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第十六話 皇女とマチルダ
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その日、セラスティアはまたもや眠れぬ夜を過ごしていた。
屋敷に帰り着いて早々、ザカリアスは引き止める間もなく部屋に篭ってしまった。
残されたセラスティアは、初めての二人での外出の様子を根掘り葉掘り聞きたがったテオドラに一方的に質問攻めにされながら、軽い夕食を済ませた。今日はもう疲れているので、と言い訳することで何とか解放されたのがつい先刻のことである。
戻ってみれば、セラスティアの寝室は何とか危機的惨状を脱していた。昼間のうちにパティが片づけたのだろう、それでもまだベッドの周りには書物や書き散らしたメモが山積みになっている。セラスティアは冬眠前の熊みたいに部屋中を落ち着きなく歩き回った。
ずっと、あの下町で出会ったマチルダという女のことが気に掛かっている。
以前パティが語った噂話を思い出す。
宰相閣下は下町に愛人と隠し子がいるのだという。
もしや、あのマチルダという女がそうなのだろうか。同性であるセラスティアでさえ思わずドキドキしてしまいそうな、豊かな肢体と艶っぽい仕草が魅力的な女性だった。
(ザカリアスだって、もうそれなりに良い年齢なのだもの。そういうお相手がいたとしても、仕方のないこと……)
そう、己に言い聞かせながらも、少しだけ傷付いている。諦めにも失望にも似た気持ちを抱く己に気付いて、セラスティアは狼狽えた。噂を聞いた時は隠し子ぐらいいたとしてもおかしくはない、と冷静だったのに。まるで、ただの根も葉もない噂なら良かったと期待していたみたいだ。
(しかもわたくしのせいで、彼女に誤解をさせてしまったわ……)
鋭い口調でザカリアスを詰り水をぶちまけたマチルダの剣幕に、ろくに言い訳もできないまま帰って来てしまった。
それに、彼女が口にした言葉の一つ一つがセラスティアの胸にずっと引っかかっていた。
(でも!このままで……良いはずがないではない!?)
セラスティアは立ち止まった。窓の外、空には明るい月が上ったばかりだ。今からでも遅くはない。
控えの間にいるであろう、パティにそっと声を掛けた。
「パティ、起きている……?」
※※※
天高く上った月も傾く、真夜中を過ぎた頃。
マチルダは仕事の間子守りを頼んでいる老婆の元へ赤子を迎えに行き、家路を急いだ。
マチルダにとって、場末の酒場で酔客たちをあしらうのは最早慣れたものだったが、今夜は特に酒癖の悪い客が多かった。荒れた店内の片付けだの介抱だのに手を取られ、いつもよりすっかり遅くなってしまった。
昼間の一件といい、今日はツイてない、と零した深い溜息が白くけぶる。暦の上ではまだ秋とはいえ、夜はぐっと冷え込んだ。寒くないように、と分厚いおくるみに包まれた幼い娘は腕の中でぐっすり眠っている。今日は夜泣きせずに寝ていてくれるだろうか。わずかに酔いの回った頭で考えながら、マチルダは重い足を引き摺って階段を上る。貧しい庶民が身を寄せ合うようにして暮らす集合建築の三階の一部屋。そこが母娘の小さなすみかだった。
だが、階段を上り切ったマチルダは思わず息を飲む。
「なんであんたが、ここにいるの……!?」
扉の前には、女が一人立っていた。
昼間に出会った時と違い、髪と額とをすっぽりと覆うストールを身に付けていない今は、嫌でも額の聖印が目についた。聖王家に連なる者にのみ表れる、聖なるしるし。
聖王国第四皇女にしてミストリアス侯爵夫人、セラスティア。
「……おかえりなさい」
セラスティアは驚きに固まるマチルダの姿を認め、ほっと安堵の吐息を零した。
「あなたと、お話がしたかったのです。それで……失礼ながら、ここで待たせてもらいました」
マチルダにはにわかには信じられなかった。
