/// Tres

陽 yo-heave-ho

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□海篇 The Pirates and Secret Treasure.

2.08.4 熾烈と矜恃、ところにより濁り青

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「レイチェル、元気出して」
「…ごめん、忙しい時に」
 …4日前、穴蔵にて。
 クロフ氏と再会し、落ち込み気味のレイチェルをビアンカは励ましてやる…のだが。
「…いやいやいや、ちょっと…」
 向かいに座っていたイザベラが呟き、隣のカミーリャが苦笑いした。
「しつこいからって、普通お父さんから金毟り取る?」
「……だってさぁ」
「む、毟っては…なぁ?」
 ビアンカも思わず苦笑いする。
 クロフ氏は暫く煙草屋で粘り居座っていたのだが、苛立ったレイチェルが味方なら協力しろと言い放ち、あろうことか金を無心したのだ。
「それも、あんなに。まぁ助かったけど」
 イザベラが目の前に置かれたままの袋をチラ見する。中身は当然硬貨で、金貨が多く、言葉の通り助かりはした。
「濡れ手に粟というか、渡りに船というか」
「棚からおもち?」
「それはちょっと、違うんじゃ、」
「兎に角逞しくて頼れる。あんた一人でも充分やってけるね、将来大物になる相だ」
 キアまで口を挟み微笑んでみせると、レイチェルは投げやりな様子で溜息をもらし、途中だった縫い物を再開させた。
「タダで転んじゃダメって、教わってきたから。父さんもわかってるでしょ…結局あたしは、商人の娘だもん」
「「うわぁ」」
 イザベラとカミーリャの声が揃う。しっかりしてるというか強か過ぎるというか、まだ歳若い彼女は海賊にしておくには勿体ないと思った。
「で、でも!お陰で資金増えたから!帆の修繕費足りてなかっただろ?なっ!?」
 ビアンカが慌ててフォローを入れる。笑顔を向ける彼女はエドの化粧が残っていてちょっと可笑しく、レイチェルは漸く笑顔になった。
 5人揃った女子達は今縫い物の真っ最中で、古着や地味めなドレスに綺麗な布を合わせ作り直し中だ。三日後に控えた作戦に大量に必要だとなり、服に無頓着なビアンカも手伝っているのだが…先ほどからカミーリャの視線が気になり顔を上げると、
「ねぇ、ビアンカは着ないの?女のほうが可愛いって、ローズも言ってたよ」
「…着ないし、かあいくない」
 何かと思えば。買い出しの時もこの話題になり同様に答えたのだが、カミーリャは有り得ないとばかりに目を丸くした。
「絶対似合うのに。いつもいつもいーっつも思ってたけど、すぅっごい勿体ないッ」
「うるさいなぁ…」
 レイチェルまで混ざり少しイラっとする。自他共に認める男勝りで脚も太め(だと思ってる)な自身が、こんな綺麗な服は似合うはずがなく。昨日のことも思い出してしまう。
(「勿体ない。女性のほうが良さそうな素材なのに」)
 通りすがりの見知らぬ男にかけられた言葉。ほんの一瞬の出来事だったが男装エドを見破ったあの男が気になり、縫う手を止め溜息を吐く。
「あたしはエドも好きさ、カッコいいよ…自信持ちな」
「そうね、彼も中々だわ。今回はそっちのが上手くいきそうだし」
「二人共、ありがと」
 横からキアに頭を撫でられ、イザベラも肯定してくれて、つい嬉しくなる。
「…ジュリーもさ、エドのことカッコいいって、よく言ってた」
「そういえば…言われたな」
 男装エドの話題で思い出が蘇り、二人は顔を見合わせた。海を逃げている間も度々話した彼女のこと。たった三人の女海賊の、姉貴。互いに割り切ったはずが、ジュリーのことだけは重石のように胸に残っていた。
「もう一人の女海賊さん?…やっぱり仲良かったんだ」
「ん。子供の頃から一緒だった」
「あたしも、仲間になる前から世話してもらって…あたし達のお姉ちゃんだよ」
 カミーリャの言葉に姉役ジュリーのことを語る。彼女だけではなくオーウェン達の裏切りの理由はハッキリわからないままだが、彼女は好いた男の味方となったのではと二人は考えていた。
「ちゃんと割り切りなさい。そんなんじゃ危ないわよ」
「…ん」
「ねぇ、マリアさんはどう思う?裏切りのこと」
「イ・ザ・ベ・ラ…って聞かれてもねぇ。あたしもオーウェンだとは思わなかったけど…あいつだからここまで大事になった、ってのもあるんじゃない」
 縫い物をしながらイザベラが口を挟み、冷静に答えてみせる。慣れた手付きで糸止めすると次のドレスに取りかかって、
「気になるのもわかるけど…ほら、今は口より手を動かす。あと何着あると思ってんの?」
「「はい…」」
 声は優しくとも叱られてしまい、二人はまた手を動かした。一瞬キアと目が合い微笑まれ、少し照れ臭くなる。
 ──今回の作戦は二手に別れる。外と内。内側担当の女子の手は大分足りており、自身までも着飾る必要はなく、寧ろ重要な役回りを担う男装エドは欠かせない。服は貸してもらえるらしいが、あとは本番で上手く立ち回らなくてはならず、縫い物をしながら頭の中で想定する。体型は近いから、きっと大丈夫。その前に無事見つけ出せるかどうか…と、
「可愛い子揃って縫いもん?俺も混ぜて」
「あんたねぇ」「また邪魔して」
 スタンが覗きに来て、キアとイザベラの邪魔をする。彼は荷運びの仕事のはずが手持ち無沙汰にでもなったのか、構ってほしそうに無理矢理イザベラの横に座った。
「あんたは力仕事のが似合って、ッ…ゴホ!けほ、こほっ」
「大丈夫?薬は?」
「…大丈夫。ありがと」
「あんたのせいよ!」
「えっ、なんで?」
「ふふ…疫病神かねぇ」
「えー、おい…冗談に聞こえねぇよ」
 キアが咳き込みカミーリャが声をかける。イザベラとスタンのやり取りに笑って返すキアだったが、声が少し掠れていてビアンカも心配になり様子を窺う。
 彼女はどうも持病があるらしく、出会った頃と同様に咳が続いていた。再会してからというもの顔色が悪い日もあり、無理をしないか気がかりなのだが、返ってくるのは優しい笑みばかりだった。
「戻ったぞ…具合は?変わりないか?」
 今度はエルドレッドが現れ、周りの目などお構い無しにキアを抱き締める。スタンやカミーリャはニヤりと笑ったが、ビアンカは自身のことのように照れてしまい視線を逸らした。
「おかえり、平気だよ」
「薬は。飯は食ったか」
「大丈夫」
「本当か??」
「ホント…よしな。怖いのが見てる」
 顔に擦り寄るエルドレッドに囁き返し、横に視線を送るキア。視線の先ではイザベラが二人を睨みつけていて、
「外でやれって言ってんでしょ!」
 苛立ちをぶつける彼女にエルドレッドも睨みを返すのだが…ビアンカは彼が持っている物が気になりまた手を止めた。
「なぁ…それなに?」
「っつか…なんで持ってんだ?」
 物が見えたスタンも眉を寄せる。それは旗のようで、エルドレッドは不敵な笑みを浮かべてみせ、
「今回の要、企てだ」


 穴蔵に人が集まり大きなテーブルを取り囲む。
 テーブルの上にはエルドレッドが持ってきた旗が並べられていた。
「外からの者はこれを使う。やり合えばバレるかもしれんが、恐らく大丈夫だろう」
「ヤっバ…」「すっげぇ!」
 共に集まったネロとヴァンが感嘆の声を上げた。他の者達も騒ついていて、ビアンカの目も釘づけになる。
 旗の正体はと或る国の国旗…薄汚れてはいるが、それは本来なら王族や国軍だけが有する物だった。
「今までは見るのも不愉快だったが、まさか使える日がくるとは」
「航行許可の偽装は済んでる…枚数が足りないのが不安だけど」
「他のはカビてたから捨てた」
「すてた…」
 ロビンの言葉に返事をし、エルドレッドは短く息を吐き葉巻を取り出した。
 彼が何故こんな物を持っているかというと、実は旗が示す国の、つまりは本当は身分の高い人間なのだが…それはまた別の機会に。兎に角、作戦の外側を担うエルドレッドはこの旗を利用する気なのだ。
「いいとは思うけどよぉ、これ…ちっとマズくね?」
「正直バレてくれたほうがありがたい。下手すれば国際問題、新しい戦争に繋がる」
 先ほどから顰め面のスタンが呟きハヤブサも続く。しかし間に挟まれていたイザベラがふふんと笑って、
「そっちばっか目立たないようにするのが、内側のあたし達よ」
「狼煙が合図、あとはお好きにどうぞ♪」
 カミーリャも続き、内側を担う女達が歓声を上げた。こうして集まると女子だけでもかなりの人数だ。
「暴れ過ぎんじゃねぇぞ。遅れた奴は置いてく、さっさと戻って来い」
 煙草を吹かしながらドウェインが言い放つ。隣にいたゼスが眉を寄せ、あからさまに嫌そうな顔をした。
「陸の鼠が海に出張るか」
「テメェに任せとけねぇからだクソジジィ」
 唐突に始まった老人二人の言い合い。ネロとヴァンが間に入りことなきを得るが、ビアンカは思わず笑いそうになり堪えた。
「二人を助けて絶対に成功させる。俺がこっちで悪ぃけど…皆、無茶すんなよ!」
 リンが声を上げるとラッカム一味やエルドレッド海賊団の面々も拳を突き上げ答えた。リンとビアンカ以外、海賊達の殆どは外側担当だ。
「ヴィトも…時間稼ぎしてくれりゃいい。向こうが本気になる前に逃げてくれ」
「…あぁ。適当に退くさ」
「……」
 エルドレッドへ声をかければ彼は薄らと笑みを浮かべ視線を逸らして、ずっと黙り聞いていたフランツは何やら察し眉を寄せた。
「……スチュアートは?」
「もう出たよ。あいつ頼みだけど、ぶっつけ本番だね」
「いつもながら早くて助かる…やらせておいてなんだが、しょうがねぇ。お前も明日には出てくれ」
 場がお開きとなりハヤブサはスチュアートを探すのだが、一足先に出発した彼に代わりリュシアンが答え、こくんと頷き返す。
 因みに、内側役で最も肝心なのはスチュアートなのだが…彼がどういった役回りかは、まだ秘密だ。
「あれ…フランツ?」
 持ち場に戻るべくネロは地上に戻ろうとするが、一緒にいたはずのフランツの姿が見当たらず辺りを見回すと、別の階段から外へ出て行く彼が見え、気になり後を追った。

