マリッジブルー令嬢の深刻!?な秘密 ~お酒でワンちゃんになっちゃうご令嬢の、絶対婚約者に知られてはいけない夜会(知られちゃう)~

柳生潤兵衛

文字の大きさ
9 / 16

9.うん、屈辱ね

しおりを挟む
「エド? 今日からキアオラの捜索ですけれど、段取りは大丈夫ですか?」
「ああ、陛下とも入念に打ち合わせたし、僕たちも時間に気をつけつつ頑張ろう」

 これまでは“王家の隠れ家”という、これも王都郊外の大きな山荘風のお家に集まっていましたが、キアオラ捜索は王都中心部から始めることに。
 中心部は、言わば貴族の邸宅が連なる区画なので、カークランド家の屋敷を拠点にする事に。
 敷地にあった小屋を改装して、その中で変身します。

 小屋は殺風景で、入ってすぐの広いスペースと奥に、今回の為にしつらえた小部屋が二つだけ。

 わたしとエドは、小さく区切られた仕立て屋のフィッティングルームのような小部屋に分かれる。

 着用していたドレスを脱いで肌着になると、侍女のアンが手際よくドレスを片付ける。


「よろしいですか? お嬢様。いきますよ?」
「ええ、お願い」

 肌着姿で、低い姿勢になったわたしの背中に、アンが強いお酒をドバドバとかける。

「申し訳ございません! お嬢様」

 アンは実験の間もわたしにお酒をかける担当だったのだけれど、いつも抵抗感を持っていて、毎度わたしに謝りながらかける。
 こんな事、アンにしか頼めないの。あなたに辛い思いをさせてごめんなさい……

 ドクドクと背中にお酒がかかり続ける。
 お酒がかかり続けている間は変身しないということが分かって、お酒を飲むよりかける方が効率がいいという検証結果に基づいたもの。
 効率って……

 瓶のお酒が全てかかり終わる。

「お嬢様……ご無事で」

 ヒュウ!
 フワッ!

 初めて犬になった時から不思議だったけれど、変身に使われたお酒は、匂い諸共消えて無くなるの。

「お嬢様……」

「ウォン!」
(変身完了!)

 わたしが重い鳴き声で変身完了の合図を送ると、隣の小部屋から「キャンッ」(僕も)と返事。
 アンと小部屋を出て、みんなと合流する。

『みんな』とは、家主のお父様、心配で見に来たお忍び姿の陛下、アン、そしてもうひとり……陛下の手の者の『シド』。偽名でしょうね……

 アンがいるのは当然として、なぜシドなる者がいるか?
 まさか街中を犬だけで歩くわけにはいかないので、散歩を装うのと、護衛も兼ねてのこと。
 アンとシドで、使用人“若夫婦”が主人の犬のお散歩をしているという体裁をとる。
 だから、彼女は普段のメイド服ではなく、シドと一緒に小綺麗な身なりに整えている。

 シドは、引き締まった身体に中背で、濃いブルーの髪にミントガーネットのような透明感抜群の瞳。しかも物凄いイケメン!
 イケメン過ぎて目立ってしまうからと、前髪で目を隠してもらって、何とか注目は浴びないようにしてもらっている。

「シ、シド様。よろしくお願い致します」

 アンが頬を染めて上目遣いでシドに挨拶すると、彼は黙って頷く。
 彼女ったら、シドのお顔が好みど真ん中なので、舞い上がっちゃってるの!

 アン。あなた……相当な面食いだったのね?
 わたしはエドの方が可愛――かっこいいと思うけれどね!


 さて、それはさておき、次にするのは気の進まない作業。

 シドが真新しい清潔な革袋から、キアオラの弟子から預かっていたキアオラ翁のローブを取り出す。
 ……下着じゃないだけよかったけれど、見るからに臭いを放っていそうなローブなのよねぇ。

 シドが、子犬のエドの高さに合わせてローブを差し出す。
 すでに臭いは小屋に漂っているけれど、エドと二人で嗅ぐ。

 やっぱりクサイィィッ!
 クラクラするほどの、刺激臭と言ってもいいほどのおじいさん臭!
 わたしはすぐに顔を背けたけれど、エドは鼻までくっつけてクンクンしている。

 さすがエド。仕事には手を抜かないのね……

(エド? 大丈夫?)
(あ、ああ。でも……強烈だね)
(無理しないでね?)

「覚えたか?」

 陛下の問いに、わたしもエドも吠えて答える。
 やっぱりわたしの声が太くてエドの声が可愛いなんて、理不尽!


 そして、いよいよ外に出る為の準備だけれど……これも気が進まない。
 その準備とは、首輪!
 もう一度言うわ。首輪!

 散歩というていなので、仕方ないと自分に言い聞かせて我慢我慢。

「お嬢様……申し訳ございません」

 アンが申し訳なさそうに、わたしの首に輪を装着する。
 ……アン。あなたが気にする事ではないわ。でも、ありがとう。
 せめて目を瞑って我慢するわ……

 無事に? 首輪が装着されて、ついでにリードまで……屈辱!
 泣くなわたし! 耐えるのよ!

 エドはと言えば、アンが持ち歩く小さなバスケットの中。
 柔らかい布が敷かれていて、その上にちょこんと座っている。
 いいなぁ……キリっとした表情なのだろうけれど、かわいいし。

「ではエドワード、オリヴィア嬢。今日からのキアオラ捜索、頼むぞ。」
「オリヴィア、殿下にご迷惑をお掛けするんじゃないぞ?」

 陛下とお父様の見送りを受けて、いざ捜索開始!

 表門は開閉の段階から目立つので、カークランド公爵邸の裏門から、ひっそりと出て行く。
 まずは鼻で大きく空気を吸う。
 風は王城方面から吹いてくる。
 風上からの空気にはキアオラのニオイは混じっていないわ。

 捜索場所の決定権はワンちゃんになったわたし達にあるので、必然的に風下側に進路を取る。
 リードを引かれて歩くのは嫌なので、わたしが先導しようかとも思ったけれど……

 シドの隣で歩くアンが、無口な彼をチラチラ見ながら嬉しそうにしているのと、バスケットの中にいるエドのことを無意識だろうけれどずっとお触りしているので、イタズラ心が湧いてお二人さんの間に身体をねじ込む。

 エドも、アンのなでなでに気持ちよさそうにしつつ、鼻をクンクンしている。

(エド様~? アンの手がお好きなのですか?)
(ん? ――ハッ! オリヴィー! そ、そんなことはない!)

 わたしの呻き声に我に返ったエドは、アンの手から逃れた。
 アンも察しが良くて、「す! すみません。お嬢様! 私ったら、つい……」と、手を引っこめてくれた。

 ワンちゃんに変身していると、無意識に犬の習性みたいなものが出てしまうことがあるのよね……

(さ! 早くキアオラを見つけられるように、頑張りましょう?)
(あ、ああ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

処理中です...