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9.うん、屈辱ね
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「エド? 今日からキアオラの捜索ですけれど、段取りは大丈夫ですか?」
「ああ、陛下とも入念に打ち合わせたし、僕たちも時間に気をつけつつ頑張ろう」
これまでは“王家の隠れ家”という、これも王都郊外の大きな山荘風のお家に集まっていましたが、キアオラ捜索は王都中心部から始めることに。
中心部は、言わば貴族の邸宅が連なる区画なので、カークランド家の屋敷を拠点にする事に。
敷地にあった小屋を改装して、その中で変身します。
小屋は殺風景で、入ってすぐの広いスペースと奥に、今回の為に設えた小部屋が二つだけ。
わたしとエドは、小さく区切られた仕立て屋のフィッティングルームのような小部屋に分かれる。
着用していたドレスを脱いで肌着になると、侍女のアンが手際よくドレスを片付ける。
「よろしいですか? お嬢様。いきますよ?」
「ええ、お願い」
肌着姿で、低い姿勢になったわたしの背中に、アンが強いお酒をドバドバとかける。
「申し訳ございません! お嬢様」
アンは実験の間もわたしにお酒をかける担当だったのだけれど、いつも抵抗感を持っていて、毎度わたしに謝りながらかける。
こんな事、アンにしか頼めないの。あなたに辛い思いをさせてごめんなさい……
ドクドクと背中にお酒がかかり続ける。
お酒がかかり続けている間は変身しないということが分かって、お酒を飲むよりかける方が効率がいいという検証結果に基づいたもの。
効率って……
瓶のお酒が全てかかり終わる。
「お嬢様……ご無事で」
ヒュウ!
フワッ!
初めて犬になった時から不思議だったけれど、変身に使われたお酒は、匂い諸共消えて無くなるの。
「お嬢様……」
「ウォン!」
(変身完了!)
わたしが重い鳴き声で変身完了の合図を送ると、隣の小部屋から「キャンッ」(僕も)と返事。
アンと小部屋を出て、みんなと合流する。
『みんな』とは、家主のお父様、心配で見に来たお忍び姿の陛下、アン、そしてもうひとり……陛下の手の者の『シド』。偽名でしょうね……
アンがいるのは当然として、なぜシドなる者がいるか?
まさか街中を犬だけで歩くわけにはいかないので、散歩を装うのと、護衛も兼ねてのこと。
アンとシドで、使用人“若夫婦”が主人の犬のお散歩をしているという体裁をとる。
だから、彼女は普段のメイド服ではなく、シドと一緒に小綺麗な身なりに整えている。
シドは、引き締まった身体に中背で、濃いブルーの髪にミントガーネットのような透明感抜群の瞳。しかも物凄いイケメン!
イケメン過ぎて目立ってしまうからと、前髪で目を隠してもらって、何とか注目は浴びないようにしてもらっている。
「シ、シド様。よろしくお願い致します」
アンが頬を染めて上目遣いでシドに挨拶すると、彼は黙って頷く。
彼女ったら、シドのお顔が好みど真ん中なので、舞い上がっちゃってるの!
アン。あなた……相当な面食いだったのね?
わたしはエドの方が可愛――かっこいいと思うけれどね!
さて、それはさておき、次にするのは気の進まない作業。
シドが真新しい清潔な革袋から、キアオラの弟子から預かっていたキアオラ翁のローブを取り出す。
……下着じゃないだけよかったけれど、見るからに臭いを放っていそうなローブなのよねぇ。
シドが、子犬のエドの高さに合わせてローブを差し出す。
すでに臭いは小屋に漂っているけれど、エドと二人で嗅ぐ。
やっぱりクサイィィッ!
クラクラするほどの、刺激臭と言ってもいいほどのおじいさん臭!
わたしはすぐに顔を背けたけれど、エドは鼻までくっつけてクンクンしている。
さすがエド。仕事には手を抜かないのね……
(エド? 大丈夫?)
(あ、ああ。でも……強烈だね)
(無理しないでね?)
「覚えたか?」
陛下の問いに、わたしもエドも吠えて答える。
やっぱりわたしの声が太くてエドの声が可愛いなんて、理不尽!
そして、いよいよ外に出る為の準備だけれど……これも気が進まない。
その準備とは、首輪!
もう一度言うわ。首輪!