「ちょっと…キア」
「なんだい?また言いがかりかい」
「違うわよ!」
 外へ出て行ったエルドレッドを見送っていたキアは、イザベラに声をかけられ苦笑いした。
 いつもの調子で言い返されたもののイザベラは真剣な表情で、彼女が何を考えているのかわかり、むず痒いような擽ったい気持ちになる。
「あんた、本当何しに来たの?忘れっぽいのエルドレッドとデキてるなんて知らなかったけど…あたし達の占い、聞いてないわよ」
「ふふ…そうだね。あんた達は、上手くいくさ」
「…あっそ。じゃあ一緒に来るつもり?その体で?」
 思っていることを真っ直ぐに伝えられ、笑いをもらしてしまう。イザベラの眉が寄り睨まれるが、キアは首を振ってみせ、
「残念だけど行かないよ。今回は手伝いだけ…安心しな」
 お荷物は大人しくしてる、と付け足し、彼女は一人煙草屋のほうへ戻って行った。
 イザベラの中で苛立ちが増す。苛立ちというか心配、ちょっと待って違う。あんな女心配なんか。小指分くらいしか、してないし。
「…なんなのよ、もう」
 胸のモヤモヤは残り、という言葉が気になってしまうが…無茶はしないだろうと信じ、イザベラは溜息をもらした。

「……」
 穴蔵がまた忙しなくなり、そんな中でリンは一人大判の海図を眺め溜息を吐いた。
 ハヤブサ達が掴んでいる情報が正しければ、艦船隊は三日後に現れ、そしてぶつかることになる…ソロウや軍兵だけではなく、仲間だった彼らとも。
「迷ってるって、顔に出まくってるぞ」
「…悪ぃ」
「いつもの喧しい元気はどうした?暴れる前からそれじゃ、皆不安になる」
 いつの間にか傍らにゼスがいて苦笑いされる。申し訳なさそうに首を振るリンだったが、ゼスは叱るでもなく優しい表情で、背伸びをしてまで頭をぐしゃりと撫でられ照れ臭くなる。
「…オーウェンのこと、考えてた。あいつはもう、兄貴じゃない……」
「だけど家族」
 本音の呟きを肯定するかのような答えにはっとする。ゼスは相変わらず穏やかな顔をしていた。
「今がどうあれ、過ごした過去じかんは変えられねぇ。だから結局あいつも家族。ジュリーもセディも、他の奴らも…俺はそう思うし、ラッカムもそう言うだろう」
 冷静な言葉が胸の中に広がり、熱を帯びていく。古参の老人の言う通り、共に過ごした時間は変えられないし、俺は…結局最後まで切り捨てられないかもしれない。
 割り切ったはずの感情が蘇りリンの表情が曇るが、ゼスは全てお見通しのようでまた笑って返し、
「お前はそれでいい。切り捨てらんねぇなら堂々としてろ、半端な気持ちよかマシだ…それに、そういうのはお前のいいとこだからな」
「…ありがと、ゼス」
「いいけども、ったく…その面は止せ。まだまだガキだなぁ」
 また頭を撫でれば今度こそリンの顔も綻び、安堵する。お前なら大丈夫だと小声で付け足すと、赤い瞳に熱が戻り、頼もしい返事が返ってきた。
(…家族かぁ…)
 二人の様子を窺っていたレスターはつい溜息をもらすが、口を挟んだりはせず、まだまだ青臭いキャプテンを見守っていた。
 手紙の音沙汰がない本当の家族のことを思い出し、一段落したら里帰りでもするかと考えていると、
「…!…」
 不意にリンが辺りを見回し、何やらソワソワし出す。
「?…どうした」
「おい、リン…?」
 ゼスもレスターも何事かと思い顔を覗くが、リンはおかしいと呟き、慌てて駆け出して行ってしまった。


