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その六
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なんだか忍は自分の心がおかしいことに気づいていた。なんだかそわそわして落ち着かない。嬉しいようななんだか焦ったような不思議な気分だ。義嗣に噛まれた首筋の傷がずきずき熱く感じる。
この感じはあの時と少し似ている。
忍は中学生のころ、一部の男子と女子に女々しいと馬鹿にされていた。そんな中クラスのリーダー的存在の西田広によく助けられていた。
忍はそのころ手芸が趣味で、よくマスコットを作ったり、広君に手作りのケーキをプレゼントしていた。初めてできた親友に、忍は舞い上がっていたのだが、ある時広君に呼び出されて、「お前のこと女にしか思えない。このままじゃ、ホモになる!もう話しかけないでくれ!!」そう言って走って逃げられてしまった。呆然としていた忍は何も言い出せず、広君はそれから忍に話しかけてこないようになってしまう。
悲しいよくわからない友情の終焉だったが、初めてできた友人だと舞い上がる気持ち。けれどそれとは違う、なんだか熱くなる気持ちは何だろう?忍は首をかしげながら、枝を切り終えた花の水を換えていた。
花屋の電話が鳴る。
「はい」
「あ、忍君。げほっ」
忍が電話に出ると、店長の伝次郎だった。ひどくせき込んでいる。店長は風邪で休んでいる。
「忍君、お疲れ様。ごめん。明日シフト別の人入れるから、休んでいいよ」
「ありがとうございます。店長、お加減はいかがですか?」
「んー。大丈夫。今休んでいるから。普通の風邪だから、休んでいればすぐよくなるよ」
「お大事に」
「ありがとう。じゃぁ、またね」
店長との会話を終え、電話を切った。
伝次郎の家に何かお見舞いを持っていこうと、忍は考えた。確か伝次郎の家にはまだ五歳くらいの幼い少女の百合子ちゃんがいる。確か奥さんは妊娠中で、実家に帰っていると聞いている。風邪をひいてしまった伝次郎が一人では大変だろうと、何か差し入れを持っていくことにした。
花屋の仕事を終えると、駅前のスーパーで買い物をして、いつもの帰る場所とは違う方向の電車に乗る。薄暗い夜道をのんびり忍は歩く。街路樹には桜の木が何本も並んでいる。もうすぐ四月だ。四月になったら、綺麗な桜が咲くだろう。寒い冬に耐えやっと来た四月に美しい花を咲かす、我慢強い桜という花のことを、忍は大好きだった。
「ごめんください」
忍は花屋の店長伝次郎の家のチャイムを鳴らす。
「はーい」
出てきた伝次郎はマスクをしてちゃんちゃんこを着ている。ワイルドな風貌の伝次郎だが、伝次郎自身ホンワカしているため、ちゃんちゃんこがよく似合っている。
「あれ、忍君?どうしたの?」
「差し入れです」
スーパーで買ったレトルトのお粥やお惣菜の入った袋を、持ち上げて見せる。それを見た伝次郎は目を丸め、微笑んだ。
「ありがとう。忍君。すごい助かるよ」
伝次郎は忍から袋を受け取る。まだ熱があるらしく、一瞬触れた伝次郎の手は、ひどく熱かった。
「お父さん、お客さん?」
可愛らしい幼い小さな声がし、伝次郎の下のほうからくりくりした瞳と、ぷくぷくほっぺの非常に愛らしい小さな女の子が現れた。
「ああ、百合ちゃん。僕の働いている花屋のお店の人だよ。こんにちはって挨拶してね」
にこにこ微笑む伝次郎は、愛娘の百合子の頭をなでる。でれでれ鼻の下が伸びている。よほど娘が可愛いのだろう。
「こんたちは!」
こんにちはって言えていない。百合子ちゃんはすごい愛らしい子だった。忍はにこにこ微笑んで、百合子ちゃんと目を合わせるため、屈んだ。
「こんにちは」
「本当に助かったよ。何か出前とろうかと悩んだんだけど、なかなか決まらなくてさ。ありがとう忍君」
「いえ。困ったときはお互い様ですから。お大事に」
「ごめんね。お茶でも入れたいから、上がっていってほしいけど、風邪移しちゃいけないから、また今度なにかお礼するね」
「いえ、お構いなく」
「百合子、お兄ちゃんと遊ぶ!」
百合子ちゃんは忍の服を握って、伝次郎の顔を振り返る。
「百合ちゃん、それはまたね。僕の風邪うつしちゃまずいから」
「遊ぶの」
百合子ちゃんは俯いて、涙ぐむ。
「あの、ご飯はまだですか?よかったら材料も買ったので、僕が何か夕飯作りましょうか?」
「し、忍君。ごめん、助かる」
うなだれる伝次郎は、こう言っては何だが、しゅんとしたゴールデンレトリーバーのようだった。
「いえ。困ったときはお互い様ですから。お邪魔します」
忍は伝次郎の家に上がることにした。
「お兄ちゃん、ご飯作ってくれるの?百合子、オムライスたべたいの。だめ、かな?」