散歩という体なので、仕方ないと自分に言い聞かせて我慢我慢。
「お嬢様……申し訳ございません」
アンが申し訳なさそうに、わたしの首に輪を装着する。
……アン。あなたが気にする事ではないわ。でも、ありがとう。
せめて目を瞑って我慢するわ……
無事に? 首輪が装着されて、ついでにリードまで……屈辱!
泣くなわたし! 耐えるのよ!
エドはと言えば、アンが持ち歩く小さなバスケットの中。
柔らかい布が敷かれていて、その上にちょこんと座っている。
いいなぁ……キリっとした表情なのだろうけれど、かわいいし。
「ではエドワード、オリヴィア嬢。今日からのキアオラ捜索、頼むぞ。」
「オリヴィア、殿下にご迷惑をお掛けするんじゃないぞ?」
陛下とお父様の見送りを受けて、いざ捜索開始!
表門は開閉の段階から目立つので、カークランド公爵邸の裏門から、ひっそりと出て行く。
まずは鼻で大きく空気を吸う。
風は王城方面から吹いてくる。
風上からの空気にはキアオラのニオイは混じっていないわ。
捜索場所の決定権はワンちゃんになったわたし達にあるので、必然的に風下側に進路を取る。
リードを引かれて歩くのは嫌なので、わたしが先導しようかとも思ったけれど……
シドの隣で歩くアンが、無口な彼をチラチラ見ながら嬉しそうにしているのと、バスケットの中にいるエドのことを無意識だろうけれどずっとお触りしているので、イタズラ心が湧いてお二人さんの間に身体をねじ込む。
エドも、アンのなでなでに気持ちよさそうにしつつ、鼻をクンクンしている。
(エド様~? アンの手がお好きなのですか?)
(ん? ――ハッ! オリヴィー! そ、そんなことはない!)
わたしの呻き声に我に返ったエドは、アンの手から逃れた。
アンも察しが良くて、「す! すみません。お嬢様! 私ったら、つい……」と、手を引っこめてくれた。
ワンちゃんに変身していると、無意識に犬の習性みたいなものが出てしまうことがあるのよね……
(さ! 早くキアオラを見つけられるように、頑張りましょう?)
(あ、ああ)
「ああ、陛下とも入念に打ち合わせたし、僕たちも時間に気をつけつつ頑張ろう」
これまでは“王家の隠れ家”という、これも王都郊外の大きな山荘風のお家に集まっていましたが、キアオラ捜索は王都中心部から始めることに。
中心部は、言わば貴族の邸宅が連なる区画なので、カークランド家の屋敷を拠点にする事に。
敷地にあった小屋を改装して、その中で変身します。
小屋は殺風景で、入ってすぐの広いスペースと奥に、今回の為に設えた小部屋が二つだけ。
わたしとエドは、小さく区切られた仕立て屋のフィッティングルームのような小部屋に分かれる。
着用していたドレスを脱いで肌着になると、侍女のアンが手際よくドレスを片付ける。
「よろしいですか? お嬢様。いきますよ?」
「ええ、お願い」
肌着姿で、低い姿勢になったわたしの背中に、アンが強いお酒をドバドバとかける。
「申し訳ございません! お嬢様」
アンは実験の間もわたしにお酒をかける担当だったのだけれど、いつも抵抗感を持っていて、毎度わたしに謝りながらかける。
こんな事、アンにしか頼めないの。あなたに辛い思いをさせてごめんなさい……
ドクドクと背中にお酒がかかり続ける。
お酒がかかり続けている間は変身しないということが分かって、お酒を飲むよりかける方が効率がいいという検証結果に基づいたもの。
効率って……
瓶のお酒が全てかかり終わる。
「お嬢様……ご無事で」
ヒュウ!
フワッ!
初めて犬になった時から不思議だったけれど、変身に使われたお酒は、匂い諸共消えて無くなるの。
「お嬢様……」
「ウォン!」
(変身完了!)
わたしが重い鳴き声で変身完了の合図を送ると、隣の小部屋から「キャンッ」(僕も)と返事。
アンと小部屋を出て、みんなと合流する。
『みんな』とは、家主のお父様、心配で見に来たお忍び姿の陛下、アン、そしてもうひとり……陛下の手の者の『シド』。偽名でしょうね……
アンがいるのは当然として、なぜシドなる者がいるか?
