酒で消えた初体験の記憶は

剛田 柾輝

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第22話 満ち溢れた幸福感

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 陽太は朝陽の眩しさに、ゆっくりと目を開けた。ベッドの中でぼんやりとした意識のまま隣を見ると、そこには安らかな寝息を立てる月尋の横顔があった。長い睫毛が伏せられ、昨夜の熱っぽさの名残からか頬は微かに紅潮している。

(……かわいいなぁ)

 陽太は思わず月尋に見とれてしまった。自分より九つも年上の先輩をこんな風に思うなんて、数ヶ月前まで想像もしなかった。出会った時はただ厳しい指導者だったのに。今ではこの人がいない生活なんて考えられない。

 陽太はそっと指先で月尋の髪を撫でた。さらりと滑る感触に心が満たされるが、月尋がむずかるような声を出し、起こしてしまったかもしれないと思った矢先、月尋の瞼が僅かに震え、「陽太……もうダメ……」と寝言を呟いた。

 陽太は月尋の寝落ち姿ってかわいいなと小さく笑い、月尋のために朝食を用意しようと、ベッドから立ち上がろうとした。しかし突然、腰と太腿の筋肉が悲鳴を上げ、予期せぬ痛みに悶絶する。どうやら昨夜の情熱的すぎる行為が原因らしく、普段使わない筋肉を酷使しすぎたと、セックスをするのってもっと普段から鍛えておかないと駄目なんだと、陽太はちょっとだけ反省した。

「……うっ!……痛っ。頑張りすぎちゃったかな」

 陽太は後悔したかのように呟いたが、筋肉痛の痛みの後悔よりも、不思議と幸福感の方が大きかった。何故ならあれほど夢中にさせてくれる、憧れの先輩と初体験の思い出を作れたなんて、幸せであることは間違いないのだから。

 陽太は月尋を起こさないように、気合でベッドから立ち上がると、昨日のシチューの残りをリゾットにして胃に優し目で、後はサラダがあればいいかなと、朝食の算段を考え、まずは掃除からかな、と部屋を見回し、取りかかり始めた。

 部屋の中に朝食の美味しい匂いが立ち込め、月尋はキッチンから聞こえてくる物音で目が覚めた。昨夜の激しい情事がまだ身体に残っているようで、全身に鈍い重さを感じながらも、不思議と満ち足りた感覚があった。

「……ん?」

 キッチンから聞こえる小さな物音と、何かを煮込むいい匂いに気づき、月尋はゆっくりと起き上がった。視線を巡らせると、隣にあったはずの温もりがないことに気付き、陽太の姿を探して立ち上がる。

「……なんだこれ」

 脱ぎ捨てられていた月尋の服は綺麗に畳まれており、昨日の情事の後は綺麗に片付けられていた。テーブルの上には皿に盛り付けられたサラダがあり、二人分の朝食の準備中のようだ。

 月尋は心地よい感情を覚えながらキッチンへ視線を向けると、そこには陽太が一生懸命鍋を掻き混ぜている姿があった。

「あっ!起こしちゃいましたか?」

 と申し訳なさそうに首を傾げる。その仕草があまりにも可愛くて、月尋は無意識にその頭を撫でたくなったが、それより先に言葉が出た。

「おはよう、陽太。……俺こそゴメンな。全然手伝わなくて」
「そんなことないっす!むしろ俺が勝手にやってることなんで!」

 慌てるように言う陽太だったが、その耳が赤くなっていることに月尋はすぐ気がついた。そして自分の胸もじわりと熱くなる。

「……でも、月尋さんと、これからこういうことが増えるのかなって思うと……なんか幸せっす」

 月尋は思わず陽太の頬に手を伸ばした。昨夜、何度も愛おしげに触れたその肌は、今朝も滑らかで温かい。陽太はびくりと肩を震わせたが、振り払うことはなかった。それどころか少しだけ顔を傾けて、月尋の手に頬を擦り寄せるような仕草を見せた。

(可愛いすぎる……)

 陽太は月尋に視線を合わせ、ぱっと顔を輝かせたが、すぐに照れ隠しのように目を伏せた。

「じゃあ……朝ご飯にしましょっか!冷めないうちに食べてください!」

 強引に話を切り替えようとする陽太が、月尋は愛おしくてたまらない。月尋は陽太の背中をそっと抱きしめた。突然の抱擁に驚く陽太の耳元で、月尋は低く囁いた。

「陽太……今夜はもっと激しくしような」
「えっ!?つ、月尋さん!朝から、そういうこと言うのズルいっすよ!」

 陽太の身体が硬直するのが腕の中ではっきりと伝わってくる。真っ赤になった顔で抗議する陽太だったが、しっかり月尋に背中を預け、離れたくないようだった。

「嫌か?」

 月尋はわざと意地悪な口調で問いかけながら、陽太の耳朶を軽く噛んだ。

「んぁっ……!それ、駄目っす!俺じゃなく朝食食べてください!」

 陽太を食べようとする月尋に、陽太は赤く頬を染め可愛く怒りながら、月尋を押し返し、ダイニングテーブルの椅子に座らせ、朝食の準備を終わらせた。
 目の前に置かれた皿には、シチューのリゾットが湯気を立て、瑞々しい彩り野菜のサラダまで添えられている。

「月尋さん!朝飯食べたら、今日は遊びに行きましょ。遊園地とか!海の彼方まで見える観覧車でキスとかしてみたい!いっぱい思い出作るっすよ~!」
「……」

 月尋は一瞬言葉を失った。だが、それ以上に幸福感が満ち溢れる高揚感に、月尋は思わず陽太の頭を引き寄せ、額に軽くキスをした。
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