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第2章 とんでもない異変!編

48.聖浄殻の効果がどのくらいか試したいわ

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 初代・ニ代目国王陛下の姿絵が盛り過ぎ問題は置いておいて、王城に御座おわす陛下の許可を得てお父様を屋敷へ半強制的に連行する。
 わたしとお父様で什宝室に散らばる大小様々の聖浄殻を出来得る限り集めた。床に散ってしまった分はブッチが鼻を使って楽しそうに探してくれたから助かったわ。
 聖浄殻のもとである銀狼様は、隣の執務室でゴロゴロしっ放し。

 集めた聖浄殻は、お抱え医師用の調剤室にある薬研やげんを使って、事情を知る執事長に粉末にしてもらう。
 その間にわたしは、アンに手伝ってもらって旅支度をする。
 何を持てばいいのか分からないので、普段の所領への往来と同じように準備したら……ドレスやら何やらで馬車一台分になってしまって我に返った。

「動きやすい衣服がいいわよね?」
「お嬢様がお持ちの物で、動きやすいといえば……ナイトドレスやガウンですけ――」
「――却下、却下! もうアンったら、何を言い出すのよぉー」

 色々悩んだ挙句、女性の衣服では動きにくいということで、思い切ってお兄様の幼少期のタイツ状のショースとキュロットにシャツのスタイルにする決断をした。
 アンやメイド長は「淑女が着るものではありません!」って必死になって止めようとしてきたけどね。
 たしかに貴族であれ平民であれ、女性でスカート以外を身につけているのを見たことは無いけれど……わたしはこれから戦いに行くのです。この国の未来の為に!
 だから服装には構っていられないわ!

「いいの。もし誰かに見られて変な噂が広まったとしても、エドは解かってくれるでしょうし許してくれるわ。保管してあるお兄様の衣服を、あるだけ持って来て! 試着するわ」


 幼少期と言ってすみませんでした……
 十六歳のわたしでは、お兄様の“幼少期”のキュロットは小さかったです……特にお尻……
 結局恥ずかしさに顔を赤らめながら、お兄様の十二、三歳頃の衣服をお借りすることにしました。

 ベテラン淑女のメイド長が、「せめて移動の時は上にスカートを穿いて下さいませぇ」と哀願するので、一応偽装することにする。
 そして……アンやメイド長に目配せして、衣服が入らなかった件は終生内緒にする誓が新たに加わりましたわ。この三人で墓場まで持って行きます!


 そんなこんながありまして……
 昼食を済ませた銀狼様とわたしは、ブッチとアンを連れて王都西門に向かう。
 ブッチとアンは、当初連れて行かないつもりだったのだけれど――
 ブッチはどうしてもわたしと離れたくないってゴネるし、アンも「私がお嬢様の秘密をお守り致します!」ときかないので、説得を諦めて連れていく事にしたの。

 客車で座るわたしの手には、執事長が汗だくになりながら磨り潰してくれた聖浄殻の粉末がパンパンに入っている革袋。わたしの顔ほどもある大きさ。
 この粉があれば、自然の黒変に触れてあてられてしまう人を生まずに済むわ。


 西門にはすでにエドとシド隊約二十名やお兄様が率いる騎士団分隊約百名が、馬や馬車を揃えて整列していた。
 エド達の馬車に移って、隊列を組んで出発する。
 わたしの緩いスカートにシャツ、ストールを羽織る姿に、エドは「動きやすくて良さそうだね」と、その下はキュロット姿だと気付くそぶりも無いのでひと安心ね。


「エド? 銀狼様の聖浄殻を粉末にして持って来たけれど、どこかで本当に効果があるか試したいわ」

 わたしがエドに話すと、銀狼様が「アタイの言うことが信じられねえってのか!? ア~ン?」と凄んでくる。
 わたしの言い方が悪かったわ……

「違うのです。この粉末の浄化の威力がどれほど凄いのか、この目で見てみたいのです。一度威力を知れば、銀狼様から頂いた貴重な聖浄殻を無駄に使わなくて済みますから」
「そ、そうか? なら、そう言えよなぁー」

 銀狼様の機嫌も直り、エドもそうしようということで最寄りの立ち枯れ被害地点に全員で向かう。
 街道沿いに並ぶ樹木の中で、数本だけ歯抜けのように立ち枯れていたので、一か所目は事前に銀狼様から聞いていた、『火で燃やしても効果がある』を検証する。

 高さは成人男性三人分ほどの若い樹が真っ直ぐと立ち枯れている。
 総勢百二十余名が遠巻きに注目する中、シドが火を点けると、炎を上げるわけでなく根元から炭火のように赤々と照りながら梢――先端――に向かって燃え、燃え尽き灰となった。
 普通は煙が空に向かって上っていくのに、その樹は燃えている箇所から煙ではなく、薄いもやがブワッと全方向に散る形で燃えていった。

「効果はあるようね、エド?」
「うん。でも、時間が掛かるね」

 次に、街道を挟んで反対側で単独で立ち枯れている、今のよりも少し高い樹へ。少し幹が太いし大人4人分の高さかしら?
 この樹は粉末で浄化してみよう。

「銀狼様、どの位の量を撒けばいいですか?」
「これか? これだったらホントにほんのひとつまみを根元に撒いてみな」
「ひとつまみ……?」
「そうだ」

 今度はわたしが百二十余名の環視を浴びながら、革袋の中の粉末を親指と人差し指で軽く摘む。

 ―――多いな。

 私たち以外の耳目のあるところでは、出来るだけ喋らないようにしてくれている銀狼様が頭に語りかけてきた。
 えっ? これで多い?

 じゃあ……かつて胡椒が今よりも貴重だった時は、このように摘んだという――親指と小指の先端で本当に軽く摘んで銀狼様の様子を窺う。

 ―――そんくらいだな。
 たったこれだけ!?

 かなり疑わしいけれど、言われた通りに幹を一周させるような感じで根元に粉末を落とす。余りに少量なので満遍なく撒けたとは思えない……

 効果は一瞬で出た。百二十人が一斉にどよめくほど一瞬で。
 たぶん――見えていないから――粉が根元の土や根に触れた瞬間、下から梢まで一気にヒュウンと色を取り戻した。真っ黒だった樹が靄も出さずに瞬時に樹本来の色になったの!

「凄い……」
 ―――これで樹自体は生き返った。何年か掛けて葉も茂るだろうさ。

 ちなみに、このくらいの樹が自然に浄化されるのに掛かる時間をお伺いしても?
 ―――う~ん、十年くらいありゃあ大分抜けるだろうな。
 十年っ!
 ―――でも樹は死ぬだろうがな。

 やはり燃やすか聖浄殻で対処するということをエドやシドと共有して、聖浄殻の粉末を小分けにする。
 わたしの手元には当初の半分ほどは残し、後はシドの隊や騎士団の小隊に持たせて、街道を進みつつ被害報告が寄せられている地域に近付くと、その都度人員を分散させて対処に向かわせる。

「もうすぐ騎士団が野営訓練で使っている台地に着く。今日はそこでの野営だよ」

 王都を出て五時間。日も傾いてきた頃にお兄様から声が掛かった。
 近隣の町や村で休息したり宿泊する手もあったけれど、少しでも先に進む為に寄り道もせず野営をする選択をしたの。

 お兄様の部下達が手際よく木材や縄を操って天幕を張ってくれる。その間にも被害地域の浄化に向かっていた隊が続々「浄化完了しました」と戻ってきた。
 わたしとアンの天幕は、多数の支柱と厚布で馬車の客車が納まるのではと思うほど広い立方体の居住空間を作り、それをひと回り大きな革製の天幕で覆う二重構造にしてくれたので冷え込みを感じなかった。


 明けて今日も同様に浄化に小隊を派遣しつつ一日移動し、カークランド領へ伸びる街道と奥に渓谷のある森林地帯へ続く道との分岐点の手前で野営する。
 明日の朝にはお兄様達百人の隊と別れて、いよいよ森に入るのね!
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