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第八章 ダンスパーティー

第130話 執事とメイド

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 翌日。
 ニコラスの邸宅の玄関のベルがなる。
 
「はい、どちら様でしょうか。おや、これはこれは、ルーシー・バンデル様ですね。殿下がいつもお世話になっております」

 扉を開けたのはニコラスの執事さんだ。白髪の混じったナイスミドル。
 最初にあったときは剣で襲い掛かってきたけど、それは昔の話。

 とても素敵な紳士で、ルーシーとしても好感度抜群だ。

「あのー、殿下はいますか? 出来れば急ぎでお願いがあるんですが……ちょっと付き合ってほしいことがあって……」

 ルーシーは貴族に対する言葉遣いを知らない。ぶっきらぼうな言い方であった。だが、執事は別の意味でとった。

 砕けた口調でお互いを言い合える仲。そして、お付き合いとはデートの事だと執事は察する。そして顔にはださず礼儀作法を持ってルーシーに答える。

「はい、殿下もお喜びでしょう。では、お嬢様。ニコラス殿下の準備が整うまで少し、お時間をいただけますでしょうか?」

 ルーシーは、執事に招かれるまま、応接室のソファに座る。

「うーん、この前来た時はよく分からなかったけど、さすが皇子様か。私と同い年の癖に応接室とは……。いったい誰を応接すると言うのだ。むー、生意気だ……」

 ルーシーは、第七皇子ニコラスをなめている。皇子のお客はほとんどが貴族である。それに彼の兄である皇太子や、父である皇帝。そして先帝陛下もたびたび訪れるのだ。

 ニコラスは末っ子ということもあり、かなり可愛がられている。
 そして皇族では祖母以来、魔法に才能があるため一目置かれているのだ。

 コンコンとノックの音がする。

 そして、一人のメイドが紅茶とお菓子を運んできた。
 震えているのかカチャカチャと陶器のティーセットが音を立てる。

「お、お嬢様。その、この間は、大変ご無礼を……記憶が無いとはいえ、大変ご無礼を」

 メイドさんはかなり怯えているようだ。
 確かにこのメイドさんに殺されそうになったが、剣は全てハインド君が受け止めたのでルーシーには何も思うことがない。
 むしろ逆が心配だった、彼女はその後、殿下に叱られたのではないかと心配だったのだ。

「あのー、あの後、殿下にいじめられてるんですか?」

「と、とんでもねーです。おら、いえ……失礼しました。私は田舎者で、殿下には良くしてもらってます。
 皇子様のメイドなんて憧れの職業っす。あんな失敗をしたのに、おらはまたここで働けるのは幸せ者っすよ……」

 メイドさんはルーシーに身の上話をした。
 彼女は田舎出身で、貴族に対する言葉遣いもままならない。
 さまざまな貴族から採用を見送られた身の上であるが、ニコラスは特に気にせずに仕事が出来るのでメイドとして採用したのだ。

 ニコラスは別に同情した訳でもない。ただ優秀だったからという理由であるし。
 第七皇子という立場であり外聞を気にする身分でもないと自嘲した面もある。

 だが、彼女はそれで救われたのだ。その感謝の念はたった一度、命の危機にあったからといってニコラスを見放す理由にはならないのだ。

 コンコン、再びノックが鳴る。
 執事さんが入ってきた。

「アン。あまりお嬢様とお話しするのはメイドとしては感心しませんね」

「は、はいオスカー様。し、しつれいしたっす。いえ、お嬢様大変失礼いたしました」

 執事さんの名前はオスカーのようだ。そしてメイドさんはアン。
 ルーシーは最初に自己紹介をすべきだったと少し反省した。
 
「あのー、オスカーさんにアンさん。別に私はそのへんの事はどうでもいいんですけど。私貴族じゃないし。むしろ皆と仲良くなりたいんですけど……」

 オスカーと呼ばれる執事さんは、ふぅっと溜息をつくと、キリっとした表情が緩む。

 ルーシーとしては優しいお爺さんの表情のオスカーさんの方が親しみが持てた。

「さようですか、お心遣い感謝します。今後とも、私、オスカーとアンネローゼの両名は貴女様に殿下同様に忠義をもってお仕えいたします」

 殿下同様というのはやや行き過ぎた話だ。まだ結婚した訳でもない。まあいずれはそうなるのかもしれない。
 だが、そんな未来の話よりも、ルーシーには気になることがある。

「アンネローゼ? どちら様ですか?」

「お、おらの名前っす。田舎者の癖にうちの親は身分不相応の名前を付けたもんっすから、おらは子供の頃はいじめられてたっす。
 恥ずかしいっすからお嬢様にはアンと呼んでもらえると嬉しいっす」

 ルーシーとしてはどちらでもいい。名前なんてどうでもよいのだ。下手をすれば自分はルシウスと名前を付けられた可能性も僅かだがあるのだ。

『ふふふ、それは失敗したよ。貴様がメスだと言う事を我は失念していたのだ。女子の名前にルシウスはないだろうよ、だからお前はルーシーなのだ。わっはっは』

 変な空耳が聞こえるが無視する。そう、どうせ直ぐに忘れるのだから、気にしてもしょうがない。

「うーん、あれ? なんの話だっけ。そうだ、オスカーさん。殿下はまだでしょうか、私としては余り時間がないのです」

「そうでした、アン、殿下のお着替えを手伝って下さい」

 皇族とは男子でも一人で着替えが出来ないのだろうか。……これは時間が掛かる。いや、これは嫌な予感がする。
 余程のおしゃれをするつもりだろうか、どうも二人は誤解している節がある。

「あのー、今日はその、いつもの格好でいいですので、とりあえず急いでおります。制服でもいいですから、さっさと殿下を出してください!」
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