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□陸篇 Catch Me If You Can.
1.06.1 パールにて(1)
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キースがパールに戻ってから、どれくらい経ったか──
春の訪れを感じる暖かな朝。朝市の喧騒がドウェインの店にも届いてくる。
キースは髪を染めたりはせずボサボサに伸びた毛先を梳いた程度で、顔や耳の傷もそのままだった。丁寧に髭を剃り整える彼の傍らには、顔を洗うビアンカとローズ。ビアンカは彼をチラ見して、
「……キースって、いくつ?」
「それ前にも言ったぞ」
「なんか、髭剃ると若く見える」
「変な詮索してんじゃねぇ阿保」
「キースは27でしょ」
「ローズ、余計なこと言うな」
「27?ホント?…歳上なのか」
「あぁ?」
「あたし24」
「…お前は老けて見えるな」
「!なにそれ、失礼だぞ!」
「女の子に歳のこと言っちゃダメよ!」
「男の時はすげぇガキっぽいけど」
「「キース!」」
女子二人が揃って声を上げる。いつの間にか仲良くなった二人に、キースはわざとらしく耳を押さえてみせ、一人先に店へ行ってしまう。
スタンとロムの音沙汰は無く、ローズの目当ての船も来ず待ちぼうけ。何事も無く過ぎるパールでの日々は平穏だった。
店の小さな窓や換気口を開け放つ。後ろ髪を紐で一纏めに縛り、カウンターを拭き棚から幾つも引き出しを取り、並べていく。巻紙を束ごと出すと蝋燭に火を灯して、小慣れた手が煙草葉を計り、纏めて、巻いて、の繰り返し。
とっておきの香り良い一本が出来ると口に咥え火を点け、一度大きく肺に入れ味わう。煙草は灰皿に移し、そのまま窓辺に置いた。
香水などとは違う、果物やハーブの自然の甘さを感じる香りが身体と店内を包む。キースはあっという間に数十本作ると扉を開け放ち、雑貨屋の一日をはじめた。
「ドウェインさんは?」
「買い出し」
「手伝いに行ったほうがいいかな?」
「お前は表出るな、トラブルメーカー」
「キースだって同じようなもんじゃない」
「お前はいつまで居る気だよ…」
女子二人がカウンターの前に並んで座る。キースは器用に手を動かしながら二人を睨み見るが、そこへ男が数人やって来る。市場の馴染みの行商達だ。朝市の時はこうして煙草を買いに来る者が多く、雑貨屋師弟が作る煙草の香りにつられ贔屓にしてくれているのだ。
キースの皮肉に二人はご機嫌ナナメだったが、彼は無視して客の相手をし始める。煙草は露店の時とは違い十本単位の商い。キース特製の煙草は人気で、たくさん作った物があっという間に減っていった。
客の一人が可愛らしい女子にと小袋を渡して、中身の干し果物に二人は嬉しそうに笑い頬張った。
「甘やかすなよ」
「何言ってんだ、こんな可愛い娘揃えといて」
「しかも二人、お前さんが!」
「不可抗力だっての。好きで一緒にいんじゃねぇ」
「またまたぁ、何処で引っ掛けたんだ?」
「引っ掛けてねぇし」
「ドウェインも孫がたの、」
「親子じゃねぇわッ、ガキとかねぇからッ、あんたらいい加減にしろよ!」
客達の揶揄がはじまり、キースは不機嫌を顕に言い返す。帰って来た彼が女を連れていると市場では専らの噂で、最近立ち寄る客達の多くは噂の確認もあるようだった。
「そうだ、ローズは船待ってんだろ?」
「ん!」
「もうすぐデカいのが来るぜ、沖に一隻見えたんだ」
「ホント!?」
ローズが立ち上がり店の軒先から顔を出し、ビアンカも気になって一緒に窺う。キースはここからじゃ見えないだろうと思うが、
「…気になるなら見てこいよ、お前ら二人」
「え…あたしも?」
「静かになって清々する」
「待ってる荷物かもしれないし、行ってくる!ビアンカも行こ!」
言うなりローズは屋根裏部屋への梯子を駆け上がっていった。
「キース、ホントにいいの?」
「しつけぇ…あいつと一緒に居ろよ。あと迷子になるな、絶対」
ギロっと睨み指差しまでして念を押すが、ビアンカは笑顔で頷き屋根裏へ向かった。
つい溜息をもらすキースだったが、やり取りを見ていた客達のニヤニヤ顔を見て、さらに苛立ちを募らせるのだった。
バルハラ軍、パール基地にて。
ここは大きな街だが基地は一つしかなく、その分敷地は広く建物も大きいし、軍兵も多い。大きな厩舎には放牧用のスペースもあり、自由気ままに過ごす馬達の中にライプニッツもいた。
そして彼(馬だが)の傍らには、蹄掃除をする者の姿も。
「いい子だなぁ、そのままそのまま…」
