18.嫁と姑

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クラリッサは僕が立太子すれば、自ら婚約破棄を申し出るつもりだと話して来た。

「本当か? 僕にエスメと婚約破棄させる為にうまいこと誘導しようとしているだろう」

「私をエセ聖女と一緒にしないでください。元々私はお嫁に行く気がありません。侯爵家を継いで皇后になったお姉様を支えたいと思ってます」

「家を継ぐ? 遠戚から後継者を連れて来るのではないのか?」

「父はそのつもりのようですが、オクレール侯爵家を継げるような優秀な人材がいなくて苦戦してます」

暗に自分を優秀だというクラリッサは謙虚さのカケラもない。でも、この自信は努力に裏打ちされたものだと、彼女と話している内に分かって来た。

「エスメは君と僕をくっつけたいんじゃないのか? 君がエスメの意向に逆らうとは思えないが」

「そうですね。でも、お姉様がアンドレア皇子殿下を欲しがるようになれば話は別です」

「エスメが僕を欲しがる?」

想像するだけで身体中が熱くなる。

「お姉様の気持ちを変える自信がありませんか?」

「自信はないけど、僕がエスメに人を愛することを教えたい」

僕の決死の決意を聞いたクラリッサが呟く。

「⋯⋯図々しい」

僕はその聞こえるか聞こえないかの呟きを見逃さなかった。

「さっきから気になってたんだが、君は皇子である僕に対して随分偉そうではないか?」

「未来の婚約者として距離を縮めてるだけですわ」

「僕はエスメとの婚約を破棄する気はないぞ」

僕の言葉にクラリッサは肩をすくめた。

「お姉様は決めた事は絶対にやり遂げます。アンドレア皇子殿下との婚約破棄も例外ではありません。では、私は今日のところは失礼致します」

彼女は言うべき事は言ったとばかりに、優雅に礼をし部屋を出ていく。

「にゃー」
部屋には僕とノエルが残された。

♢♢♢

それから、一ヶ月後、僕の母グレンダ皇后が祖国より戻って来た。それとすれ違うように、シエンナは聖女巡礼に出発した。

僕は心にある疑惑を払拭したくて、グレンダ皇后の部屋を訪ねた。

僕が来ると嬉しそうに目を細め、メイドにお菓子とお茶を用意するように指示する母。母がエスメを排除しようと思っている可能性に辿り着いてしまい僕は混乱していた。

「アンドレア座りなさい。リスラム王国の高級菓子はこのクッキー一つとってもバターの質が違うわよ。この赤いお茶はハイビスカスティーというの酸っぱ味があって、甘いクッキーと相性が良いの」

母が詳しいのはお茶とお菓子の事だけ。僕は母が用意した食べ物を口にする気にはなれなかった。立ったままの僕を母が不思議そうに見ている。

「母上、シエンナは聖女ではありません」
僕の言葉に母が溜息を吐く。

「はあ、そうだったのね」
「しらばっくれないでください。僕をエスメから遠ざける為に、聖女だと偽らせ僕に彼女を近付けましたよね」

母は僕が聖女に憧れていたのを知っていた。人を疑って過ごさなければならない日々で、心の美しい聖女なら安心して側におけると考えてしまったのだ。

「アンドレア、私がどうしてそんな事をする必要があるというの?」

⋯⋯エスメが賢くて真実に辿り着いてしまうから。

僕は答えを知っているのに、母に尋ねられない。パンドラの箱を開けて仕舞えば、彼女の息子である僕にも火の粉が掛かることは避けられないからだ。

とぼけながら優雅にお茶に口をつけ、新しい高級菓子の話をしている母の声は全く耳に届かない。僕は四年前に真実に辿り着いていたエスメの事をを思い出していた。

♢♢♢

四年前、母がエスメの花嫁修行として自分の侍女として働いて欲しいと言った事があった。僕はエスメと早く暮らせると思い、嬉しくて彼女に知らせに言った。

彼女は訪れた僕の要件を聞くなり、自分の部屋に案内した。エスメの薔薇の香りがする彼女の部屋に緊張していた僕の期待は裏切られた。

『隠し通路を使えば、いつでも会いにいけるって? この通路は夜這い目的に作られてるの?』
『違う、僕は結婚前にエスメに無理強いする事なんて考えてないよ』

僕はエスメと暮らせる喜びに皇宮の隠し通路について話していた。エスメの滞在する皇后宮と僕の部屋はベッド下から行ける隠し通路で繋がっている。

エスメは狼狽する僕を見て、安心させるように柔らかく微笑んだ。
『まるで地下都市のような隠し通路ね。皇帝陛下の部屋に向かう愛人だって殺せそうだわ』
一瞬で空気が凍てつく。ジェイクを産み平民でありながら皇妃になった日にマチルダは不審な死を遂げる。エスメは母がジェイクの母を殺した事を示唆しているのだ。

