雪桜

松井すき焼き

文字の大きさ
6 / 34

その六

しおりを挟む
なんだか忍は自分の心がおかしいことに気づいていた。なんだかそわそわして落ち着かない。嬉しいようななんだか焦ったような不思議な気分だ。義嗣に噛まれた首筋の傷がずきずき熱く感じる。

この感じはあの時と少し似ている。

 忍は中学生のころ、一部の男子と女子に女々しいと馬鹿にされていた。そんな中クラスのリーダー的存在の西田広によく助けられていた。

忍はそのころ手芸が趣味で、よくマスコットを作ったり、広君に手作りのケーキをプレゼントしていた。初めてできた親友に、忍は舞い上がっていたのだが、ある時広君に呼び出されて、「お前のこと女にしか思えない。このままじゃ、ホモになる!もう話しかけないでくれ!!」そう言って走って逃げられてしまった。呆然としていた忍は何も言い出せず、広君はそれから忍に話しかけてこないようになってしまう。



悲しいよくわからない友情の終焉だったが、初めてできた友人だと舞い上がる気持ち。けれどそれとは違う、なんだか熱くなる気持ちは何だろう?忍は首をかしげながら、枝を切り終えた花の水を換えていた。

花屋の電話が鳴る。

「はい」

「あ、忍君。げほっ」

忍が電話に出ると、店長の伝次郎だった。ひどくせき込んでいる。店長は風邪で休んでいる。

「忍君、お疲れ様。ごめん。明日シフト別の人入れるから、休んでいいよ」

「ありがとうございます。店長、お加減はいかがですか?」

「んー。大丈夫。今休んでいるから。普通の風邪だから、休んでいればすぐよくなるよ」

「お大事に」

「ありがとう。じゃぁ、またね」

店長との会話を終え、電話を切った。



伝次郎の家に何かお見舞いを持っていこうと、忍は考えた。確か伝次郎の家にはまだ五歳くらいの幼い少女の百合子ちゃんがいる。確か奥さんは妊娠中で、実家に帰っていると聞いている。風邪をひいてしまった伝次郎が一人では大変だろうと、何か差し入れを持っていくことにした。



花屋の仕事を終えると、駅前のスーパーで買い物をして、いつもの帰る場所とは違う方向の電車に乗る。薄暗い夜道をのんびり忍は歩く。街路樹には桜の木が何本も並んでいる。もうすぐ四月だ。四月になったら、綺麗な桜が咲くだろう。寒い冬に耐えやっと来た四月に美しい花を咲かす、我慢強い桜という花のことを、忍は大好きだった。



「ごめんください」

忍は花屋の店長伝次郎の家のチャイムを鳴らす。

「はーい」

出てきた伝次郎はマスクをしてちゃんちゃんこを着ている。ワイルドな風貌の伝次郎だが、伝次郎自身ホンワカしているため、ちゃんちゃんこがよく似合っている。

「あれ、忍君?どうしたの?」

「差し入れです」

スーパーで買ったレトルトのお粥やお惣菜の入った袋を、持ち上げて見せる。それを見た伝次郎は目を丸め、微笑んだ。

「ありがとう。忍君。すごい助かるよ」

伝次郎は忍から袋を受け取る。まだ熱があるらしく、一瞬触れた伝次郎の手は、ひどく熱かった。

「お父さん、お客さん?」

可愛らしい幼い小さな声がし、伝次郎の下のほうからくりくりした瞳と、ぷくぷくほっぺの非常に愛らしい小さな女の子が現れた。

「ああ、百合ちゃん。僕の働いている花屋のお店の人だよ。こんにちはって挨拶してね」

にこにこ微笑む伝次郎は、愛娘の百合子の頭をなでる。でれでれ鼻の下が伸びている。よほど娘が可愛いのだろう。

「こんたちは!」

こんにちはって言えていない。百合子ちゃんはすごい愛らしい子だった。忍はにこにこ微笑んで、百合子ちゃんと目を合わせるため、屈んだ。

「こんにちは」

「本当に助かったよ。何か出前とろうかと悩んだんだけど、なかなか決まらなくてさ。ありがとう忍君」

「いえ。困ったときはお互い様ですから。お大事に」

「ごめんね。お茶でも入れたいから、上がっていってほしいけど、風邪移しちゃいけないから、また今度なにかお礼するね」

「いえ、お構いなく」

「百合子、お兄ちゃんと遊ぶ!」

百合子ちゃんは忍の服を握って、伝次郎の顔を振り返る。

「百合ちゃん、それはまたね。僕の風邪うつしちゃまずいから」

「遊ぶの」

百合子ちゃんは俯いて、涙ぐむ。

「あの、ご飯はまだですか?よかったら材料も買ったので、僕が何か夕飯作りましょうか?」

「し、忍君。ごめん、助かる」

うなだれる伝次郎は、こう言っては何だが、しゅんとしたゴールデンレトリーバーのようだった。

「いえ。困ったときはお互い様ですから。お邪魔します」

忍は伝次郎の家に上がることにした。

「お兄ちゃん、ご飯作ってくれるの?百合子、オムライスたべたいの。だめ、かな?」

もじもじと百合子ちゃんはしている。

「わかった」

にっこり忍は微笑むと、伝次郎の家の冷蔵庫を一応確認させてもらうことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...