私の死を覚えている人〜鮮血の赤い糸は、私を逃がさない〜

専業プウタ

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27.推しからのプロポーズ


 私が見た中で一番綺麗な母がそこにいた。虚栄で加工してキラキラさせても、本当の輝きには勝てないのだ。

 父は壁を弱々しく拳で叩くと一人部屋に戻って行った。
母は私と兄に慰謝料を元手にセレクトショップでも展開しようかと色々思いを巡らせ語りかけくる。全く具体的ではない経営ビジョンに、私はきっと母の事業は失敗するだろうと感じた。

 両親には確かに愛し合ってた時間があった。

 でも、父は常に母を見下していて、その感情は子である私にも伝染していた。
 不倫がなくても、この夫婦はいずれダメになっていた。

 私は部屋に戻り玲さんからの封筒を開く。中には表紙にマリーゴールドが描かれたバースデーカードが入っていた。
 そのマリーゴールドの絵が私に過去の記憶を呼び起こす。
愛する男である曽根崎玲と結婚し幸せの絶頂だった今となっては苦い思い出だ。


 ある春の日、道端に咲く特別華やかではない小ぶりな花になぜか惹かれて私は屈んでその匂いを嗅いだ。

『玲! 私、この黄色い花凄く好きだわ。爽やかなのに甘い香りがする』
『じゃあ、一年中マリーゴールドで新居の庭を飾るよ』
 優しく微笑みかけてくる玲の顔が美しくて私は見惚れた。私はこれから始まる彼との甘い新婚生活に思いを馳せながら尋ねる。

『春の花なんじゃないの?』
『関係ない。マリーゴールドを見る度に僕の変わらぬ愛を凛音に知って欲しいから、この花には年中花を開かせさせる。僕の君への気持ちは不可能を可能にするんだ』
 結婚してから新居の庭はいつも満開のマリーゴールドで埋め尽くされていた。

 私は記憶を呼び戻しながら、カードを開く。玲さんが私の好きな花を知りながら、苦手なバラに隠しカメラを仕込んでプレゼントしていたのを思い出した。
(あれはなんで? 私への怒り?)

『凛音、18歳の誕生日おめでとう。プレゼントに柏原清十郎を返すよ。すれ違っても変わらぬ愛を確かめ合うのが夫婦だと思うよ。君を誰より思ってる。曽根崎玲』
 私は玲さんが母は父を受け入れると思って返してきたと悟った。父が母にした事はすれ違いではなく裏切りだ。母は魔法が解けるほど傷ついていた。

 そして、私も玲さんの魔法にはもうかからない。

 私は玲さんの行動は私の事をを愛するが故の行動で、過剰な束縛は私を誰かに奪われるかもしれないという不安の現れだと理解していた。

 私は結婚した時は玲さんに夢中だった。
 変わらぬ愛をぶち壊したのは彼の方だ。
 私は頭にきてバースデーカードをシュレッダーにぶち込む。
 しかし、シュレッダーがカードの分厚さのせいか途中で紙詰まりを起こして止まってしまった。

 私の身も心も翻弄した美しい元夫⋯⋯彼が私につけた傷はきっと消えることはない。
 私は枕に顔を埋めて声を殺すのも忘れて、思いっきり子供のように泣いた。

 その後、柏原清十郎は『トライアンフ』の代表取締役を解任され、私の兄である柏原博樹が新たに代表取締役に就任する。

 兄の博樹は新しい才能を発掘し続け、『トライアンフ』はますます発展した。

 母のセレクトショップは兄のバックアップも受けたこともあり、意外にも盛況。
 母は持ち前のファッションセンスと朗らかで明るい性格で輝き出した。

 高校の卒業式。

 私は祖父が圧力をかけて創設した黒蘭学園大学の芸術学部芸能学科にすすむ。
 3月半ばだというのに、早めに咲いた桜の愛らしさに目を奪われていると後ろから声をかけられた。

 私の大親友である南野美湖だ。

「凛音ちゃん、とうとう卒業だね。凛音ちゃんは特別な人だから、これからもどんどん活躍してくんだろうね。私は陰ながら、ずっと凛音ちゃんを応援するよ」

「美湖ちゃん、私にとって特別な人は貴方だよ。美湖ちゃんと友達になれて私は変わりたいと思えたの。学科は離れちゃうけれど、ずっと仲良くしてね」
 美湖は凛音の言葉に頬を染めながら頷いてくれた。


 関係者以外立ち入り禁止の構内に、また金髪の私のヒーローが現れた。

「凛音、卒業おめでとう。俺と結婚してくれ」
 私とHIROはお付き合いさえしていない関係だ。
 それなのに、本当に彼はせっかちで前のめりで計画性がない。おそらく私の最初の人生で私に関わったことで、彼はしなくて良い苦労をした。


