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□海篇 The Pirates and Secret Treasure.
2.05.2 彼の秘密
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数日後、夜。
その日は波が高く、船は当番に任せ野営地へ移った。大きな天幕で仕切られた一角にジェラルドとハリソン二人。島で捕れた魚介の塩焼きを肴に、ハリソンの土産の酒を開け、細やかながら晩酌である。
風で揺れる天幕に笑い声が響く。第二子の名前を考え中だというハリソンの話をジェラルドは嬉しそうに聞いていた。娘はもう思春期なようで嫁同様に冷たいのだと聞くと、堪え切れず吹き出してしまい、切なそうな顔だったハリソンも一緒になって笑った。
「隊長はいないんですか?好い人」
「その話はやめてくれ!」
「島の女を紹介しますよ、美人が多いんです」
「っ、急に言われても、」
「なに照れてんですか!」
酒が入っているせいか普段より笑いが絶えない。自身や普通の人間同等にジェラルドは笑う。無感情というより我慢というか、感情を殺そうとしていて、冷徹なんてのもガセだ。彼はちゃんとした人間なのだ。
捜索隊の皆も一緒だったらもっと賑やかで楽しかったろう。こんな時間がずっと続けばいいと思う。そして気になることも思い出し、ジェラルドから視線を逸らすが、
「なぁ、ハリソン」
「はい」
「俺のことを調べたろ?」
柔らかな表情で面と向かって言われ、言葉を失う。唐突過ぎて固まったハリソンにジェラルドは話し続けた。
「ノクシアでディックに頼んでただろ…すまん、盗み聞きした」
あぁ盗み聞きね、俺もよくやるさ。兎にも角にも、最悪…切り出されてしまった挙句このタイミングって…
「…申し訳ありません」
「謝らないでくれ。ずっと気になってたんだろ?俺、というか…俺が南部に来た理由、か?」
「……はい」
「直接聞いてくれてもよかったのに」
「いつから、気づいてました?」
「そう言われても。あなたは、調べたり細かいことが好きだから。いつかはと思ってた」
「…あの、本当、すみません…俺の、」
「悪い癖?」
「……隊長」
ニヤりと笑い口癖まで言われ、ハリソンは思わず眉を寄せ首を振った。
本当は表情豊かなのは知っていたが、こんな顔までするなんて。自ら言い出せなかったことも合わさり、ハリソンは罪悪感に苛まれ俯いてしまう。が、
「ちゃんと話しておく…あなたのことは信じてるつもりだ」
思いがけない言葉に顔を上げるとジェラルドと目が合い…彼は皆に怖いと言われる真剣な表情になっていて、黒い瞳も鋭くなっていた。
ハリソンはディックとのやり取りや、自身が知ったことを全て語った。
ディックからの手紙はもう届いていた。旗艦ではなく、ハリソンの故郷に。無事に届くか不安はあったが上手くいき回収もした。艦船隊の行先がティラマス島だと知った時点で、ハリソンは帰郷することも含め企てたのだ──ジェラルド・デュレーに関する調査を。
自身でも調べ判ったことは、ジェラルドの過去。十年超えの彼の軍歴と所属していた隊や基地について。因みに北部に居たのは過去5年だけで、長く籍を置いていたのは中央本部。遡って最初は図書館勤務だったのだから、正直面白い経緯だ。
そしてディックの調査で判ったことは、
「ライラ・コールドウェル。抜き打ちで現れた調査官…彼女は、本部の頃からあなたの同僚だった」
「ああ、先輩だ」
「それから…この第8小隊について。何故か今も人は補填されず、欠番状態で…戦時中の死者以外に、なんでこんなに多いんですか?」
「……」
「あなたの後に入った者は、皆停戦直後に死んでる。残った者は異動、そして事実上の解隊…それと…隊長の方が亡くなったのも、同じタイミングですよね?」
「どうして、そう思う?」
「ディックが観察してくれました。死亡者の印の字…恐らく、筆跡が同じだと」
「…やっぱりすごいな、あなたは。あなたが隊長のままだったら、捜索隊は上手くいってた」
最後まで聞きジェラルドは息を吐いた。
言付け通り働いたであろうディックもだが、部下の観察力を養ったのは間違いなくハリソンで、何故こんな優秀有能な人を差し置いて自身が隊長だったのか、引け目を感じた。
ハリソンの手元にはディックが送ってくれた手紙があり、そこには一字一句違わずに機動部第8小隊の記録が記されていた。勿論、死亡者の印や観察で見抜いたことも…よくわからない黒塗りの箇所も。
視線を逸らしたジェラルドの表情が寂しいものに見えたのは、見間違いなのか。ハリソンは躊躇いながらも話し続けた。
「もしかしてこの隊長って、'停戦の英雄'の…?」
「…知ってるのか?」
「っ!前線戻りは皆噂してましたよ、本部の切れ者隊長がやってくれたって!やっぱりこの人だったんだ…!」
顔を綻ばせるハリソンにジェラルドは少し驚く。戦時中彼が何度も前線に行っていたのは知ってたが、予想外の反応だった。
「その名前のきっかけになった作戦も、一緒に行ったんだ」
「!本当に?すごい!そうか…こんな凄い人の元にいたら、そりゃあ出来る男になりますよ」
目を丸くし熱く語る姿にジェラルドは苦笑いするが、ふっとハリソンの表情が消え俯いてしまう。
「騒いですみません。亡くなってたのも、知らなかったのに…」
不謹慎とでも思ったようで、肩を落としたハリソンは珍しく子供っぽく見えた。首を振り、空いたグラスに酒を注いでやる。
「5年前事件が起きて、その時7人死んだ…隊長も。なのにまともな捜査はされず、事件も伏せられた」
「え…?」
「第8は爪弾き者の集まりだった。だから敬遠されてたし、まともに扱われなかった…あの人も自分で、嫌われ者と言ってたから」
「……」
過去を語るジェラルドの横顔はやはり寂しさや悲しみを帯びていて、何か思い詰めているような、感情殺しに似たものを感じた。
ハリソンは手元の紙に目を落とす。記録の一番上、隊長の名前。テオディアと長きに渡り続いた戦争を終わりに導いた立役者、'停戦の英雄'。自身を含め前線で報せを受けた者達は歓喜し、この英雄は誰なのかと皆で噂した。この人かもと誰かが言って、それを覚えていたのだが…
「……だが捜査されなかった理由は、それだけじゃないと思ってる」
低くなった声にはっとし顔を上げると、視線を送ってきたジェラルドと目が合い息を呑む。いつの間にか寂寥感は消え殺気を纏っていて…二人以外誰もいないはずの幕の中を見回し、さらに周辺の気配も窺い視線を戻す。ジェラルドも誰もいないとわかり言葉を続けた。
「生き残った奴がいるんだ。そいつが見てた…言ってたことが正しければ…」
「…軍の、内部犯だと…?」
「そう思って、探してる。今もずっと」
思わず溜息をもらし、眉を寄せてしまう。その後の言葉は聞かずもがな…あくまで予想だが、解る…ジェラルドは仇を探すため南部に来たのだ。
たった数ヵ月、その間に数多の影響を与えてくれたこの男は、闇を抱えていた。今その闇に触れハリソンは、返す言葉が見つからず胸が締め付けられる。これ以上触れていいのか迷い、だが好奇心も働いて、無意識に指先で唇をなぞり、
「まだあるな」
「…はい??」
思いがけない言葉に一瞬呆ける。ジェラルドは今度は笑っていた。殺気も消えていて、真っ黒で奥底知れぬ瞳にハリソンを映し、じっと見つめて。
「それ…あなたの癖だ。言いたいことがあるのか何なのか、考え事してそうな時よくやる。もっと聞きたいことがあるんじゃないのか?」
「!…見てたん、ですか」
「んん。真隊長を真似てみました」
嫌味な言い方で唇を弄ってみせるジェラルド。それはハリソンが言葉以上に何か考えている時の癖。指摘され初めて気づいた上に嫌な言い方をされつい苛立ってしまうが、ジェラルドは笑みを深め、
「…ハッキリ言う。俺はあんたを味方にしたい。今までを言えば、あんたの詮索は毎度毎度的を得てて…堪ったもんじゃない、正直動きづれぇんだよ」
は…と声をもらすハリソン。さらに、
「だから俺も調べたよ、あんたのことを。あんたはずっと南部所属、昔は前線ばっか行かされてた。事件があった頃あんたは帰郷してて、それに…いや、とにかくお前は、俺が探してる奴じゃねぇ。今んとこ部外者だ。部外者で詮索好きな優秀兵、切れ者はあんただろ。質が悪ぃ…そんな奴を味方にできんなら、好都合だ」
「……」
「まぁここで話が拗れたら、俺はあんたを斬らなきゃならない。直属の上官のことしつこく調べまくってんだから、その罰ってことでいいよな?斬ってあんたの家族に頭下げんのも俺だが…どうなるかはあんた次第だ、いつもみてぇに考えろよハリソン…今夜はいい機会だろ。お互いに」
ぞわりと、背中に悪寒が走る。
ハリソンを置いてけぼりに思いの丈を言い切ると、ジェラルドはグラスに残った酒を一気に飲み干した。
──なんだこいつ!?
