私の死を覚えている人〜鮮血の赤い糸は、私を逃がさない〜

専業プウタ

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26.母の反逆

 学校の授業で遅くなり、テレビ局への到着が他のメンバーより遅れてしまった時だった。
テレビ局の廊下を走っていたら、角で誰かにぶつかった。
 私の元夫で元婚約者で、私を三度身勝手に殺した男だ。玲さんは顔が広くどこに行っても特別扱いされている。彼には入れない場所などないのかもしれない。
「玲さん。こっちに来ないで⋯⋯」
 私は玲さんが無言で近づいてきて震え上がって俯いた。

「どうだ? 今や凛音を知らない人間はほとんどいない。もう、諦めろ。ここにも直ぐに他の人間が集まってくるぞ」
 聞き慣れた兄の声に顔をあげると、私を守るように玲さんと私の間に兄が立ち塞がっていた。

「誰に向かって口を聞いてるんだ?」
 玲さんが冷ややかに言う。彼は氷のように冷たい表情をしていた。

「曽根崎玲、お前が時を操れるような特別な人間でも、凛音がお前を愛することは二度とない。本当はわかっているんじゃないのか?」
「⋯⋯」
「その存在を尊重されることなく身勝手に命を奪ってきたお前に対する凛音の恐怖の記憶は時を越えたし、俺の妹を守りたいという想いも時を越えた。特別なのはお前だけじゃない」

 兄の言葉に玲さんは悔しそうに睨みつけていた。いつも余裕な表情の玲さんが感情を露わにしている。

「玲さん、私、結婚していた時の記憶を思い出したよ。私にとって玲さんとの結婚生活は地獄だった。玲さんは、私の事を全く信用しないし尊重もしてくれなかったよね。何度、時を繰り返しても、玲さんとだけは一緒にならないよ。私たちは終わったの」

 玲さんは私の言葉に絶望的な表情を浮かべながら崩れ落ちる。あれほどに身勝手に私を束縛して過ごして来たのに、彼にとっては幸せな結婚生活だったのだろう。
 玲さんは本当に美しく優秀で誰もが認める完璧な男だ。
でも、私はもう彼とは一切関わりたくない程に彼に傷つけられた。私と兄は廊下で足をつく曽根崎玲をを置いてスタジオに向かった。

 その日は一人になりたくなくて、兄と一緒に実家に戻った。実家には愛人の家に入り浸ってたはずの父、柏原清十郎がいた。

 愛人の全身整形が分かり、父が柏原家に戻ってきたようだ。

「私も騙されたよ。そうだ凛音、曽根崎君から誕生日祝いのカードを預かってるんだった。相変わらず彼はスマートで完璧な男だった。仲違いしたようだが、あれ以上の男はこの先現れないぞ。ヨリを戻したらどうだ?」
 私はカードの入った封筒を受け取るが開くのが怖くて握りしめることしかできない。

「それから、凛音⋯⋯お前は、芸能活動をやめなさい。柏原家の品位が疑われる」
「柏原家の品格を落としてるのは、不倫をしてたお父様でしょ」
「もう、それは終わったことだ。子供のお前が口を出すような事ではない」

 私と父の間に母が意を決したように口を挟んできた。
「清十郎さん、離婚してください。3年も家族を放ったらかして女にのぼせていた男など要りません」
 3年も家を留守にしてたのに悪びれもしないのを見て、私の母のシンデレラの魔法も解けたようだ。
 父は母の決死の決意の言葉を本気にしていないのか馬鹿にしたように笑っている。

 兄の博樹が突然壁を力強く拳で殴った。

 怒りを抑えるような兄の表情に一瞬息を呑んだ。

「お父様、お母様と凛音に謝ってください。この家に入り貴方が最初にすべきことは謝罪です。ああ、俺には謝らなくて結構ですよ。お父様が家庭一つ守れない程度の男だと分かってましたから」
「博樹、お前という奴は帰って来てそうそう親に向かって!」
 父が振り上げた手を兄が掴み捻りあげる。

「不倫スキャンダルの記事は止めておきました。女性の幸せになる服を作ってる『トライアンフ』のブランドイメージにマイナスですから。明日の取締役会で柏原清十郎の代表取締役解任決議をするので、楽しみにしてください」

「何を言ってる!『トライアンフ』は私の作ったブランドだ。デザインも描けない取締役に名を連ねてるだけのお前の提言が通る訳がない」

「それは明日のお楽しみです。家庭一つ守れない男に会社が守れると周りが判断するのか見ものですね。それに、凛音のように花を開けば周りが放っておかない才能を持つ方が柏原清十郎の影にいるかもしれません。特別なのは自分だけだと驕らない方が賢明ですよ」

 余裕の兄に何か感じ取ったのか父は目に見えて焦っているのがわかった。父は兄が用意周到で優秀な人間だと誰よりも知っているはずだ。
父はターゲットを母に変えたのか、母の腕を掴み自分の方に振り向かせる。

「私と離婚して、お前に何が残るんだ」
「お金が残ります」
 いつもふわふわして綿菓子のような母が凛とした顔をしていた。慰謝料だけでなく、財産分与による莫大な金額が母の懐に入ることは確かだ。

「本当にお前は金目当ての卑しい女だ」

 母と父とのやりとりに私の中の何かが切れた。

「金目当てだけじゃなくて、お母様はお父様を心から愛してたよ。変わらぬ愛を貫かせてくれなかったのはお父様だよ」
(変わらぬ愛⋯⋯私も信じた時があった気がする⋯⋯)

 父は私の剣幕に押し黙った。母が馬鹿みたいに父を盲目的に慕っていたのを思い出したのだろう。

「私と別れて柏原ブランドを失ったら、お前はどうするんだ⋯⋯」
父が消え入りそうな声で母に尋ねた。

「やりたい事はまだ見つからないけど、凛音を見てたら自分も何かやりたくなったの。人生まだまだ長いしね」
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