【完結】魔神綺譚〜獣の魔導師は落とし子の姫に翻弄される〜

しゃでぃや

文字の大きさ
3 / 29

第二夜 落とし子のハティーシャ

しおりを挟む
 魔導師が持つ『変化へんげ秘術ひじゅつ』は、かつて魔神によって授けられたものであった。
 
 この砂漠には『魔神ジン』と呼ばれる種族が存在する。
 
 地に住まう人と天に住まう神との真ん中、空に存在する契約の種族。
 彼ら彼女らは煙無き炎から生まれたとも、隕鉄の欠片から生まれたとも言われる。
 時に人の良き隣人であり、恐ろしき脅威であり、人智を超えた力を行使する魔術の支配者。
 そして、魔神は『願いを叶える力』を持つという。
 
 魔導師は若い頃、魔神を呼び出したことがあった。
 師から授けられた魔術の印を幾重にも刻み、贄を捧げ魔神召喚の秘儀を行った。
 
 魔導師の目論見通り、魔神は現れた。
 褐色の肌に豊かな金の髪を持つ、光り輝くような美しい魔神であった。
 
 しかし呼び出した魔神は、本体ではない分霊体で、大いなる力を持つ魔神の魂のひとかけらであるという。
 
 それでも、魔神の持つ秘術は驚異的で、「この世に存在するありとあらゆる者に変化出来る」と豪語した。そうまで大口を叩くからには、もし出来なかった場合は我に力を授けよ、と約束させた。
 
 魔導師は魔神に告げた。
 
「この世で最も大きな獣に変化してみせよ」
 
 魔神は長身の魔導師でさえ見上げるばかりの大きな象に瞬く間に変化して見せた。
 
「ならば、この世で最も恐ろしいものに変化してみせよ」
 
 魔神は豪胆な魔導師でさえ思わず目を背けたくなるような醜い喰人鬼グールにあっという間に変化して見せた。
 
「では、我の『愛するもの』に変化してみせよ」
 
 魔神は出来なかった。何故なら魔導師には生まれてこの方後にも先にも『愛する者』など存在しなかった。幾ら魔神でも、存在せぬ者には変化出来ない。
 
 魔神は恐ろしい力を持つが、決して約束を違えぬ種族だ。
 そうして、魔神の変化の秘術は魔導師のものとなった。
 だが、魔神は言った。
 
「しかし、ひとつだけ注意するが良い。その力は人たる身には余りある力。制約が必要じゃ。制約により、お前が『愛するもの』の前では決して変化が解けぬ。術も使えぬ。元の人間の姿には戻れぬぞ」

魔導師は答えた。

「……好かろう」
 
 そこで、不意に夢は途切れる。
 
「ねぇ、ダリル……起きて頂戴……」
 
 優しい娘の声に、魔導師は目を覚ました。
 
 
※※※
 
 納屋に差し込む朝日が眩しい。
 魔導師がそっと目を開けると、すぐそばで金色の瞳の娘が微笑んでいた。
 
――ハティーシャ。
 
 この王国の、忘れられた末の姫君。ずっと探していた、命の恩人。
 
「おはよう、ダリル。よく眠れた?」
 
 娘は日輪の花のように微笑む。
 深い愛情と親愛が込められた甘やかな声音は、魔導師にくすぐったいような照れくさいような、不思議な懐かしさをもたらす。
 
 ダリル、というのは娘がつけた名前だ。
 
 数年前、初めて出会ったあの日から。
 娘は魔導師のことをただの犬だと思っている。
 
 実は変化したこの姿は砂漠に住まう狼であり、それより何より人間の男であり力ある魔導師であったが、訂正する術も機会も未だ訪れずにいる。
 
(んむ……おはよう。ハティーシャ……)
 
 魔導師は戸惑いながらもそう発したつもりであった。けれど喉から漏れるのはクゥン、と甘えたような獣の鳴き声である。
 相変わらず、変化の術は解けない。魔導師の姿は黒い狼のままであった。
 
 ハティーシャは麦わらのベッドの上に寝転んだまま、並んで横たわる狼の首に両腕を回して抱き寄せた。大きな狼の頭を柔らかい胸元に抱き込んで、湿った鼻頭にちゅ、と口付ける、おはようのキス。それから真剣な眼差しで紅の瞳を覗き込んだ。
 
「あなたが居なくなってから……ずっと、ずっと探していたのよ。またどこかで傷ついて倒れているのではって、心配していたのだから!」
 
(すまない……しかし我にも事情があったのだ、仕方あるまい。だからこそ、こうして迎えに来てやったではないか!)
 
 魔導師は言い訳と共に反論したつもりだったが、狼の口からはキュゥ、ン、と申し訳なさげな鳴き声が漏れるのみである。
 
「ふふっ……でも、良いの。だって無事に元気で、また私のところに戻って来てくれたんですもの!愛してるわ、私の可愛い子!」
 
 ハティーシャはたてがみのような毛を撫でながら、びっしりと鋭い牙が並ぶ大きな口元に恐れずにキスをする。ヒゲの生えた頬に何度もスリスリと頬擦りする。
 相変わらず率直な愛情表現と過剰なまでのスキンシップに、魔導師は慌てた。
 思わず逃れようと動かした前脚がふにふにと柔らかい胸を押し返し、一層狼狽えた。
 
(や、やめよ!もう、そなたも分別のない子どもではないのだぞ!?)
 
 抱きしめた腕の中でガゥガゥと不服げに暴れる大きな狼に、ハティーシャはようやく腕の力を緩めた。
 
「でも……本当に、あなたが居てくれて心強いわ。ダリル……ねぇ、ダリル」
 
 そっと狼の頬を撫でる、何処か緊張した面持ち。伏せた睫毛の作る影さえも嫋やかで美しかった。
 
「私ね、お父様に会いに来たの……お母様はいつも言っていたわ。『いつかあなたをお父様に会わせてあげたい』『いつかあなたを本当の娘だと認めて欲しい』って……最期まで」
 
 ハティーシャの母は亡くなったと聞いた。その想いを遂げる為、王宮にやって来たのだということも。
 
「……ダリル。お願い、そばにいて。私を、見守っていて」
 
――アォォン!
 
 魔導師は無論そのつもりであった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...