まるで仕事の時のような饒舌さ。捌く量が多い時や面倒な仕事が舞い込んできた時の、こいつ特有の早口。しかも本性剥き出しできやがって…!
'氷の男'だの'剣聖'だの呼ばれるこの男は、今何を考えてる?演技か?俺を騙そうと?やけに表情豊かだった。畜生、癖だとか勝手に決めつけて…俺そんなに口触ってたか??
過去は判ってもまだだ、あのことがある。もし当たってるならこいつは、裏切り者で、今話したことだって妄言かも。最近やっと笑うようになったけど、実は別人で、本当の…いつもの生真面目優男はその辺で覗き見してるとか?こいつが解らなくなってきた…今のはどういう意味だ?!
ハリソンはジェラルドを睨みつけながら必死に頭を巡らせていた。
ジェラルドも口を噤み、ただじっとハリソンの様子を窺っていた。
彼にとって今夜この時は賭けだった。目の前の男が本当に信じられる相手か否か。これまでハリソンに対し何度も危惧の念を抱いてきたが、同時に期待もしていた。だから敬遠せず、らしくもなく深入りして。
禍を転じて福と為す、は少し違うか。要は利用すればいい、この詮索付き纏い野郎を。ガキもいて歳上のくせにいい子ぶった喋り方しやがって…ここで上手くいかなければ、本当に剣を抜く羽目になる…数ヶ月で親しい仲になり、家族までいる彼を殺す自信も無いまま──
暫く沈黙が続く。強い風が天幕を揺らす音だけが響く。
ハリソンはゆっくりと息を吐き口を開いた。
「さっき…ちゃんと話すって言ったな?」
「…ああ、言った」
ぼそりと呟かれた言葉にジェラルドは頷き返す。やっと出た。いいぞ、あんたもそのまま本性出しちまえ。
「全部?包み隠さず?」
「真隊長がお望みなら」
「茶化しやがって」
「名付けたのは俺じゃない」
「…今夜ここで、お互いに、腹を割る。それで俺はお前の味方になる…お前は?俺の何になるんだ?」
「……あんたの好奇心は、満たせると思う」
「ふざけんなよお前……」
ジェラルドが一瞬言葉に迷い、ハリソンの目が鋭くなる。おかしな条件だ、対等じゃない上に一方的。おまけに好奇心ときた!俺を斬るとまで言って、いざ乗り気になればこの始末。やっぱりまだ若いなと、一気に彼の詰めの甘さが目に付いてしまう。だが彼の言う通りいい機会なのは確かで、抱いていた大きな疑念をぶつける時ではある──俺よ、腹を括れ。
手紙を机の上に広げ真正面から見据える。乱暴にしたせいで酒瓶が倒れ中身が零れてしまった。
「一番聞きたかったことだ。この人…お前の次の名前。死印だけじゃなくこの黒塗り。名も姓も、性別もッ、全部消されてる!…意味がわからん、普通じゃない。こんなものが記録として通って、残されてる」
「……」
「答えろ、ジェラルド。これは誰だ?」
「……」
ハリソンが指し示す黒塗りの箇所。零れた酒でインクが滲み、黒が広がっていく。それを目にしたジェラルドは一瞬目を伏せ、そして覚悟を決めた。この男なら大方勘づいているだろうとも思いながら。
「…そいつの名前は、キース・エフライム。事件の生き残りも、あいつだ」
その夜の未明、艦船隊に連絡が届く。
伝書鳩が運んで来た手紙には、暗号で『雷神島で待機』と、たった一言。教えた通り暗号を使ってきたから慎重になっているようだ。正直彼らのいざこざはどうでもいいんだが。
「途中、別の島に寄ったほうがいい。食糧を積んだら、こっちの海流に乗って…」
夜更けに鐘が鳴らされ軍兵達が慌てて船に集結する。セディが海図を広げ航路や立ち寄る島を告げていく。ソロウもこの時ばかりは怒鳴ったりせず、眠たげな表情で頷き指示を出し、出航の準備が進められた。
甲板で夜風に当たり、先ほどまでの酔いがどんどん醒めていく。夜明けとともに船を出せばもう後戻りは出来ない。想定通りに事が運ばなければ、修羅場だろう。内乱や前線のような血生臭いことになる…傍らの彼だけでも降ろすべきか思い悩んでいると、
「今、余計なこと考えたろ」
「…魔術か何かか?」
「いや、眉間の皺、一本増えたから」
「ホント隠し事出来ねぇな…」
ハリソンが顔を覗き込んできて、じっと見つめられる。これまでの彼とは違う──本当の彼を知り、ジェラルドは溜息を吐き視線を逸らした。
あからさまにうんざりとした様子の上官に対し、ハリソンはへらりと笑う。俺のことでも心配したのかな、などと勝手な予想を抱き、手を差し出す。
「さっきの約束、もう無下にするのか?」
「……」
「付き合うよ、最後まで」
「…無茶はしないでくれ」
「それはこっちの台詞」
「…ありがとう、本当に。頼りにしてる…それと、」
信じてると告げ、ジェラルドは手を握り返した。
二人が交わした約束。それは、'ラッカム一味'の討伐捕獲作戦を無事遂行させること。
そして<虎の眼の盗賊>ことキースを、必ず生きて捕まえることだった。
その日は波が高く、船は当番に任せ野営地へ移った。大きな天幕で仕切られた一角にジェラルドとハリソン二人。島で捕れた魚介の塩焼きを肴に、ハリソンの土産の酒を開け、細やかながら晩酌である。
風で揺れる天幕に笑い声が響く。第二子の名前を考え中だというハリソンの話をジェラルドは嬉しそうに聞いていた。娘はもう思春期なようで嫁同様に冷たいのだと聞くと、堪え切れず吹き出してしまい、切なそうな顔だったハリソンも一緒になって笑った。
「隊長はいないんですか?好い人」
「その話はやめてくれ!」
「島の女を紹介しますよ、美人が多いんです」
「っ、急に言われても、」
「なに照れてんですか!」
酒が入っているせいか普段より笑いが絶えない。自身や普通の人間同等にジェラルドは笑う。無感情というより我慢というか、感情を殺そうとしていて、冷徹なんてのもガセだ。彼はちゃんとした人間なのだ。
捜索隊の皆も一緒だったらもっと賑やかで楽しかったろう。こんな時間がずっと続けばいいと思う。そして気になることも思い出し、ジェラルドから視線を逸らすが、
「なぁ、ハリソン」
「はい」
「俺のことを調べたろ?」
柔らかな表情で面と向かって言われ、言葉を失う。唐突過ぎて固まったハリソンにジェラルドは話し続けた。
「ノクシアでディックに頼んでただろ…すまん、盗み聞きした」
あぁ盗み聞きね、俺もよくやるさ。兎にも角にも、最悪…切り出されてしまった挙句このタイミングって…
「…申し訳ありません」
「謝らないでくれ。ずっと気になってたんだろ?俺、というか…俺が南部に来た理由、か?」
「……はい」
「直接聞いてくれてもよかったのに」
「いつから、気づいてました?」
「そう言われても。あなたは、調べたり細かいことが好きだから。いつかはと思ってた」
「…あの、本当、すみません…俺の、」
「悪い癖?」
「……隊長」
ニヤりと笑い口癖まで言われ、ハリソンは思わず眉を寄せ首を振った。
本当は表情豊かなのは知っていたが、こんな顔までするなんて。自ら言い出せなかったことも合わさり、ハリソンは罪悪感に苛まれ俯いてしまう。が、
「ちゃんと話しておく…あなたのことは信じてるつもりだ」
