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9.あまり女性に擦り寄られるのは好きじゃないんだ。
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「父上とは今日もお会いできないのか」
「申し訳ございません。ルイス皇子殿下⋯⋯ベリオット皇帝陛下はとても言葉を交わすことができないくらい衰弱しております」
父、ベリオット・パレーシアが倒れて1ヶ月だ。彼はまだパレーシア帝国の次期皇帝を指名していない。このまま、彼に死なれてしまっては第1皇子のクリスが自動的に皇帝になってしまう。
父は5人の妻を迎えた。皇位継承権のある彼の子は9人だ。皇后の息子である僕とクリスが皇帝になる可能性が高いと考えられている。貴族たちは僕たち2人のどちらにつくかで自分たちの運命が決まるのを知っていた。
父は貴族たちから皇位継承権の話を出されると、適当に躱していた。
僕にはそれが兄弟たちを競わせるのを楽しんでいるように見えた。
メダン公爵は、先に生まれただけの兄クリスより滅多に出現しない火の魔力を持った僕が皇帝になると踏んだようだ。僕が7歳の時に同じ年の娘のレイリンとの婚約を提案してきた。
レイリンは7歳にして、周囲も驚くような政治感を持ち完璧な礼法を身につけた女だった。彼女の家柄も含め僕が皇帝になる為には役に立つと思い、彼女と婚約した。
彼女からしょっちゅう送られてくる、妃教育の成果品である刺繍の施されたハンカチを意識し使うてうようにした。
メダン公爵がクリスに寝返るとまずいので、彼女に気を遣っているふりをした。
でも、レイリンと義務的に過ごす時間はとても退屈だった。用意してきたような模範回答を繰り返すだけの彼女に興味が持てなかった。賢いと言われていても、所詮は女としては賢いだけで大した事はないことに気がついてしまった。
「ルイス皇子殿下、皇帝陛下の容態が思わしくないようですね。もう、こうなれば聖女の力を頼るしかないでしょう。カルパシーノ王国が現在、エウレパ王国と交戦中のようです。おそらく聖女アリアドネはカルパシーノの手に渡るかと思われます」
父の容態が悪いことはトップシークレットだが、1ヶ月も床に伏していることで距離の近い貴族たちには事実を明かさざるを得なかった。僕が父の部屋の前で門前払いされたのを見計ったようにメダン公爵が話しかけてきた。
「カルパシーノ王国か⋯⋯そういえば、建国祭の招待状が来ていたな」
「カルパシーノ王国に行く際には娘も是非同行させてください。聖女アリアドネに接触し、帝国に彼女を連れてくることさえできれば皇位は殿下の手に渡る可能性が極めて高くなります」
メダン公爵は相変わらず強かな男だ。
聖女アリアドネを連れてきて、皇帝が会話ができる程度まで回復させる事ができれば僕が次期皇帝になれる確率が上がる。
そして、僕が男どもを惑わしてきたアリアドネに引っ掛からないようお目付け役に娘を同行させようとしている。
それにしても、アリアドネ・シャリレーンとは不幸な女だ。彼女がパレーシア帝国に生まれていれば、聖女として大切にされた。
パレーシア帝国は創世の聖女マリアンヌと初代皇帝リカルドにより建国されたという伝説があるからだ。
戦争を繰り返す野蛮な国が集まっている北西の小国に生まれた事が彼女の不幸のはじまりだ。彼女は貴重な神聖力を持つ聖女として生まれながら、その身柄は戦利品のように各国で扱われている。
「カルパシーノ王国か⋯⋯気が進まないが、仕方がないな」
僕はレイリンを連れて、大嫌いなセルシオ・カルパシーノの治めるカルパシーノ王国へとたった。
人を褒めない父が常に褒めていたのが、セルシオ・カルパシーノだ。父は卑しい元奴隷の彼に惚れ込み、彼の建国の手伝いまでしたのだ。
カルパシーノ王国に到着し、宿泊する離宮に案内されるなり僕はちょうど王宮にいるというアリアドネ・シャリレーンを部屋に呼んだ。
「ルイス・パレーシア皇子殿下に、アリアドネ・シャリレーンがお目にかかります」
噂通りの恐ろしい程の美貌を持つ彼女は、悲しいほどに荒んだ瞳をしていた。
少し会話をしただけで、彼女が非常に頭の回転が早く政治感にも優れていることが分かった。計算し尽くされた視線や仕草は艶かしく、今まで3カ国の国王を骨抜きにして来たことも頷けた。
