灰色の第四王女

神谷モロ

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第2話 再開

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 長い夢だった。

 目を覚ました私はどうやら手足の縄を解かれていたようだ。
 不思議と手足に縄の跡はなかった。
 ここはどこだろう。
 建物の中にいるのは分かる。

 外から声が聞こえた。
「おい! 魔物の気配は!」

「へい! ここ周辺、俺達の調べた限りに脅威のなる魔物はいませんぜ、なんせこの間、貴族さまが綺麗に掃除してくれてますからなぁ」

 魔物? まさかここはバシュミル大森林ではないわよね。

 ――バシュミル大森林。
 魔物が住む未開の森。エフタル王国の北にあり、広さはエフタルの三倍以上はあるといわれる大森林。

 三倍とは観測できた範囲での話で、森はどこまでも続いているという。
 歴史上、何人かの冒険者が森を抜けてカルルク帝国へ渡ったという事実はある。

 カルルク帝国へは南方の港町グプタから海を渡ってしかたどり着けないはずだった。
 エフタル王国とカルルク帝国はバシュミル大森林を挟んで地続きだったのだ。
 これは人類史においての偉大な発見の一つだった。

 もっとも、数百年の歴史を振り返っても、バシュミル大森林を通って隣国にたどり着けたのは数名だ。
 なぜなら大森林には人類では対処できない魔物がいる。それも奥に行けば行くほど強力な魔物が縄張りを張っているのだ。

 人類側も定期的に魔物の間引きを行っているとはいえ、それは表層の話で奥には何がいるのか分からない。


 外から聞こえる話を聞く限り、バシュミル大森林にこの盗賊たちは侵入している。
 正気ではない。

 いや、逆に考えれば安全ともいえるのかも、エフタル王国では盗賊というだけで裁判などなくその場で死刑がゆるされるのだから。
 彼らは魔物に殺されるのと貴族に殺されるのと、どちらが確率的に安全なのか知っているだろう。

 それにしても、解せない。
 私は魔法も使えない出来損ないの王女だけど、でも彼らはそれを知らないはず。
 普通なら、貴族を捕らえたなら、魔封じの首輪をして、手足はきつく縛る。

 呪文詠唱できないように口を布で縛り付けるだろう。

 なのに、私は今自分の足で歩いている。

 どうやらここは少し大きめの天幕で、私が寝ていたのはベッドだった。
 もちろん急ごしらえで干し草にシーツがしかれた寝心地のいい物ではないが。
 地面よりは遥かにマシだった。

 天幕の隙間から外を見る、森の中なのにそこは小さな集落だった。
 ここがバシュミル大森林だとすれば有り得ない光景が広がっていた。

 子供たちが無邪気に遊んでいたのだ。母親だろう女性も数人いた。
 そして男たちだ。私は衝撃を受けた。

 格好はガラの悪い盗賊そのものだったが、彼らの顔は穏やかだった。
 貴族の大人たちよりも余程やさしい表情で子供たちを見守っていたのだ。

「姫様、目が覚めましたか?」

 後から声が聞こえた。気が付かなかった。声の主はこの天幕にいたのだろうか。

 気配がなかった。というより目の前の状況で周囲を警戒などする余裕もなかった。

 声の方を振り返るとそこには一人の女性が立っていた。

 私は驚いた、信じられなかった。
 私は目の前の女性を憶えている。

 ああ、そんな、ここは地獄なのかしら。

 彼女はマーサ、私の乳母だ。
「マーサ! 生きてたの? それとも私は死んでしまったの? ……マーサ、あ、ああ、ああああ!」

 私は泣いた。兄にいじめられても、盗賊にさらわれても泣くことは無かったが、マーサの姿を見たらだめだった。
 彼女は死んだと知らされていたのだ。

「マーサ! う、ああ、マーサ生きてた! マーサ! 懐かしい匂い。……私は、頑張ったのに、だめだった。私は、私は! あああ!」

 マーサは涙に濡れながらも目の前の私を、かつて乳母として育てた、
だれにも望まれない灰色の王女を抱きしめながら言った。

「姫様、私もお会いできて嬉しく思います。これから難しい選択を姫様にしてしまいます。でもそれまでは、泣いてください。マーサは姫様の味方ですから」

 どれだけ泣いただろうか。
 マーサはここにいる、死んでいなかった。なぜ、そんなのはどうでもよかった。
 ただ、マーサは私のお母様だった。レーヴァテイン伯爵が父ならマーサは母だった。

 ひたすら泣いた、愚痴もいった。兄達が私の髪色を馬鹿にして灰色の家畜と罵ったこと。
 10歳を超えても魔力が発現しなかったこと。

 それでも、学問で助けにならないかと思って政治に口出ししたのが気に障ったのか。
 私のただ一人の騎士をありもしない罪で拷問して追放してしまったこと。

 それから私への対応がエスカレートしていった。
 それでも、一人で頑張った。
 味方はいなかった。

 私は籠の鳥で、このまま兄達のおもちゃにされて壊されていくのだと思っていた。
 マーサは優しく抱きしめて背中をさすってくれた。
 ああ、これが夢でなければどんなによかったか……。
 
 …………。
 
 目が覚めた。夢ではなかった。再び目が覚めてもマーサが側にいたのだ。
「おはようございます。姫様。お着替えのお手伝いをします」
 いつの間にか泣きつかれて眠っていたようだ。何時間も私の愚痴に付き合わせて申し訳なかった。

 お風呂は無いけど大きな桶に張った水でマーサは私の身体を丁寧に洗ってくれた。
 水は少しだけ暖かかった。こんな森の奥だというのに私の為にお湯を用意したのだ。

 物心着いたころは、マーサが私の身体を洗うのが恥ずかしかったし嫌いだった。
 でもいまは気持ちがいい。懐かしい、そして優しい気分になった。
 ふと、マーサの手が止まる。
 ああ、そうよね。
 そこらじゅう傷痕だらけだから。
 でも何も聞かずに、マーサの手は再び動いた。少し震えていたが、その手はさっきよりもずっと優しかった。


「姫様、申し訳ありませんが、ここにはドレスはありませんので、これを着ていただくことになりますが……」

 マーサは平民の服を広げていた。ポケットが多いし、布地も厚い。盗賊の服だろう。
 いや、いい、清潔な服なら何も言わない。それに正直なところ着てみたかった。

「素敵じゃない。私は一度もそういう服を着たことがないのよ。おじい様は許してくれなかったし。マーサ、着方を教えてよ」
 マーサは私の返答で、すっかり昔のお節介なマーサに戻っていた。

 そうマーサは少しうるさかった。あれやこれやと私に服を着せてくる癖があった。
 当時は嫌だったけど、今はマーサの笑顔を見るのがこんなに嬉しくて。
 何でも言う事を聞いてあげたい気分になった。
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