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第六章 帰省

第89話 イレーナ

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「はぁ、私だけお留守番かー。いいなールーシーちゃん達と一緒にグプタのビーチでバカンスしたかったなー」

 イレーナは一人、オリビア学園に居残りである。

「拗ねるんじゃないよ。それにお前さんがグプタに同行しても戦力過剰だよ、たしかあんたは魔法戦士だったね?
 マスター級の魔法使い、そして剣の腕前も中々だそうじゃないか。
 でもね、完全上位互換の二人がいるんじゃお前さんはただの器用貧乏ってもんさ。

 まあ、こっちには仕事が山ほどあるし、一年の担当教諭は暇じゃないんだよ。
 それにバカンスもいいが、お前さんにはもう少し上を目指してもいいころだろう?」

 イレーナは今、マーガレットの古代魔法研究室でお茶をご馳走になりながら談笑をしている。

「上ですか、私にはそれほど才能があるとは思えませんが……」

「才能か……、だがそれが無いからって呆れめて冒険者として一生過ごすきかい?
 もちろん冒険者が悪いとは言っていない。だが魔法使いとしては少しもったいないと私は思っておる。
 イレーナよ、冒険者としての魔法使いの役割はなんだい?」

「はい、それは後方支援と、パーティーのサポート……ですかね?」

「うむ、それで正解、完璧な答えだ。百点満点あげるよ」

「あの……、マーガレット先生。なにが言いたいんですか?」

「うむ、つまりはだ、それが冒険者が求める魔法使いであって、それ以外は何も必要ないのだよ。
 だが、学園ではそれ以外の仕事がある……。つまり私はお前にこれからも教員としてこの学園にいてほしいんだ。

 私も歳だし、そろそろ後継者を育てなくてはと思っておったしな。
 どうだ、お前さんの資質なら何も問題ない、あとは教授の推薦のみだろう。
 つまり、お前さんは私の助教授としてこの学園に根を下ろしてほしいと言っているんだ」

 それはイレーナにとってもありがたい話であった。

 冒険者としては接近戦が出来る魔法使いは貴重で、引く手あまたではあるが。
 彼女としては自身の実力の伸びに限界を感じていた。
 剣の腕はそこそこ、魔法もそこそこで中途半端だと思っていたのだ。

 だが、それは本人の談で、実際はマスター級の魔法使いで、剣も出来るというのは天才以外の何者でもない。
 唯一無二の存在、それが魔法戦士イレーナの冒険者としての評価である。

「少し、考えさせてください。回答は明日、いいえ。明後日でよいですか?」

「ああ、構わんよ。お前さんは若いんだ、考える時間はいくらでもある。後悔はあるかもしれんが、それはどの道に進んでも同じだからね」

 ◇◇◇

 イレーナは冒険者ギルドに立ち寄る。

「おう、イレーナじゃないか。先生はクビになっちまったのかい?」

 周りの冒険者達は茶化すようにいう。
 だが見知った人たちばかりだ、悪気があるわけでもないから軽く挨拶をして聞き流すことにした。

 依頼書が張り出された掲示板に向かい、ぼんやりとだが依頼内容をいくつか確認した。
 思えば、いろんな経験をしたものだと懐かしく思う。

 冒険者になったのは15歳。
 魔法学科を最短で卒業した後は、アランの元で世界中を旅しながらいろいろな経験をした。

 あの頃は、がむしゃらに強くなるのを求めた。
 現状の自分には満足している。でもこれ以上の成長は望めないだろう。

 それに今以上の冒険をするなら最北端のタラスにいくしかないが、そこでの冒険もなんとなく想像はできる。

 もっと過酷な冒険を求めてバシュミル大森林の横断も考えたが、命を掛けてまでの無謀な冒険はためらわれるし、そこまでの情熱はない。

 ふと、一つの依頼書に目がとまる。

 ――急募、Aランク大型魔獣ブラッドラプトルの討伐。 ベテランの冒険者パーティー推奨。

 ブラッドラプトルは鋭い牙と爪で獲物を切り裂く、素早い動きと獰猛さが特徴の2メートル程の爬虫類系の魔物である。

 移動が早く、単独行動をする個体がほとんどで、普段は北方に生息しているがベラサグンまで南下してくる個体も珍しくない。
 ベラサグンで遭遇する魔物の中では最も強力といえる。

「パーティー推奨か。でもそんなの待ってたら被害が増えるかもしれない。ねぇ、受付さん、これって私一人で受けてもいいよね」

「あの、いくらイレーナさんでも。さすがにそれは……」

 受付嬢はルールを無視したイレーナの発言に若干とまどう。

「……冗談よ、あとでパパと合流するから。それに急いでいるんでしょ? 他のパーティーはまだいないようだし……」

「あ、はい。アランさんが合流するなら問題ありません。では早速受付をしますね」

 もちろん嘘だ、アランはルーシー達と共に、今朝旅だったばかりだからだ。

「まあ、けじめってやつ。冒険者として一人前になってから、少なくとも自分がそう思えるようにならないと、踏ん切りがつかないしね」

「あの、なにか問題でも?」

 首をかしげる受付嬢。嘘はバレてはいない。
 イレーナはこれまでの実績と信頼があるからだ。

「ううん、なんでもない。じゃあ早速いってサクッと狩ってくるわね!」

◇◇◇

 翌々日。

「おや、イレーナ。何だい、そのボロボロの格好は。それに獣臭い。せめて風呂に入ってから来ておくれよ」

 イレーナの服はひっかき傷だらけであった。それに所々に、血であろうか赤褐色の汚れがあった。

「いやー。すいません、そうは思ったんですけどね。お風呂に入ってたら、またあーだこーだ悩んじゃいそうで。……私決めました!」

「おや、とういうことは……」

「はい、マーガレット先生。いいえシャドウウィンド教授。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
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