ライプニッツに声をかけながら脚を持ち上げ、丁寧に土や汚物を取り除いてやる。時折動こうとするのでまた声をかけ、尻尾が頭に当たり擽ったくなるが、青い髪の新米兵ブラウンは最後の蹄まで綺麗にしてやった。
「よし出来た!洗ったらおしまいな~」
一人にっと笑うブラウン。ライプニッツは振り返りはするが不機嫌になったりせず、大人しく手綱を引かれ水場まで行くと、蹄や脚を洗い流してもらうが、
「おい!」
遠くから声がし揃って振り返る。こちらに近づいてくる軍兵が二人。声の主にライプニッツがそわそわし出したので、どちらかが飼い主なのだとわかった。
「お疲れ様です」
敬礼するブラウンにジェラルドは驚いた様子で近寄り、
「大丈夫か?何ともないか?」
「?はい、健康ですよ。時間があったので裏堀りもしておきました」
「こいつじゃない、君のことだ。裏堀りなんて…怪我は?」
ジェラルドの言う意味がわからずブラウンは首を傾げた。両肩を掴まれ何やら身体中を確かめられ、少し狼狽えてしまう。
「あのぉ…??」
「この馬、気難しいらしくて。隊長以外には懐かないんだよ」
「はぁ、そうでしたか?」
眉を寄せるブラウンに付いて来たハリソンがフォローを入れるが、身に覚えがない彼はイマイチ理解できずでライプニッツの様子を窺う。手綱も未だにブラウンが持っているが、彼は大人しいままだった。
「北に居た時も俺以外には懐かなかった。怪我人が出たこともあるし、脚なんて触ったら暴れ回るぞ」
北…という言葉に引っかかりを覚えるが、ブラウンは笑いながら答える。
「そんなにですか?いい子にしてくれてましたけど…あー、ダメダメ、それは飲んじゃダメ」
汚れた桶の水をライプニッツが飲もうとして、ブラウンが割り込み奪い取る。いつもならそんなことでも不機嫌になりそうなのだが、彼の言う通りいい子ちゃん状態で、ジェラルドとハリソンは思わず顔を見合わせた。
「……扱える人がいるのは、助かる。俺しか面倒を見れないから、正直困ってた」
「僕で良ければ、いつでも呼んでください。この子も僕でいいなら。簡単な世話なら出来ますよ」
「名前は?所属も教えてくれ」
「ブラウンです、第三中隊。配属されたばっかなんで、雑用係っす」
「ジェラルド・デュレーだ。こいつはライプニッツ、本当に助かる」
名前を聞きブラウンの顔色が変わる…というか一気に蒼白くなった。彼は慌てて姿勢を正し深々と頭を下げた。
「ッす・すすすみません!ごめんなさい!!副指揮官殿とは知らず!あのあのっ、丁重に扱ったつもりですから!決して何もしてないです!ホンットすんません!!」
焦った様子で手綱をジェラルドに渡す。かなり逃げ腰である。案の定な反応にハリソンが思わず吹き出し、ジェラルドは眉間の皺を深めたが、ブラウンの腕をしっかり捕まえて、
「落ち着け、なんで謝る?こいつのことで今後も助けてもらいたい」
「えぇっ、いや!いやいや、」
「いつでも呼べと、君が言ったぞ。ブラウン」
「ぅええぇ……」
高身長のジェラルドに見下ろされ、ブラウンは先ほどとは打って変わり半泣き状態だ。ライプニッツも気になるのか主人の脇に頭を突っ込み覗いてきた。
北と聞いてまさかとは思ったが、着任して間もない副指揮官だったとは…把握していた情報は少なく容姿もわからずだったため、完全に油断していた。
「君の上官には俺から伝えておく。馬の世話は苦じゃないか?時々でもいいんだ」
「…だ…ぃじょーぶ、です」
「今日のは偶然かもしれない。こいつが暴れたりしたら、すぐに俺を呼べ」
「よ、よべとは…」
「仕事が減ってよかったです、俺達も助かります」
「ああ。これなら昼の巡回に行けそうだ」
「いや、それだと結局減ってません」
歯切れの悪いブラウンを他所に、ジェラルドとハリソンは勝手に話を進めていく。働くことしか考えてないジェラルドに苦笑いするハリソンだったが、彼の指先が軽くライプニッツに触れた瞬間ビクりと驚き嘶いてしまって、ジェラルドが手綱を引き宥めてやる。この時ばかりはブラウンも驚くのだが、
「…僕に懐いた、というか、こちらの方が嫌われてるのでは?」
ついぽろっと言ってしまう。二人共一瞬固まり、気まずそうに視線を逸らした。
パール、と或る酒場にて。
閉店中であるはずの店で、スタンはカウンターに突っ伏し寝こけていた。何日も居座る彼を普通なら追い出すところだが、代筆屋でちまちまと稼いだ金で毎日支払われるものだから、店主は仕方なく(というか諦めて)居させてやっていた。
店の扉が開き、男が数人入ってくる。セフェリノと仲間の賞金稼ぎだった。
「おいスタン、起きてくれ」
「んー…?」
「なぁ、働け情報屋」
「…んぁ………」
何度か肩を揺するが寝ぼけていて、セフェリノは面倒臭そうに溜息を吐くと、小銃を取り出し引き鉄を引いた。
「ッ!!ぉあ…ってぇ…!」