思いがけない言葉に顔を上げるとジェラルドと目が合い…彼は皆に怖いと言われる真剣な表情になっていて、黒い瞳も鋭くなっていた。
ハリソンはディックとのやり取りや、自身が知ったことを全て語った。
ディックからの手紙はもう届いていた。旗艦ではなく、ハリソンの故郷に。無事に届くか不安はあったが上手くいき回収もした。艦船隊の行先がティラマス島だと知った時点で、ハリソンは帰郷することも含め企てたのだ──ジェラルド・デュレーに関する調査を。
自身でも調べ判ったことは、ジェラルドの過去。十年超えの彼の軍歴と所属していた隊や基地について。因みに北部に居たのは過去5年だけで、長く籍を置いていたのは中央本部。遡って最初は図書館勤務だったのだから、正直面白い経緯だ。
そしてディックの調査で判ったことは、
「ライラ・コールドウェル。抜き打ちで現れた調査官…彼女は、本部の頃からあなたの同僚だった」
「ああ、先輩だ」
「それから…この第8小隊について。何故か今も人は補填されず、欠番状態で…戦時中の死者以外に、なんでこんなに多いんですか?」
「……」
「あなたの後に入った者は、皆停戦直後に死んでる。残った者は異動、そして事実上の解隊…それと…隊長の方が亡くなったのも、同じタイミングですよね?」
「どうして、そう思う?」
「ディックが観察してくれました。死亡者の印の字…恐らく、筆跡が同じだと」
「…やっぱりすごいな、あなたは。あなたが隊長のままだったら、捜索隊は上手くいってた」
最後まで聞きジェラルドは息を吐いた。
言付け通り働いたであろうディックもだが、部下の観察力を養ったのは間違いなくハリソンで、何故こんな優秀有能な人を差し置いて自身が隊長だったのか、引け目を感じた。
ハリソンの手元にはディックが送ってくれた手紙があり、そこには一字一句違わずに機動部第8小隊の記録が記されていた。勿論、死亡者の印や観察で見抜いたことも…よくわからない黒塗りの箇所も。
視線を逸らしたジェラルドの表情が寂しいものに見えたのは、見間違いなのか。ハリソンは躊躇いながらも話し続けた。
「もしかしてこの隊長って、'停戦の英雄'の…?」
「…知ってるのか?」
「っ!前線戻りは皆噂してましたよ、本部の切れ者隊長がやってくれたって!やっぱりこの人だったんだ…!」
顔を綻ばせるハリソンにジェラルドは少し驚く。戦時中彼が何度も前線に行っていたのは知ってたが、予想外の反応だった。
「その名前のきっかけになった作戦も、一緒に行ったんだ」
「!本当に?すごい!そうか…こんな凄い人の元にいたら、そりゃあ出来る男になりますよ」
目を丸くし熱く語る姿にジェラルドは苦笑いするが、ふっとハリソンの表情が消え俯いてしまう。
「騒いですみません。亡くなってたのも、知らなかったのに…」
不謹慎とでも思ったようで、肩を落としたハリソンは珍しく子供っぽく見えた。首を振り、空いたグラスに酒を注いでやる。
「5年前事件が起きて、その時7人死んだ…隊長も。なのにまともな捜査はされず、事件も伏せられた」
「え…?」
「第8は爪弾き者の集まりだった。だから敬遠されてたし、まともに扱われなかった…あの人も自分で、嫌われ者と言ってたから」
「……」
過去を語るジェラルドの横顔はやはり寂しさや悲しみを帯びていて、何か思い詰めているような、感情殺しに似たものを感じた。
