異世界幻想曲《ファンタジア》

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第二章 世界樹と咎人

第2章ー17 空中逃避行 2

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 付いて来い――そう言われた俺たちが立っているのは、研究所目の前に広がるだだっ広い草原だ。先ほどなされた会話で俺が何かすることが決定すると、すぐにここへ行けと言われたのだ。付いて来い、そう言ったくせにガリンもケニーもいない。

 そこでなぜか、俺は着替えをさせられた。着ているのは、この世界に飛ばされた時に来ていたような作業着だ。厚手の造りで、転んで擦過傷になるような部分には厳重なカバーがされている。違うのは、あらゆるところに固定用のベルトがつけられていることだ。それから、背中に背負っているリュックサックのようなもの。生身は知らない。それを着替え終わったくらいに、ガリンとケニーが何かを運びながら合流したのだ。

 以上、説明終了。
 それから、何度も言うが俺は置いてきぼりだ。

「ここが速度調節。高度の調整はこっちのトリガーだ。そんでもってこのレバーで噴射口が開く。足はこの板に固定だ。落っこちるとマズいからしっかり固定しろよ?」

「……はい」

「何かあった時のために通信機を持っていけ。耳に入れれば音が鳴る。飛ぶ前に確認するから、今のうちに着けとけ」

「……了解です」

「本来は杖の試し打ちをするための場所なんだがな。何もそれだけに使ってる訳じゃあない。こいつを飛ばしても、何も文句は言われんだろう。以上、何か質問は?」

「じゃあ、ひとついいですか?」

「なんだ?」

 そこでようやく、流されてきた会話から解放される。勝手に話を決められ、勝手にここまで連れてこられて、何をされるのかいまだに解らない。正直言って、かなり怖い。その辺りが、全く説明されていないことに闇を感じる。

 そんな俺が、目の前に運ばれてきた『ナニカ』を指さすのは自然だと思う。

「あの……何なんですか? これ」

 見たことが無い代物だった。
 形だけ見るなら、雨宮が持っている杖の派生版か何かではないかと想像できる。だけど、そうと断定するのはいささか余計なものが付きすぎているのだ。

 長さは二メートルほど。俺の足くらいの太さがあるまっすぐに伸びた木製の棒で、片方の先端部分がドラム缶をくっつけたような膨らんだ円筒状になっている。

 その付け根から芯に沿うようにして、本体をはさんで両側に鉄板が二枚。その場所だけが、何やら多くの部品が装着されている。その中でも、ガリンが握っている操作器具は自転車のブレーキの部分に似ている。

 見ようによっては、飛行機のような形に見えなくもない。もしくは、ロケットか。
 なんだこれ……、それが今の正直な感想だ。

「ああ、これはだな。〝ホウキ〟だ」

「箒?」

「そうとも。古来より魔女は箒に乗って空を飛ぶという民間伝承がある。これは、そいつを再現したものだ。まあ、必要なオドが多すぎて完全にとん挫してしまったんだが……お前さんなら何とかなるかもしれない」

「…………」

 この世界にもそんな伝承があったの? とか、魔法で飛ぶことはできないの? とか、そんな疑問が浮かんだ。それでも、真っ先に浮かんできたのは別のことだった。

 もっと原始的で、人間の感情に訴えかける、このホウキに最も関係すること。この状況に置かれれば、まともな思考回路を持つ人間なら絶対に思うはずだ。

 つまり、
 ――これ、ちゃんと飛ぶの?

「心配するな。安全装置はしっかりしとるし、最初は低空にするから心配はない。何かあれば飛び降りればいい……なんだ、心配事でもあるのか?」

「いえ、何も」

 何もない。ガリンという技術者に言うべきことは何もない。ただ、脳裏をよぎっただけだ。

「こういう時に限って落ちる」という物語のお約束が。それと、さっきから乱立するフラグのことが。

 怖い。『スリリング』ではなく、純粋に命の面が。
 たぶん日本に帰ったら、俺はジェットコースターを克服できているような気がする。
 これに乗って生きていたら、の話だが。

 ◇◆

『よし。それじゃあ始めようか』

 耳に着けた通信機から、ガリンの声が小さく聞こえた。腰に付けたつまみを回して、音量を調整する。

『調子はどうだ? どこかグラついたりしていないか?』

「大丈夫です。すべて問題なし」

 両足は、完全に固定されていて動かすことができない。手を放しても落下しないように、操作器具はベルトと腕を這わせて二重に固定されている(これによって、万が一手を放してもすぐに握れる位置に捜査器具がある)。

