リッチさんと僕

神谷モロ

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第20話 アラクネさんと僕①

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「ほら、先生、どうかしら?」

 幼女が真っ白なワンピースをひらひらさせながら、元気にあちこち自由に跳び回っていた。

 ワンドさんは無事、身体を手に入れたのだ。幼女の身体とはいえ、久しぶりに手に入れた体に喜びを隠しきれないようだった。

 実際の年齢は違うのだが、その仕草から特に違和感は感じられないから不思議だった。

「あら、すっかり幼児退行してしまいましたね」

「ぬ? それは何か問題があるのか?」

「いえいえ、ただ精神年齢が体に合っているといいますか、あなたたち魔法使いはどうも子供っぽい性格の方が多いようですし」

「むう、そういわれると何も言えぬ自分がいる」

「いえ、別に責めているわけではありませんよ。むしろ好ましく思ってます。どうも人間は大人になると汚くなるらしいので」

 そうだ、異世界さんも大人はやはり汚いから子供でいたいと常に言ってた。

 だからリッチさんもワンドさんも正しいのだと僕は思う。

「ねえ、ロボさん、私のメイド服はいつ作ってくれるのかしら?」

「……あなたにそういわれるのはなんだか違和感がありますね」

 どうもロボさんはワンドさんを格下に見ている節がある。メイド志望だからだろうか、素体に共通点があるからだろうか。

 ――ワンドさんの素体は、頭脳と心臓部を除けば全く同じ材料で出来ている。


「そうですね、あなたには先輩と呼んでもらいましょうか」

「ちょっと、それはさすがに嫌よ、学生時代でも先輩なんてよんだ奴なんか一人もいなかったのに」

 彼女がどんな学生時代だったのか少し不安に思ったが、僕は過去の話と聞き流した。

「それはよほどですね……では妥協してお姉さまとしましょうか。外見に共通点も多いですし」
 
 たしかに姉妹というのはしっくりくる。

「あ、僕も賛成です。お二人はよく似てますので一番しっくりきますね」

 ワンドさんはしばらく無言だったが、しぶしぶ了承した。よほどメイド服が欲しいのだろう。

「で、いつ作ってくれるの? お、お姉さま……」

 ロボさんはとても機嫌がよさそうだ。 

「まことに残念ですがあなたのワンピースを最後に布も糸もなくなりました」

「あ、そういえば前回、材料が足りないとか言ってたね」


「はい、ですので今から取りに行こうと思います。で、リッチ様、少しこの子をお借りしますね」

「え? 取りに行くってどこに?」

「はい、今この森にはアラクネさんの子孫の方がいらしています、その方にすこし分けていただこうかと」

 あ、そうだった。エルフさんは蜘蛛が苦手なので、離れた場所に住んでもらってたんだった。

「ええ! あ、アラクネって、上半身が人間の化け物」

「誤解があります、アラクネさんは普通の大きい蜘蛛の魔物ですよ? たまたま人間にそう呼ばれてたのを、本人が気に入って名乗ってただけです」


「でも、いやよ、蜘蛛は苦手なの」

「あら、あなたも失礼なエルフみたいなことをおっしゃいますね」

 真っ青になってるワンドさんに、かつてのエルフさんの顔が重なった。

「だって、怖いじゃない、嫌よ」

「わがままを言う物ではありません、それにお使いはメイドの仕事と相場が決まってます。嫌なのですか?」

「そこまで本気じゃないのよ、そ、その、先生がメイドが好きそうだったから……」

 ワンドさんは、なにか考え込みながら、もじもじしている様子だった。


「む? 誤解のある言い方だが、私は別に好きとかそういうのでは」

「ほらほら、難聴系リッチ様は話がややこしくなるので黙っててください、せっかく彼女が積極的なので流れに任せればいいのです」

「とにかく、あなたは先生に対しては本気なんでしょ? 試練だと思ってください」

 うーむ、僕も流れがよくわからなかった。僕も難聴系なのかもしれない。でも二人でお使いに行くのは悪いことじゃない。


 というわけで僕とリッチさんはお留守番だった。


 ――アラクネさんの子孫が住んでいるという森に向かう道中。
 
「ねえ、確認なんだけど、その子孫は本当にただの蜘蛛なのよね? 蜘蛛も苦手だけど本物のアラクネが出てきたら、私、気絶する自信があるわ」

「そんなに苦手ですか? 仕方ありませんね何度も言いますが、普通の蜘蛛ですよ? そうですね彼女と出会ったのは、たしかエルフさんが来る前ですから――」

 どうも人間の世界ではアラクネというのは、かなり恐ろしい化け物の伝説になっているようだった。

 誤解をとく必要があるのでロボさんは、アラクネさんとの出会いの話をした。


 ◆◆◆◆
 ――エルフさんと出会う前の話


 私は蜘蛛の魔物だ。かつて魔王がいたころは魔物の中でも我が一族は特別だった。
 
 特に知能の高い個体は魔王軍幹部に取り立てられた者もいた。

 だが、今はどうだ。人間に滅ぼされるだけの哀れなモンスターに成り下がった。

 追われ続けた結果、食料もまともに得られず、個々の能力は低下していった。

 能力が下がるとさらに食料が取れずの悪循環だった。

 さらに不快なことに、かつて魔王軍幹部だったエルフは裏切り人間に取り入ってる状況だ。

 まあ、もともとは幹部同士で度々衝突していたようだから、もともと仲が悪かったのだろう。

 
 私は、この悪循環を断つために強くならなければならない。私は一族の中でも高い知能を持っている。

 もっとも相対的な話であって一族全体としては弱体しているのだが。

 
 だから食べないといけない、強い魔力を持っている人間を、そして強くなることで、より強力な人間を食べるのだ。


 ――そして私はついに見つけた。


 極めて高い魔力をもっている人間。好都合なことに小僧と小娘の二人のみで大人はいない。

 私は崖の上から谷底を見下ろしながら周りを確認した。


 これなら、糸で絡めとる必要すらない。ただ蹂躙するのみ。
 私は迷うことなく谷底に向かって駆け下りた。
 
 その直後、小娘が光った、いや正確には彼女が持ってる大きな筒が光を放ったのだ。

 ――瞬間、私は強烈な痛みを感じ崖から落下した。脚が数本、引き裂かれていたのだ。
 そして『ヴァァァァ』と魔物の唸り声のような音を聞きながら意識を失った。

 ――あの小娘、人間じゃなく化け物だった。
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