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□海篇 The Pirates and Secret Treasure.
2.01.1 海を行く
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春の海。
バルハラ共和国とテオディア王国の中間辺りから南、沖合いにて。
<片眼のエルドレッド>率いる海賊団の船が一隻(テンペスト号というらしい)、暖かくなった風を切りながら海を進んでいた。
目指すは南方諸島。殆どがテオディアの領土なのだが、先住民族の文化や統治が根強く結局治外法権化している。その一つにエルドレッドの馴染みがいるらしく、ビアンカはそれを頼ることにしていた。
(「あまり期待するなよ、迷惑だ、俺が」)
そう言われたのは出航して間もなくの頃。まともな金も持たずコネだけが頼りの状態で、あろうことか船を借りる予定なのだから、到底我儘など言えない。だが'ラッカム一味'のアジトは諸島からさらに南にあり、それなりの船でないと航海は厳しい。ビアンカは良い船に巡り会えるのをただただ祈るばかりだった。
「コラぁっ、新入り!働けぇ!」
甲板に怒鳴り声が響く。甲板長がキースを叱っていて、直後海に何かが投げ捨てられたので、また目を盗み煙草を吸っていたのだろう。
「扱き使いやがって…」
キースはぼやきながら甲板掃除を再開した。
船に乗ってからずっとこの調子。掃除に帆張りに見張りにまた掃除、夜も見張りに洗濯と、さらに修理士だとわかるや船大工まで手伝わされて…
乗ってからというもの、呼び名の通り新入り船員として働かされている。乗せてもらってるから当たり前だとビアンカに諭されたが、少しは手加減してもらいたいとも思った。
「あたしもやるよ」
「悪いなぁ、ビアンカちゃん」
「人手不足だろ。あと、ちゃん付けしないで」
ビアンカが甲板長と話し、デッキブラシを持って混ざってくる。船出から間もなく一週間。文句も言わず手際よく働く彼女は、エルドレッド海賊団には好まれ…というより、ちやほやされていた。
「……」
「キース、手止まってるぞ」
「…ちょっとくらい、サボらせろよ」
「ダメ、働け」
「……」
「スタンみたくなるぞ、いいの?」
「あいつと一緒にすんな」
面倒臭そうに溜息を吐き、適当にブラシがけをする。スタンはというとここ数日船底に居る。船底の檻の中に。酒を盗み飲んだ(それもエルドレッドの為の上等なワイン)罰だった。
「…あぁ、でも、そのほうがサボれそうだな。何かくすねりゃ、」
「キース!」
「はいはい、すいませんでしたぁ」
言葉とは裏腹にキースはニヤニヤしていて、見張ってたほうがいいかとビアンカが思った時、見張り台から声が上がった。声につられ甲板にいた皆が船首の先に目を向ける。青空と海の境目、まだ薄らぼんやりしているが島が見えた。
声を聞きつけ船室の扉が開く。出てきたエルドレッドに船員の一人が駆け寄る。
「見えました、もうすぐです」
「当然だ。長居はしない、支度しておけ」
「アイ、サー!」
エルドレッドはそのまま甲板を進み、二人のもとへ来た。
「餓鬼、支度しろ」
「ありがとう。でも、荷物少ないし、」
「下のしょうもない荷物もだ。出していいが着くまで見張ってろ。次は無い、錨に括って沈めてやるぞ」
「……どうも」
遮りキースに鍵の束を押し付ける。何のことかわかり、ビアンカはつい笑ってしまう。キースは一瞬眉を寄せたが言われた通りスタンを迎えに行った。
「持っていけ」
「?」
「ジンという男に渡せ、港から東の村にいる。船はそいつから借りろ」
「!え…あたし達だけで行くの?」
「甲斐甲斐しく世話を焼けと?」
羊皮紙を差し出され、ビアンカはつい目を丸くしつつも受け取る。エルドレッドは不機嫌かと思いきや、含み笑いでビアンカを観察していて、
「お前は女だが、多少は出来る女だ。だから大丈夫だろう…老いぼれの躾方に感謝するんだな」
「…ぉ、おんなおんなって、言うな!」
ストレートに褒められビアンカは顔を赤くし視線を逸らした。
「何が起きてるのか知らんが…厄介事はさっさと片付けろ。貴様らがいないと、ゴミ共がしゃしゃり出てくる」