『そんな物騒な。この通路は皇族の命を、守る為に作られた通路だよ』
紙に途中まで書いていた手書きの地図を僕は丸めてポケットに突っ込んだ。


『先帝がライナス・バルベとグレンダ・リスラムの政略結婚を勧めたのは完全に失策だったわね』
僕は突然エスメが自分の両親の結婚を失敗だったと語り出して、動揺した。

慌ててエスメの淹れてくれたローズヒップティーを飲み干す。

カップまで事前に温めてあり、時間をかけて蒸らした味わいの深い真っ赤なお茶。

中に蜂蜜が入っているのは、僕が甘いものを好きだからだ。

喉を通るその酸っぱさに混じる甘味にエスメの情を感じる。

動揺してはいけない、エスメは僕の存在を否定しているのではない。

彼女は母、グレンダの行き過ぎた選民思想を批判しているだけだ。ジェイクが誕生しても、彼の母マチルダが皇妃になる事に母は最後まで反対した。

「踊り子なんて娼婦と変わらない」「売女の皇妃なんて認められない」「平民が皇族なんてあり得ない」母は必要以上に攻撃的な言葉を吐き、普段参加なんてしない貴族会議にまで現れマチルダ皇妃の誕生を阻止しようとしたと聞いた。

当時、皇子だったジェイクは幼いながら優秀で、貴族会議にも父に連れられ出席していた。母の暴言を黙って聞いていたジェイクの話を聞いた時はゾッとしたものだ。

『母上は、生まれた時から蝶や花よと育てられたお姫様だから仕方がないところもあると思うよ』

『奴隷制度が未だ存在するリスラム王国の姫ですものね。リスラム王国が世界一裕福な国だと言われるのは間違った情報ですわ。リスラム王国は世界一原始的な国。十年以内にクーデターが起こり、リスラム王家は崩壊すると断言できます』

彼女の部屋に初めて入った。品のある上品なティーセット、花瓶に飾られた美しい薔薇、センスの良い調度品。

エスメをもっと知れるときめく時間を期待していた僕は愚かだ。

エスメがこの部屋に僕を呼んだのは皇族を侮辱するような危険な話をするから。そして、彼女は僕が自分の母親を侮辱されても僕が彼女を手放せないと知っている。

リスラム王国が世界一豊かと言われるのは王族を初めとする特権階級が尋常じゃない贅沢をしているからだ。搾取されている側の人間が暴動を起こすのは時間の問題だとエスメは僕に伝えたいのだろう。

『リスラム王家の軍事力を考えれば、そんな事は起きないよ』

僕は自分の声が震えている事に気がついた。エスメの予想が当たらなかった事など今まで一度もない。

『その軍事力は奴隷兵の活用あってのもの。アンドレア、人身売買で売れるのは男より女なのは何故だか分かりますか?』
バルベ帝国では百年以上前に禁止された人身売買が行われているのがリスラム王国だ。
僕は「奴隷制度」をそこまで悪いと思っていなかった。むしろ、浮浪者になるような人間を活用しているのだから良い点もあるはずだ。
そんな風に考えている僕は特権意識の強い母の思想の影響を受けているのだろう。

「女の奴隷の方が売れるのは、慰み者にできるからだろうか?」答えが分かっても僕には答えられない。そんな僕をエスメは悲しそうな目で見ると僕の想像以上の事を話し出した。

『女は子が産めるからです。その子供もまた奴隷にできてどんどん数を増やします。そのように人を家畜のように扱う国に未来はありません。人は自分が虐げられた時より、自分の大切な人を賤しめられた時により強い怒りを感じます』

真っ直ぐに僕を見つめてくるエスメ。

『母上が元皇妃を万が一でも殺していたとしたら、僕はどうなるんだ?』

母にとって平民であるマチルダは人ではない。

『ゆくゆくは皇帝になられるのでしょ。自分がどうなるかではなく、ご自分がグレンダ・バルベをどう処罰するかではないですか?』

エスメは僕に母親を切れと言っている。

『エスメ、こんな話はやめよう。僕の母上はお菓子とお茶にしか興味がない殺しなんてできない人だ』

『先程から、グレンダ皇后を母上と呼んでいますが、彼女はアンドレアの母である前にバルベ帝国の皇后ですよ』

この時のエスメは僕が話題をはぐらかし逃げるのを許してくれなかった。

自分でも分かっていた。僕は父の事は「皇帝陛下」と呼ぶが母のことを「皇后陛下」とは呼べない。

どう贔屓目に見ても、その座に母が相応しい女だとは思っていないからだ。

皇后を侮辱するなんて不敬な女だとエスメを罰して仕舞えば良い。

でも、僕は彼女に恋をしていて、彼女にも僕をいつか好きになって欲しい。

顔を上げると彼女の琥珀色の瞳には情けない顔をした僕が映っている。

エスメがカップにおかわりのローズヒップティーを淹れてくれる。

そっと口をつけると酸っぱ味だけが口内に広がった。

彼女はわざと蜂蜜を淹れてくれていない。酸っぱくても苦くても飲めと言っている。

自分が好きならば苦い真実も全て飲み込めと責められているようで、僕は一気にお茶を飲み干した。

ふと、背中に温かみを感じる。
エスメが僕を抱きしめてくれていた。

『アンドレア、何があっても貴方は私が守るわ。貴方のお母様と仲良くできなくてごめんなさいね』

優しく温かな温もりと彼女の言葉が忘れられない。

彼女は約束は守ってくれる人。きっと、あの言葉は嘘ではない。
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