しかし、僕は失望を隠せなかった。
自分でも驚いたが、僕は夢見がちな男だったらしい。
誰もが一目で愛さずにはいられない聖女という存在に、漠然と憧れを抱いていた。
僕は類い稀なる美貌と生まれからか、幼い頃から女性に誘惑され続けてきた。
その中には婚約者のいる高位貴族もいて、女というものに日々呆れていた。
そんな僕も初代皇帝リカルドと創世の聖女マリアンヌが一目で恋に落ち求め合ったように、聖女に会えば心が動くかと思った。
しかし、アリアドネも僕を誘惑してきた女と変わらなく見えた。
「ルイス皇子殿下、私、元奴隷の妃になるなんて嫌ですわ。殿下のような高貴な方の女になりたいのです」
そっと僕の胸に手を添えて、擦り寄ってくるアリアドネに寒気がした。
自分の憧れを汚されたような気持ちになり、男へ媚びることで生きるしかなかった彼女を哀れに思っても気分が悪くなるのを隠せなかった。
「すまない。あまり女性に擦り寄られるのは好きじゃないんだ。先程、伝えた通り皇帝陛下の病を治す為にパレーシア帝国に同行して欲しい」
「良いですよ。その代わりに皇帝陛下が治癒した暁には、私をあなたの側に置いてください」
神は慈悲深い美しい心を持つ魂に神聖力を授け聖女としたという記述があった。
しかし、人助けに交換条件を出してくる彼女に慈悲深さは感じない。
帝国民の聖女信仰は厚いゆえ、アリアドネを迎えるならば相応の地位に置くことが望まれるだろう。
しかし、皇后になる要件は純潔⋯⋯というより皇帝になる男以外との男性関係を持った事がないことが必須だ。それゆえ、アリアドネを皇妃として迎えることはできても皇后とすることはできない。
「皇妃としてなら君を迎えると約束しよう。でも、君はこれからセルシオ・カルパシーノの妻になるんじゃないのか。建国祭の最終日に結婚式を執り行うと聞いているが」
「ふふっ、王女の私が元奴隷の男の妻になるなんて、嫌だといったではないですか。実は私には双子の妹がいるんですの。お父様がお母様の尊厳を守る為に昔捨てたらしいんです。運よく拾われて孤児院で生きているそうですわ。そのカリンという子を身代わりにしてセルシオ国王の元に嫁がせる予定ですわ」
昔、妹が捨てられたことを楽しそうに語る彼女は既に狂っているように見えた。
長い歴史の中で何度か双子の聖女が誕生した事があるから、カリンも神聖力を持っている可能性が高い。でも捨てられた彼女はアリアドネ以上に、過酷な環境で過ごしただろうから神聖力もほとんど残っていないだろう。神聖力は清らかな心を失うと同時に消失していくと言われている。歴史上、無限の神聖力を持っていたのは創世の聖女だけだ。
(カリン⋯⋯聖女はもう1人存在するのか⋯⋯)
シャリレーン教とは本当に理解できない宗教だ。双子は忌み嫌われるものとして扱われ、双子を出産した母親は悪魔に憑かれていると迫害されるらしい。
僕はアリアドネの提案を受け入れることにした。
アリアドネが去って直ぐに、レイリンが僕を訪ねてきた。
「ルイス・パレーシア皇子殿下に、レイリン・メダンがお目にかかります」
「何か用か? 約束もないのに尋ねてくるなんて、僕の婚約者とは思えない不躾さだな」
僕が冷たく言い放った言葉に、レイリンは一瞬顔色を変えたが、すぐに感情を隠した。
「申し訳ございません、殿下。しかしながら、急ぎの懸念事項があったのです。先程、アリアドネ・シャリレーンに帝国に行ったら宜しくねと含みのある感じで挨拶されたのです。まさか、彼女を娶られる気ではございませんよね。聖女とはいえ、寝所で男を唆すという淫猥な女ですよ」
レイリンは公爵家の1人娘として可愛がられてきた女だ。
帝国の未来の皇后として家柄も含めて相応しいと、周囲からも誉めそやされてきた。
彼女は自分は僕の為に努力していると、恩着せがましくアピールばかりしてくる。
能力的にいえば、レイリンがアリアドネに優っている所など1つもない。
僕はレイリンの傲慢なところが昔から苦手だった。
「アリアドネを迎えようと、僕が皇帝になったら君は皇后だ。それ以上を求めるな。それとも、おこがましくも僕がアリアドネに惑わされるとでも無礼なことを考えている訳ではあるまいな。不愉快だ! 下がれ!」