「…はい」
「伝えておけ、ラッカムに。貸しならばいつでも引き受けると」
「わかったよ…エルドレッドは、これからどうするの?」
「…俺の塒へ行く。負けたままでは名が廃るだけだ」
最後は不敵な笑みを浮かべ、彼はまた船室へ戻って行った。
ビアンカは手の中の羊皮紙を見つめた。少し色褪せていて擦り切れも多く、正直ボロい。丸められ紐で閉じられていて中身も不明だが、きっと大丈夫だ。エルドレッドも言っていたし、何よりも、
(前を向こう)
キースに教わった言葉を思い出しながら、ビアンカは身支度に向かった。
南方諸島、数百在る島の一つにて。
港にテンペスト号が着けられ、船員達が買い出しのため降りて行く。三人も船から降り賑やかな港を眺めた。小さいがパールのように活気があり、テオディアの兵士もいるようだったが船や船員を改めることもなく、治外法権のままに自由な場所だった。
数日ぶりの日の光にスタンが眩しそうにして、ビアンカもキースも苦笑いする。と、
「おい野良!」
頭上から声がかけられ見上げる。
エルドレッドに呼ばれ(何度名乗っても野良呼びだ)キースは片眉を上げ、スタンは気まずそうに背を向けた。
「お前は面白いから、仲間に加えてやる。どうだ、俺と共に来い」
「……そりゃあどうも、クソキャプテン!謹んでお断り申し上げだッ」
思いがけないスカウトにキースはあからさまに嫌そうな顔をし、中指まで突き立てた。先に歩き出した彼を二人も追う。
「ありがとエルドレッド!助かった!」
ビアンカが振り返り手を振るとエルドレッドはまた不敵な笑みを見せ、船の奥へ姿を消した。
もう一方の手で持っていた籠が鳴き声とともに揺れる。驚かせてしまったようで、ビアンカは慌ててごめんと呟いた。籠の中に居るのは大きな黒い鳥で──この鳥が何なのかは、また別の機会に。
港を出て海沿いの道を東へ。村まで然程距離はないと聞き、歩いてみたはいいが、
「なぁ…まだか?」
「もう少しだと思うんだけど」
「やっぱ馬借りりゃよかったんだ」
「そんな金無いだろ…」
「ハヤブサから貰ってたじゃん」
「あれはダメ。航海用に食糧と飲み物買って、あとは、」
「どんだけ買う気だよ?」
「話しただろ、最低でも一ヵ月だ。しかも上手くいけば。それ以上なきゃ、死ぬぞ」
「…死ぬってよぉ…」
道を進みながら言葉を交わす。歩き疲れた二人の不満にビアンカは毅然と返し、相槌を打つかのように籠の鳥もひと鳴きした。
「二人共海舐め過ぎ。スタン、また酒盗み飲んだらマジで落とすからな。キースは船自体慣れてないんだから、ちゃんと言う事聞けよ」
「「……」」
一人先を進むビアンカの物言いに、二人はつい顔を見合わせる。
結局キースもスタンも、彼女に付いて行くことにした。ラッカム一味のもとへ一緒に行く、と…そこまではいい、が、この先待ち受けている航海を二人は大丈夫だろうくらいにしか考えておらず、ビアンカは(正直ものすごく)不安を抱いていた。マジでどうにかしないと死ぬだろう、船の上で…三人仲良く。
道の先、やっと村が見えてきてビアンカの足が速まる。不安はあれど、慣れ親しんだ海や航海に心が踊るのも事実だった。
東の村にて。
ジンという男は早々に見つかるのだが、ここでトラブルが発生する。言葉だ。ジンは西世界出身のようで、言葉も字も全てが通じずだった。
エルドレッドから渡された羊皮紙のお陰で、協力はしてもらえそうなのだが、羊皮紙の中身は全文西言語…船を降りる前に確かめるべきだったとビアンカは後悔した。
「Je peux vous aider?」
「えぇと…借りたい、ってなんだっけ…」
以前少しだけ学んだ西言語で会話を試みるが、通じてないし聞き取れやしない。他の村人に助けを求めても、東西の言葉が使える者は生憎出かけており、すっかり困っていると、
「Eldred m'a dit de compter sur vous, pouvez-vous?」
「Est-ce que tu parles?」
「Je viens de Rwar」
「……ぅえ!?!」
ジンの家のヤギと戯れていたスタンが顔を覗かせ、西言語を話し出したのだ。それも詰まることなく、饒舌に…!