「おはようスタン、目ぇ覚めたか?」
「セフィ…!?おま…どした?」
耳元で炸裂した銃声にスタンは飛び起き、椅子から転げ落ちてしまう。銃弾は顔と腕の間を通り、木のカウンターにめり込んでいた。
銃声に驚いた店主が姿を現わすが、スタンを取り囲むセフェリノ達に不穏な雰囲気を感じ、また奥へ逃げ戻っていった。
「情報が欲しい、<獣の盗賊>について」
「おい、何かと思えばまた…大して無ぇよ」
撃ってまで起こすことか…二日酔いもあってか耳鳴りがヤバい。しゃがんで自身と同じ目線になるセフェリノにスタンは顰め顔で溜息を吐いた。
「クウェントンで連続して出てんだ。何か知らねぇか?」
「あぁ…それなら聞いてる。二回目と三回目は、同日」
「そう、それだ!一日で連続ってのも、三回も上手くいくのも…偽物で出来る芸当か?」
「捜索隊も動いてるらしいぜ」
「妙なのはそっち。隊長は居残り、向かったのは雑魚共だけだって」
カウンター席に座り直すスタンを追いかけるように、セフェリノも隣に腰掛ける。他の賞金稼ぎ達は黙ったまま、出入口を塞ぐように二人を取り囲んでいた。スタンは肩越しに彼らを振り返ったが、にっと笑い、
「知らねぇのか?'エース'…哀しくもハリソンはお役御免だ」
「!なんだって?」
「捜索隊には残ってるが、隊長は別の奴になった」
「誰??」
「…名前?全部?」
笑みを深め掌を出してみせる。セフェリノは少し考えるとポケットに手を突っ込み、真ん中と言って銅貨を数枚渡してやった。羽振りの良さを感じる枚数にスタンのニヤケ顔は満開だ。
「ジェラルド・デュレー、北部統括から異動してきた。パール基地の副指揮官兼任」
「あれかっ」
聞くなり笑って、スタンの肩をぽんぽんと叩き席を立つ。
「手法変えでもしたかな…わかった、連中の動きは暫く当てにできねぇ」
「お前が信じるのは、いつもお前だろ」
「そんなことない。あんたは頼りにしてる」
「そりゃあ嬉しい限り♪」
「ちょっと行ってくるよ、逃しちまったら勿体ねぇ。あんたと話せてよかった」
「気をつけてな~」
セフェリノは朗らかな笑みで手を振り、賞金稼ぎ達を連れ店を出て行った。店は再び静かになり、平穏が戻ってくる。
スタンは暫く微動だにせずだったが、不意に勢いよく立ち上がると窓に貼り付き、こっそり外の様子を窺った。言葉通りに街を出るようで、遠くで馬を引っ張って行くセフェリノ達が見えた。それで漸く安心したのか、ガックリと項垂れ盛大に溜息をもらす。
「…焦ったぁ…」
実はセフェリノが現れた辺りから狸寝入りだった。害は無いだろうと踏んでいたが、まさか撃つとは思わず、しかし偽物の情報に食い付いついてくれて助かった。これで尾行は無くなるし雑貨屋にも顔が出せる。愛しの相棒(本人に言ったらそれこそ撃たれるが)を思い出し、また溜息を吐いた。
スタンは穴が空いたカウンターをまじまじと見つめながら、いつの残りかわからぬ酒を口に運んだ。と、
「相変わらず賑やかね、あんたの周り」
「!…よぉ、久しぶり…楽しそうだろ?」
「煩いのよ、近所迷惑」
今度は店の奥から女性が現れる。すっかり怯えた様子の店主も一緒だ。呆れ顔の彼女にスタンは嬉しそうで、
「またそういうこと言う。賑やかな俺は好きだって、前に言ってたじゃん」
「嫌いじゃないって言ったの」
ニヤニヤしながら抱きつこうとするスタンに、女性は容赦なくビンタを喰らわせた。
店主が咳払いし視線を向ける。カウンターに出来てしまった穴を指差す店主に、苦笑いしか返せず、
「あー、悪ぃ…そいつもツケといて」
すでに多額のツケがある現状、アウトな気もするが…さらに横から腕を引っ張られ、
「あんたのことも探してたの。助けてちょうだい」
「……も?」
思わず片眉を持ち上げたスタンは、女性に引っ張られるまま酒場から連れ出された。
一方、ビアンカとローズは港まで来ていた。
多くの漁船が並びその上をカモメが飛び回る。着いたばかりの交易船から荷物が運ばれていくが、ローズは目当ての船や荷物ではないとわかり、溜息をもらした。
「もう!こんなに待たされたの初めて」
「元気出して。きっともうすぐ来るよ」
一気に退屈に戻ったローズの頭を撫でてやる。当初は警戒されてばかりだったが、今のビアンカはこんなこともOKになっていた。何故かと言えば、
「…ねぇビアンカ、話の続き聞きたい。無人島の冒険の話」
「うん!いいよ…どこまで話したっけ?」
「滝の奥に洞窟見つけたとこ!」
ここ数日の二人の話題は海賊話だった。これまでビアンカが経験したことを聞くうちに、ローズは彼女や海賊の生き方に感化され、警戒心も無くなり懐いていた。
市場まで戻り、散歩ついでに話を聞かせる。おませなローズも冒険話はワクワクするようで、終始目が輝いていた。ビアンカは仲間の年少海賊を思い出しくすりと笑った。
