/// Tres

陽 yo-heave-ho

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□陸篇 Catch Me If You Can.

1.10.3 茶会と手紙

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「ただい……どうしたの?」
 何日かぶりに煙草屋へ戻ったイザベラ。だが店に入るなり眉を寄せてしまう…カウンターを挟みスタンとハヤブサが難しい顔をしていたからだ。
「おかえり」
「まぁた面倒になったぞ」
「……」
 浮かない表情の二人にイザベラは思わず頬を引攣らせる。大方の予想はついたが、何も言わず二人のもとへいく。
「聞かせて」
「…俺が配達行ってる間に、嬢ちゃんが消えた」
「店に来たかわい子ちゃん達が、連れ出したんだと」
「その子らは戻って来たんだが…」
「それで?」
「…嬢ちゃんは逃げたらしくて、行方不明」
「…それを相棒が探しに行った」
「バぁカッ」
 イザベラは最後まで聞くと、スタンの頭を思い切り叩いた。痛ぇだの何故自身だけだの反論が返ってきたが知ったこっちゃなく、よりにもよってこのタイミングで苛立ってしまう。
「'ラッカム一味'と連絡取れたのよ!」
「!早くね?」
「も~うっ!ちゃんと見ててって言ったじゃないのぉ!」
「いや、ちょ…こうなるとは、」
「落ち着けイザベ、」
「しかも暴走コンビが外に出たのよね!?ねぇッ!」
「「……」」
 詰め寄り掌ではなく拳を振ってくるイザベラに二人共たじろぐ。ぐうの音も出なかった。


