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第3章 カストポルクス、真の敵。

第115話 黒き大龍の眷族。

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 俺達は“黒き大龍”を探して、黒の大陸を進んで行く。

 魔力の消費を抑える為に、ピルムにだけ《アクティベート 活性化 》をかけて、みんなでピルムに乗っての移動だ。
 奥に行くにつれて空気が黒さを増し、重苦しさも増してくる。

「禍々しい空気じゃ。長く吸い続けると狂わされるじゃろうのう?」
「そうだな。さっき以上に《ライトフィルム》が重要になってくるな」

[ユウト様、皆様、下が変ですよ?]

 ピルムの背から身を乗り出して下に目をやる。
 一面真っ黒の大地だが、よく見ると氷河のクレバスのような裂け目がある。
 俺達の進行方向に沿って奥まで続いているが、その裂け目にはモヤが満ちていて、深さがまるでわからない。
 裂け目の幅はどんどん広がって行く。

「あそこ! なんかいる~!」
「ん? そうじゃな、おるのぅ」

 裂け目に沿った遠くの方に気配がある。

「ユウトさん、大きいですよ」
[私より大きいかもしれません。ドラゴンでしょうか?]
「何だろうな?」

 だんだんと近付いていったが、そこ以降はピルムに裂け目からもソレからも距離を取らせる。
 ソレは伏せた姿勢で微動だにしない。

「むっ! くさいぞ! 肉が腐ったにおいじゃ!」

 臭いはソレから漂っている。
 よく見ると、肉が腐り落ちて骨が見える箇所もあるが、ソレを覆うモヤが朽ち果てるのを防いでいるようだ。
 ソレを覆うモヤと、裂け目から伸びるモヤが繋がっていて、ソレにモヤを供給し続けているように見える。

 ヴヴヴブブ――

「くそっ! また来るのか!?」

 再び黒き大龍の叫びが裂け目の下から伝わり始めると、裂け目に満ちるモヤの表面が波打ち始める。

 ――ブブォォオオオオオオーーーーーーーーー!!!!

「ううう、くっ! 《ライトウォール》!」

 数発の《ライトウォール》と引き換えに、音と振動――いや、衝撃を何とかやり過ごす事が出来た。
 俺は、裂け目とソレの両方に意識を向け、警戒を強める。
 それはミケ達も同様だった。


「ワレの使役せしモノを壊した邪魔者よ」

 裂け目のモヤの遥か下から、壊れたスピーカーから発せられるような、ひび割れてくぐもった声が響いてきた。
“黒き大龍”の声か?

「使役? 壊した? ……ハウラケアノスの事か?」

「そうだ。その名を与えたモノだ」

 時間を置いて返事が返ってきた。声が返ってくる度に空気が酷く振動する。

「あれはサリムドランじゃないのか?」
「……確かにそういう名を持っていたな。そのサリムドランが、小癪こしゃくにもそこなワが眷族を奪い取りに来おってな。……丁度よいと思い、奴をワが使役物としたのだ」

 サリムドランが来たという事は、“ソレ”は例の相棒の黒いドラゴンか?

「なぜハウラケアノスと名を変えた?」
「サリムドランは小賢しい奴でな。抵抗し続けおったので、かつてのワレの名に付け替え、強制的にワレとの繋がりを作り動かす事にしたのだ……」

「なんでそんな事を」
「ワレへのにえを生み出させる為に決まっておろう」

「贄だと? それは何だ?」
「ふんっ! 魔力と、怨念おんねんまみれた死せる者の魂だ。本来なら肉ごと喰らいたいところだが、ワレの肉体は未だに深い封印の最中さなかなのでな……、“中身”だけ喰らうのよ」

「それを喰らってどうする気だ」
「それも決まっておろう。ワレが地に出づるのよ。――だが、無能な魔人の稚拙ちせつな企てと貴様らの邪魔立ての所為で、まだまだ喰らい足りぬわ」

 黒き大龍が、魔力と死者の魂を喰らって再び地に出る、か。

「俺達が来たからには諦めろ。おとなしく封印されていろ」
「いや、貴様らが来たのは好機だ」
「何?」
「貴様らの魔力は十分ワレの贄たりうる。魂とて、これから怨念に塗れさせればワレを地に再臨させら――」

「「ユウト!」お兄ちゃん!」

 急にミケとアニタが叫んだ。

「――! 何だ?」
「「ピルム!」がっ!」
[ぐっ! ううっ! ユ、ユウト様……]

 俺達が話に気を取られている内に、ピルムをモヤが覆い、ピルムの身に異変が起きようとしていた。ピルムは身体を力ませて必死に抵抗している。
 大龍がピルムを操り、俺達を不意打ちさせようとした?

「ふんっ! 賢しくも気付きおったか。だが、貴様らにはどうする事も出来まい」

 いや、ミケとアニタがいち早く気付いてくれたんだ。俺が何とかする!

「《ピュリフィケーション》!」

 ピルムに向けて浄化を放つ。しかし、モヤは薄れたものの、まだピルムは何かに侵されているようで、苦しみもがいている。
 浄化で効かない? 状態異常系では無い? 精神支配とかか?

「《ディスペル解呪》!《デトックス解毒》!」

 アニカも回復しきっていない魔力で試してくれたが……効果が弱い。

「ユウトさん! 新しく会得えとくした魔法です!」
「ニア!?」

 そうか! アニカがメルガン達の鎖に掛けた魔法だ。一か八か!

「《エクソシスム魔払い》!」
[ウヴァァアア……ぁああ……がはっ! がっ! はぁっ……はぁ、よ、よくなってきました]

 効いたって事は、悪魔的なモノ? 禁呪か?

「くっ! ワレのまじないを解いただと? 小癪な! ……それに、気にくわぬ雰囲気がある。神がおるのか?!」

 ニアの存在に気づいたな。

「神がおるのならば……、ワレとて犠牲を払わねばなるまい」

 裂け目を満たしているモヤが波打ち、腐ったドラゴンとの繋がりへと脈を打って、ドラゴンにどんどんモヤが供給されていく。

 腐ったドラゴンに集まったモヤがドラゴンの全身に纏わりつくと、ネチャネチャと糸引くような音を立てながら、身体が動き出した。
 上体を起こそうと力を込める腕や、脚の指はほとんど骨と化していたし、尻尾や頭を持ち上げる首の肉は半分は腐れ落ちて骨が露出しているが、それをモヤが埋めている。

 ミチッ! ネチネチネチ――ミチャッネチャ!

「ブヴググゥウウォォオオオオー!」

 完全に起き上がった腐ったドラゴンは、ピルムの倍はあろうかという大きさで、涎とも体液とも分からない黒い液体、そして臭いを、まばらに牙の抜けた口から飛ばしながら吠えた。

「おおー! くっさいのぉ~」
「[くさい!」]「くちゃい~!」

「さあ! 貴様らは、ワが眷族の怨念に塗れて死に、ワが再臨の糧となるのだ!」
「ググゥウウォォオオアア!」

 黒き大龍の声に呼応するように、腐ったドラゴンが黒い大地に腐った汁の足跡をつけながら、ボトボトと腐肉を落としながら、俺達に向かってきた。
 翼は飛膜が朽ちていて使い物にならないみたいだ。

「向かってくるなら仕方がない! しっかりと防護膜を張って戦うしかない。行くぞみんな!」
「「「[くさいっ!」」」]
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