「嘘でしょ?あたしが帰ってくるのをここでずっと待ってたっていうの?」
「えぇ……幼いお子さんがいらっしゃるのに、随分遅くまで働いているのですね」
その言葉はマチルダに対する非難や揶揄ではなく、純粋な感想のようだった。だが、ただでさえザラついた心には棘のように突き刺さる。
「……帰って!あんたと話すことなんか、あたしにはないわ!」
「いいえ。わたくしにはあります。ですからあなたが話を聞いてくださるまで、わたくしはここから一歩も動きません」
「何を馬鹿なことを……あんたなんか、苦労知らずのお姫様のくせに!」
「なんと言われようと、わたくしは帰りません。夜が明けるまでここで待っていることくらい、あなたとお話出来ることに比べれば……確かに苦労でもなんでもありませんもの」
マチルダはセラスティアを睨みつける。
地味だが仕立ての良いドレスには、しゃがんだり座り込んだりした時に出来る皺さえ一つとしてない。体の前で組んだ白い指先は寒さに凍えて微かに震えている。マチルダが家を開けていた間、セラスティアはずっとここで立ちっぱなしで待っていたのだろうことが伺えた。
珊瑚色の瞳は臆することなくマチルダを真正面から見返して、怯む気配はない。
本当に、話を聞くまでずっとここに居座りかねない。
「…………入って。そんなところで待たれちゃ、こっちが迷惑なの」
マチルダは渋々折れた。
貧しく狭い集合住宅のこと。一目で王族と分かるセラスティアに扉の前に居座られたら面倒な噂になるのも時間の問題だ。
※※※
小さなキッチンと寝室のたった二部屋しかない室内には、散らかるほどの物はない。
とはいえ狭い室内は暗く、マチルダはランプに小さく火を付けると、ぶっきらぼうに食卓代わりのテーブルと椅子を視線で示した。
「そこ、適当に座ってて」
そして寝室の隅のベッドに細心の注意を払って赤子を下ろし、寝かしつける。ふにゃぁ、と微かにぐずる子が規則正しい寝息を立てるのを見計らってキッチンに戻る。カマド代わりの薪ストーブに火を入れ、ブリキのヤカンに水を入れ火にかけた。
セラスティアはその流れるような手際のよい作業を見つめながら、椅子に腰かけた。
「それで、あたしに話ってなんなの?」
テーブルを挟んで向き合ったマチルダの問いかけに、セラスティアは口を開く。
「……あなたに、誤解させてしまいました。ザカリアス殿に無理を言って、この街へ連れてきて欲しいとねだったのはわたくしなのです」
「は?でも、何だってあんたみたいなお姫様が、わざわざこんなところへ?」
「あなた方の生活を、この目で見てみたいと言ったのは本当です。けれどそれは、神々に誓って、無粋な好奇心や自分勝手な虚栄心のためではありません。わたくしには、必要だと思ったからです。あなた方の生活を知ることでしか、為せぬことがあるからです」
「…………は、ぁ……?」
「それに……わたくしとザカリアス殿との婚姻も、兄である聖王猊下の急なご命令で、ザカリアス殿に拒否することなど出来ようもなかったのです。だから、決して、ザカリアス殿にあなたを蔑ろにする気持ちがあった訳では……!」
セラスティアの真摯な告白に、マチルダは虚を突かれ、瞬いた。
「待って待って、何言ってんの?あんたたちの結婚に、あたしが何の関係があるのよ!」
「だって……あなたとザカリアス殿は、その……何というか……あ、愛し合う仲、なのでは……」
「冗談じゃないわ!確かにあいつとは古い付き合いだけど、今となってはただの腐れ縁よ」
今度はセラスティアが珊瑚色の瞳を大きく瞬く番だった。
「……まぁ……では、わたくしは……とんでもない勘違いを?」
「呆れた子ね!そんなことの為に、こんな真夜中に一人で待ってたっていうの?」
例え夫の愛人だったとして、わざわざそんな女の誤解を解くために来たというのか。マチルダは早とちりに思わず苦笑した。
内心、セラスティアはほっとしていた。