ハリソンは手元の紙に目を落とす。記録の一番上、隊長の名前。テオディアと長きに渡り続いた戦争を終わりに導いた立役者、'停戦の英雄'。自身を含め前線で報せを受けた者達は歓喜し、この英雄は誰なのかと皆で噂した。この人かもと誰かが言って、それを覚えていたのだが…
「……だが捜査されなかった理由は、それだけじゃないと思ってる」
低くなった声にはっとし顔を上げると、視線を送ってきたジェラルドと目が合い息を呑む。いつの間にか寂寥感は消え殺気を纏っていて…二人以外誰もいないはずの幕の中を見回し、さらに周辺の気配も窺い視線を戻す。ジェラルドも誰もいないとわかり言葉を続けた。
「生き残った奴がいるんだ。そいつが見てた…言ってたことが正しければ…」
「…軍の、内部犯だと…?」
「そう思って、探してる。今もずっと」
思わず溜息をもらし、眉を寄せてしまう。その後の言葉は聞かずもがな…あくまで予想だが、解る…ジェラルドは仇を探すため南部に来たのだ。
たった数ヵ月、その間に数多の影響を与えてくれたこの男は、闇を抱えていた。今その闇に触れハリソンは、返す言葉が見つからず胸が締め付けられる。これ以上触れていいのか迷い、だが好奇心も働いて、無意識に指先で唇をなぞり、
「まだあるな」
「…はい??」
思いがけない言葉に一瞬呆ける。ジェラルドは今度は笑っていた。殺気も消えていて、真っ黒で奥底知れぬ瞳にハリソンを映し、じっと見つめて。
「それ…あなたの癖だ。言いたいことがあるのか何なのか、考え事してそうな時よくやる。もっと聞きたいことがあるんじゃないのか?」
「!…見てたん、ですか」
「んん。真隊長を真似てみました」
嫌味な言い方で唇を弄ってみせるジェラルド。それはハリソンが言葉以上に何か考えている時の癖。指摘され初めて気づいた上に嫌な言い方をされつい苛立ってしまうが、ジェラルドは笑みを深め、
「…ハッキリ言う。俺はあんたを味方にしたい。今までを言えば、あんたの詮索は毎度毎度的を得てて…堪ったもんじゃない、正直動きづれぇんだよ」
は…と声をもらすハリソン。さらに、
「だから俺も調べたよ、あんたのことを。あんたはずっと南部所属、昔は前線ばっか行かされてた。事件があった頃あんたは帰郷してて、それに…いや、とにかくお前は、俺が探してる奴じゃねぇ。今んとこ部外者だ。部外者で詮索好きな優秀兵、切れ者はあんただろ。質が悪ぃ…そんな奴を味方にできんなら、好都合だ」
「……」
「まぁここで話が拗れたら、俺はあんたを斬らなきゃならない。直属の上官のことしつこく調べまくってんだから、その罰ってことでいいよな?斬ってあんたの家族に頭下げんのも俺だが…どうなるかはあんた次第だ、いつもみてぇに考えろよハリソン…今夜はいい機会だろ。お互いに」
ぞわりと、背中に悪寒が走る。
ハリソンを置いてけぼりに思いの丈を言い切ると、ジェラルドはグラスに残った酒を一気に飲み干した。
──なんだこいつ!?
まるで仕事の時のような饒舌さ。捌く量が多い時や面倒な仕事が舞い込んできた時の、こいつ特有の早口。しかも本性剥き出しできやがって…!
'氷の男'だの'剣聖'だの呼ばれるこの男は、今何を考えてる?演技か?俺を騙そうと?やけに表情豊かだった。畜生、癖だとか勝手に決めつけて…俺そんなに口触ってたか??
過去は判ってもまだだ、あのことがある。もし当たってるならこいつは、裏切り者で、今話したことだって妄言かも。最近やっと笑うようになったけど、実は別人で、本当の…いつもの生真面目優男はその辺で覗き見してるとか?こいつが解らなくなってきた…今のはどういう意味だ?!
