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第一章 我こそが

第9話 私塾

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 東グプタの高台にある私塾にて。

 ここはマーサ・ブラウンというエフタル共和国から来た女性によって10年ほど前から運営されている子供たちの為の学習塾だ。

 港町であるグプタは独立都市国家とはいえ公な学校は無い。
 港町という特性上、子供たちはそれぞれの家で学習するのが常で読み書きを覚えたら家業を手伝うのがこの街の子供の慣習だ。
 だが、それでも子供達には読み書き以外にも同年代の子供と勉強をしたり遊んだりするのは必要だと、マーサ・ブラウンは東グプタの盟主に訴え、今日の学習塾ができたのだ。

 住民はだれも否定しなかった。むしろ家庭学習が当たり前だった住民にとっては教育の負担が減ってありがたいことだった。
 それに同年代の子供と幼い時から顔見知りになるのはメリットでしかないのだ。
 そうした背景もあり、この学習塾は10年も経つと生徒たちは増えていき小さな民家を改築した教室は子供達でいっぱいになっていた。

 ルーシーは駆け足で教室に入る。今日は上機嫌だ。いつもより早く教室に入った。
 だが先客はいるものだ。ジャンにアンナ、彼らは高台から近いところに住んでいるので当然だが、少し悔しかった。
 ルーシーの家は海の近くで、どうしても高台のこの場所には時間が掛かるのだ。

 海が近くに見える家は良いとお母様は言った、でもここに住む裕福な人は高台に住む。

(ち、お母様にはいろいろと言いたいことがあるけど、今さらだ)  
 額ににじむ汗をぬぐいながらルーシーは教室の自分の机に座ると、さっそくジャンとアンナが話しかけてきた。

「よう、この間の冒険だけど、親に聞いたら、あの墓に眠ってる奴らって相当ヤバい奴だったんだって」

 少し声を落として神妙な態度のジャン。 
 カバンを下ろして教科書や筆記具を取り出しながらルーシーは答えた。

「へえ、もと宮廷魔法使いで執行官だって話でしょ?」

「そうなんだけどよ、どうやら執行官ってのは闇の魔術を使う頭のおかしい奴らだって。だから俺達呪われたんじゃないかって。一度、専門の魔法使いに診てもらった方がいいんじゃないかな……」

 ルーシーは思い出す。そういえばハインドと名乗った亡霊も闇の魔術とか言ってたので本当のことなのだろう。
 しかし、その後彼女の身には何も起こっていない。

「……ジャン君、でも女神様は問題ないって言ってたよ?」

 アンナはやや不安そうに答える。

「あのなぁ、女神様はそりゃあ凄いけど、魔法に関しては分からないだろ? レオ、お前の母ちゃんは魔法使いだったんだろ? 何か言ってなかったか?」

「うーん、別に。でも少し怒ってたかな。ベアトリクス様に迷惑掛けるんじゃないって。姉ちゃん倒れちゃっただろ? でも、それ以外については何も言ってなかったよ……」

「ふーん、まあ、呪われた可能性があるのはルーシーだし。見た感じ元気そうだしなぁ。……ま、お前らの母ちゃんが問題ないっていうなら大丈夫なのかな……」

 ルーシーは思う、確かに呪いはあった。あの亡霊が嘘つきでなければ私は呪われている。死に至る呪詛?を受けたはず……。

 でも何も問題ないのだ。
 ルーシーは結論をつける。やっぱあいつは嘘つきお化けだったのだろう。

 あれは……そう、嫉妬だ。ただの嫉妬を闇の魔術とは、まったく……言葉が独り歩きしてないか?
 そんなことを思っていると。教室に初老の女性、ブラウン先生が入ってきた。

「はいはい。皆さん。お喋りはその辺で。授業を始めますよ」
 ブラウン先生は教壇の前に立つと、脇に抱えていた大きな本を開いた。

「さて、今日は外国の歴史の授業をしましょうか、皆さんはまだ生まれていませんが、お隣の国、今のエフタル共和国は少し前までは王が治める王国でした――」

 ルーシーは歴史の授業かと落胆した。
 なぜなら、歴史に登場する呪いのドラゴンロードは悪者であり、人類の天敵としてしか扱われていない。

(私の夢に出てくるドラゴンロードはそんな奴じゃないのに……。
 ただ純粋に……人間の醜さを愛でる。そして時には力を貸し……。えっと何だっけ、うーん。よく思い出せない)

「姉ちゃん。気分が悪いの? 大丈夫だよ、この呪いのドラゴンロードはルシウスっていう悪い奴だ。姉ちゃんとは関係ないでしょ?」    

 となりの席に座っているレオンハルトは姉の表情を見ると心配して声を掛けてきた。
 少し嫌な顔をしただけなのに。やはりこの前のことで心配をかけてしまったみたいだと反省する。
 ルーシーは記憶の断片をたどる。
(呪いのドラゴンロード・ルシウス。うーん。何者だ? 私こそが……ルーシーなのだ……。あれ? 名前が似てる? ……ちっ、とんだ風評被害ってやつか) 

 ------

 授業が終わる。


「先生さようなら」

「はい、皆さんさようなら」

 塾が終わるが、まだ陽が明るい。夕方まではまだ時間がある。
 いつもなら皆と遊びに行くのだが、ルーシーとレオは真っすぐ自宅へ向かう。

 今日は父親が帰ってくるからだ。

 玄関前まで足を運ぶと、中から低い男性の声と普段より若干音程をあげた母の声が聞こえる。
 母は上機嫌だ。やはり父が帰ってきている。ルーシーは玄関前で足を止めレオンハルトに振り返る。

「レオ、ちょっと待ってなさい。中の様子を見てくる。まさか、いきなり始めたりしないと思うけど念の為よ。レオにはまだ早いから」

 ルーシーは知っている。父と母が再会したらそういう展開もあるのだと。

 そういうのが具体的に何かは知らないがアンナが言うには子供には早い何かが行われるということを。

 アンナは12歳。ルーシーよりも2つ上の大人だ。
 そんなアンナが顔を赤らめて子供には早いというのだ。
 8歳のレオンハルトには見せてはいけない、大人である姉としての義務感がそこにあった。

「姉ちゃん、何言ってるの? 父上が帰ったんでしょ? さっさと入ろうよ」

「大人には色々あるのよ。これだから子供は……」

「お、この声はルーにレオだな? お帰り。どうした? 早く入って来なさい」

「父上、ただいま戻りました。でも姉ちゃんがおかしなこと言うんだ。大人には色々あるとか……」

「馬鹿! レオ。余計な事いうんじゃない!」
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