ビアンカが驚いているとキースが肩を竦めてみせた。後で聞いた話だが、スタンは西世界の出身らしく、東よりも長く暮らしていたそうだ。なのにこれまで訛りもなく砕けた話し方しか聞いたことがなかったので、ビアンカはさらに驚いた。
「Je veux louer un bateau mais je n'ai pas d'argent...」
「Bien sûr!Si ses instructions」
「Merci」
ジンが笑顔で頷き何やら告げると、スタンも笑って振り返り、親指を立ててみせた。どうやら船を借りる承諾を得たらしい。嬉々とするビアンカだったが、ジンがさらに言葉を続け、ビアンカとキースを指差した。
「Qui sont-ils?」
「あー…Ma fille et mon fils」
一瞬言葉に迷うスタン。ニヤりと笑い何やら答え、さらに二人して笑い声を上げる。何か言ったなと思いビアンカもキースも眉を寄せたが、三人はジンと一緒に村の入江へ向かった。
「おい、最後なんつった?」
「あぁ、世間話を少し」
「ウソ!すっごい笑ってた」
「西のもんは笑い話が好きなんだよ」
島に着いてから三日目…早朝。
ビアンカは静かな海と海図を見比べていた。
ジンから借りられた船は中型よりも小型に近く、さらにオンボロで、陸の二人は不安なのか顔を顰めたのだが、ビアンカにとっては宝物のように見えた。
これなら行ける。二本のマストは傷あれどしっかりしていて、帆もそのまま使えそう。船底の修繕はジンや村人達も手伝ってくれると。航海の備蓄の買い出しも、港街までの往復を村人達が助けてくれた。夜通し支度を進める彼女を見て、キースもスタンも仕方ないとばかりに(けれどどこか楽し気で)協力し、今朝を迎えた…
「数え終わった、積み忘れは無ぇ」
「ありがと」
「あとは?もう出るだけ?」
「うん。錨を上げて…出航だ」
ビアンカの指示でスタンが錨を上げる。桟橋から離れ行く船をジンが見送ってくれて、ビアンカは声を上げ手を振った。キースが帆を張った途端船が加速し、風に押され進みはじめる。
「キャプテン、針路は?」
キャプテン呼びに照れ臭くなるが、昨夜三人で決めたことを思い出す。
ここから先、'ラッカム一味'のもとへ戻れるまでは、ビアンカがキャプテンだと。言い出したのはキースで、海での旅に不慣れな自身を顧みての発言だったらしい。つい謙遜するビアンカだったが、スタンも酒を自重するだの言い出し、本当に出来るのか怪しむキースと一緒に笑ってしまった。
付いて来る理由はさておき、ビアンカは心強く感じていた。出会って3ヵ月程だが陸で知り合った二人は、面白くてそこそこ逞しくて、ちょっとだけ海賊に似ている気がした。
「島を辿って南へ、沖に出る…そこから先は南南西!」
「アイアイ」
振り返ったビアンカにスタンも笑顔で返し、舵を切る。キースは針路の先の海原を見つめながら、航海を決断させた地図のことを考えていた。
──その頃、陸では。
<虎の眼の盗賊>の元捜索隊、の、異動になった隊員達は、北部へ向かう道中で首都ルクスバルトまで来ていた。
ここから先も全員でウィステリア基地を目指す予定だったのだが、
「ハリソンさんからの依頼?」
「そう」
「なんで隠してたんすか?」
「いや、そういうわけじゃ、」
「内容は?」
「言えないよ、守秘義務」
「はぁ~?!なんでディックさんなの??」
「そう言われても、な…」
定期馬車の待ち時間の合間、元捜索隊の一人であるディックは、馬車には乗らず仕事をしてくると言い出した。ハリソンから頼まれた仕事と聞き残り4人は色めき立つが、
「はいはい、いつもの年長ルールね」
「いいよなぁ、年長はっ」
