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第三章

第102話 血祭

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 議論は終わった、後は実行に移すのみだ。
 この場にいる者たちは各々にその後に得られるであろう甘露に思いを馳せていた。
 大量の奴隷による利益、殺戮による快楽、あるいは呪われた一族の宿命の対決に。

「あらあら、お客様、随分景気のいい話ですわね。おかわりはいかがです?」

 ウェイトレスの声に水を差された感じがしたが、ここは酒場だ、少し自分の世界に浸りすぎていた。闇の者にあるまじき行為だ。
 だが、久しぶりの表舞台、高ぶりを抑えられないのも正直な感情だ。
 ドラゴンヘッド盗賊団の団長モーガンは気前よくウェイトレスに言った。

「おう、ねぇちゃん、景気がいいのはたしかだ、一番高い酒を頼むぜ、おめぇらも今日は俺の奢りだ、遠慮はいらねぇぜ」
「お! 団長、気前がいいねぇ、ならそうだな、一番きつい酒をたのむ、バンデルの旦那は何にしますかい? 団長の奢りなんて珍しいもんですわ」
「ほんとね、アタシら、久しぶりに表舞台に立った気がするわ」

「ふむ、戦の前に酒を酌み交わすのも悪くないな。では、この店で扱っているなかで最もヴィンテージなワインをたのもうか」

「おいおい、旦那、さすがにそれは勘弁してくれよ、おい姉ちゃん、そんな高い酒はないだろうな?」
「はーい、オーダー承りましたー。当店はキャバクラじゃありませんからー、ピンクのドンペリとかそんなのはないですけどー、ブランデーみたいなのはあるみたいですよー、俺もピンドンコンとか出したかったんですけどねー」
(マスター、その対応はなんですか! 接客態度がなってないです。それに夜のお店でもマスターの今の態度は有り得ないですよ? もう少し学んでください)

「ちぇ、バブリーの時代に憧れを持っちゃいけないのかよ。ロボさんや、俺が生まれて間もないころの日本が最もバブリーな時代には、ドンペリにコニャックを混ぜるという頭おかしいカクテルが流行したんだ。ほんと頭おかしいだろ?」

 意味不明な対応を取るウェイトレスに怪訝の目を向ける盗賊団。彼らは思った、空中に向かって意味不明な話を始めるこいつは薬でもやっているのかと。

 だが、ユリウスは気づいた。それと同時に周りをみる。
 さっきまでいた他の客が一人もいない。
 このウェイトレスと我々以外にこの空間に人がいないのだと。
 
 やられた、ユリウスはモーガンに目配せをする。
 モーガンは素早く他の団員に合図をすると。彼らはテーブルを立ち各々戦闘準備を始める。

 ユリウスは頭のおかしいウェイトレスに再び声を掛ける。

「女、貴様の顔どこかで見た。そうだ、昼間のローゼ・ヨハンソンの側にいたな! 貴様、さては――」
 ふ、バレてはしょうがない。そうさ、謎のウエイトレスは俺だったのだ!
「――おっと、その先はお前たちの想像に任せる、どうせ全部不正解だし名乗る理由もない。さてと、お前たちの黒幕はどこにいて、何をしている? あの貧困街の教会も絡んでるんだろ?」

「ち、だとして、それをおれたちが喋るとでもおもったか?」
 状況を理解した盗賊団団長のモーガンは吐き捨てるように言った。
 さすがに歴戦の盗賊団らしい対応で周囲の警戒を怠っていない。
 他の団員は姿を消している。隠密のスキルで姿を隠したのだろう。
 
 だが、ウエイトレスは無関心かつ無表情のまま言葉をつづけた。
「思わない、だから俺はこの場に来てわざわざこんな可愛らしいウェイトレスの衣装ん身を包んで待ってたんだ。で? 喋らないって言ってたけどそんなの関係ない――」
(マスター背後から女の盗賊の攻撃です。短剣を用いたバックスタブという技ですね。想定されるダメージはゼロですのでお好きに対処してください)

 女の盗賊が背後から近づいてくる。おそらく隠密系のスキルで気配を消しているのだろうが俺には筒抜けだ。
 それに、そんなナイフで俺に効くわけないだろう。だが毒が塗られているな。せっかくの可愛らしいウェイトレスの衣装が汚れるから勘弁だ。

 前から思ってたけど、この国の女性の衣装は全体的に可愛い、俺好みのデザインが多いのだ。
 フリフリの衣装のウエイトレスとか、元の世界のメイド喫茶を思わせる。
 おっと、そんなことはいいか、この女盗賊なかなかに素早い、だが、それは一般的な話で俺には止まって見える。

 ナイフを持つ腕を強めに掴むとボキッと折れる音がした。
「がああ! 腕がぁぁああ!」

 そのまま床にうずくまる女盗賊をみていると頭上から衝撃が走った。
 ああ、大男か、奴は武器を持っていなかったな。
 椅子が頭の上で砕けた。木の破片が服に突き刺さる。これは取るのに大変だし穴が空いたら大変だな。
(申し訳ありません、椅子が武器になるとは思いませんでした)
「いや、いいよ、小さな穴くらいなら、あとで裁縫を教えてくれれば問題ないしな。毒の染み抜きの方がよほど大変だ」

 しかし、大男は丸腰だったのか、だからロボさんは警戒しなかったんだな。
 確かにマッチョマンが隠密行動をとるには丸腰が大前提だとはよく聞く。

 女性の場合はナイフだったら隠せる場所はあるってものだ。警備兵の大半は男性だからな。
 股の下にナイフを仕込んでおけばいいのだ、スパイ映画でもよく見た光景だ。

 実際、俺もそうしている。
 俺はスカートの下から拳銃を取り出し。大男に向けて三発撃ち込んだ。
 大男はレザーアーマーを着ていたようだが貫通したのか、苦しみながら床に悶えている。
 弾丸はただのフルメタルジャケットだったけどレザーアーマー程度なら貫通できるものだ。

「てめぇ、よくも俺の仲間を、俺がドラゴンヘッドの団長、モーガンよ。けじめをつけさせてもらう! 俺様のパワーを見くびるんじゃないぞ、小娘!」

 お、こいつは少しは強そうだな。肉体は充実しているし、魔力も割と高い。
 ドルフ君の上位互換といったところか、だが性格は下衆。
 こいつはさっきから奴隷貿易のことしか頭にない、下衆だ。
 キモイ男とはまさにこいつのことだろう。

「ドラゴンヘッドのモーガンを舐めるなよ! なぜドラゴンの名を竜王教会から許されているか知ってるか? 教えてやろう。マイト! シールド! ヘイスト!」

 奴は魔法使いでもないのに強化魔法を連続で自身に掛ける。
 そして荷物から巨大な戦斧をとりだし、最後の魔法をかける。

「それはな、俺がキレたら! 俺はドラゴンだって倒せるんだからな! バーサク!」

「モーガンめ、狂戦士化の魔法をつかうとは、やれやれ、共闘する意思などないか、ならばここは高みの見物を……なんだ、と?」

「……お前ら。敵の想定を間違えてるんだよ。俺に勝つならそれこそ魔王か神様でも呼んで来いって話なんだよ」

 俺はモーガンの胸部に刺さった拳を引き抜く。
 次の瞬間、奴は絶命した。ただのパンチだがな。バンデル先生はこれを何度も何度もかわして俺に反撃してきたというのに。
  
 残るは一人、ユリウス・バンデル。
 俺は手の平を相手に向けて手招きをする。  

「次はお前だ! かかってこい!」
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