 レバーやトリガーを握ってみるが、グラつきはどこにも見られない。嬉しいことになのか悔しいことになのか、すべて正常だ。

『教えた通りにやってみろ。まずはレバーを上げて、魔法陣を起動させる。それから速度はゼロにして、上昇速度を限界まで上げろ。それから、トリガーを引く』

「…………」

『大丈夫だ。もしひっくり返ったらオレが何とかしてやる。こういうのは、慣れが一番だ』

 そう言って、少し離れた位置ではガリンが杖を構えて立っている。すぐ近くには雨宮とケニーの姿もある。雨宮はともかく、残り二人には全く心配するような素振りはない。安全である印といえばそうなのだが、それが余計に不安をあおる。

 だって、漫画であればこれ以上ないほどにフラグが立った状態だから……。

『オレの合図で行くぞ。三・二・一……』

 そうこうしているうちに、勝手にカウントダウンが始まる。
 あ、やっぱ降りまーす。そんなことをいうタイミングを完全に逃した。

『ゼロ』

 ええい、ままよ!
 レバーを、思いっきり握りしめた。

 途端、

「うぉッ⁉」

 グンっと、身体中に負荷がかかる。体重が何倍にもなったかのように身体の自由が利かなくなる。まるで、身体中に重りを着けて動いているかのようだ。

 同時に、足元の安定性が無くなる。例えるなら、足元の地面がいきなり揺れるブランコになった感覚だ。このままじゃ落ちる――そんな恐怖が襲い、必死に体勢を保つことに全力を注ぐ。

 ぐんぐんと高度が上がっていくのが解る。
 どんどんと地面が遠くなっていくのを感じる。
 周りの風がすごい音を立てて上から下へと身体を伝う。

 どれくらい経っただろうか。

『どうだ? 安定したろう』

 そんな通信機からの声で、ふと我に返る。いつしか、ホウキの揺れはそれほど気になるようなものではなくなっていた。

「……はい。ひっくり返るようなことはもうなさそうです」

『動力はどうだ。以上はないか?』

「メーターの針は、〝青〟です」

『そうか。問題なしだな……それじゃあ、周りを見てみろ』

「周り……おお!」

 思わず声を上げてしまう。


 俺は、空を飛んでいた。。


 地面は遥か下にあり、雨宮たちの姿はゴマのようにしか見えない。どうやら根の壁よりも高くまで登っているらしく、霧に囲まれた内側がなんとなく見渡せるほどだ。多分、百メートルは上っている。地面よりも低く冷たい風が身体の熱を冷ます。

 それでも、まだ世界樹の中ほどにもたどり着いていない。大樹は俺がいるこの場所よりも遥か上空に枝を広げ、陽光を吸収している。いったい、どれだけの時間この地に根を下ろしてきたのだろうか。

「お……おおぉ……」

 足が震える。心臓が早鐘を打つ。だけど、これは断じて恐怖なんかじゃない。むしろそれと対極に位置するもの――未知の体験から来る興奮だ。

 俺は今、空を飛んでいる!

『どうだ、絶景だろう? そのまま自由に飛んでみろ』

 お言葉に甘え、レバーの握り側面についたトリガーを親指で絞る。後方の魔法陣が起動し、けたたましい噴射音と共にホウキが前進しだす。

 使ってみて実感したが、このホウキはどうやら空気の流れを作ることによって飛んでいるようだ。足元に付いた魔法陣で斜め下方向へと空気を噴射する気流を作り、ホウキを浮かばせる。そして後方に付いた噴射機構から空気を送り出し、反作用で前へと進む。原理として一番近いのはホバークラフトだ。

 下へと噴射する力と重力が釣り合うまで上昇ができ、一定の高度になれば自然と上昇は止まる。左右への進路変更は体重移動でできるし、転換するにはホウキの頭を少し持ち上げればいい。空気を斜め下に噴射しているためか安定性も高く、よっぽどのことが無い限りひっくり返るということはなさそうだ。お世辞抜きで、これはすごい乗り物かもしれない。

 そんなことを思いながら、しばらくの間は空中散歩なるものを堪能する。初めての経験に身体が興奮し火照る。身体を叩く冷たい風が、不要な熱を持ち去っていく。まるで、鳥にでもなったかのようだ。

「うわぁ、高っ……」

 怖いもの見たさで下へ目をやる。いつの間にかさらに高くまで登っていたようで、ずっと眺めていると足がすくむ。これは、高所恐怖症には無理だ。

 それはともかく、ここでは地上からは見えないものが色々と見渡せる。流れる川の形、市場の規模、町の建物の配置、それから――、
 ……根の一部が黒く焦げていて、その壁沿いにある穴のように空いた空間、あれは……谷?