「…ごめんな、大したことねぇんだ。終わったらすぐ行くから!」
彼が年長だから頼まれたのだと察知し、4人は不平不満を零す──バルハラ軍暗黙の了解、年功序列。計7人だった捜索隊の最年長はハリソン、その次がジェラルドとディックの同い歳。努力や才能では越えられない歳の壁など、面倒で無意味なだけだ。
ハリソンに迷惑がかかってもと思い、4人は詮索せずディック一人で行かせてやる。彼は苦笑いしながら手を振り、バルハラ軍専用の図書館へと向かった。
ディックは歩きながら悶々と考える。正直、仕事を頼まれてからずっと悩んでいた。ハリソンさんの頼みだからきっちりやりたい、とは思うが…
(…言えるわけねぇよ…)
溜息を吐き眉を寄せるディック。とりあえず早いとこ終わらせようと、モヤモヤと続く思いを振り払う。
ディックがハリソンから頼まれた仕事。それは過去に存在した隊の資料や記録を写し、ハリソンへ送るというもの。隊の名前は機動部第8小隊、中央本部に5年程前まで存在した隊。
(「結局、写す時にわかるだろうから」)
そう言ったハリソンの顔は真剣で、直後、デュレー隊長が所属していた隊だと聞かされ言葉を失った…つまりこの仕事はデュレー隊長の調査だ。
(ハリソンさん、大丈夫かな…)
彼に限って悪事ではない、と思いたい。我らが真隊長の探究心は凄まじい…しかし何か変なことに巻き込まれてやしないかと、ディックはまた心配になった。
バルハラ共和国とテオディア王国の中間辺りから南、沖合いにて。
<片眼のエルドレッド>率いる海賊団の船が一隻(テンペスト号というらしい)、暖かくなった風を切りながら海を進んでいた。
目指すは南方諸島。殆どがテオディアの領土なのだが、先住民族の文化や統治が根強く結局治外法権化している。その一つにエルドレッドの馴染みがいるらしく、ビアンカはそれを頼ることにしていた。
(「あまり期待するなよ、迷惑だ、俺が」)
そう言われたのは出航して間もなくの頃。まともな金も持たずコネだけが頼りの状態で、あろうことか船を借りる予定なのだから、到底我儘など言えない。だが'ラッカム一味'のアジトは諸島からさらに南にあり、それなりの船でないと航海は厳しい。ビアンカは良い船に巡り会えるのをただただ祈るばかりだった。
「コラぁっ、新入り!働けぇ!」
甲板に怒鳴り声が響く。甲板長がキースを叱っていて、直後海に何かが投げ捨てられたので、また目を盗み煙草を吸っていたのだろう。
「扱き使いやがって…」
キースはぼやきながら甲板掃除を再開した。
船に乗ってからずっとこの調子。掃除に帆張りに見張りにまた掃除、夜も見張りに洗濯と、さらに修理士だとわかるや船大工まで手伝わされて…
乗ってからというもの、呼び名の通り新入り船員として働かされている。乗せてもらってるから当たり前だとビアンカに諭されたが、少しは手加減してもらいたいとも思った。
「あたしもやるよ」
「悪いなぁ、ビアンカちゃん」
「人手不足だろ。あと、ちゃん付けしないで」
ビアンカが甲板長と話し、デッキブラシを持って混ざってくる。船出から間もなく一週間。文句も言わず手際よく働く彼女は、エルドレッド海賊団には好まれ…というより、ちやほやされていた。
「……」
「キース、手止まってるぞ」
「…ちょっとくらい、サボらせろよ」
「ダメ、働け」
「……」
「スタンみたくなるぞ、いいの?」
「あいつと一緒にすんな」
面倒臭そうに溜息を吐き、適当にブラシがけをする。スタンはというとここ数日船底に居る。船底の檻の中に。酒を盗み飲んだ(それもエルドレッドの為の上等なワイン)罰だった。
「…あぁ、でも、そのほうがサボれそうだな。何かくすねりゃ、」
「キース!」