(良かった。彼女はザカリアスの愛人ではなかったのね……)
だが、ふと気にかかる。
「では、あの子のお父様は……?」
「……死んだわ。しがない日雇いの労働者だったけど、あの子が出来たのが分かって……今のままじゃ一緒には暮らしていけないからって、兵士に志願したの。戦地で功績を上げて、その金で郊外に小さな家を買って一緒に暮らそうって。そう言ってラスティカ王国での戦に出かけて行って、帰ってこなかった」
マチルダの口調は淡々としていた。
「ごめんなさい……」
「何であんたが謝るのよ?」
「ラスティカ王国での戦の際、わたくしには……為すべきことがありました。けれど、出来なかった。わたくしの力不足だった。だから償いたいのです。この国に、そしてあなた達に……」
暫くして、食卓の席についたセラスティアの前に、ごとり、と湯気のたつカップが置かれた。清々しい香りと共に、黄金色に色づくお茶。
「これは……」
「マリーゴールドのお茶よ。ここじゃ、あんた達が普段飲んでるような茶葉は手に入らないの。寒かったでしょ、まぁ、飲んで温まりなよ。皇女様の口には合わないだろうけど」
「いいえ……ありがとう。とても、優しい香り」
高価な茶葉が手に入らない庶民達は、萎れた花や野原で摘んだハーブにお湯を注いで飲んでいるのだという。
口に含めばほのかに甘く、秋の草花が咲き乱れる花畑の中にいるような清々しさ。
もう一度、蜂蜜にも似た花の香を深く吸い込み、セラスティアは決意した。
ずっと、そのことを考えていた。
「マチルダ……あなたに、わたくしに協力して欲しいのです」
「……え?なんで、あたしに……」
「わたくしの顔を見て、あなたはすぐに『見ない顔ね』って言ったわ。この辺りの女性たちの顔を全て知っているから、すぐにわたくしがよそ者だと分かったのでしょう。あなたのように、この街の女性や子ども達について詳しくて、彼女たちに親身になってくれる人の協力が必要なのです」
「でも、どうして……?」
「……変えたいのです。何も変わらないとあなたが嘆いた、この街を」
薄闇の中、セラスティアは珊瑚色の瞳は鮮やかに煌めいていた。
屋敷に帰り着いて早々、ザカリアスは引き止める間もなく部屋に篭ってしまった。
残されたセラスティアは、初めての二人での外出の様子を根掘り葉掘り聞きたがったテオドラに一方的に質問攻めにされながら、軽い夕食を済ませた。今日はもう疲れているので、と言い訳することで何とか解放されたのがつい先刻のことである。
戻ってみれば、セラスティアの寝室は何とか危機的惨状を脱していた。昼間のうちにパティが片づけたのだろう、それでもまだベッドの周りには書物や書き散らしたメモが山積みになっている。セラスティアは冬眠前の熊みたいに部屋中を落ち着きなく歩き回った。
ずっと、あの下町で出会ったマチルダという女のことが気に掛かっている。
以前パティが語った噂話を思い出す。
宰相閣下は下町に愛人と隠し子がいるのだという。
もしや、あのマチルダという女がそうなのだろうか。同性であるセラスティアでさえ思わずドキドキしてしまいそうな、豊かな肢体と艶っぽい仕草が魅力的な女性だった。
(ザカリアスだって、もうそれなりに良い年齢なのだもの。そういうお相手がいたとしても、仕方のないこと……)
そう、己に言い聞かせながらも、少しだけ傷付いている。諦めにも失望にも似た気持ちを抱く己に気付いて、セラスティアは狼狽えた。噂を聞いた時は隠し子ぐらいいたとしてもおかしくはない、と冷静だったのに。まるで、ただの根も葉もない噂なら良かったと期待していたみたいだ。
(しかもわたくしのせいで、彼女に誤解をさせてしまったわ……)
鋭い口調でザカリアスを詰り水をぶちまけたマチルダの剣幕に、ろくに言い訳もできないまま帰って来てしまった。
それに、彼女が口にした言葉の一つ一つがセラスティアの胸にずっと引っかかっていた。
(でも!このままで……良いはずがないではない!?)
