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女神の末裔【番外編】 妹に許婚を寝取られた女神の末裔に恋をしたらシアワセになった
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目の前に春の女神が現れた。
それが初対面の印象。
私は一目で恋に落ちた。
淡い桃色の光に包まれた彼の人はいろいろな思いを押し隠して春の陽だまりのようにほほ笑んでいた。
私は跪いて礼を取った。
「あなたに私の血と生涯をのすべて捧げると誓おう」
私だけは、あなたを裏切らない。他の誰のものにもならない。
どうか私を受け取ってほしい、その思いを込めてその悲しみをはらんだ美しい瞳をのぞき込む。
※
私はとある宮家の五男としてこの世に生を受けた。
父は今上の従弟にあたり、母は又従妹にあたる。
高貴な血筋といえば聞こえはいいが、政略結婚の駒として生を受けたと言い換えてもいいだろう。
継ぐ家もなく、過度な期待もされず育った。ただ教育だけは最高のものを施してもらったのでそれには感謝している。
幼いころから自分の先行きについては割り切っていた。深く考えずになるようになれ、流されて生きていくのもいい人生ではないかと思うことにしていた。
次男以降の兄たちは年頃になると次々と今をときめく家々へ婿入りが決まっていった。
そしてついに私の番となった。私が婿入りすることになったのは、三久間家という聞いたことのない地方の商家だった。
流されて生きていくと決めていた自分ではあったが、三久間家なんて家は貴族年鑑にも見当たらず、少し、いやかなり将来に不安を覚えた。
そして顔合わせの前夜、父に呼ばれ書斎に向かった。
「父上、貴男です。お呼びとうかがい参上しました」
父は私の顔を見るなり破顔した。
「おお、貴男か。さすがに不安そうな顔じゃな!」
「なにかご説明をいただけるのでしょうか?」
久々に会った息子にかける最初の言葉として不適切この上ない。息子の不安顔を喜ぶ父に不満をぶつける。
「おまえはいつも飄々としているからな。ちょっとからかってみたのだ」
「では、この婿入りの話は冗談なのですか?」
父は慌てて真顔に戻し言葉を継いだ。
「冗談などではない。先方はそんな軽口を叩いてよい相手ではない」
ひとつ咳払いをして続ける。
「おまえは旧き世から続く女神の婿になるのだ。めったにない慶事ぞ、喜べ!」
その言葉で大半を理解した。
この国には数多の神が坐す。
それは末席の末席とはいえ神の末裔であるこの血脈ゆえ、幼いころから実感してきたことだ。
記録にある神だけが神ではない。
父の言葉で、三久間という家もまたわが家と同じように神とともに在る家なのだろうということが瞬時に分かったのだ。
「かしこまりました。謹んでお受けいたします」
私は深く頭を下げた、私の人生を捧げることになる三久間の女神に。
父は満足げにうなずき、この縁組の背景を話してくれた。
三久間では総領娘と許婚は互いをいつくしみ助けあって生きるよう幼いころからともに育てられるが、その許婚が妹に寝取られたことがそもそもの発端だという。妹と許婚は子まで成し、妊娠の発覚とともにふたりの裏切りも露見した。妹は咎められると女神の加護を因習だ呪いだと罵り、祭壇を汚してついに女神の激しい怒りをかってしまった。その怒りを鎮めるため、姉妹の母で三久間の当主が決死の祭祀を執り行い、命を落としたと。
その結果、妹は女神の加護を失った忌み人となり果て、出産後放逐され、今は死ぬより苦しい生を生きているという。そして姉の許婚だった男は、責任の重さに耐えかねて妹が祭壇を破壊した夜に自ら命を絶ったという。
今は先代婿である父の支えのもと、姉が実質の家督を継ぎ、家と祭祀の立て直しを図っている最中だとのこと。
あまりの惨状になんの感想も思い浮かばない。
今回の縁談は三久間家に近い神社の神職が宮廷の知人に相談したことから当家へつながったそうだ。
ちなみに妹が生んだ子は、その神職が引き取った。将来はその神社へ奉職することになるらしい。