「はいはい、すいませんでしたぁ」
言葉とは裏腹にキースはニヤニヤしていて、見張ってたほうがいいかとビアンカが思った時、見張り台から声が上がった。声につられ甲板にいた皆が船首の先に目を向ける。青空と海の境目、まだ薄らぼんやりしているが島が見えた。
声を聞きつけ船室の扉が開く。出てきたエルドレッドに船員の一人が駆け寄る。
「見えました、もうすぐです」
「当然だ。長居はしない、支度しておけ」
「アイ、サー!」
エルドレッドはそのまま甲板を進み、二人のもとへ来た。
「餓鬼、支度しろ」
「ありがとう。でも、荷物少ないし、」
「下のしょうもない荷物もだ。出していいが着くまで見張ってろ。次は無い、錨に括って沈めてやるぞ」
「……どうも」
遮りキースに鍵の束を押し付ける。何のことかわかり、ビアンカはつい笑ってしまう。キースは一瞬眉を寄せたが言われた通りスタンを迎えに行った。
「持っていけ」
「?」
「ジンという男に渡せ、港から東の村にいる。船はそいつから借りろ」
「!え…あたし達だけで行くの?」
「甲斐甲斐しく世話を焼けと?」
羊皮紙を差し出され、ビアンカはつい目を丸くしつつも受け取る。エルドレッドは不機嫌かと思いきや、含み笑いでビアンカを観察していて、
「お前は女だが、多少は出来る女だ。だから大丈夫だろう…老いぼれの躾方に感謝するんだな」
「…ぉ、おんなおんなって、言うな!」
ストレートに褒められビアンカは顔を赤くし視線を逸らした。
「何が起きてるのか知らんが…厄介事はさっさと片付けろ。貴様らがいないと、ゴミ共がしゃしゃり出てくる」
「…はい」
「伝えておけ、ラッカムに。貸しならばいつでも引き受けると」
「わかったよ…エルドレッドは、これからどうするの?」
「…俺の塒へ行く。負けたままでは名が廃るだけだ」
最後は不敵な笑みを浮かべ、彼はまた船室へ戻って行った。
ビアンカは手の中の羊皮紙を見つめた。少し色褪せていて擦り切れも多く、正直ボロい。丸められ紐で閉じられていて中身も不明だが、きっと大丈夫だ。エルドレッドも言っていたし、何よりも、
(前を向こう)
キースに教わった言葉を思い出しながら、ビアンカは身支度に向かった。
南方諸島、数百在る島の一つにて。
港にテンペスト号が着けられ、船員達が買い出しのため降りて行く。三人も船から降り賑やかな港を眺めた。小さいがパールのように活気があり、テオディアの兵士もいるようだったが船や船員を改めることもなく、治外法権のままに自由な場所だった。
数日ぶりの日の光にスタンが眩しそうにして、ビアンカもキースも苦笑いする。と、
「おい野良!」
頭上から声がかけられ見上げる。
エルドレッドに呼ばれ(何度名乗っても野良呼びだ)キースは片眉を上げ、スタンは気まずそうに背を向けた。
「お前は面白いから、仲間に加えてやる。どうだ、俺と共に来い」
「……そりゃあどうも、クソキャプテン!謹んでお断り申し上げだッ」
思いがけないスカウトにキースはあからさまに嫌そうな顔をし、中指まで突き立てた。先に歩き出した彼を二人も追う。
「ありがとエルドレッド!助かった!」
ビアンカが振り返り手を振るとエルドレッドはまた不敵な笑みを見せ、船の奥へ姿を消した。
もう一方の手で持っていた籠が鳴き声とともに揺れる。驚かせてしまったようで、ビアンカは慌ててごめんと呟いた。籠の中に居るのは大きな黒い鳥で──この鳥が何なのかは、また別の機会に。
港を出て海沿いの道を東へ。村まで然程距離はないと聞き、歩いてみたはいいが、
「なぁ…まだか?」
「もう少しだと思うんだけど」
「やっぱ馬借りりゃよかったんだ」
「そんな金無いだろ…」
「ハヤブサから貰ってたじゃん」
「あれはダメ。航海用に食糧と飲み物買って、あとは、」
「どんだけ買う気だよ?」
「話しただろ、最低でも一ヵ月だ。しかも上手くいけば。それ以上なきゃ、死ぬぞ」
「…死ぬってよぉ…」
道を進みながら言葉を交わす。歩き疲れた二人の不満にビアンカは毅然と返し、相槌を打つかのように籠の鳥もひと鳴きした。
「二人共海舐め過ぎ。スタン、また酒盗み飲んだらマジで落とすからな。キースは船自体慣れてないんだから、ちゃんと言う事聞けよ」
「「……」」
一人先を進むビアンカの物言いに、二人はつい顔を見合わせる。
結局キースもスタンも、彼女に付いて行くことにした。ラッカム一味のもとへ一緒に行く、と…そこまではいい、が、この先待ち受けている航海を二人は大丈夫だろうくらいにしか考えておらず、ビアンカは(正直ものすごく)不安を抱いていた。マジでどうにかしないと死ぬだろう、船の上で…三人仲良く。
道の先、やっと村が見えてきてビアンカの足が速まる。不安はあれど、慣れ親しんだ海や航海に心が踊るのも事実だった。
東の村にて。
ジンという男は早々に見つかるのだが、ここでトラブルが発生する。言葉だ。ジンは西世界出身のようで、言葉も字も全てが通じずだった。
エルドレッドから渡された羊皮紙のお陰で、協力はしてもらえそうなのだが、羊皮紙の中身は全文西言語…船を降りる前に確かめるべきだったとビアンカは後悔した。
「Je peux vous aider?」
「えぇと…借りたい、ってなんだっけ…」
以前少しだけ学んだ西言語で会話を試みるが、通じてないし聞き取れやしない。他の村人に助けを求めても、東西の言葉が使える者は生憎出かけており、すっかり困っていると、
「Eldred m'a dit de compter sur vous, pouvez-vous?」
「Est-ce que tu parles?」
「Je viens de Rwar」
「……ぅえ!?!」
ジンの家のヤギと戯れていたスタンが顔を覗かせ、西言語を話し出したのだ。それも詰まることなく、饒舌に…!
ビアンカが驚いているとキースが肩を竦めてみせた。後で聞いた話だが、スタンは西世界の出身らしく、東よりも長く暮らしていたそうだ。なのにこれまで訛りもなく砕けた話し方しか聞いたことがなかったので、ビアンカはさらに驚いた。
「Je veux louer un bateau mais je n'ai pas d'argent...」
「Bien sûr!Si ses instructions」
「Merci」
ジンが笑顔で頷き何やら告げると、スタンも笑って振り返り、親指を立ててみせた。どうやら船を借りる承諾を得たらしい。嬉々とするビアンカだったが、ジンがさらに言葉を続け、ビアンカとキースを指差した。
「Qui sont-ils?」
「あー…Ma fille et mon fils」
一瞬言葉に迷うスタン。ニヤりと笑い何やら答え、さらに二人して笑い声を上げる。何か言ったなと思いビアンカもキースも眉を寄せたが、三人はジンと一緒に村の入江へ向かった。
「おい、最後なんつった?」
「あぁ、世間話を少し」
「ウソ!すっごい笑ってた」
「西のもんは笑い話が好きなんだよ」
島に着いてから三日目…早朝。
ビアンカは静かな海と海図を見比べていた。
ジンから借りられた船は中型よりも小型に近く、さらにオンボロで、陸の二人は不安なのか顔を顰めたのだが、ビアンカにとっては宝物のように見えた。
これなら行ける。二本のマストは傷あれどしっかりしていて、帆もそのまま使えそう。船底の修繕はジンや村人達も手伝ってくれると。航海の備蓄の買い出しも、港街までの往復を村人達が助けてくれた。夜通し支度を進める彼女を見て、キースもスタンも仕方ないとばかりに(けれどどこか楽し気で)協力し、今朝を迎えた…