もじもじと百合子ちゃんはしている。
「わかった」
にっこり忍は微笑むと、伝次郎の家の冷蔵庫を一応確認させてもらうことにした。
この感じはあの時と少し似ている。
忍は中学生のころ、一部の男子と女子に女々しいと馬鹿にされていた。そんな中クラスのリーダー的存在の西田広によく助けられていた。
忍はそのころ手芸が趣味で、よくマスコットを作ったり、広君に手作りのケーキをプレゼントしていた。初めてできた親友に、忍は舞い上がっていたのだが、ある時広君に呼び出されて、「お前のこと女にしか思えない。このままじゃ、ホモになる!もう話しかけないでくれ!!」そう言って走って逃げられてしまった。呆然としていた忍は何も言い出せず、広君はそれから忍に話しかけてこないようになってしまう。
悲しいよくわからない友情の終焉だったが、初めてできた友人だと舞い上がる気持ち。けれどそれとは違う、なんだか熱くなる気持ちは何だろう?忍は首をかしげながら、枝を切り終えた花の水を換えていた。
花屋の電話が鳴る。
「はい」
「あ、忍君。げほっ」
忍が電話に出ると、店長の伝次郎だった。ひどくせき込んでいる。店長は風邪で休んでいる。
「忍君、お疲れ様。ごめん。明日シフト別の人入れるから、休んでいいよ」
「ありがとうございます。店長、お加減はいかがですか?」
「んー。大丈夫。今休んでいるから。普通の風邪だから、休んでいればすぐよくなるよ」
「お大事に」
「ありがとう。じゃぁ、またね」
店長との会話を終え、電話を切った。
伝次郎の家に何かお見舞いを持っていこうと、忍は考えた。確か伝次郎の家にはまだ五歳くらいの幼い少女の百合子ちゃんがいる。確か奥さんは妊娠中で、実家に帰っていると聞いている。風邪をひいてしまった伝次郎が一人では大変だろうと、何か差し入れを持っていくことにした。
花屋の仕事を終えると、駅前のスーパーで買い物をして、いつもの帰る場所とは違う方向の電車に乗る。薄暗い夜道をのんびり忍は歩く。街路樹には桜の木が何本も並んでいる。もうすぐ四月だ。四月になったら、綺麗な桜が咲くだろう。寒い冬に耐えやっと来た四月に美しい花を咲かす、我慢強い桜という花のことを、忍は大好きだった。
「ごめんください」
忍は花屋の店長伝次郎の家のチャイムを鳴らす。
「はーい」
出てきた伝次郎はマスクをしてちゃんちゃんこを着ている。ワイルドな風貌の伝次郎だが、伝次郎自身ホンワカしているため、ちゃんちゃんこがよく似合っている。
「あれ、忍君?どうしたの?」
「差し入れです」
スーパーで買ったレトルトのお粥やお惣菜の入った袋を、持ち上げて見せる。それを見た伝次郎は目を丸め、微笑んだ。
「ありがとう。忍君。すごい助かるよ」
伝次郎は忍から袋を受け取る。まだ熱があるらしく、一瞬触れた伝次郎の手は、ひどく熱かった。
「お父さん、お客さん?」
可愛らしい幼い小さな声がし、伝次郎の下のほうからくりくりした瞳と、ぷくぷくほっぺの非常に愛らしい小さな女の子が現れた。
「ああ、百合ちゃん。僕の働いている花屋のお店の人だよ。こんにちはって挨拶してね」
にこにこ微笑む伝次郎は、愛娘の百合子の頭をなでる。でれでれ鼻の下が伸びている。よほど娘が可愛いのだろう。
「こんたちは!」
こんにちはって言えていない。百合子ちゃんはすごい愛らしい子だった。忍はにこにこ微笑んで、百合子ちゃんと目を合わせるため、屈んだ。
「こんにちは」
「本当に助かったよ。何か出前とろうかと悩んだんだけど、なかなか決まらなくてさ。ありがとう忍君」
「いえ。困ったときはお互い様ですから。お大事に」
「ごめんね。お茶でも入れたいから、上がっていってほしいけど、風邪移しちゃいけないから、また今度なにかお礼するね」
「いえ、お構いなく」
「百合子、お兄ちゃんと遊ぶ!」
百合子ちゃんは忍の服を握って、伝次郎の顔を振り返る。
「百合ちゃん、それはまたね。僕の風邪うつしちゃまずいから」
「遊ぶの」
百合子ちゃんは俯いて、涙ぐむ。
「あの、ご飯はまだですか?よかったら材料も買ったので、僕が何か夕飯作りましょうか?」
「し、忍君。ごめん、助かる」
うなだれる伝次郎は、こう言っては何だが、しゅんとしたゴールデンレトリーバーのようだった。
「いえ。困ったときはお互い様ですから。お邪魔します」
忍は伝次郎の家に上がることにした。
「お兄ちゃん、ご飯作ってくれるの?百合子、オムライスたべたいの。だめ、かな?」
もじもじと百合子ちゃんはしている。
「わかった」
にっこり忍は微笑むと、伝次郎の家の冷蔵庫を一応確認させてもらうことにした。
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