 同刻、深夜の風流街。
 煌びやかな灯りの下、階段の終わりから顔を覗かせると運河近くにエルドレッドとフランツの姿があり、ネロは近寄り難い雰囲気を察し気づかれぬよう様子を窺った。
「あんた…旗だけで上手く立ち回れるって、本気で思ってんのか?」
「…いいや」
「…なら、退く気なんかねぇんだろ?何するつもりだ?」
 作戦の話のようだがフランツは眉を顰め睨み見て、エルドレッドは視線を逸らした。薄ら見えた表情は笑っているようだった。
「フランシス…今回のでまた怪我人も死人も、多くがそうなるだろう。だからお前達は退け。道は作ってやる」
「死ぬつもりか?」
「刺し違えだ」
 答えを聞き、フランツの表情がさらに険しくなる。解っていたことだが今回のは危うい。実行も出来なかった報復作戦の比ではなく、エルドレッドの言う通り血生臭いことになる。
 相手にするのは艦船隊だけではなく、陸と同等の火力を持つ砦── 三日後の作戦は、ノクシア離島の砦を襲う計画だ。
 葉巻を燻らせるエルドレッドの隣に肩を並べ、自身も煙草を取り出し火を点ける。キースから貰った最後の一本がほのかな甘い香りを放ち、波立つ心を少しだけ落ち着かせてくれた。
「船員はどうする…道連れにすんのか」
「また失うつもりはない。だが…一人では船は動かせん」
「それどころじゃねぇだろ。退かずに残ったら、狙い撃ちで藻屑だ」
「どの道、退き際に殿は必要だ」
「ふざけんなッ…これは俺らの作戦で、全員の喧嘩だ!あんただけのもんじゃ、」
「だからこそ退け」
 エルドレッドの語気が強くなる。互いに目を合わせずとも伝わってくる殺気。エルドレッドは葉巻を握り潰し、石垣に拳を打ちつけた。
「お前達のことが無くとも俺はやるつもりだった。俺の同胞と、船が、幾つ沈んだと思う?あんな蝿のような連中に、海を愛することも知らん輩にッ…」
「……」
「これは完全な私怨だ、俺の全てを賭して必ず果たす。だからこそ一人でも多く生かしたい。うちの船員もな…面倒だろうが助けてやってくれ」
「…なに、言ってやがる」
「頼む。命の恩人の言うことくらい聞け」
「ッ…」
 本心を明かされ、らしくない言葉まで聞いて、フランツは狼狽え何も返せなくなってしまう。
 自身が海賊になるきっかけとなった彼とは仲が良いわけではなく、リンのがよっぽど親しいだろうし、正直嫌いだ。青色の海賊らしからぬ行いから付いた'濁り青'。無駄に自尊心が高く傲慢なくせに、仲間の為なら何でもアリで…鏡を見ているようで、嫌になる!
 また奇襲の時のことを思い出す。自身だけではなく、多くの仲間が傷つき命を落とした。その仇はまだ取れていない。そして昨日のドウェインの言葉── '濁り青'も…そして己も求めているのだ、死に場所を。
「待て、勝手に…!」
「お前が引き受けなくとも俺はやる。ただの陽動ではない、このままじゃあいつらに顔向け出来ん」
「んなのこっちも一緒なんだよッ、俺だってなぁ、」
「なんだ?言ってみろ、フランシス!」
 立ち去ろうとするエルドレッドを捕まえ、互いに掴み合いになる。フランツは出かかった本音を呑み込み奥歯を噛み締め、ただ睨むしか出来ず。察したエルドレッドは鼻で笑い飛ばし苛立ちを助長させた。
「……」
 ネロは全てを聞いてしまい、呆然としていた。熾烈な戦いになるのだと予想はしていたし、覚悟もとうに決めている。なのに足が竦んだように重くなり、階段に腰を下ろしてしまう。
 今二人が話していたことは、自身の予想よりも遥かに現実的な、生きる為に死を選ぶ道で。それは仲間や他者の為だけではなく、それぞれが持つ大切なものを守る道なのだと、解る。
(俺に、そんな覚悟…あるのか?)
 抱いた疑念が膨らみ、嫌なものに変わっていく。こんな姿を兄に見られたら叱られると思ったが、近づいてくる死の足音はしっかりとネロに恐怖を与えていた。
 不意に誰かが横を駆け抜け地上に出て行く。それがリンだとわかりネロは慌てた。
「リン!待て、」
「「!?」」
 リンは何やら揉める二人(もう少ししたら殴り合っていたかもしれない)、ではなく、運河が目当てなのか石垣に身を乗り出し、眉を寄せ河や空を見回した。
「…んだよ、どうした?」
 フランツが怪訝に思い声をかける。エルドレッドもわけのわからない邪魔に顰め面になるのだが…リンは目もくれずブツブツと呟いて、
「……変だな、嵐か?違う…なんかすげぇ風が…珍しい」
「あ??」
 リンの特技、天気予報。彼は地下からでも感じ取れるほどの異変に気がつき確かめに来たのだ。
「嵐じゃねぇ。突風みてぇな、春のに似てる…?けど…それよりデケぇの?来るかも」
「ハッキリしねぇな、どういうこった?」
「こんなの俺も初めてだよ…来るっつーか…?結局嵐に変わんだろうが……まぁ、砦行く時は来なそうだ、大丈夫」
 やっとフランツと目を合わせエルドレッドにも苦笑いしてみせる。百発百中に近いリンの天気予報はエルドレッドも知っているのだが、
「リン、いつだ?風はいつ来る?」
「ん…?」「…おい?」
 肩を掴んできたエルドレッドにリンは思わず瞬きし、フランツははっとし止めようとする。しかし、
「風を味方に付ける。それが引き際で、本当のだ…どうだフランシス、名案だろう?」
 エルドレッドは先ほどのように不敵に笑って、頭の中では自身だけの計画を変更しはじめていた。