ふと露店の一つが気になり、足を止める。
「なぁに、帽子?」
「あれ、羽の付いてるやつ!カッコいい!」
「可愛いほうがいいよ」
「可愛いのじゃ舐められる、海賊だからな」
「難しい世界ね…」
帽子を指差し議論する二人。ビアンカの男装はもはや趣味に近かったが、昔、他の海賊に女だと馬鹿にされたことが発端だった。そわそわし出したビアンカにローズは笑ってしまうが、帽子を見てきていいと許可を下してやる。
嬉々として露店に向かうビアンカを見送りながら、少女はお金があるのかとぼんやり思うが…別の方角から何やら喧騒が聞こえ振り返る。目の前の露店の、一本奥の路地。数人の軍兵が見えた──そして、必死な様子で彼らに縋り付く老婆の姿も。
同じ頃、雑貨屋にて。
キースは修理の仕事をしていた。といっても難しいものではなく、一時間もあれば直りそうな物だ。
牛の鳴き声のように腹が鳴る。時計をチラ見すればもうすぐ昼時。買い出しに行ったきりのドウェインのことを考えていると、店の扉が開き本人が戻ってきた。
「おかえり。店番いつまでやらせる気だ?」
「ただいま。お前のもん仕入れてたんだ、感謝しやがれ」
それぞれ嫌味が余計なのだが、カウンターに置かれた荷物にキースは目を丸くした。修理を中断し手を伸ばし掴み上げる。良質な生地の上着と揃いのズボン、金縁の片眼鏡に、黒髪のカツラ…他にも色々あった。
「中古に見えねぇだろ、サイズも合うはずだ」
「…いや…誰のだ?」
「お前の」
「…着ねぇぞ、こんなの」
「ダメだ、着ろ」
怪訝な表情で首を振ろうとも、ドウェインは問答無用の即答である。
「ぜってぇ着ねーしッ、付けねーから!」
「着ろ」
「ふざけんなクソジジィ!」
しつこいドウェインにカツラを投げつけるが、綺麗に投げ返される。命令口調とは裏腹に老人は笑顔だった。
「こんなもん付けて働けってのか?!」
「パールに居る間、ここ以外の時だ。ハリソンも戻ってる…嫌なら大人しく、店番だけしとけ」
「マジ無理ッ!」
「姿バレしたお前が悪い」
一人騒ぐキースとしたり顔のドウェイン。側から見れば本当の親子のようだ。
無視すればいいものの、キースは彼の言う事は大体聞く。彼はキースの師匠である。修理や商売や、盗みまでも。この関係は居候の家賃や食費を払わない代わりの、暗黙の了解のようなものだった。
「ふざけやがって……?」
すっかりご機嫌ナナメなキースだったが、急に子供が店へ駆け込んでくる。市場の知り合いの子だった。
「大変ッ、ローズが軍兵と揉めてる!一緒にいた女の人も!」
キースは驚き咄嗟に駆け出そうとするが、ドウェインに阻まれてしまう。押し退けようとしても逆に腕を捻り上げられ、声も出せず痛みに顔を歪めた。
「場所は?」
「露店通り!ミシェル婆ちゃんが地代取りに遭って、助けに入っちゃって、」
「わかった、俺が行く。まだ連れてかれてねぇか?」
「父ちゃん達が止めてる!でも軍兵が、すごい怒ってて…!」
「…時間稼げって伝えろ」
「わかったよ、でも急いで!」
子供は酷く焦った様子で伝え、また市場へ戻って行った。漸くドウェインの手が緩み、強引に腕を振り払う。
「ッんで邪魔すんだよ!」
「お前は止めろ、悪目立ちする。最悪捕まるぞ」
「ほっとけねぇだろ!あんたじゃ無理だ!」
「喧嘩しに行くわけじゃねぇ…」
そう言うとドウェインはカウンター下を漁りはじめた。そこは店の金の置き場で、つまりは金による解決方法で。傍らに置かれた彼の杖も目に入り、キースはつい舌打ちをもらす…が、
「おい…言うこと聞くなら行っていいんだよな?」
弟子の言葉にドウェインは手を止めた。
軍の騎馬隊がパールの街を進む。昼の巡回任務、当番の警備隊に混じりジェラルドもいた。街人達は彼らから距離を取ったり睨んだりで、向けられる気配の多くは良いものではなかった。
バルハラという国で軍は比較的毛嫌いされているのだが、パールはトップクラスの嫌われようだ。北部のような内乱は未だ無いものの、小競り合いは日常茶飯。事前に聞いていた通りの冷えた関係に、ジェラルドは眉を寄せた。
市場まで来たところで何やら騒がしいことに気がつく。露店通りの一角に人集りが出来ており、時折聞こえる怒号で揉め事だとわかる。
「何事だ?」
「お宅の兵士だよ!地代取りで揉めてんのさ!」
街人の一人に警備隊長のベイノンが声をかけると苛立った返答で、周りにいた街人達も振り返り睨んできた。
「どういうことだ?何故兵士が地代取りに関わってる?」
「ぁ…いえ、それは…」
口を挟んだジェラルドに、ベイノン隊長は顔色を変え目を泳がた。ジェラルドは眉間の皺を深めるとライプニッツから降り、自ら確かめるべく人集りを掻き分け騒ぎの中心へ向かった。
彼の視線の先──揉め事騒ぎは意外な展開を迎えているところだった。
春の訪れを感じる暖かな朝。朝市の喧騒がドウェインの店にも届いてくる。
キースは髪を染めたりはせずボサボサに伸びた毛先を梳いた程度で、顔や耳の傷もそのままだった。丁寧に髭を剃り整える彼の傍らには、顔を洗うビアンカとローズ。ビアンカは彼をチラ見して、
「……キースって、いくつ?」
「それ前にも言ったぞ」
「なんか、髭剃ると若く見える」
「変な詮索してんじゃねぇ阿保」
「キースは27でしょ」
「ローズ、余計なこと言うな」
「27?ホント?…歳上なのか」
「あぁ?」
「あたし24」
「…お前は老けて見えるな」
「!なにそれ、失礼だぞ!」
「女の子に歳のこと言っちゃダメよ!」
「男の時はすげぇガキっぽいけど」
「「キース!」」
女子二人が揃って声を上げる。いつの間にか仲良くなった二人に、キースはわざとらしく耳を押さえてみせ、一人先に店へ行ってしまう。
スタンとロムの音沙汰は無く、ローズの目当ての船も来ず待ちぼうけ。何事も無く過ぎるパールでの日々は平穏だった。
店の小さな窓や換気口を開け放つ。後ろ髪を紐で一纏めに縛り、カウンターを拭き棚から幾つも引き出しを取り、並べていく。巻紙を束ごと出すと蝋燭に火を灯して、小慣れた手が煙草葉を計り、纏めて、巻いて、の繰り返し。
とっておきの香り良い一本が出来ると口に咥え火を点け、一度大きく肺に入れ味わう。煙草は灰皿に移し、そのまま窓辺に置いた。
香水などとは違う、果物やハーブの自然の甘さを感じる香りが身体と店内を包む。キースはあっという間に数十本作ると扉を開け放ち、雑貨屋の一日をはじめた。
「ドウェインさんは?」
「買い出し」
「手伝いに行ったほうがいいかな?」
「お前は表出るな、トラブルメーカー」
「キースだって同じようなもんじゃない」
「お前はいつまで居る気だよ…」
女子二人がカウンターの前に並んで座る。キースは器用に手を動かしながら二人を睨み見るが、そこへ男が数人やって来る。市場の馴染みの行商達だ。朝市の時はこうして煙草を買いに来る者が多く、雑貨屋師弟が作る煙草の香りにつられ贔屓にしてくれているのだ。
キースの皮肉に二人はご機嫌ナナメだったが、彼は無視して客の相手をし始める。煙草は露店の時とは違い十本単位の商い。キース特製の煙草は人気で、たくさん作った物があっという間に減っていった。
客の一人が可愛らしい女子にと小袋を渡して、中身の干し果物に二人は嬉しそうに笑い頬張った。
「甘やかすなよ」
「何言ってんだ、こんな可愛い娘揃えといて」
「しかも二人、お前さんが!」
「不可抗力だっての。好きで一緒にいんじゃねぇ」
「またまたぁ、何処で引っ掛けたんだ?」
「引っ掛けてねぇし」
「ドウェインも孫がたの、」
「親子じゃねぇわッ、ガキとかねぇからッ、あんたらいい加減にしろよ!」
客達の揶揄がはじまり、キースは不機嫌を顕に言い返す。帰って来た彼が女を連れていると市場では専らの噂で、最近立ち寄る客達の多くは噂の確認もあるようだった。
「そうだ、ローズは船待ってんだろ?」
「ん!」
「もうすぐデカいのが来るぜ、沖に一隻見えたんだ」
「ホント!?」
ローズが立ち上がり店の軒先から顔を出し、ビアンカも気になって一緒に窺う。キースはここからじゃ見えないだろうと思うが、
「…気になるなら見てこいよ、お前ら二人」
「え…あたしも?」
「静かになって清々する」
「待ってる荷物かもしれないし、行ってくる!ビアンカも行こ!」
言うなりローズは屋根裏部屋への梯子を駆け上がっていった。
「キース、ホントにいいの?」
「しつけぇ…あいつと一緒に居ろよ。あと迷子になるな、絶対」
ギロっと睨み指差しまでして念を押すが、ビアンカは笑顔で頷き屋根裏へ向かった。
つい溜息をもらすキースだったが、やり取りを見ていた客達のニヤニヤ顔を見て、さらに苛立ちを募らせるのだった。
バルハラ軍、パール基地にて。
ここは大きな街だが基地は一つしかなく、その分敷地は広く建物も大きいし、軍兵も多い。大きな厩舎には放牧用のスペースもあり、自由気ままに過ごす馬達の中にライプニッツもいた。
そして彼(馬だが)の傍らには、蹄掃除をする者の姿も。
「いい子だなぁ、そのままそのまま…」
ライプニッツに声をかけながら脚を持ち上げ、丁寧に土や汚物を取り除いてやる。時折動こうとするのでまた声をかけ、尻尾が頭に当たり擽ったくなるが、青い髪の新米兵ブラウンは最後の蹄まで綺麗にしてやった。
「よし出来た!洗ったらおしまいな~」
一人にっと笑うブラウン。ライプニッツは振り返りはするが不機嫌になったりせず、大人しく手綱を引かれ水場まで行くと、蹄や脚を洗い流してもらうが、
「おい!」
遠くから声がし揃って振り返る。こちらに近づいてくる軍兵が二人。声の主にライプニッツがそわそわし出したので、どちらかが飼い主なのだとわかった。
「お疲れ様です」
敬礼するブラウンにジェラルドは驚いた様子で近寄り、
「大丈夫か?何ともないか?」
「?はい、健康ですよ。時間があったので裏堀りもしておきました」
「こいつじゃない、君のことだ。裏堀りなんて…怪我は?」
ジェラルドの言う意味がわからずブラウンは首を傾げた。両肩を掴まれ何やら身体中を確かめられ、少し狼狽えてしまう。
「あのぉ…??」
「この馬、気難しいらしくて。隊長以外には懐かないんだよ」
「はぁ、そうでしたか?」
眉を寄せるブラウンに付いて来たハリソンがフォローを入れるが、身に覚えがない彼はイマイチ理解できずでライプニッツの様子を窺う。手綱も未だにブラウンが持っているが、彼は大人しいままだった。
「北に居た時も俺以外には懐かなかった。怪我人が出たこともあるし、脚なんて触ったら暴れ回るぞ」
北…という言葉に引っかかりを覚えるが、ブラウンは笑いながら答える。
「そんなにですか?いい子にしてくれてましたけど…あー、ダメダメ、それは飲んじゃダメ」
汚れた桶の水をライプニッツが飲もうとして、ブラウンが割り込み奪い取る。いつもならそんなことでも不機嫌になりそうなのだが、彼の言う通りいい子ちゃん状態で、ジェラルドとハリソンは思わず顔を見合わせた。
「……扱える人がいるのは、助かる。俺しか面倒を見れないから、正直困ってた」
「僕で良ければ、いつでも呼んでください。この子も僕でいいなら。簡単な世話なら出来ますよ」
「名前は?所属も教えてくれ」
「ブラウンです、第三中隊。配属されたばっかなんで、雑用係っす」
「ジェラルド・デュレーだ。こいつはライプニッツ、本当に助かる」
名前を聞きブラウンの顔色が変わる…というか一気に蒼白くなった。彼は慌てて姿勢を正し深々と頭を下げた。
「ッす・すすすみません!ごめんなさい!!副指揮官殿とは知らず!あのあのっ、丁重に扱ったつもりですから!決して何もしてないです!ホンットすんません!!」
焦った様子で手綱をジェラルドに渡す。かなり逃げ腰である。案の定な反応にハリソンが思わず吹き出し、ジェラルドは眉間の皺を深めたが、ブラウンの腕をしっかり捕まえて、
「落ち着け、なんで謝る?こいつのことで今後も助けてもらいたい」
「えぇっ、いや!いやいや、」
「いつでも呼べと、君が言ったぞ。ブラウン」
「ぅええぇ……」
高身長のジェラルドに見下ろされ、ブラウンは先ほどとは打って変わり半泣き状態だ。ライプニッツも気になるのか主人の脇に頭を突っ込み覗いてきた。
北と聞いてまさかとは思ったが、着任して間もない副指揮官だったとは…把握していた情報は少なく容姿もわからずだったため、完全に油断していた。
「君の上官には俺から伝えておく。馬の世話は苦じゃないか?時々でもいいんだ」
「…だ…ぃじょーぶ、です」
「今日のは偶然かもしれない。こいつが暴れたりしたら、すぐに俺を呼べ」
「よ、よべとは…」
「仕事が減ってよかったです、俺達も助かります」
「ああ。これなら昼の巡回に行けそうだ」
「いや、それだと結局減ってません」
歯切れの悪いブラウンを他所に、ジェラルドとハリソンは勝手に話を進めていく。働くことしか考えてないジェラルドに苦笑いするハリソンだったが、彼の指先が軽くライプニッツに触れた瞬間ビクりと驚き嘶いてしまって、ジェラルドが手綱を引き宥めてやる。この時ばかりはブラウンも驚くのだが、
「…僕に懐いた、というか、こちらの方が嫌われてるのでは?」
ついぽろっと言ってしまう。二人共一瞬固まり、気まずそうに視線を逸らした。
パール、と或る酒場にて。
閉店中であるはずの店で、スタンはカウンターに突っ伏し寝こけていた。何日も居座る彼を普通なら追い出すところだが、代筆屋でちまちまと稼いだ金で毎日支払われるものだから、店主は仕方なく(というか諦めて)居させてやっていた。
店の扉が開き、男が数人入ってくる。セフェリノと仲間の賞金稼ぎだった。
「おいスタン、起きてくれ」
「んー…?」
「なぁ、働け情報屋」
「…んぁ………」
何度か肩を揺するが寝ぼけていて、セフェリノは面倒臭そうに溜息を吐くと、小銃を取り出し引き鉄を引いた。
「ッ!!ぉあ…ってぇ…!」
「おはようスタン、目ぇ覚めたか?」
「セフィ…!?おま…どした?」
耳元で炸裂した銃声にスタンは飛び起き、椅子から転げ落ちてしまう。銃弾は顔と腕の間を通り、木のカウンターにめり込んでいた。
