4 / 29
第三夜 エメラルドの指輪
しおりを挟む
ハティーシャにせかされ納屋の外へ出れば、砂漠の都とは思えぬ緑豊かな庭園が広がっている。あてがわれた納屋は庭園の片隅、王宮からは離れた場所にあるようだった。緑濃い木々の遥か向こうに白亜の屋根が見える。
庭園は四方を高い壁に囲まれ、真ん中には水路が配されている。水路の周りには溢れんばかりに草花が咲き誇っていた。それは天上の楽園にある四つの大河をそのまま模したとかいう近年流行りの庭園様式らしい。
(己の血を引く姫を徒に放置しておきながら、庭造りには惜しみなく金をつぎ込んだと見える。熱心なことよ……)
魔導師は皮肉げに鼻を鳴らした。
「さぁ、井戸で水を汲んで顔を洗って、朝ごはんにしましょう。これからのことは……お腹が満たされてから、きちんと考えなきゃ」
狼がフンッ、と鼻息を荒くする様子に、ハティーシャはくすくすと笑い声を零しながら言った。
お目当ての井戸は納屋のすぐ脇にあった。
家畜の水飲み用らしく、ハティーシャは備え付けてあった桶で水を汲んだ。
まずは汲んだばかりの水をたっぷりと木製の器に満たし、行儀よく腰を下ろしていた狼の前に置く。
「冷たくて気持ちいいわ。ダリル、どうぞ召し上がれ!」
ハティーシャは今度は自分の為にもう一度水を汲み、顔を洗う。冷たい水を掬って、ふわふわと波打つ金色の髪を梳きつける。朝の光に煌めく金の髪は眩いばかりに美しい。
そうして身支度を整え、ハティーシャが持ってきたという硬い黒パンを朝食に分け合っていた時だった。
思わぬ来客に、一人と一匹は驚いた。
「ご機嫌よう。太陽の男神のご機嫌麗しき良き朝に」
ヴェールで髪を覆った中年女は、厳めしい顔で告げた。
その言葉が、この王国の王侯貴族らがよく使う挨拶言葉の定型文だということはハティーシャも知っていた。スカートのパンくずを払い落し、井戸端から立ち上がると慌てて居住まいをただす。
「国王陛下の落とし子だと主張しているのは、あなたですね……?」
女はハティーシャを頭の天辺から爪先まで見下ろし、執念深い蛇のように検分しながら言った。
「わたくしは王宮の侍女頭を拝命しております。この度は国王陛下のご命令で参りました。陛下はあなたが本物の姫君であるのか、確かめよとの仰せです」
「……国王陛下のご厚情に感謝いたします!母は王宮の厩番をしておりましたロスタムの娘ハーテレフ。私はハティーシャと申します」
ハティーシャは興奮を隠しきれない高揚した面持ちで名乗る。
国王陛下の落とし子である、として拝謁を願い出たのは一昨日のこと。それから幾ら取次を頼んでも、なしのつぶてで放置されていたのだ。何より待ち望んでいた王宮よりの使者。つとめて恭しく貴婦人の礼をとり、首を垂れた。
だが、侍女頭を名乗る女の言葉を魔導師は怪しんだ。
(……わざわざ国王の使いが供もつれず一人で……こんな外れの納屋までやって来たのか?)