 当のビアンカは風流街の一角、紅茶葉を扱う店に居た。
 そこはゆっくり飲むことも出来る店で、小さなテーブルには湯気立つ紅茶のカップがあり、向かいには先ほどの初老の男──アルマスも居た。
「……」
 気まずい。街のお陰か店は居心地の良い安っぽさなのだが、この状況が気まずい…何より金が無い。
 目の前には紅茶の他に砂糖菓子も置いてあり、また腹の音が鳴りそうだった。
「遠慮せず、どうぞ」
「…でも…」
「あぁ、お代は気にせずに。私が誘ったんですから」
「いやいや、でも…」
 察知したアルマスが紅茶を飲みつつ微笑みかける。ビアンカはしどろもどろになるが、最後は彼の優しい眼差しに負けてしまい、ぺこりと頭を下げ砂糖菓子に手を伸ばした。小さいながらも芳ばしい香りがし、空腹にも負け齧りつく。
「っ…んん~…!」
 サクサクしてて、けれど中は柔らかく、甘くて美味しい!パンの一種なのか食べやすいし口が蕩ける。思えば陸に来て初めてと言っていい甘いもの。最高である。
 心底美味しそうに(演技でもないのだが)頬張るビアンカを見て、アルマスが笑いをもらす。彼女の顔がまた赤くなった。
「いや、申し訳ない。あまりにも美味しそうに食べてくれるものだから」
「すみませ…けど、本当美味しいです!」
「それはよかった。ふふ…」
 素直に喜ぶビアンカにアルマスは満足気で、また紅茶を口に運んだ。
 ビアンカも慣れない手付きでカップを持ち、ふぅふぅと息で冷ましながら飲んでみる。ほろ苦い味。紅茶というか茶は何度も飲んでいるが、今のほうが明らかに良い茶葉な気がした。
「お住まいは、煙草屋でしたか?」
「はい…運河の近くなのは覚えてるんですけど、どの道かわからなくて」
「ふむ…困りましたね。運河周辺は路地が多く複雑だ…」
 苦笑いするアルマス。ここまでの会話で彼もまた風流街に来るのは数える程度で、ビアンカのように迷子になることがあるらしい。
「えっと…アルマスさんの、待ち合わせは?」
「私のは、この辺りに居れば大丈夫だと思うのですが…貴女を残してくとなると、心配になる」
「あっ、ごめんなさい!気を遣わせて、」
「いいえ…いや。気も遣いたくなるな」
「へ??」
「こんなに綺麗な女性一人、迷子のままでは…この街は気の良い者が多いが、結局そうでない者もいる」
「……きっ、れー…とかじゃ!ない、です」
 歯が浮きそうな台詞に赤面するビアンカ。さっきから赤くなりっ放しで頭は沸騰寸前だ。
 何をどう見たら綺麗なのか?可愛いだの綺麗だの、これまで無縁だった言葉はチクチクザワザワ、擽ったくてしょうがない!…が、ふと思い浮かび固まる。
(もしかして、これ…集りの一種じゃ…!?)
 風流街に来た時のイザベラの言葉を思い出す。他所者を狙う集り。想像していたのとは違うが、新手か…
 急に難しい顔で固まったビアンカにアルマスは安定の微笑みで首を傾げた。こんな優しい人に限って。いや違う、騙されてるのかも。ビアンカが想像力を働かせ逃げるべきかどうか考えていると、
「「!」」
 店の前を通り過ぎた人影が駆け戻ってきて、窓越しにこちらを睨み見る。アルマスは目を丸くし、ビアンカはその人物に驚いた。キースだ。
「お前っ…このクソ迷子!んなとこで何してんだ!?」
 ズカズカと店に入りビアンカの前に立つキース。表情は見ずともわかる不機嫌顔。ああヤバい、よりにもよって彼に見つかった…
 手で顔を隠し視線を逸らすビアンカに彼はまた声を上げかけるが、
「……この人は?」
 漸くアルマスが目に入り冷静になる。アルマスはこっそりキースを眺めていたが、ビアンカの知人だと察知するとまた顔を綻ばせ、
「彼女が迷ってしまったようで、一緒に雨宿りをしてました。私もお送り出来そうになくて…知り合いが来てくれてよかった」
 丁寧で柔らかな物腰にキースは一瞬戸惑うが、気を取り直すようにビアンカを睨み、彼女の手を掴んだ。
「面倒かけたみてぇで、すみません…行くぞ!」
「え、ぁ…待ってよ!」
 言うなり引っ張っていこうとするキースを引き止め振り返る。アルマスは二人の様子が面白いのかくすくすと笑っていた。
「あの、ありがとうございます!ご馳走さまでした」
「いえいえ、これで私も安心できる。そうだ、お名前を聞いてなかった」
「…ビアンカです。本当にありがとう」
 一瞬躊躇うがハッキリと名を伝える。
 深々と下げた頭を上げれば、アルマスは何故か驚いているようで、
「行くぞッ」
 だが今度こそキースに引っ張られ、ビアンカとアルマスがそれ以上会話することはなく、二人は店を出て行った。
 一人残ったアルマスは、立ち上がり窓の向こうの二人を見送ったが…覚えのある名前に頭を巡らせる。名前だけではなく、彼女の容姿も引っかかった。
(ビアンカ…ビアンカ、まさか??しかし…)
 一つの可能性がアルマスの中で大きく膨らむ。時既に遅く、駆けて行ってしまった二人の姿は消え、確かめようがない。
 もし、なら──アルマスは突然の出会いと可能性に翻弄されながら、また席に戻った。


「あたしが何言いたいかわかる?」
「…わか、ります」
「あんたも」
「なんでおれ、」
「外出禁止ッ」
「…説教はこの迷子に…」
 イザベラから殺気が漂い、キースは口を噤んだ。
 何事もなく(アルマスとのことは怖くて口にできなかった)煙草屋に戻って来たはいいものの、キースとビアンカはテーブル席に座らさせられ、向かいの椅子の上で仁王立ちするイザベラに睨まれ続けていた。
「あの…ごめんなさい、でも、今回のは巻き込まれたんだ…本当」
「それも聞いたわ…責任はそっち二人よね?」
「悪かったって!もういいだろ?!」
 カウンターを振り返ったイザベラと目が合い、怯んだスタンが悲鳴のような声を上げる。イザベラがあからさまに鼻を鳴らしたものだから、キースもビアンカもつい笑いを堪える。が、再びの彼女の睨み。
「そのくらいにしときな、俺も悪かったから…それよりいいのか?」
 品物の箱詰め作業中だったハヤブサが声をかけ、場が収まる。椅子から飛び降りたイザベラはしょうがないといった様子で胸元を探り、紙を一枚取り出した。男三人はどこに入れてんだと思ってしまうが、
「来たわよ、返事」
「!親父の!?」
 にっこりと笑うイザベラにビアンカが飛び付き、キースも驚く。早過ぎだ。この速さには秘密があるのだが、兎も角予想通りの反応にイザベラは笑い、
「ラッカムじゃないわ、けど…あいつ、こんな可愛い妹がいたのねぇ?」
 思い当たる台詞にはっとする。
 ビアンカは待ち切れずイザベラの手ごと紙を掴み中を覗いた。導かれるように紙を引っ張られ大人しく座り直し、キースとスタンも気になり彼女の肩越しに覗き見る。

『親愛なる妹へ  無事でよかった!こっちは大変なことになってるが、とりあえず皆元気だ  ロムのこと、噂が流れてる…本当か?  早く戻って来い  悪いが迎えには行けない、ごめんな  何とかして戻って来ること  親父も皆も、俺も待ってる  Rin』

「っ…!」
 見覚えのある字、言い返したくなる文言…
 ビアンカは大きな瞳をさらに大きくして、涙をボロボロと溢れさせた。
「…なぁ、このリンって?」
「ホントに仲間と連絡取れたのか…??」
 気になり二人が声をかけるが、ビアンカは涙が止まらず暫く答えられず、見兼ねたイザベラが優しい手つきで頭を撫でてやる。
「リンは'ラッカム一味'よ、あたしも知ってる。妹ってのは初耳だけど」
「ちが、ッ"ぅ…あたしが、姉だ」
「は?でも妹って、」
「違うもんッ…あたしのが、上だもん!」
 泣きながら自分が姉だと否定するビアンカ…しかしその顔と言ったら。また鼻水垂らしてやがる。
「…ぷっ…!」
 キースは堪え切れず笑ってしまう。しかも、もんて。ビアンカがキッと睨むが上手く出来ずで、スタンやイザベラもつられて笑う。彼女らしい泣き虫が戻り、何故だか気持ちがスッキリとしていく。
「よかったな、嬢ちゃん。これでどうすべきか見えたな」
「ん…っありが、と。イザベラ、ハヤブサさんも…ホントありがとぉ!」
「んふふ!どういたしまして♪」
 カウンター越しにハヤブサも笑っていたが、ビアンカは何度も頷きありがとうと伝えた。そんな彼女が可愛い生き物に見え、イザベラはギューっと抱きしめた。
「けどよ、戻って来いって言うが…どうすんの?」
「そういえばお前、来る時どうした?」
「すげぇ今更だけども、陸修行だったよな?」
 冷静になった二人が眉を寄せ、ビアンカもはっとする。
「来る時は…諸島まで送ってもらった、仲間に。そこからは相乗りで」
「…相乗り?船を?」
「そう。代わりに漁手伝ったりして……馬車だって同じだろ?」
「待ておい、船だぞ??」
「ッ~、ナゾだわ'ラッカム一味'。陸修行といいよぉ」
「そんなヘンテコみたく言うな!」
「船の相乗りって普通でしょ?」
「いや初耳だし…」
 今更な経緯を語るビアンカに二人は目を丸くし、イザベラも混ざり謎の議論が始まる。馬車ではあっても船の相乗りなんて聞いたことがなく、そんなこと可能なのか(海で生きる者にとっては常識らしい)?
 イザベラは息を吐くとハヤブサを振り返り、彼は言わずもがな頷いてみせ、
「もう一仕事だな」
「何処まで行けそう?」
「お仲間の所まで連れて行ってやりたい、が…デケぇ船は無いし…」
 ハヤブサが何やら紙を取り出し睨み見ていると、階段のほうから音がし全員振り返る。
「……なんだ?」
 姿を現したのはエルドレッドで、彼は意味深な視線を浴び不機嫌そうに眉を寄せた。妙案を思いついたのはハヤブサだった。
「厄介者、仕事だ。これで貸し借りチャラ」
「「「……」」」「……チっ」
 彼の言葉に驚いた三人が顔を見合わせる。エルドレッドは面倒事だと勘づいたようで、露骨に顔を顰め舌打ちした。
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