銃声に驚いた店主が姿を現わすが、スタンを取り囲むセフェリノ達に不穏な雰囲気を感じ、また奥へ逃げ戻っていった。
「情報が欲しい、<獣の盗賊>について」
「おい、何かと思えばまた…大して無ぇよ」
撃ってまで起こすことか…二日酔いもあってか耳鳴りがヤバい。しゃがんで自身と同じ目線になるセフェリノにスタンは顰め顔で溜息を吐いた。
「クウェントンで連続して出てんだ。何か知らねぇか?」
「あぁ…それなら聞いてる。二回目と三回目は、同日」
「そう、それだ!一日で連続ってのも、三回も上手くいくのも…偽物で出来る芸当か?」
「捜索隊も動いてるらしいぜ」
「妙なのはそっち。隊長は居残り、向かったのは雑魚共だけだって」
カウンター席に座り直すスタンを追いかけるように、セフェリノも隣に腰掛ける。他の賞金稼ぎ達は黙ったまま、出入口を塞ぐように二人を取り囲んでいた。スタンは肩越しに彼らを振り返ったが、にっと笑い、
「知らねぇのか?'エース'…哀しくもハリソンはお役御免だ」
「!なんだって?」
「捜索隊には残ってるが、隊長は別の奴になった」
「誰??」
「…名前?全部?」
笑みを深め掌を出してみせる。セフェリノは少し考えるとポケットに手を突っ込み、真ん中と言って銅貨を数枚渡してやった。羽振りの良さを感じる枚数にスタンのニヤケ顔は満開だ。
「ジェラルド・デュレー、北部統括から異動してきた。パール基地の副指揮官兼任」
「あれかっ」
聞くなり笑って、スタンの肩をぽんぽんと叩き席を立つ。
「手法変えでもしたかな…わかった、連中の動きは暫く当てにできねぇ」
「お前が信じるのは、いつもお前だろ」
「そんなことない。あんたは頼りにしてる」
「そりゃあ嬉しい限り♪」
「ちょっと行ってくるよ、逃しちまったら勿体ねぇ。あんたと話せてよかった」
「気をつけてな~」
セフェリノは朗らかな笑みで手を振り、賞金稼ぎ達を連れ店を出て行った。店は再び静かになり、平穏が戻ってくる。
スタンは暫く微動だにせずだったが、不意に勢いよく立ち上がると窓に貼り付き、こっそり外の様子を窺った。言葉通りに街を出るようで、遠くで馬を引っ張って行くセフェリノ達が見えた。それで漸く安心したのか、ガックリと項垂れ盛大に溜息をもらす。
「…焦ったぁ…」
実はセフェリノが現れた辺りから狸寝入りだった。害は無いだろうと踏んでいたが、まさか撃つとは思わず、しかし偽物の情報に食い付いついてくれて助かった。これで尾行は無くなるし雑貨屋にも顔が出せる。愛しの相棒(本人に言ったらそれこそ撃たれるが)を思い出し、また溜息を吐いた。
スタンは穴が空いたカウンターをまじまじと見つめながら、いつの残りかわからぬ酒を口に運んだ。と、
「相変わらず賑やかね、あんたの周り」
「!…よぉ、久しぶり…楽しそうだろ?」
「煩いのよ、近所迷惑」
今度は店の奥から女性が現れる。すっかり怯えた様子の店主も一緒だ。呆れ顔の彼女にスタンは嬉しそうで、
「またそういうこと言う。賑やかな俺は好きだって、前に言ってたじゃん」
「嫌いじゃないって言ったの」
ニヤニヤしながら抱きつこうとするスタンに、女性は容赦なくビンタを喰らわせた。
店主が咳払いし視線を向ける。カウンターに出来てしまった穴を指差す店主に、苦笑いしか返せず、
「あー、悪ぃ…そいつもツケといて」
すでに多額のツケがある現状、アウトな気もするが…さらに横から腕を引っ張られ、
「あんたのことも探してたの。助けてちょうだい」
「……も?」
思わず片眉を持ち上げたスタンは、女性に引っ張られるまま酒場から連れ出された。
一方、ビアンカとローズは港まで来ていた。
多くの漁船が並びその上をカモメが飛び回る。着いたばかりの交易船から荷物が運ばれていくが、ローズは目当ての船や荷物ではないとわかり、溜息をもらした。
「もう!こんなに待たされたの初めて」
「元気出して。きっともうすぐ来るよ」
一気に退屈に戻ったローズの頭を撫でてやる。当初は警戒されてばかりだったが、今のビアンカはこんなこともOKになっていた。何故かと言えば、
「…ねぇビアンカ、話の続き聞きたい。無人島の冒険の話」
「うん!いいよ…どこまで話したっけ?」
「滝の奥に洞窟見つけたとこ!」
ここ数日の二人の話題は海賊話だった。これまでビアンカが経験したことを聞くうちに、ローズは彼女や海賊の生き方に感化され、警戒心も無くなり懐いていた。
市場まで戻り、散歩ついでに話を聞かせる。おませなローズも冒険話はワクワクするようで、終始目が輝いていた。ビアンカは仲間の年少海賊を思い出しくすりと笑った。
ふと露店の一つが気になり、足を止める。
「なぁに、帽子?」
「あれ、羽の付いてるやつ!カッコいい!」
「可愛いほうがいいよ」
「可愛いのじゃ舐められる、海賊だからな」