否応なく時代は変化するものだが、ここ数年の変化はすさまじい。古代の理とともに生きてきたものにとってはこの変化は致命的だ。新しいものに惹かれて変わっていく人の心を古いものでどうして引き留めることができようか。
三久間家の事件もそういった時代の変化が一因としてあることは間違いない。
しかし、神は坐す。
それは変わらない。
かつてこの国の民ならば誰もが感じることができた神々の息吹。
今は特別なことになってしまったようだ。
これからはそれを実感できるものたちが守っていくしかないのだろう。
そうしなければこの国は早晩滅びてしまう。
私は明日、三久間へ向かう。
※
帝都から汽車で数時間の道のり経て、たどり着いた三久間家は想像以上の規模であった。
昼なお闇い森を背後にした和洋折衷の館が威容を誇っていた。
私が洋装だったからか、洋間の応接室に通された。
玄関で迎えてくれた人物は、三久間賢三と名乗った。
先代の婿殿か。
緊張した面持ちで「宮様におかれましては…」と始めたので慌てて手で制す。
「私はこちらの婿となる身。どうか私から挨拶させてください」
舅殿、勿体ないと目を潤ませる。
そんなやりとりをしていると目の前に春の女神が現れた。
それが初対面の印象。
喪服であろう闇い色の着物を纏っていたが、存在が発する輝きは隠すことは出来ない。
私は一目で恋に落ちた。
淡い桃色の光に包まれた彼の人は、いろいろな思いを押し隠して、春の陽だまりのようにほほ笑んでくれる。
私は跪いて礼を取った。
「あなたに私の血と生涯をのすべて捧げると誓おう」
私だけは、あなたを裏切らない。他の誰のものにもならない。どうか私を受け取ってほしい、その思いを込めてその悲しみをはらんだ美しい瞳をのぞき込む。
私の女神は恥ずかしそうに小さな声で「ありがとう、わたくしの男神。あなたにとても会いたかった」と返してくれた。
その澄んだ美しい目に浮かんだ涙に太古の光景がよみがえる。
ああ、あなただったのか。
【番外編】終わり
※※※ ※※※ ※※※
姉の婚約者を奪ったゲスい妹が因果応報ウマーなスカッと系のおはなしを書きたかっただけなのに、なぜ奇伝ロマンぽくなってしまったのか。あううう。
それが初対面の印象。
私は一目で恋に落ちた。
淡い桃色の光に包まれた彼の人はいろいろな思いを押し隠して春の陽だまりのようにほほ笑んでいた。
私は跪いて礼を取った。
「あなたに私の血と生涯をのすべて捧げると誓おう」
私だけは、あなたを裏切らない。他の誰のものにもならない。
どうか私を受け取ってほしい、その思いを込めてその悲しみをはらんだ美しい瞳をのぞき込む。
※
私はとある宮家の五男としてこの世に生を受けた。
父は今上の従弟にあたり、母は又従妹にあたる。
高貴な血筋といえば聞こえはいいが、政略結婚の駒として生を受けたと言い換えてもいいだろう。
継ぐ家もなく、過度な期待もされず育った。ただ教育だけは最高のものを施してもらったのでそれには感謝している。
幼いころから自分の先行きについては割り切っていた。深く考えずになるようになれ、流されて生きていくのもいい人生ではないかと思うことにしていた。
次男以降の兄たちは年頃になると次々と今をときめく家々へ婿入りが決まっていった。
そしてついに私の番となった。私が婿入りすることになったのは、三久間家という聞いたことのない地方の商家だった。
流されて生きていくと決めていた自分ではあったが、三久間家なんて家は貴族年鑑にも見当たらず、少し、いやかなり将来に不安を覚えた。
そして顔合わせの前夜、父に呼ばれ書斎に向かった。
「父上、貴男です。お呼びとうかがい参上しました」
父は私の顔を見るなり破顔した。
「おお、貴男か。さすがに不安そうな顔じゃな!」
「なにかご説明をいただけるのでしょうか?」
久々に会った息子にかける最初の言葉として不適切この上ない。息子の不安顔を喜ぶ父に不満をぶつける。
「おまえはいつも飄々としているからな。ちょっとからかってみたのだ」
「では、この婿入りの話は冗談なのですか?」
父は慌てて真顔に戻し言葉を継いだ。
「冗談などではない。先方はそんな軽口を叩いてよい相手ではない」
ひとつ咳払いをして続ける。
