堕ちて空蝉

女郎花静流

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2章

2-1

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「この学校って、落ち着くよね」 
放課後、旧校舎の裏庭にある小さな庭で、数人の生徒が穏やかに話している。
しかしこの発言こそが、この学校の生徒の総意だった。
鳥は静かに鳴き、風が優しく葉を揺らす。
受験やテストで白熱している時以外の高校という場所は、こうした小さな日常を楽しむためにあるのかもしれない。
ここにある花々は、誰かが大切に世話をしているはずなのに、その姿を見た者はいない。
誰も気に留めてないだけなのか…
どこか不思議で、どこか温かい―
そんな毎日が、この高校には広がっていた。

「おはよー!」 
朝の光が窓から差し込む教室に、元気な声が響く。
眠そうに頬杖をつく生徒、すでに教科書を広げている生徒。
友達と雑談に夢中になっている生徒。
誰もがそれぞれの朝を迎えていた。

「聞いたか?昨日の夜、図書室で女教師が倒れてたんだってよ。」
友人の有間歩人が目の前の席に着くなり、振り返って囁くように言った。
柊木蛍は鞄から教科書を取り出す手を止める。
「え?そんなの知らなかった。先生、大丈夫なの?」
 蛍の言葉に歩人は肩をすくめた。
「わからない。でも倒れてたていうよりは気絶してただけみたいなんだ。」
「あぁ、それなら、まぁ…」
学校で倒れている時点で普通ではないのだが、昨今では教師の勤務時間も問題になっている。
もしかしたら頑張りすぎて倒れてしまっただけかもしれない。
そう考え、再び教科書を取り出そうとすると――
「だけどな?妙な話があるんだよ。」
「ん?」
歩人は周囲を見渡し、声を落とした。
どうやら話はこれで終わりではないらしい。
「女教師が倒れていたのは図書室のカウンターの傍。つまり、扉を開ければすぐわかる場所だったらしいんだ」
「…?」
「にぶいなぁ、普通警備員が巡回してるんだから、すぐ気づくだろ?」
「ん?だからそれで倒れてるのが発見されたんじゃないの?」
歩人はゆっくりと首を振る。
「違うんだよな、これが。なんと発見者は隣のクラスのやつらしいんだよ」
「…」
それは確かにおかしい話だった。
基本的にこの学校は夜間警備員が巡回している。
少なくとも1回は図書館を訪れているだろう。
部屋の隅々まで巡回はしないだろうが、扉を開けて目の前で人が倒れていたら、さすがに救急車を呼ぶなりするはずだ。
「可哀そうに、図書委員の仕事で朝一で図書室に行ったら第一発見者になってしまったんだと」
「それは確かに気の毒かも…」
第一発見者ともなれば、警察や学校側から色々と聞かれることになる。
その面倒さは考えたくもない。
「でも結局なんで倒れてたんだ?やっぱり過労?」
「さぁ?そこまでは俺も聞いてないけど、まぁその辺じゃね?」
「ん~意外と違うかも?」
隣の席から女生徒が会話に混ざる。
「さつき、おはよ。ギリギリとは珍しい」
「蛍、おはよぅ。いやぁ、なんかその話で盛り上がっちゃって」
天河さつきは色々と平均的な女だが、有効関係は広かった。
全国模試の成績からスリーサイズまで平均と言うある意味稀有な存在。
最近ではカットした髪の長さまで平均になったとかならないとか…
「なんか失礼なこと考えてなかった?」
「いいぇ~べつに~」
たまに鋭いのは女の勘だろうか。
「それで、何が違うんだ?俺が聞いた感じでは別に事件性とかはなさそうだったけど?」
歩人が苦笑しながら訪ねる。
歩人も蛍からすれば十分友好関係が広いのだが、さつきの友好関係はそれ以上だった。
そのせいでたまに変なことにも巻き込まれるのだが…
「ん~、なんか朝警察来てたみたいだよ」
「そりゃ人が倒れてたんだから一応は来るだろう?」
「ん~まぁそうなんだけど、結構物々しい感じだったんだって、朝練してた友達が言ってた」
「この学校でそんなこと滅多に起きないからじゃない?」
高校と大学が一緒で単位制の学校であり、中途半端に偏差値が高いので、素行の悪い生徒も少ない。
そのため学校に救急車や警察が来ること自体稀である。
それゆえ、物珍しさも相まって物々しく感じてしまったのではないだろうか。
そう考えるのは普通だと思うが…
「もちろんそれもあると思うけど…」
さつきは少し言いづらそうに、声を潜めた。
「…血溜まりっぽいのがあったとか」
「え?刺されたってこと?」
それならば話が180度違う。普通に事件だ。
「ん~ん、そんな感じでもなかったみたい。血だまりって言っても、思いっきり包丁で指切っちゃったぐらいの量らしいよ~」
「いや、分かんねぇよ」
料理しない男子にとって、包丁で指を切る経験は皆無である。
「ん~、ペットボトルのキャップ一杯分?」
「まぁそれなら…ギリ分かる…か」
「そうやって聞くと少ないけど、流血となると若干多いのか?」
「多いと思う…だからね、今図書室立ち入り禁止なんだって」
もしかしたら事件の可能性もあるから…
さつきがそう言おうとした時、朝のチャイムが鳴った。
それによって物騒な会話は担任が、教室に入ってきたことで打ち切られ、、、

「ん~、まぁつまり、ケガには気を付けましょうって感じか」

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