ハリソンはジェラルドを睨みつけながら必死に頭を巡らせていた。
ジェラルドも口を噤み、ただじっとハリソンの様子を窺っていた。
彼にとって今夜この時は賭けだった。目の前の男が本当に信じられる相手か否か。これまでハリソンに対し何度も危惧の念を抱いてきたが、同時に期待もしていた。だから敬遠せず、らしくもなく深入りして。
禍を転じて福と為す、は少し違うか。要は利用すればいい、この詮索付き纏い野郎を。ガキもいて歳上のくせにいい子ぶった喋り方しやがって…ここで上手くいかなければ、本当に剣を抜く羽目になる…数ヶ月で親しい仲になり、家族までいる彼を殺す自信も無いまま──
暫く沈黙が続く。強い風が天幕を揺らす音だけが響く。
ハリソンはゆっくりと息を吐き口を開いた。
「さっき…ちゃんと話すって言ったな?」
「…ああ、言った」
ぼそりと呟かれた言葉にジェラルドは頷き返す。やっと出た。いいぞ、あんたもそのまま本性出しちまえ。
「全部?包み隠さず?」
「真隊長がお望みなら」
「茶化しやがって」
「名付けたのは俺じゃない」
「…今夜ここで、お互いに、腹を割る。それで俺はお前の味方になる…お前は?俺の何になるんだ?」
「……あんたの好奇心は、満たせると思う」
「ふざけんなよお前……」
ジェラルドが一瞬言葉に迷い、ハリソンの目が鋭くなる。おかしな条件だ、対等じゃない上に一方的。おまけに好奇心ときた!俺を斬るとまで言って、いざ乗り気になればこの始末。やっぱりまだ若いなと、一気に彼の詰めの甘さが目に付いてしまう。だが彼の言う通りいい機会なのは確かで、抱いていた大きな疑念をぶつける時ではある──俺よ、腹を括れ。
手紙を机の上に広げ真正面から見据える。乱暴にしたせいで酒瓶が倒れ中身が零れてしまった。
「一番聞きたかったことだ。この人…お前の次の名前。死印だけじゃなくこの黒塗り。名も姓も、性別もッ、全部消されてる!…意味がわからん、普通じゃない。こんなものが記録として通って、残されてる」
「……」
「答えろ、ジェラルド。これは誰だ?」
「……」
ハリソンが指し示す黒塗りの箇所。零れた酒でインクが滲み、黒が広がっていく。それを目にしたジェラルドは一瞬目を伏せ、そして覚悟を決めた。この男なら大方勘づいているだろうとも思いながら。
「…そいつの名前は、キース・エフライム。事件の生き残りも、あいつだ」
その夜の未明、艦船隊に連絡が届く。
伝書鳩が運んで来た手紙には、暗号で『雷神島で待機』と、たった一言。教えた通り暗号を使ってきたから慎重になっているようだ。正直彼らのいざこざはどうでもいいんだが。
「途中、別の島に寄ったほうがいい。食糧を積んだら、こっちの海流に乗って…」
夜更けに鐘が鳴らされ軍兵達が慌てて船に集結する。セディが海図を広げ航路や立ち寄る島を告げていく。ソロウもこの時ばかりは怒鳴ったりせず、眠たげな表情で頷き指示を出し、出航の準備が進められた。
甲板で夜風に当たり、先ほどまでの酔いがどんどん醒めていく。夜明けとともに船を出せばもう後戻りは出来ない。想定通りに事が運ばなければ、修羅場だろう。内乱や前線のような血生臭いことになる…傍らの彼だけでも降ろすべきか思い悩んでいると、
「今、余計なこと考えたろ」
「…魔術か何かか?」
「いや、眉間の皺、一本増えたから」
「ホント隠し事出来ねぇな…」
ハリソンが顔を覗き込んできて、じっと見つめられる。これまでの彼とは違う──本当の彼を知り、ジェラルドは溜息を吐き視線を逸らした。
あからさまにうんざりとした様子の上官に対し、ハリソンはへらりと笑う。俺のことでも心配したのかな、などと勝手な予想を抱き、手を差し出す。
「さっきの約束、もう無下にするのか?」
「……」
「付き合うよ、最後まで」
「…無茶はしないでくれ」
「それはこっちの台詞」
「…ありがとう、本当に。頼りにしてる…それと、」
信じてると告げ、ジェラルドは手を握り返した。
二人が交わした約束。それは、'ラッカム一味'の討伐捕獲作戦を無事遂行させること。
そして<虎の眼の盗賊>ことキースを、必ず生きて捕まえることだった。
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