 目に入ったそれに興味をひかれたその時、

「……ん?」

 視界の隅に、黒い何かが映ったような気がした。
 世界樹の方向へ目を向ける。すると、遠くで黒い点が浮遊しているのが解った。
 多分、飛んでいるのは俺と同じくらいの高度だ。だが、ここから距離はかなり離れている。世界樹の幹の近くだろうか? だとすると、あの大きさの点ならかなり大きなものが飛んでいることになる……のか?

 色々憶測を立ててはみるが、小さくて何なのかが良く解らない。かろうじて生物だろうということだけが推測できるレベルだ。

「……遠いな」

 その思いが通じたのだろうか。黒い点は少しずつ大きくなっていく。
 世界樹の陰から出たのだろう、黒いと思っていた色は濃い緑色だ。少しずつ近づいてくるその体にはせわしなく動く二つの部位――あれは、翼だろうか。段々と確認できるようになった輪郭は、どうもトカゲのような形。

 つまるところ、飛んでいるアレは翼をもったトカゲ……あるいはドラゴン? それも、なんだか頭がこっちをもいているような気がする。

 ……近づいてきてる?

「ガリンさん。世界樹の方向から何かが近づいてきているような気がするんですけど」

『ん? ……ああ、ありゃドラゴンだな。こっちに近づいて来とる』

 ああ、やっぱりそうっすか。そんな言葉を心の中でつぶやく。段々と大きくなっていく飛竜を見ながら、どうしたもんかと指示を仰ぐ。まさか、襲われたりは……そんな一抹の不安をながら。

『大丈夫だ。あれはおとなしい性格で有名な飛竜だからな。だが……』

 そこで、ガリンが言葉を切る。その時、ここに来て飛ぶ前まで抱えていた嫌な予感が再び自己主張を始めた。

「ガリンさん?」

『………………』

「あれ? ガリンさん?」

 不自然に続く沈黙。
 何度か話しかけるが、なぜか応答はない。外して確かめてみるが、ぱっと見不具合は見当たらない。ということは、通信圏内から離れてしまったのか? そう思って試しに高度を落としてみるが、相変わらずつながらない。

「…………」

 とりあえず通信機を耳にはめ直し、ドラゴンへと視線を戻す。すると、今までの少し目を話した間にドラゴンの姿はかなりはっきりと見えるところまで来ていた。それに、なぜかこっちを見ているような気がする。こうしてみると、目がすごく透明でキラキラしている。

「……俺、狙われてね?」

 試しに、少し高度を上げる。
 ドラゴンも上昇する。
 左右へと平行移動してみる。
 ドラゴンも俺の方へと方向転換する。

 …………ビンゴ。まさか、こんな形でフラグを回収することになるとは。

 ――どうしよう。

 なぜだろう、こんな状況なのに冷静でいられる。いや、こんなとんでもない状況だからだろうか。

 不意に、前に父さんから言われたことを思い出した。熊なんかは実は臆病で、俺たち人間と鉢合わせした際ビビっているのは人間ではなく向こうの方なんだと。そんな時は、向こうを刺激しないように目を合わせずゆっくりと下がっていくのが得策らしい。背を向けて走ったり、大声を上げたりしてはかえって無効をパニックに陥らせるんだとか。

 でも、それはツキノワグマに限った話で、ヒグマやゾウなんかはそんなことしても意味なかったような気がする。むしろ、お構いなしに突っ込んでくるとか。ガリンはおとなしい種だと言っていたが……この場合は、どっちのカテゴリーなのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、どんどんドラゴンの姿は大きくなっていく。

 ドラゴンがこっちを見つめる。
 咆えた。

 全身に鳥肌が立つ。

「逃げよう!」

 絶対の後者だ。
 方向転換し、上昇レバーと前進のトリガーを思いっ切り押し込む。キュイイイーーンというけたたましい音と共に気流が生まれ、俺を乗せたホウキが急加速する。すごい風圧に目が乾くが、そんなことお構いなしに雲の方向へ飛ぶ。

 チラリと後ろを見る。さっきのような急接近は無いが、それでもじわじわと近づかれているような感じがする。多分、このまままっすぐに飛ぶだけじゃ追い付かれる。

 突然、視界が真っ白に染まる。一瞬遅れて、雲の中に入ったんだと理解する。すぐに体重を右へとかけて急転換。そのまま雲の中をめちゃくちゃに飛ぶ。追われたままじゃ下に降りる前に絶対に追いつかれる。雲の中で撒きつつ、森の中を低空飛行で広場に戻る。