「トップアイドルになったら、結婚しても良いよ」
「それってOKって事だよな」
 私は彼が将来トップアイドルになる事を知っているが、今はまだ駆け出しのアイドルだ。

「HIROは本当に自信家だね。全然好みのタイプじゃなかったのに、カッコよく見えてくる」
 私の言葉にHIROがニカっと笑った。その姿があまりにキラキラしていて、彼はやっぱり私のヒーローだと思った。

 その時、門の前に見慣れた兄の白い車が止まった
「凛音!」
 手を振ってくる兄に手を振りかえそうとすると、その手を思いっきりHIROに捕まれる。

「俺と結婚するんじゃなかったの? えっ? 新しい男?」
 いつも自信満々なHIROが少し動揺している。兄は非常に爽やかな正統派イケメンだ。HIROが盛大に勘違いしていて、私は思わず揶揄いたくなった。

「彼は私のヒーローなの」
 私はHIROの手を振り払い、兄の元まで走り思いっきり抱きついた。兄が当然のように私を優しく抱きしめ返してくれる。
「ちょっと待てよー!」
 HIROが声を震わせながら追いかけてきて笑ってしまう。

「すみません。どなたか存じ上げませんが、柏原凛音は今、芸能活動をしておりまして、このような公衆の面前で抱き合うのは如何なものかと思います」
 いつになく丁寧な言葉遣いで、HIROが兄から私を引き剥がそうとしていた。兄はゆっくりと私を離すと、HIROに向き直る。

「『スーパーブレイキン』のHIRO君だよね。凛音がお世話になっております。凛音の兄の柏原博樹です」
 兄は私とHIROの浮気を疑い玲さんが私を殺した事を知っている。

「えっ? お兄様? 凛音さんと結婚を前提にお付き合いしています小柳真紘と申します」
 突然、HIROが深々とお辞儀をする。兄が私の顔をまじまじと見た。私は軽く首を振る。結婚もお付き合いも今はあまり考えられない。玲さんの私に残した傷跡が大き過ぎて、そんな気にはなれないのだ。

「小柳君は元気な子だね。これからも凛音を宜しくね。凛音、この後、テレビ局で仕事だよな。車で送ってくよ。小柳君の今日の予定は?」
「俺は今日はオフですけど」
「じゃあ、凛音を送った後、俺とデートしない?」
「えっ? デート? そんな⋯⋯」
 なぜかHIROは赤くなっていた。兄の誘い方がスマートで素敵過ぎたのだろう。

「いや、あのね⋯⋯デートって言ってもランチでも行こうって事だから」
 私は明らかにトゥンクしているHIROの勘違いを解いた。
「分かってるよ!」
 私は兄に仕事に送ってもらった。兄はHIROと何を話す気なのか少し気になった。

 テレビ局の控え室で他のメンバーとお弁当を食べている時だった。私のメールがメッセージの受信を伝える。

『私、東大寺茜は曽根崎玲さんとこの度婚約する事となりました。つきましては婚約披露宴で、『JKロック』に演奏を頼みたいと思っています。既に事務所には話を通しております。凛音さん、私たちの婚約を祝ってくれますよね。東大寺茜』

 私は思わずスマホを落としてしまった。
「あっぶね」
 床に落ちる寸前にRINAさんが拾ってくれる。

「あ、ありがとう⋯⋯ございます」
「RIO、それ、凛音が捨てた元婚約者の婚約披露宴の話だろ。さっき、事務所の社長から話聞いた」
「⋯⋯捨てた?」
 私と玲さんとが婚約していた事は母がSNSで書いてしまってたので知っている人も多い。しかし、婚約を破棄した事まで知っているのはわずかだ。私が芸能活動を始めたから、それによる婚約破棄だと思っている人がいる事は知っていた。

「勿体無いな。RIOは結婚して裏方入っても楽曲提供でもやっていけるじゃん。あんな完璧な結婚相手と別れるなんて私なら絶対にしない」
 MAIさんの言葉が遠くに聞こえる。私がこれらの話を玲さんの被害にあった奈美子さんがどんな顔をして聞いているのか確認するのが怖くて俯いた。

「人には色々事情があるんだよ。あれこれ身勝手に意見を言わない事!凛音ちゃん、断っても良いと思う」
 奈美子さんの声が聞こえて顔を上げる。
 
「奈美子さんは、どうしたいですか?」
「私は、思いっきり歌ってやりたい! もう、アンタのことなんか忘れてやったって!」
 奈美子さんが熱く語る意味がRINAさんやMAIさんには分からないだろう。

「そうですね。私もあの男の事は忘れました。東大寺先輩からの要望ですし、後輩としてお祝いしたいと思います」
 玲さんを忘れたなんて、嘘だ。私は一秒たりとも彼を忘れた事はない。ふと、後ろを向くと彼がいるような気がするし監視されている恐怖も襲ってくる。

 私たちは曽根崎玲と東大寺茜の婚約披露宴にゲスト参加することになった。
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