セラスティアは立ち止まった。窓の外、空には明るい月が上ったばかりだ。今からでも遅くはない。
控えの間にいるであろう、パティにそっと声を掛けた。
「パティ、起きている……?」
※※※
天高く上った月も傾く、真夜中を過ぎた頃。
マチルダは仕事の間子守りを頼んでいる老婆の元へ赤子を迎えに行き、家路を急いだ。
マチルダにとって、場末の酒場で酔客たちをあしらうのは最早慣れたものだったが、今夜は特に酒癖の悪い客が多かった。荒れた店内の片付けだの介抱だのに手を取られ、いつもよりすっかり遅くなってしまった。
昼間の一件といい、今日はツイてない、と零した深い溜息が白くけぶる。暦の上ではまだ秋とはいえ、夜はぐっと冷え込んだ。寒くないように、と分厚いおくるみに包まれた幼い娘は腕の中でぐっすり眠っている。今日は夜泣きせずに寝ていてくれるだろうか。わずかに酔いの回った頭で考えながら、マチルダは重い足を引き摺って階段を上る。貧しい庶民が身を寄せ合うようにして暮らす集合建築の三階の一部屋。そこが母娘の小さなすみかだった。
だが、階段を上り切ったマチルダは思わず息を飲む。
「なんであんたが、ここにいるの……!?」
扉の前には、女が一人立っていた。
昼間に出会った時と違い、髪と額とをすっぽりと覆うストールを身に付けていない今は、嫌でも額の聖印が目についた。聖王家に連なる者にのみ表れる、聖なるしるし。
聖王国第四皇女にしてミストリアス侯爵夫人、セラスティア。
「……おかえりなさい」
セラスティアは驚きに固まるマチルダの姿を認め、ほっと安堵の吐息を零した。
「あなたと、お話がしたかったのです。それで……失礼ながら、ここで待たせてもらいました」
マチルダにはにわかには信じられなかった。
「嘘でしょ?あたしが帰ってくるのをここでずっと待ってたっていうの?」
「えぇ……幼いお子さんがいらっしゃるのに、随分遅くまで働いているのですね」
その言葉はマチルダに対する非難や揶揄ではなく、純粋な感想のようだった。だが、ただでさえザラついた心には棘のように突き刺さる。
「……帰って!あんたと話すことなんか、あたしにはないわ!」
「いいえ。わたくしにはあります。ですからあなたが話を聞いてくださるまで、わたくしはここから一歩も動きません」
「何を馬鹿なことを……あんたなんか、苦労知らずのお姫様のくせに!」
「なんと言われようと、わたくしは帰りません。夜が明けるまでここで待っていることくらい、あなたとお話出来ることに比べれば……確かに苦労でもなんでもありませんもの」
マチルダはセラスティアを睨みつける。
地味だが仕立ての良いドレスには、しゃがんだり座り込んだりした時に出来る皺さえ一つとしてない。体の前で組んだ白い指先は寒さに凍えて微かに震えている。マチルダが家を開けていた間、セラスティアはずっとここで立ちっぱなしで待っていたのだろうことが伺えた。
珊瑚色の瞳は臆することなくマチルダを真正面から見返して、怯む気配はない。
本当に、話を聞くまでずっとここに居座りかねない。
「…………入って。そんなところで待たれちゃ、こっちが迷惑なの」
マチルダは渋々折れた。
貧しく狭い集合住宅のこと。一目で王族と分かるセラスティアに扉の前に居座られたら面倒な噂になるのも時間の問題だ。
※※※
小さなキッチンと寝室のたった二部屋しかない室内には、散らかるほどの物はない。
とはいえ狭い室内は暗く、マチルダはランプに小さく火を付けると、ぶっきらぼうに食卓代わりのテーブルと椅子を視線で示した。
「そこ、適当に座ってて」
そして寝室の隅のベッドに細心の注意を払って赤子を下ろし、寝かしつける。ふにゃぁ、と微かにぐずる子が規則正しい寝息を立てるのを見計らってキッチンに戻る。カマド代わりの薪ストーブに火を入れ、ブリキのヤカンに水を入れ火にかけた。
セラスティアはその流れるような手際のよい作業を見つめながら、椅子に腰かけた。