 暫くして、穴蔵では。
 ほんの一時の休息と夜食の時間を迎え、居眠りをする者もいればビウエラやカリンバを奏でる者もいて、喧騒は息を潜めていた。
 イザベラやキアに休むよう言われ(叱られたと言うべきか)、ビアンカはヴァンに見張られながら煙草屋に向かっていたが、二回席にスタンの姿が見え覗いてみると、
「おっさん、働くか休むかしろ」
「…んー」
「?どうしたの、スタン」
「あぁ…これの秘密を探りたくってよ。あいつ何に気づいたのかな、って…」
 おっさん呼びにも無反応で、スタンは掻き集めた燭台の灯りに地図を翳していた。アルムガルドを描いたあの地図だ。
 天井が低めの二回席は狭く、蝋燭の熱気が籠り蒸し暑く、背中を向けるスタンの項は汗が滴っていた。ビアンカはキースのことを思い出し、胸元のペンダントを探ると赤い石だけを取りスタンに差し出した。
「これ。何かしら関係してるんだろうし…あたしも役に立ちたい」
「ありがと、お姉ちゃん」
 スタンは一瞬目を丸くするが、ビアンカの言葉に顔を綻ばせ手を伸ばす…のだが、
「なにそれっ、すげぇ綺麗!」
 赤い石に興味を持ったヴァンのが早く、奪い取った少年に二人は驚き慌てた。
「コラ、ヴァン!それはダメ!」
「おい先輩、返せ!大事な…、………」
 嬉々として石を眺めるヴァンを捕まえ、抱え上げた瞬間。石が天井から吊るした灯りに反射しテーブルを赤く照らして、地図にも降り注ぎ……ビアンカはスタンの腕の中のヴァンから石を取り上げた。
「もうッ、ヴァン!」
「ごめん、ちょっとふざけただけ」
「お子ちゃまって呼ぶぞ'畑王'!」
「どっちもヤダ!……?おっさん降ろせ、ッぅわぁあ!?」
「!え、ちょっと、スタン?!」
 スタンはヴァンを抱えたままビアンカに飛びつき、腕ごと赤い石を灯りに翳し、地図に現れたものがハッキリと見え破顔した。解ったぜ相棒…!
「大アタリ!!お手柄だヴァン!!」
 声を上げ笑い騒ぎはじめたスタンに、ビアンカもヴァンも、休んでいた者達もわけがわからずだった。
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