腕着け時計のご令嬢~あの人を救うために……時間よ巻き戻れ~

柳生潤兵衛

文字の大きさ
14 / 30

第14話 襲撃~巻き戻り

しおりを挟む
 ガラスの割れる音、怒声、何かが叩かれる音、それは裏口扉で、とうとう破られた音……

 ドンッ! バリバリィバタン!

 小窓の外は日が暮れて間も無い明るさ。
 エミリアが昨日から身に着けっ放しの時計に目をやると、時計店の閉店間際、飲食街ではないカルマンストリートの鎮まっている時間だ。

 怒声は増え、大きくなる。
 時計店入り口と裏口、両方から侵入者があったのだろう。日常とはかけ離れた音が響き続ける。

 ドカドカと階段を上る音、ダニーやゼニスの叫び声。
 そしてパテックとフィリップによって三階に避難してくる双子達。

 三階の、階段から一番離れた部屋はエミリアの部屋。
 パテックとフィリップは、パネルとライルをエミリアの部屋に押し込み、「じっとしているんだ!」と声をかけ、台所の包丁や長柄の掃除道具を手に階段へ向かう。

「エミリアさんはそのまま部屋にいて! ドアは閉めておくんだ。開けてはダメだよっ!」

 寝ているところを叩き起こされた形のエミリアは、何が何だか分からないが、返事をする。

「は、はいっ!」

 エミリアは、恐がるパネルとライルを抱き寄せ「大丈夫、大丈夫」と双子にも自分にも言い聞かせた。
 下の階からは衝撃音と共に工具や部品が散らばる音、ゼニスやダニーの怒鳴り声が断続的に聞こえてくる。

 ドンドンという音がする度に、エミリアの頭には、昨日の昼間のベルントと裏社会の人間だという男、二人の姿が浮かぶ。
 また階段を上る音が聞こえてきた。

(三階にも来るっ!)

「お前達は何者だっ!」
「こんなに暴れて! 何がしたいんだ!」

 パテック達が叫んで問いかけるが、相手からの返答は無い。

 階段を上る音が続く中、エミリアと双子はドアの前に小さな机や椅子をバリケードとして設置するが、気休め程度だ。
 元々家具は少なく、ベッドも衣装棚も据え付けで動かせないのだから仕方がない。
 三人で気休めのバリケードを手で押さえつけて補強する。

「く、来るなっ!」
「オラオラ! どきやがれ、邪魔だ! ジジイどもがっ!」
「やめろー!」
「邪魔だっつってんだろぉ!」「オラオラオラー」

 パキッ! ドンッ! ドガッ!

 パテック達の長柄のモップやほうきの柄が折れる乾いた音や、二人が押し飛ばされて壁にぶつかる音が、ドア越しにエミリア達に聞こえてくる。

 ダンッ! ダーン! ドン! ダーンッ!

 木槌がエミリアの部屋のドアを叩く音、その陰にパテック達の断末魔の叫びが交じっている。
 エミリア達は恐怖で震えながら、必死にバリケードを抑える。

 バキッ! バキッ! バリバリバリ――

 ドア板に木槌の口が突き刺さり、それを契機にドア板がバリバリと破られていき、遂にはバリケードも意味をなさなくなった。

「あきらめなー!」

 バリケードを散らし、ドアを破壊しながら暴漢達が部屋に入った。

「ボス! 小娘を見つけやしたー」

 暴漢が、エミリア達を大声で「動くな!」「大人しくしろ!」と怒鳴りつける。
 双子とエミリアはひと塊になって恐怖に耐える。

 少しの間があって、ドアの外に見覚えのある大男が現れ、ギロリと部屋を見渡し、エミリアの顔を凝視ぎょうしした。
 暴漢達がシャツのボタンをはだけさせたり、タンクトップ姿で入れ墨を見せつけているのに、その男は昼間のようにピシッとした服装を崩していない。

「やれ」
「へいっ!」

 たったその一言で、暴漢達が有無を言わさず木槌やナイフ、剣をエミリア達に振るう。
 躊躇ちゅうちょなど無かった。

 暴漢達の容赦のない攻撃が、エミリアに抱きつき震えているパネルとライルの背と、それを抱えるエミリアの手に叩きつけられる。
 エミリアはずっと左手にリングを握りしめていたが、いつの間にか手放してしまっていた。
 パネルとライルがエミリアから引き剥がされ、無造作に床に投げつけられ暴漢達の容赦のない攻撃にさらされる。

「パネル! ライル!」

「うるせぇ!」

 一人になったエミリアにも同様に暴漢が襲いかかり、腹部を剣が貫く。
 皮膚が裂かれた痛み、筋肉が裂かれた痛み、内臓が傷付けられた痛みが一気に押し寄せてくる。
 急激に意識が遠のき、エミリアは床に倒れ込んだ。

 エミリアは、頭を床に打ちつけた衝撃で意識を取り戻したが、激痛と出血による貧血で朦朧もうろうとする。
 朦朧とするエミリアの耳に、暴漢の親玉の声が聞こえた。

「その小娘をったら、指輪を探せ、ゴツいリングだ。それを見つけりゃあ俺達の報酬は五倍だ! あの貴族のガキ、気前がいいから必ず出すってよ。テメエらも死ぬ気で見つけ出せ!」

(ベ、ベルント様の指示なの? ベルント様がマックス様も、ここも襲わせたの?)