 雲から出る。ドラゴンも雲から飛び出してくる。
 もう一度雲の中に入る。視界が白に染まる。
 ドラゴンの鳴き声が、ずいぶんと小さくなった。

「……撒いた」

 ほっと息をつく。我に返ると、心臓がすごい音を立てて鼓動していた。高速で飛ぶこんな状況でも、尊像の音が鼓膜に直接響いている。多分、一度これから降りたらしばらく立てなさそうだ。
 雲から出る。


 ドラゴンがいた。


 ――……ああ、俺死んだ。
 走馬灯のように、今までの出来事が蘇る。
 だが、ドラゴンが俺を襲うようなことはなかった。

 《クエェェッ》

 そう鳴くと、ドラゴンは俺の隣を平行に飛び始めた。時たま俺の方を見るが、別に襲うでもなく飛び続ける。その目は、不思議と好奇心に満ちているような目をしているような気がした。

『どうだ、大丈夫だっただろう?』

 いまさらなタイミングで、通信が回復した。

「……どういうことです?」

『そいつは世界樹の洞に棲んでるドラゴンだ。雑食だが人間は襲わんよ』

「じゃあ、俺は遊ばれてたんですか?」

『そうなるな。久しぶりに一緒に飛べる相手を見つけて嬉しかったんだろうよ』

 思わずドラゴンに目を向ける。ガリンの発言を肯定するように、こいつは小さく鳴いた。

『せっかくだ。もう少しだけ遊んでやってくれ』

「そうならそうだって言ってくれよ……」

 言えるはずもないとは解っている。だがそう愚痴らずにはいられなかった。
 寿命が数年縮んだ気がする。

 ◇◆   

「今日はありがとうございました!」

「なんの、なんの。こっちもいいデータが取れて満足だ。嬢ちゃんの杖はしっかり加工するからな。次来た時に取りに来いや」

「お願いします」

 その後、たっぷりドラゴンと戯れること一時間。流石に疲れてきたので地上に降りることにした。何でも、常にオドを垂れ流し続けるような燃費らしい。そこが問題点だなと、ガリンはほくほくしたような顔で言っていた。そのころにはルナも船酔いから回復しており、獣の血が混ざっている同士なせいか不思議とドラゴンになつかれていた。

 そして現在、すっかり日が傾き滞在時間の限界が迫っていた。名残惜しそうなドラゴンとお別れし、俺たちはミレーナとの待ち合わせ場所である国の入り口まで来ていた。ちなみに、あのドラゴンの名前はソフィらしい。ああ見えて女の子なんだそうだ。

「ミレーナさんは、もう少しいるんですよね?」

「ああ、滞在許可を少し長めに取ったからな。それまで三人だがよろしく頼むよ。ルナ、ふたりの面倒を見てやってくれ。酔うようなこともなさそうだからな」

「触れないでください……」

 船酔いの話を聴いていたミレーナは意地悪くそう返す。顔を真っ赤にしながら、ルナは下を向いて恥ずかしそう懇願した。

「皆さん。本日は至らぬ案内でしたが同行させていただいて光栄でございました」

 俺たちも口々にお礼を言う。初めて会った時と同じく柔和な笑みを浮かべながら、ジュードは一礼をして一歩後ろに下がった。

「それじゃあ、しばらくの間は別行動だ。心配するな、三日で戻る。訓練を怠らないように」

 そんな軽口を交わして、ミレーナと俺たちは別行動となった。来た時と同じく彼らが俺たちの手を引っ張り、霧の中へと入っていく。門の前に居るミレーナたちの姿が、一瞬で白く塗りつぶされた。その後、帰り道で特に事件が起こることはなく、俺たちは無事迷い霧の森の入り口に帰ってきた。お礼を言おうと振り返ると、いつの間にか彼らは姿を消していた。

「なんだか。すごかったね」

「俺は身体がだるい」

「イツキはオドを消費しすぎだね。二人とも、帰ってご飯にしよう?」

「今日の当番誰だっけ?」

「あ、わたしだ」

「私も手伝うよ。結局船酔いでつぶれてただけで何もしてないし」

 若干不服そうな表情でルナがぼやき、俺と雨宮はどう突っ込んだらいいのか解らず苦笑いした。




  それから、ミレーナの言っていた三日が経過し、さらに一週間が過ぎた。
 しかし、

  未だに、ミレーナからは何の音沙汰もない・・・・・・・・・・・・・・・

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