僕の言葉にゆっくりとレイリンは頭を下げて、立ち去った。
それから1週間後、僕は今まで感じたことのない感情を知ることになった。
「申し訳ございません。ルイス皇子殿下⋯⋯ベリオット皇帝陛下はとても言葉を交わすことができないくらい衰弱しております」
父、ベリオット・パレーシアが倒れて1ヶ月だ。彼はまだパレーシア帝国の次期皇帝を指名していない。このまま、彼に死なれてしまっては第1皇子のクリスが自動的に皇帝になってしまう。
父は5人の妻を迎えた。皇位継承権のある彼の子は9人だ。皇后の息子である僕とクリスが皇帝になる可能性が高いと考えられている。貴族たちは僕たち2人のどちらにつくかで自分たちの運命が決まるのを知っていた。
父は貴族たちから皇位継承権の話を出されると、適当に躱していた。
僕にはそれが兄弟たちを競わせるのを楽しんでいるように見えた。
メダン公爵は、先に生まれただけの兄クリスより滅多に出現しない火の魔力を持った僕が皇帝になると踏んだようだ。僕が7歳の時に同じ年の娘のレイリンとの婚約を提案してきた。
レイリンは7歳にして、周囲も驚くような政治感を持ち完璧な礼法を身につけた女だった。彼女の家柄も含め僕が皇帝になる為には役に立つと思い、彼女と婚約した。
彼女からしょっちゅう送られてくる、妃教育の成果品である刺繍の施されたハンカチを意識し使うてうようにした。
メダン公爵がクリスに寝返るとまずいので、彼女に気を遣っているふりをした。
でも、レイリンと義務的に過ごす時間はとても退屈だった。用意してきたような模範回答を繰り返すだけの彼女に興味が持てなかった。賢いと言われていても、所詮は女としては賢いだけで大した事はないことに気がついてしまった。
「ルイス皇子殿下、皇帝陛下の容態が思わしくないようですね。もう、こうなれば聖女の力を頼るしかないでしょう。カルパシーノ王国が現在、エウレパ王国と交戦中のようです。おそらく聖女アリアドネはカルパシーノの手に渡るかと思われます」
父の容態が悪いことはトップシークレットだが、1ヶ月も床に伏していることで距離の近い貴族たちには事実を明かさざるを得なかった。僕が父の部屋の前で門前払いされたのを見計ったようにメダン公爵が話しかけてきた。
「カルパシーノ王国か⋯⋯そういえば、建国祭の招待状が来ていたな」
「カルパシーノ王国に行く際には娘も是非同行させてください。聖女アリアドネに接触し、帝国に彼女を連れてくることさえできれば皇位は殿下の手に渡る可能性が極めて高くなります」
メダン公爵は相変わらず強かな男だ。
聖女アリアドネを連れてきて、皇帝が会話ができる程度まで回復させる事ができれば僕が次期皇帝になれる確率が上がる。
そして、僕が男どもを惑わしてきたアリアドネに引っ掛からないようお目付け役に娘を同行させようとしている。
それにしても、アリアドネ・シャリレーンとは不幸な女だ。彼女がパレーシア帝国に生まれていれば、聖女として大切にされた。
パレーシア帝国は創世の聖女マリアンヌと初代皇帝リカルドにより建国されたという伝説があるからだ。
戦争を繰り返す野蛮な国が集まっている北西の小国に生まれた事が彼女の不幸のはじまりだ。彼女は貴重な神聖力を持つ聖女として生まれながら、その身柄は戦利品のように各国で扱われている。
「カルパシーノ王国か⋯⋯気が進まないが、仕方がないな」
僕はレイリンを連れて、大嫌いなセルシオ・カルパシーノの治めるカルパシーノ王国へとたった。
人を褒めない父が常に褒めていたのが、セルシオ・カルパシーノだ。父は卑しい元奴隷の彼に惚れ込み、彼の建国の手伝いまでしたのだ。
カルパシーノ王国に到着し、宿泊する離宮に案内されるなり僕はちょうど王宮にいるというアリアドネ・シャリレーンを部屋に呼んだ。
「ルイス・パレーシア皇子殿下に、アリアドネ・シャリレーンがお目にかかります」
噂通りの恐ろしい程の美貌を持つ彼女は、悲しいほどに荒んだ瞳をしていた。
少し会話をしただけで、彼女が非常に頭の回転が早く政治感にも優れていることが分かった。計算し尽くされた視線や仕草は艶かしく、今まで3カ国の国王を骨抜きにして来たことも頷けた。
しかし、僕は失望を隠せなかった。
自分でも驚いたが、僕は夢見がちな男だったらしい。