「おまえは旧き世から続く女神の婿になるのだ。めったにない慶事ぞ、喜べ!」
その言葉で大半を理解した。
この国には数多の神が坐す。
それは末席の末席とはいえ神の末裔であるこの血脈ゆえ、幼いころから実感してきたことだ。
記録にある神だけが神ではない。
父の言葉で、三久間という家もまたわが家と同じように神とともに在る家なのだろうということが瞬時に分かったのだ。
「かしこまりました。謹んでお受けいたします」
私は深く頭を下げた、私の人生を捧げることになる三久間の女神に。
父は満足げにうなずき、この縁組の背景を話してくれた。
三久間では総領娘と許婚は互いをいつくしみ助けあって生きるよう幼いころからともに育てられるが、その許婚が妹に寝取られたことがそもそもの発端だという。妹と許婚は子まで成し、妊娠の発覚とともにふたりの裏切りも露見した。妹は咎められると女神の加護を因習だ呪いだと罵り、祭壇を汚してついに女神の激しい怒りをかってしまった。その怒りを鎮めるため、姉妹の母で三久間の当主が決死の祭祀を執り行い、命を落としたと。
その結果、妹は女神の加護を失った忌み人となり果て、出産後放逐され、今は死ぬより苦しい生を生きているという。そして姉の許婚だった男は、責任の重さに耐えかねて妹が祭壇を破壊した夜に自ら命を絶ったという。
今は先代婿である父の支えのもと、姉が実質の家督を継ぎ、家と祭祀の立て直しを図っている最中だとのこと。
あまりの惨状になんの感想も思い浮かばない。
今回の縁談は三久間家に近い神社の神職が宮廷の知人に相談したことから当家へつながったそうだ。
ちなみに妹が生んだ子は、その神職が引き取った。将来はその神社へ奉職することになるらしい。
否応なく時代は変化するものだが、ここ数年の変化はすさまじい。古代の理とともに生きてきたものにとってはこの変化は致命的だ。新しいものに惹かれて変わっていく人の心を古いものでどうして引き留めることができようか。
三久間家の事件もそういった時代の変化が一因としてあることは間違いない。
しかし、神は坐す。
それは変わらない。
かつてこの国の民ならば誰もが感じることができた神々の息吹。
今は特別なことになってしまったようだ。
これからはそれを実感できるものたちが守っていくしかないのだろう。
そうしなければこの国は早晩滅びてしまう。
私は明日、三久間へ向かう。
※
帝都から汽車で数時間の道のり経て、たどり着いた三久間家は想像以上の規模であった。
昼なお闇い森を背後にした和洋折衷の館が威容を誇っていた。
私が洋装だったからか、洋間の応接室に通された。
玄関で迎えてくれた人物は、三久間賢三と名乗った。
先代の婿殿か。
緊張した面持ちで「宮様におかれましては…」と始めたので慌てて手で制す。
「私はこちらの婿となる身。どうか私から挨拶させてください」
舅殿、勿体ないと目を潤ませる。
そんなやりとりをしていると目の前に春の女神が現れた。
それが初対面の印象。
喪服であろう闇い色の着物を纏っていたが、存在が発する輝きは隠すことは出来ない。
私は一目で恋に落ちた。
淡い桃色の光に包まれた彼の人は、いろいろな思いを押し隠して、春の陽だまりのようにほほ笑んでくれる。
私は跪いて礼を取った。
「あなたに私の血と生涯をのすべて捧げると誓おう」
私だけは、あなたを裏切らない。他の誰のものにもならない。どうか私を受け取ってほしい、その思いを込めてその悲しみをはらんだ美しい瞳をのぞき込む。
私の女神は恥ずかしそうに小さな声で「ありがとう、わたくしの男神。あなたにとても会いたかった」と返してくれた。
その澄んだ美しい目に浮かんだ涙に太古の光景がよみがえる。
ああ、あなただったのか。
【番外編】終わり
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姉の婚約者を奪ったゲスい妹が因果応報ウマーなスカッと系のおはなしを書きたかっただけなのに、なぜ奇伝ロマンぽくなってしまったのか。あううう。
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