「それで、あたしに話ってなんなの?」
テーブルを挟んで向き合ったマチルダの問いかけに、セラスティアは口を開く。
「……あなたに、誤解させてしまいました。ザカリアス殿に無理を言って、この街へ連れてきて欲しいとねだったのはわたくしなのです」
「は?でも、何だってあんたみたいなお姫様が、わざわざこんなところへ?」
「あなた方の生活を、この目で見てみたいと言ったのは本当です。けれどそれは、神々に誓って、無粋な好奇心や自分勝手な虚栄心のためではありません。わたくしには、必要だと思ったからです。あなた方の生活を知ることでしか、為せぬことがあるからです」
「…………は、ぁ……?」
「それに……わたくしとザカリアス殿との婚姻も、兄である聖王猊下の急なご命令で、ザカリアス殿に拒否することなど出来ようもなかったのです。だから、決して、ザカリアス殿にあなたを蔑ろにする気持ちがあった訳では……!」
セラスティアの真摯な告白に、マチルダは虚を突かれ、瞬いた。
「待って待って、何言ってんの?あんたたちの結婚に、あたしが何の関係があるのよ!」
「だって……あなたとザカリアス殿は、その……何というか……あ、愛し合う仲、なのでは……」
「冗談じゃないわ!確かにあいつとは古い付き合いだけど、今となってはただの腐れ縁よ」
今度はセラスティアが珊瑚色の瞳を大きく瞬く番だった。
「……まぁ……では、わたくしは……とんでもない勘違いを?」
「呆れた子ね!そんなことの為に、こんな真夜中に一人で待ってたっていうの?」
例え夫の愛人だったとして、わざわざそんな女の誤解を解くために来たというのか。マチルダは早とちりに思わず苦笑した。
内心、セラスティアはほっとしていた。
(良かった。彼女はザカリアスの愛人ではなかったのね……)
だが、ふと気にかかる。
「では、あの子のお父様は……?」
「……死んだわ。しがない日雇いの労働者だったけど、あの子が出来たのが分かって……今のままじゃ一緒には暮らしていけないからって、兵士に志願したの。戦地で功績を上げて、その金で郊外に小さな家を買って一緒に暮らそうって。そう言ってラスティカ王国での戦に出かけて行って、帰ってこなかった」
マチルダの口調は淡々としていた。
「ごめんなさい……」
「何であんたが謝るのよ?」
「ラスティカ王国での戦の際、わたくしには……為すべきことがありました。けれど、出来なかった。わたくしの力不足だった。だから償いたいのです。この国に、そしてあなた達に……」
暫くして、食卓の席についたセラスティアの前に、ごとり、と湯気のたつカップが置かれた。清々しい香りと共に、黄金色に色づくお茶。
「これは……」
「マリーゴールドのお茶よ。ここじゃ、あんた達が普段飲んでるような茶葉は手に入らないの。寒かったでしょ、まぁ、飲んで温まりなよ。皇女様の口には合わないだろうけど」
「いいえ……ありがとう。とても、優しい香り」
高価な茶葉が手に入らない庶民達は、萎れた花や野原で摘んだハーブにお湯を注いで飲んでいるのだという。
口に含めばほのかに甘く、秋の草花が咲き乱れる花畑の中にいるような清々しさ。
もう一度、蜂蜜にも似た花の香を深く吸い込み、セラスティアは決意した。
ずっと、そのことを考えていた。
「マチルダ……あなたに、わたくしに協力して欲しいのです」
「……え?なんで、あたしに……」
「わたくしの顔を見て、あなたはすぐに『見ない顔ね』って言ったわ。この辺りの女性たちの顔を全て知っているから、すぐにわたくしがよそ者だと分かったのでしょう。あなたのように、この街の女性や子ども達について詳しくて、彼女たちに親身になってくれる人の協力が必要なのです」
「でも、どうして……?」
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