誰もが一目で愛さずにはいられない聖女という存在に、漠然と憧れを抱いていた。
僕は類い稀なる美貌と生まれからか、幼い頃から女性に誘惑され続けてきた。
その中には婚約者のいる高位貴族もいて、女というものに日々呆れていた。
そんな僕も初代皇帝リカルドと創世の聖女マリアンヌが一目で恋に落ち求め合ったように、聖女に会えば心が動くかと思った。
しかし、アリアドネも僕を誘惑してきた女と変わらなく見えた。
「ルイス皇子殿下、私、元奴隷の妃になるなんて嫌ですわ。殿下のような高貴な方の女になりたいのです」
そっと僕の胸に手を添えて、擦り寄ってくるアリアドネに寒気がした。
自分の憧れを汚されたような気持ちになり、男へ媚びることで生きるしかなかった彼女を哀れに思っても気分が悪くなるのを隠せなかった。
「すまない。あまり女性に擦り寄られるのは好きじゃないんだ。先程、伝えた通り皇帝陛下の病を治す為にパレーシア帝国に同行して欲しい」
「良いですよ。その代わりに皇帝陛下が治癒した暁には、私をあなたの側に置いてください」
神は慈悲深い美しい心を持つ魂に神聖力を授け聖女としたという記述があった。
しかし、人助けに交換条件を出してくる彼女に慈悲深さは感じない。
帝国民の聖女信仰は厚いゆえ、アリアドネを迎えるならば相応の地位に置くことが望まれるだろう。
しかし、皇后になる要件は純潔⋯⋯というより皇帝になる男以外との男性関係を持った事がないことが必須だ。それゆえ、アリアドネを皇妃として迎えることはできても皇后とすることはできない。
「皇妃としてなら君を迎えると約束しよう。でも、君はこれからセルシオ・カルパシーノの妻になるんじゃないのか。建国祭の最終日に結婚式を執り行うと聞いているが」
「ふふっ、王女の私が元奴隷の男の妻になるなんて、嫌だといったではないですか。実は私には双子の妹がいるんですの。お父様がお母様の尊厳を守る為に昔捨てたらしいんです。運よく拾われて孤児院で生きているそうですわ。そのカリンという子を身代わりにしてセルシオ国王の元に嫁がせる予定ですわ」
昔、妹が捨てられたことを楽しそうに語る彼女は既に狂っているように見えた。
長い歴史の中で何度か双子の聖女が誕生した事があるから、カリンも神聖力を持っている可能性が高い。でも捨てられた彼女はアリアドネ以上に、過酷な環境で過ごしただろうから神聖力もほとんど残っていないだろう。神聖力は清らかな心を失うと同時に消失していくと言われている。歴史上、無限の神聖力を持っていたのは創世の聖女だけだ。
(カリン⋯⋯聖女はもう1人存在するのか⋯⋯)
シャリレーン教とは本当に理解できない宗教だ。双子は忌み嫌われるものとして扱われ、双子を出産した母親は悪魔に憑かれていると迫害されるらしい。
僕はアリアドネの提案を受け入れることにした。
アリアドネが去って直ぐに、レイリンが僕を訪ねてきた。
「ルイス・パレーシア皇子殿下に、レイリン・メダンがお目にかかります」
「何か用か? 約束もないのに尋ねてくるなんて、僕の婚約者とは思えない不躾さだな」
僕が冷たく言い放った言葉に、レイリンは一瞬顔色を変えたが、すぐに感情を隠した。
「申し訳ございません、殿下。しかしながら、急ぎの懸念事項があったのです。先程、アリアドネ・シャリレーンに帝国に行ったら宜しくねと含みのある感じで挨拶されたのです。まさか、彼女を娶られる気ではございませんよね。聖女とはいえ、寝所で男を唆すという淫猥な女ですよ」
レイリンは公爵家の1人娘として可愛がられてきた女だ。
帝国の未来の皇后として家柄も含めて相応しいと、周囲からも誉めそやされてきた。
彼女は自分は僕の為に努力していると、恩着せがましくアピールばかりしてくる。
能力的にいえば、レイリンがアリアドネに優っている所など1つもない。
僕はレイリンの傲慢なところが昔から苦手だった。
「アリアドネを迎えようと、僕が皇帝になったら君は皇后だ。それ以上を求めるな。それとも、おこがましくも僕がアリアドネに惑わされるとでも無礼なことを考えている訳ではあるまいな。不愉快だ! 下がれ!」
僕の言葉にゆっくりとレイリンは頭を下げて、立ち去った。
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