「数え終わった、積み忘れは無ぇ」
「ありがと」
「あとは?もう出るだけ?」
「うん。錨を上げて…出航だ」
ビアンカの指示でスタンが錨を上げる。桟橋から離れ行く船をジンが見送ってくれて、ビアンカは声を上げ手を振った。キースが帆を張った途端船が加速し、風に押され進みはじめる。
「キャプテン、針路は?」
キャプテン呼びに照れ臭くなるが、昨夜三人で決めたことを思い出す。
ここから先、'ラッカム一味'のもとへ戻れるまでは、ビアンカがキャプテンだと。言い出したのはキースで、海での旅に不慣れな自身を顧みての発言だったらしい。つい謙遜するビアンカだったが、スタンも酒を自重するだの言い出し、本当に出来るのか怪しむキースと一緒に笑ってしまった。
付いて来る理由はさておき、ビアンカは心強く感じていた。出会って3ヵ月程だが陸で知り合った二人は、面白くてそこそこ逞しくて、ちょっとだけ海賊に似ている気がした。
「島を辿って南へ、沖に出る…そこから先は南南西!」
「アイアイ」
振り返ったビアンカにスタンも笑顔で返し、舵を切る。キースは針路の先の海原を見つめながら、航海を決断させた地図のことを考えていた。
──その頃、陸では。
<虎の眼の盗賊>の元捜索隊、の、異動になった隊員達は、北部へ向かう道中で首都ルクスバルトまで来ていた。
ここから先も全員でウィステリア基地を目指す予定だったのだが、
「ハリソンさんからの依頼?」
「そう」
「なんで隠してたんすか?」
「いや、そういうわけじゃ、」
「内容は?」
「言えないよ、守秘義務」
「はぁ~?!なんでディックさんなの??」
「そう言われても、な…」
定期馬車の待ち時間の合間、元捜索隊の一人であるディックは、馬車には乗らず仕事をしてくると言い出した。ハリソンから頼まれた仕事と聞き残り4人は色めき立つが、
「はいはい、いつもの年長ルールね」
「いいよなぁ、年長はっ」
「…ごめんな、大したことねぇんだ。終わったらすぐ行くから!」
彼が年長だから頼まれたのだと察知し、4人は不平不満を零す──バルハラ軍暗黙の了解、年功序列。計7人だった捜索隊の最年長はハリソン、その次がジェラルドとディックの同い歳。努力や才能では越えられない歳の壁など、面倒で無意味なだけだ。
ハリソンに迷惑がかかってもと思い、4人は詮索せずディック一人で行かせてやる。彼は苦笑いしながら手を振り、バルハラ軍専用の図書館へと向かった。
ディックは歩きながら悶々と考える。正直、仕事を頼まれてからずっと悩んでいた。ハリソンさんの頼みだからきっちりやりたい、とは思うが…
(…言えるわけねぇよ…)
溜息を吐き眉を寄せるディック。とりあえず早いとこ終わらせようと、モヤモヤと続く思いを振り払う。
ディックがハリソンから頼まれた仕事。それは過去に存在した隊の資料や記録を写し、ハリソンへ送るというもの。隊の名前は機動部第8小隊、中央本部に5年程前まで存在した隊。
(「結局、写す時にわかるだろうから」)
そう言ったハリソンの顔は真剣で、直後、デュレー隊長が所属していた隊だと聞かされ言葉を失った…つまりこの仕事はデュレー隊長の調査だ。
(ハリソンさん、大丈夫かな…)
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――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
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