(エミリア! を回して!)

 ルノワがエミリアの目の前まで来て、声をかける。

「ルノワ……」

 この状態になると、エミリア以外の人間や時間、つまり世界の進行がゆっくりになる。
 身体の痛み自体は無くならないものの、減衰したような感覚になる。
 そして世界の色が失われていき、モノクロームの世界となる。
 次に、カラ……カラ・カチ……カチとゆっくりと歯車が回るような音がそこかしこから聞こえてくる。

(エミリア! 早くしないと死んじゃう! りゅうずを回してぇ!)

 エミリアに剣を刺した人間の後ろにいる暴漢が、木槌を振り上げていてその目はエミリアを捉えている。まさに彼女を目がけて木槌を叩き込もうとしているのだ。

 時間の流れが遅くなったとしても、死にひんするエミリアが動けるという訳ではない。
 このモノクロームの空間はルノワが作ってくれた『エミリアがりゅうずを回す為だけの時間』なのだと彼女は結論付けている。

(ああ、また“戻る”チャンスがあるのね……)

 一度目、二度目は成す術もなく“死”の状況に追い込まれ、とにかくこのままでは死ねないと巻き戻った。

 三度目の“生”は、何とか運命に抗おうと、レロヘス家内で家族愛を深めようと決意。
 頑張ったのだが……時計の無い状態へと巻き戻り過ぎた為に、第一目標を『同じ時計を作る』にせざるを得ず、時計完成後の努力ではマリアンとアデリーナの感情を変えるには至らないまま“死”を迎えた。

 三度目の死を迎える間際、エミリアは(レロヘス家――母・マリアンと妹・アデリーナが無理ならば、婚約者・ヤミルとクルーガー家に狙いを絞るしかない)と考えるに至った。

(クルーガー家、ヤミル様との婚約が決まる頃に戻ろう! クルーガー家との縁を深めるのよ! その時期に狙いを定めて“巻き戻り”を調整するのよ!)

 その目論見は成功し、おかげでアデリーナの誕生パーティーでの“死”は免れ、さらに自由も手に入れられた。『放逐』という結果が得られただけで、エミリアには充分だったのだ。

 今回の“死”も若いうちに訪れたのだが、(これが私の運命、寿命ならば仕方ないのかも……)と、(敢えてこのまま“死”を迎える選択もいいのかもしれない)と、エミリアは一瞬考えた。

 考えた……が、どうしてもマックスの顔が浮かぶ。
「大丈夫ですか?」と、森の逆光の中でそっと手を差し伸べてくれた姿が浮かぶ。
 馬車の中の、室内灯に照らされて外を見やるマックスの憂いを帯びた姿が浮かぶ。
 最期の……エミリアの腕の中で息を引き取った姿が浮かぶ。

(マックス様……。私を助けて下さったマックス様達が、あのような最期を迎えるのは嫌! 私の命を使ってでもマックス様をお助けしたい!)

 マックスがマクシミリアンというリンデネートの王太子だということではなく、一人の人間マックスを助けたい、とエミリアは決めた。

(その為には……私が放逐された日、それも放逐された後に戻りたい!)

 もし放逐される前に戻って、母の口から『放逐』ではない言葉が、命を奪う言葉が出たら……
 そう考えると例え数日後にずれてしまったとしても、どうしても放逐後に戻りたいのであった。

(今回も戻る時期を調整したい。私の放逐後――出来れば直後、最悪でもその後数日以内。と言う事は……今から約二週間前)

 暴漢の木槌は着々とエミリアに向かって落ちてきている。

(エミリアー! もう猶予は無いよ! 急いでぇ)
(ええ! 分かっているわ! ……覚悟を決めるのよっ! 集中して、自分の感覚を信じて、集中して、集中……)

 エミリアは指先に集中して、慎重にりゅうずを回す。

 カタカタ、カチカチと聞こえていた歯車の音が止まり、無音の状態になる。
 暴漢の木槌は、まさにエミリアに当たる直前、紙一重の所だった。

(良かった~。さあ、エミリア。行こうか)
(ええ)

 ガチャ!

 何かが切り替わるような音がして、再び歯車がゆっくりと動き出し、少しずつ速度を上げていく。
 世界に色が戻る、ではなく、光が発生する。

 カタ…………カタ……カタ、カタ、カタカタカタカタタタタタ――――――

 歯車が速度を上げる度に光が強くなり、真っ白な世界がエミリアとルノワと包んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~

香木陽灯
恋愛
 「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」  実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。  「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」  「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」  二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。 ※ふんわり設定です。 ※他サイトにも掲載中です。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

私の願いは貴方の幸せです

mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」 滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。 私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。

処理中です...