狼はじっとハティーシャのそばに侍りながら、侍女を見つめる。ヴェールの下の固い表情からは感情を読み取り辛い。女は続けた。
「あなたの母君のことは国王陛下より内々に伺っております。確かに、母君に似て眩いばかりの金の髪と金の瞳、そして褐色の肌……けれど、それだけならばこの王国に幾らでもおりましょう。陛下の御子であるという証拠にはなりません。何か、落とし子であるという証拠はあるのかしら?」
「勿論ですわ、侍女頭さま!亡き母が、お別れする時に国王陛下より賜った王家の紋章入りの指輪がございます」
ハティーシャがそう言って懐から大事そうに取り出したのは、金の指輪であった。
王家の紋章を象った金縁に、長方形のエメラルドがはまっている。そこらにあるものではない。大粒の緑柱石は光り輝かんばかりで、目利きでなくとも一目で高価と分かる代物だ。
「まぁ……なんと……それをこちらへ。確かに本物かどうか、よくお見せ」
ハティーシャは迷わず侍女に指輪を手渡した。
侍女は金の指輪を掌の上で頃がし、太陽の光に透かして緑の貴石を覗き込む。
そして。
指輪を、井戸に投げ入れた。
庭園は四方を高い壁に囲まれ、真ん中には水路が配されている。水路の周りには溢れんばかりに草花が咲き誇っていた。それは天上の楽園にある四つの大河をそのまま模したとかいう近年流行りの庭園様式らしい。
(己の血を引く姫を徒に放置しておきながら、庭造りには惜しみなく金をつぎ込んだと見える。熱心なことよ……)
魔導師は皮肉げに鼻を鳴らした。
「さぁ、井戸で水を汲んで顔を洗って、朝ごはんにしましょう。これからのことは……お腹が満たされてから、きちんと考えなきゃ」
狼がフンッ、と鼻息を荒くする様子に、ハティーシャはくすくすと笑い声を零しながら言った。
お目当ての井戸は納屋のすぐ脇にあった。
家畜の水飲み用らしく、ハティーシャは備え付けてあった桶で水を汲んだ。
まずは汲んだばかりの水をたっぷりと木製の器に満たし、行儀よく腰を下ろしていた狼の前に置く。
「冷たくて気持ちいいわ。ダリル、どうぞ召し上がれ!」
ハティーシャは今度は自分の為にもう一度水を汲み、顔を洗う。冷たい水を掬って、ふわふわと波打つ金色の髪を梳きつける。朝の光に煌めく金の髪は眩いばかりに美しい。
そうして身支度を整え、ハティーシャが持ってきたという硬い黒パンを朝食に分け合っていた時だった。
思わぬ来客に、一人と一匹は驚いた。
「ご機嫌よう。太陽の男神のご機嫌麗しき良き朝に」
ヴェールで髪を覆った中年女は、厳めしい顔で告げた。
その言葉が、この王国の王侯貴族らがよく使う挨拶言葉の定型文だということはハティーシャも知っていた。スカートのパンくずを払い落し、井戸端から立ち上がると慌てて居住まいをただす。
「国王陛下の落とし子だと主張しているのは、あなたですね……?」
女はハティーシャを頭の天辺から爪先まで見下ろし、執念深い蛇のように検分しながら言った。
「わたくしは王宮の侍女頭を拝命しております。この度は国王陛下のご命令で参りました。陛下はあなたが本物の姫君であるのか、確かめよとの仰せです」
「……国王陛下のご厚情に感謝いたします!母は王宮の厩番をしておりましたロスタムの娘ハーテレフ。私はハティーシャと申します」
ハティーシャは興奮を隠しきれない高揚した面持ちで名乗る。
国王陛下の落とし子である、として拝謁を願い出たのは一昨日のこと。それから幾ら取次を頼んでも、なしのつぶてで放置されていたのだ。何より待ち望んでいた王宮よりの使者。つとめて恭しく貴婦人の礼をとり、首を垂れた。
だが、侍女頭を名乗る女の言葉を魔導師は怪しんだ。
(……わざわざ国王の使いが供もつれず一人で……こんな外れの納屋までやって来たのか?)
狼はじっとハティーシャのそばに侍りながら、侍女を見つめる。ヴェールの下の固い表情からは感情を読み取り辛い。女は続けた。
「あなたの母君のことは国王陛下より内々に伺っております。確かに、母君に似て眩いばかりの金の髪と金の瞳、そして褐色の肌……けれど、それだけならばこの王国に幾らでもおりましょう。陛下の御子であるという証拠にはなりません。何か、落とし子であるという証拠はあるのかしら?」
「勿論ですわ、侍女頭さま!亡き母が、お別れする時に国王陛下より賜った王家の紋章入りの指輪がございます」
ハティーシャがそう言って懐から大事そうに取り出したのは、金の指輪であった。
王家の紋章を象った金縁に、長方形のエメラルドがはまっている。そこらにあるものではない。大粒の緑柱石は光り輝かんばかりで、目利きでなくとも一目で高価と分かる代物だ。
「まぁ……なんと……それをこちらへ。確かに本物かどうか、よくお見せ」
ハティーシャは迷わず侍女に指輪を手渡した。
侍女は金の指輪を掌の上で頃がし、太陽の光に透かして緑の貴石を覗き込む。
そして。
指輪を、井戸に投げ入れた。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる