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3.露見~覚悟
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「あらぁ? オリヴィア様ぁ?」
殿下を追うわたしの背中に、声がかけられた?
若い女性の声。わたしに声をかけられるほどの貴族令嬢はいないはず……
振り向くと、そこには顔を赤らめた学友のリーシアがいた。
彼女が持つグラスには、果実水とは違う色の飲み物。
リーシア? あなた、お酒を飲んで……もう酔っているの?
彼女は、宰相閣下のバクスター侯爵の令嬢。
たしか……要職に就いている方々の中に、エドやバートン殿下に近い年代の令息がいらっしゃればご招待していたのでしたっけ。
「オリヴィア様ぁ、お久ぶりですわねぇ?」
リーシアがわたしに向かって歩いてくるけど、足元がおぼつかないわ。
危ないわ! それに、お酒のグラスもゆらゆら揺らして……本当に危ないわっ! エスコートの男性はいないの?
彼女のいた辺りを見ると……いた! 彼女の婚約者の侯爵子息!
でも、青い顔になって、突っ立ったまま!
リーシアの行動に頭が真っ白になってしまったみたいね……
それでも、何とかしてもらわないとわたしが危ないわ! 彼女はお酒を持っているのよ?
「エドワード殿下はどちらぁ?」
「リーシア……」
彼女は、ふらつきながらも足を止めない。ああ! 危なっかしい……
リーシアは、わたしと殿下と同学年のご学友。
彼女は、物心がつく前からこの国の宰相を務める父親に「絶対にエドワード殿下の婚約者になれ」と発破をかけられていたようで……
学園では、殿下と婚約していたわたしを目の敵というか、ライバル視していた。
直接的な嫌がらせなどはありませんでしたが、陰口を叩いたり「私の方が殿下の婚約者に相応しいのに!」と触れ回っていましたね……
その時は、なるべく刺激しないように――相手にしないように――していたけれど、今日もそうしましょう!
先を歩いていたエドも、ついて来ていない私に気付いて、こちらを見ました。
リーシアには軽く声をかけて、すぐに殿下の元へ行こうと考えたのだけれど……
彼女の気弱そうな婚約者が、ようやく引き止めに動いた。
「リ、リーシア! 失礼にあたるから、一旦戻ろう? ねっ?」
そう言いながら、彼女の腕を掴んで自分の方に引き寄せようとする。
「えー? ちょっとご挨拶するだけですぅー」
でも、酔っ払っている彼女が無理矢理彼の手を振りほどいた。
――その時、リーシアは勢い余って逆の手に持っていたグラスまでをも振ってしまった!
あっ! いけない!
グラスから放り出されたお酒が、弧を描きながらわたしに向かって飛んでくる。
心臓の鼓動が速まるけれど、不思議とスローモーションに見える……
人が死ぬ瞬間って、こうなのかしら?
いいえ! 死なないし、走馬灯も見えていないわ!
社会的には死んだも同然になるだろうけど……
そんな事を考えていたら、後ろから声がかかった。
「オリヴィー!」
これは、殿下が私と二人きりの時にお呼びくださる呼び名……
その瞬間、私は背中のドレスを強く引かれて後ろへ倒れ込みそうになる。
でもドレスを掴んだ手は、そのままパッと背中に添えられ、殿下がわたしの目の前に現れてそのままわたしを抱きしめる。
あっという間だったけれど、殿下がわたしを引っ張って体を入れ替えてくれたみたいで、ダンスの決めポーズのようになりました。
おかげでわたしは転ばずに済んだのだけれど……
「エド!」
次の瞬間にはエドの首から背中にかけて、お酒がかかった。
殿下が私の代わりにお酒を受けて下さった?
わたしはワンちゃんにならずに済んだのね?
……よかったぁ。
「エド! ありが――」
ヒュウ!
わたしがお礼を言い終わる前にエドは急に目の前から消え、残されたテールコートや蝶ネクタイが彼の形を解いて、ふわっと床に落ちた……
えっ? エド? どうなっているの?
フワッ!
――この音って!?
慌てて下――殿下の礼装を見る……っ!
ええーーっ!?
エドが犬になってるーっ!
わたしじゃなくて、エドが犬になってるーっ!
しかも子犬になってるーっ!
プルプルふるえてるーっ!
「えっ? 王太子殿下は?」
「エドワード殿下が……消えた?」
「何が起こった?」
「殿下が……」
エドが礼装だけを残して忽然と消えてしまい、辺りは騒然となる。
けれど私の眼には、テールコートの下で、プルプルと震える子犬がしっかりと映っている。
エドの髪色と似た金色の毛の子犬。黒いテールコートの陰で、まだ人目についていない……
なんで?
犬になっちゃうのは、私ではなかったっけ?
みんな犬になる? いや、それは違う!
それに……わたしは大きい犬なのに、エドは子犬? かわいいし!
そんな事がわたしの頭の中を駆け巡っているうちに、少しずつ騒ぎが大きくなる。
「で、殿下?」
お酒をかけてしまった形のリーシアも、婚約者の腕の中で茫然自失としている。
どうしよう!
礼装ごと犬のエドを抱えてここから逃げる?
いいえ! エドが服を残して消えてしまった衝撃は大きい。
この話が広まるだけでも殿下のお立場が……
あ~、まだプルプルふるえてる! かわいいっ!
いや、この際かわいいどうのこうのは置いておいて……
これ以上の衝撃で、打ち消すしかない! 皆さんの衝撃を上書きするしかないわ!
殿下を追うわたしの背中に、声がかけられた?
若い女性の声。わたしに声をかけられるほどの貴族令嬢はいないはず……
振り向くと、そこには顔を赤らめた学友のリーシアがいた。
彼女が持つグラスには、果実水とは違う色の飲み物。
リーシア? あなた、お酒を飲んで……もう酔っているの?
彼女は、宰相閣下のバクスター侯爵の令嬢。
たしか……要職に就いている方々の中に、エドやバートン殿下に近い年代の令息がいらっしゃればご招待していたのでしたっけ。
「オリヴィア様ぁ、お久ぶりですわねぇ?」
リーシアがわたしに向かって歩いてくるけど、足元がおぼつかないわ。
危ないわ! それに、お酒のグラスもゆらゆら揺らして……本当に危ないわっ! エスコートの男性はいないの?
彼女のいた辺りを見ると……いた! 彼女の婚約者の侯爵子息!
でも、青い顔になって、突っ立ったまま!
リーシアの行動に頭が真っ白になってしまったみたいね……
それでも、何とかしてもらわないとわたしが危ないわ! 彼女はお酒を持っているのよ?
「エドワード殿下はどちらぁ?」
「リーシア……」
彼女は、ふらつきながらも足を止めない。ああ! 危なっかしい……
リーシアは、わたしと殿下と同学年のご学友。
彼女は、物心がつく前からこの国の宰相を務める父親に「絶対にエドワード殿下の婚約者になれ」と発破をかけられていたようで……
学園では、殿下と婚約していたわたしを目の敵というか、ライバル視していた。
直接的な嫌がらせなどはありませんでしたが、陰口を叩いたり「私の方が殿下の婚約者に相応しいのに!」と触れ回っていましたね……
その時は、なるべく刺激しないように――相手にしないように――していたけれど、今日もそうしましょう!
先を歩いていたエドも、ついて来ていない私に気付いて、こちらを見ました。
リーシアには軽く声をかけて、すぐに殿下の元へ行こうと考えたのだけれど……
彼女の気弱そうな婚約者が、ようやく引き止めに動いた。
「リ、リーシア! 失礼にあたるから、一旦戻ろう? ねっ?」
そう言いながら、彼女の腕を掴んで自分の方に引き寄せようとする。
「えー? ちょっとご挨拶するだけですぅー」
でも、酔っ払っている彼女が無理矢理彼の手を振りほどいた。
――その時、リーシアは勢い余って逆の手に持っていたグラスまでをも振ってしまった!
あっ! いけない!
グラスから放り出されたお酒が、弧を描きながらわたしに向かって飛んでくる。
心臓の鼓動が速まるけれど、不思議とスローモーションに見える……
人が死ぬ瞬間って、こうなのかしら?
いいえ! 死なないし、走馬灯も見えていないわ!
社会的には死んだも同然になるだろうけど……
そんな事を考えていたら、後ろから声がかかった。
「オリヴィー!」
これは、殿下が私と二人きりの時にお呼びくださる呼び名……
その瞬間、私は背中のドレスを強く引かれて後ろへ倒れ込みそうになる。
でもドレスを掴んだ手は、そのままパッと背中に添えられ、殿下がわたしの目の前に現れてそのままわたしを抱きしめる。
あっという間だったけれど、殿下がわたしを引っ張って体を入れ替えてくれたみたいで、ダンスの決めポーズのようになりました。
おかげでわたしは転ばずに済んだのだけれど……
「エド!」
次の瞬間にはエドの首から背中にかけて、お酒がかかった。
殿下が私の代わりにお酒を受けて下さった?
わたしはワンちゃんにならずに済んだのね?
……よかったぁ。
「エド! ありが――」
ヒュウ!
わたしがお礼を言い終わる前にエドは急に目の前から消え、残されたテールコートや蝶ネクタイが彼の形を解いて、ふわっと床に落ちた……
えっ? エド? どうなっているの?
フワッ!
――この音って!?
慌てて下――殿下の礼装を見る……っ!
ええーーっ!?
エドが犬になってるーっ!
わたしじゃなくて、エドが犬になってるーっ!
しかも子犬になってるーっ!
プルプルふるえてるーっ!
「えっ? 王太子殿下は?」
「エドワード殿下が……消えた?」
「何が起こった?」
「殿下が……」
エドが礼装だけを残して忽然と消えてしまい、辺りは騒然となる。
けれど私の眼には、テールコートの下で、プルプルと震える子犬がしっかりと映っている。
エドの髪色と似た金色の毛の子犬。黒いテールコートの陰で、まだ人目についていない……
なんで?
犬になっちゃうのは、私ではなかったっけ?
みんな犬になる? いや、それは違う!
それに……わたしは大きい犬なのに、エドは子犬? かわいいし!
そんな事がわたしの頭の中を駆け巡っているうちに、少しずつ騒ぎが大きくなる。
「で、殿下?」
お酒をかけてしまった形のリーシアも、婚約者の腕の中で茫然自失としている。
どうしよう!
礼装ごと犬のエドを抱えてここから逃げる?
いいえ! エドが服を残して消えてしまった衝撃は大きい。
この話が広まるだけでも殿下のお立場が……
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