まさか街中を犬だけで歩くわけにはいかないので、散歩を装うのと、護衛も兼ねてのこと。
アンとシドで、使用人“若夫婦”が主人の犬のお散歩をしているという体裁をとる。
だから、彼女は普段のメイド服ではなく、シドと一緒に小綺麗な身なりに整えている。
シドは、引き締まった身体に中背で、濃いブルーの髪にミントガーネットのような透明感抜群の瞳。しかも物凄いイケメン!
イケメン過ぎて目立ってしまうからと、前髪で目を隠してもらって、何とか注目は浴びないようにしてもらっている。
「シ、シド様。よろしくお願い致します」
アンが頬を染めて上目遣いでシドに挨拶すると、彼は黙って頷く。
彼女ったら、シドのお顔が好みど真ん中なので、舞い上がっちゃってるの!
アン。あなた……相当な面食いだったのね?
わたしはエドの方が可愛――かっこいいと思うけれどね!
さて、それはさておき、次にするのは気の進まない作業。
シドが真新しい清潔な革袋から、キアオラの弟子から預かっていたキアオラ翁のローブを取り出す。
……下着じゃないだけよかったけれど、見るからに臭いを放っていそうなローブなのよねぇ。
シドが、子犬のエドの高さに合わせてローブを差し出す。
すでに臭いは小屋に漂っているけれど、エドと二人で嗅ぐ。
やっぱりクサイィィッ!
クラクラするほどの、刺激臭と言ってもいいほどのおじいさん臭!
わたしはすぐに顔を背けたけれど、エドは鼻までくっつけてクンクンしている。
さすがエド。仕事には手を抜かないのね……
(エド? 大丈夫?)
(あ、ああ。でも……強烈だね)
(無理しないでね?)
「覚えたか?」
陛下の問いに、わたしもエドも吠えて答える。
やっぱりわたしの声が太くてエドの声が可愛いなんて、理不尽!
そして、いよいよ外に出る為の準備だけれど……これも気が進まない。
その準備とは、首輪!
もう一度言うわ。首輪!
散歩という体なので、仕方ないと自分に言い聞かせて我慢我慢。
「お嬢様……申し訳ございません」
アンが申し訳なさそうに、わたしの首に輪を装着する。
……アン。あなたが気にする事ではないわ。でも、ありがとう。
せめて目を瞑って我慢するわ……
無事に? 首輪が装着されて、ついでにリードまで……屈辱!
泣くなわたし! 耐えるのよ!
エドはと言えば、アンが持ち歩く小さなバスケットの中。
柔らかい布が敷かれていて、その上にちょこんと座っている。
いいなぁ……キリっとした表情なのだろうけれど、かわいいし。
「ではエドワード、オリヴィア嬢。今日からのキアオラ捜索、頼むぞ。」
「オリヴィア、殿下にご迷惑をお掛けするんじゃないぞ?」
陛下とお父様の見送りを受けて、いざ捜索開始!
表門は開閉の段階から目立つので、カークランド公爵邸の裏門から、ひっそりと出て行く。
まずは鼻で大きく空気を吸う。
風は王城方面から吹いてくる。
風上からの空気にはキアオラのニオイは混じっていないわ。
捜索場所の決定権はワンちゃんになったわたし達にあるので、必然的に風下側に進路を取る。
リードを引かれて歩くのは嫌なので、わたしが先導しようかとも思ったけれど……
シドの隣で歩くアンが、無口な彼をチラチラ見ながら嬉しそうにしているのと、バスケットの中にいるエドのことを無意識だろうけれどずっとお触りしているので、イタズラ心が湧いてお二人さんの間に身体をねじ込む。
エドも、アンのなでなでに気持ちよさそうにしつつ、鼻をクンクンしている。
(エド様~? アンの手がお好きなのですか?)
(ん? ――ハッ! オリヴィー! そ、そんなことはない!)
わたしの呻き声に我に返ったエドは、アンの手から逃れた。
アンも察しが良くて、「す! すみません。お嬢様! 私ったら、つい……」と、手を引っこめてくれた。
ワンちゃんに変身していると、無意識に犬の習性みたいなものが出てしまうことがあるのよね……
(さ! 早くキアオラを見つけられるように、頑張りましょう?)
(あ、ああ)
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