記憶喪失で美醜反転の世界にやってきて救おうと奮闘する話。（多分）

第104話 誘惑するもの

にっこりアルは微笑んだ。
それまでとは違う艶やかな美しいアルの笑みに、周囲の人間は息をのむ。

「分かりました。シルベリア様。あなたの仰せならば」

アルはもう何も臆することも出ず、魅了と誘惑するようににこにこ微笑む。

凄まじい魅惑のアルの視線に、ロゼットの体は熱くなり、体から無理やり引き出される得も知れない恐ろしさと快楽に、ひとりでに体ががくがく震える。

誰もが息をのみ、アルに見せられる中、シルベリアだけはアルのことを憐みの目で見ていた。
アルの背後から、神の手が伸びてくる。
女神のシルベリアは引き留めるように、アルの手を握る。
どこからともなく伸びてきた神の両手は、アルの体を抱きしめた。


　ドクン、ドクン
何か胎動するする音が生まれる。

ヴェルディはそのことに気づいて、背後を振り返る。ヴェルディには魔力がある。罪人を裁く能力だ。嘘をつくものを感じとり、神から賜った剣で刺し貫く。それがヴェルディの役割だ。
ヴェルディは、何か邪悪なものが生まれた気配を感じていた。

「どうかしたかね？ヴェルディ君？」
にこにこ曲者である国軍である王族第一騎士の責任者のくそ爺のヨスクルが、ヴェルディの方を見る。

ヴェルディには神々が声なき声を上げて、震えるような鼓動を感じていた。

「なんだね？この凶悪というか、異様な気配は？」
ヨスクルは首をかしげる。

流石は軍の関係者だ。一応この異様な気配を感じることができるらしい。
ヴェルディはヨスクルに告げる。

「分からないが、嫌な予感がする」
「君たちの管轄の出来事だから、我々は感知するところではないが、我々はいつだって、君たちの手伝いをするよ。我々は同じ同士だからね。困ったことがあったらいいたまえ」
にっこりヨスクルは微笑む。

本当に狸爺である。実際ヨスクルの軍部になんぞ報告をしようものなら、ヴェルディは失脚して、シルベリアは軍部の王国第一騎士の手に落ちるだろう。

「早く放火魔が見つかるといい。今回の件は王も憂慮なされているようだよ。凶悪な獣人が暴れるようならば、我々も君たちのお手伝いをするからね」

「ありがとう。ヨスクル佼宿。だが、私たちにもプライドがある。私たちの問題は私たちが解決するから、大丈夫だ」
「期待しているよ」
にこりと笑わないお互いの目が、交差する。
遠くで軍神の吠える声を、ヴェルディは聞いた。ヴェルディの中にある、シルベリアの剣が波打つのを感じた。