「難しい世界ね…」
帽子を指差し議論する二人。ビアンカの男装はもはや趣味に近かったが、昔、他の海賊に女だと馬鹿にされたことが発端だった。そわそわし出したビアンカにローズは笑ってしまうが、帽子を見てきていいと許可を下してやる。
嬉々として露店に向かうビアンカを見送りながら、少女はお金があるのかとぼんやり思うが…別の方角から何やら喧騒が聞こえ振り返る。目の前の露店の、一本奥の路地。数人の軍兵が見えた──そして、必死な様子で彼らに縋り付く老婆の姿も。
同じ頃、雑貨屋にて。
キースは修理の仕事をしていた。といっても難しいものではなく、一時間もあれば直りそうな物だ。
牛の鳴き声のように腹が鳴る。時計をチラ見すればもうすぐ昼時。買い出しに行ったきりのドウェインのことを考えていると、店の扉が開き本人が戻ってきた。
「おかえり。店番いつまでやらせる気だ?」
「ただいま。お前のもん仕入れてたんだ、感謝しやがれ」
それぞれ嫌味が余計なのだが、カウンターに置かれた荷物にキースは目を丸くした。修理を中断し手を伸ばし掴み上げる。良質な生地の上着と揃いのズボン、金縁の片眼鏡に、黒髪のカツラ…他にも色々あった。
「中古に見えねぇだろ、サイズも合うはずだ」
「…いや…誰のだ?」
「お前の」
「…着ねぇぞ、こんなの」
「ダメだ、着ろ」
怪訝な表情で首を振ろうとも、ドウェインは問答無用の即答である。
「ぜってぇ着ねーしッ、付けねーから!」
「着ろ」
「ふざけんなクソジジィ!」
しつこいドウェインにカツラを投げつけるが、綺麗に投げ返される。命令口調とは裏腹に老人は笑顔だった。
「こんなもん付けて働けってのか?!」
「パールに居る間、ここ以外の時だ。ハリソンも戻ってる…嫌なら大人しく、店番だけしとけ」
「マジ無理ッ!」
「姿バレしたお前が悪い」
一人騒ぐキースとしたり顔のドウェイン。側から見れば本当の親子のようだ。
無視すればいいものの、キースは彼の言う事は大体聞く。彼はキースの師匠である。修理や商売や、盗みまでも。この関係は居候の家賃や食費を払わない代わりの、暗黙の了解のようなものだった。
「ふざけやがって……?」
すっかりご機嫌ナナメなキースだったが、急に子供が店へ駆け込んでくる。市場の知り合いの子だった。
「大変ッ、ローズが軍兵と揉めてる!一緒にいた女の人も!」
キースは驚き咄嗟に駆け出そうとするが、ドウェインに阻まれてしまう。押し退けようとしても逆に腕を捻り上げられ、声も出せず痛みに顔を歪めた。
「場所は?」
「露店通り!ミシェル婆ちゃんが地代取りに遭って、助けに入っちゃって、」
「わかった、俺が行く。まだ連れてかれてねぇか?」
「父ちゃん達が止めてる!でも軍兵が、すごい怒ってて…!」
「…時間稼げって伝えろ」
「わかったよ、でも急いで!」
子供は酷く焦った様子で伝え、また市場へ戻って行った。漸くドウェインの手が緩み、強引に腕を振り払う。
「ッんで邪魔すんだよ!」
「お前は止めろ、悪目立ちする。最悪捕まるぞ」
「ほっとけねぇだろ!あんたじゃ無理だ!」
「喧嘩しに行くわけじゃねぇ…」
そう言うとドウェインはカウンター下を漁りはじめた。そこは店の金の置き場で、つまりは金による解決方法で。傍らに置かれた彼の杖も目に入り、キースはつい舌打ちをもらす…が、
「おい…言うこと聞くなら行っていいんだよな?」
弟子の言葉にドウェインは手を止めた。
軍の騎馬隊がパールの街を進む。昼の巡回任務、当番の警備隊に混じりジェラルドもいた。街人達は彼らから距離を取ったり睨んだりで、向けられる気配の多くは良いものではなかった。
バルハラという国で軍は比較的毛嫌いされているのだが、パールはトップクラスの嫌われようだ。北部のような内乱は未だ無いものの、小競り合いは日常茶飯。事前に聞いていた通りの冷えた関係に、ジェラルドは眉を寄せた。
市場まで来たところで何やら騒がしいことに気がつく。露店通りの一角に人集りが出来ており、時折聞こえる怒号で揉め事だとわかる。
「何事だ?」
「お宅の兵士だよ!地代取りで揉めてんのさ!」
街人の一人に警備隊長のベイノンが声をかけると苛立った返答で、周りにいた街人達も振り返り睨んできた。
「どういうことだ?何故兵士が地代取りに関わってる?」
「ぁ…いえ、それは…」
口を挟んだジェラルドに、ベイノン隊長は顔色を変え目を泳がた。ジェラルドは眉間の皺を深めるとライプニッツから降り、自ら確かめるべく人集りを掻き分け騒ぎの中心へ向かった。
彼の視線の先──揉め事騒ぎは意外な展開を迎えているところだった。
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