雪桜

松井すき焼き

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その四

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一緒にご飯を食べる。こんな怪我をしている人を放っておけない。そういう想いで、咄嗟に忍は義嗣を引き留めたが、とはいえ義嗣は怖い。すごいなんか覇気のようなすごい威圧感を感じる。かまれた首筋がずきずき痛い。

義嗣は静かに忍のよそったご飯を食べている。

忍の心臓はどきどき大きく波打っている。

「あ、あの」

「ん」

「ご飯おいしいですか?」

「ああ、うまい」

「よかった」

なんだかほっとして、忍は深く息をつく。

「忍って言ったな」

「はい」

なんだか気まずそうに義嗣は顔をそらす。

「その、すまなかった」

「え」

「止らえねぇんだ。自分の中の暴力みたいなひどい衝動を。だから俺はこの業界が合っているんだ」

なんと返したらいいか、忍は戸惑う。

もくもくとすさまじい勢いで義嗣はごはんをかっくらう。よほどお腹すいていたのだと忍は噴出して、笑ってしまう。

笑い出した忍を、義嗣はにらみつける。

「すみません。あの、義嗣さんは花が嫌いですか?」

「いや。好きでも嫌いでもねぇな」

「花とか草とかとても繊細なので、花束とはいえとても丁寧な仕事が必要なんです。僕は花を見ているととても落ち着きます。花を丁寧にみる。楽しいですよ。義嗣さんも一緒にやってみませんか?」

「俺は」

「たまにでいいんです。花と向き合うと、色々新しいものが見えてきたりします」

義嗣は短いため息を吐き、あきれた様子で忍のことを見た。

「俺のこと怖くないのか?」

「急に噛みつかれたので、少し怖いですが、僕は義嗣さんと友達になりたいです。そして花のよさを知ってほしいです。花って大事にすると、語り掛けてくれることがあるんですよ」

にこにこ忍は微笑みながら、わけわからんことを言っていると、義嗣は内心思ったが、にこにこ笑う忍の陽だまりのような笑顔に、義嗣はくぎ付けになる。

忍の顔は平凡でどちらかというと武骨で、不細工よりなのに、笑顔も美しいというよりも不格好なのに、

なんだかとても義嗣は忍の笑顔が美しく見えた。

なんだか忍の顔を直視できなくなって、義嗣は忍から顔をそむける。

「考えておく」

花のこと考えられないのに、気が付くと義嗣はそう言っていた。

忍は「よかった」と言って、たいそう喜んだ。



ご飯を食べ終えると、義嗣は誰かと通話して話し合い、忍に「じゃぁな」と短く告げて、部屋を去っていった。一人残された忍はほっとして、ソファーの上に毛布を敷いて寝ころんだ。

かまれた首筋がなんだか熱くてヒリヒリ痛むので、消毒して絆創膏を貼ることにする。傷の手当をしながら、忍は義嗣の顔を思い浮かべる。

義嗣の顔は到底ヤクザみたいには見えない。アイドルのような俳優のような普通の青年の顔立ちをしているのに、その澄んだ目だけが野生の肉食のケダモノのように異様な迫力を帯びている。忍との住む世界の違いを感じるが、忍はそんな義嗣に花の良さを知ってほしかった。義嗣はいつもどことなく苦しそうな顔をしている。忍はそんな義嗣を心底悪人だとは思えない。

それに忍はライオンやチーター黒ヒョウや狼が大好きだ。それらの獣の瞳に、義嗣はどこか似ていた。



「おかえりなさい。兄貴。心配したっすよ」

義嗣の弟分の仁枝和義が、義嗣の前に現れる。

「ああ、少し立て込んでいてな。すまなかったな。戦況のほうはどうだ?玉とれたか?」

「兄貴がいないから、もう大変っすよ。膠着状態で。吉田組みの奴ら、若い素人グループの奴らと手を組んだみたいで、そいつらが厄介で」

「そうか。おじきは無事か?」

「はい。もちろん」

義嗣は煙草に火をつけて、吐き出した。そしてすぐに口から煙草を吐き出し、足で踏み消す。

「察に厄介になりたくはねぇが、仕方がねぇな。その吉田組に協力する奴らに脅しかけてみっか」

「へい!!」

にこにこ和義は何故かうれしそうにしている。

「なに笑っていやがるんだ?」

「だって兄貴の活躍みれるっすもん。兄貴の武勇伝よく聞いてますし」

「ばかばかしいな。ただの俺らの仕事だろうが。武勇伝とかあったもんじゃねぇ」

「へへ」

言われた和義は相変わらずうれしそうに笑っている。

義嗣はため息を漏らし、もう一本の煙草に火をつけた。
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