3×歳(アラフォー)、奔放。

まる

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本編

北国3。

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雪おろしに励む城下町の手伝いを少ししてから、一行は城へと向かった。ニールだけは晩餐用のドレスやら髪型やらがどうのと軽やかに、一足先に抜け出ていた。
着いて早々に雪妃は侍女に呼び出された。何かやらかしたかなあと緊張して通された先で、すぽんと身ぐるみを剥がされ、今に至る。

「わたくし共の間には女の子がありませんでしょう?着飾らせるのがこうも楽しいものだなんて」

王妃は確かに楽しそうに笑み、扇を口元に当てた。
二人がかりで息苦しくも腰元を締めあげられて、ラズベリーレッドの大きく肩の開いたドレスを巻かれた。髪を高く結われて化粧を施される様を、他人事のように鏡越しに眺めていた。

「既製品で申し訳ありませんわ、雪妃様」
「いや本当にもう十二分に。王妃さま、ありがとうございます」
「ええ。次いらっしゃる時は前もってご用意を差し上げましょうね」
「ははあ、勿体のうございまする」

耳にぶら下がり首元を髪を飾る大きな宝石に、雪妃はごくりと息を呑んだ。失くしたら切腹しなければ、と動きもぎこちなくなってしまった。

「そういえば聖女さまは、こちらじゃなかったんですね」
「あら、知りませんわそんな者は」
「そ、そっか。王子さまたちにまた囲まれてるのかな」
「本当に情けなくも、お恥ずかしい限りですわ」

ソファにゆったりともたれかかる王妃はぴしゃんと扇を閉じる。頭を下げて退室していく次女たちを横目に、暖炉の火を眺める姿は気高くも、憤然としてすらも見えた。

「呼んでもいないのに入り込むのですから、あれは。気にせず楽しんで頂けますと嬉しいわ」
「ははあ、仰せのままに」

深々とお辞儀をして私室を出る。
少し歩くと壁に寄りかかる空色があって、雪妃はやあとぎこちなく笑んでみせた。

「お出迎えご苦労である」
「ええ。待ちきれずに来ちゃいました」

肘の上まで覆う共布のサテン生地の手を掬い取ると、守ノ内は眩しそうに目を細めた。

「綺麗ですね、お嬢さん。本当に」
「うむ。綺麗にしてもらったからね、欲張って食べて汚さないようにしないと」
「ふふ。こういう時って、却って気の利いた良い言葉も出てこないものなんですね」

雪妃、と呟いた愛おしむような空色の双眸が揺れる。
思わずどきりとしながらも、雪妃は取り繕うように曖昧に笑んだ。視線を俄かにずらして、さあ行こうと歩き出した。
掴まれたままの手が引き止める。怪訝と見遣った上に、何とも複雑な表情があった。

「何じゃい、どしたのさ」
「どうしようお嬢さん、参ったな」
「はん?」
「抱きしめても良いのかな、崩れちゃいますかね」
「お、おう。そうだね、折角綺麗にしてもらったし」
「困ったな、抱きたいのに」

長く息を吐いて守ノ内はむき出しの肩へと口付ける。顰めた顔はにこりとする顔に、不服そうに向けられた。

「君ね、頼むよ。今宵の吾輩は、非常に慎重に行かねば…失くしては切腹ものなんだから」
「そうなんです?そんな事をさせる輩は、私が先に斬りますよ」
「いやいや、良いから。ささ、ご馳走が待ってござる」

床まで届く長い裾を踏まないようにぎこちない足が行く。苦笑し腕を絡ませて、守ノ内はのんびりとエスコートする事にした。

「お淑やかなお嬢さんも新鮮で良いですね」
「オホホ…裾を捲り上げればいつでも走れましてよ」
「それは私が困ります、興奮しちゃいますよ」

絨毯の敷かれた廊下を進み、緩やかな螺旋階段を下る。お姫様気分もたまには良いものだ、と雪妃は機嫌良く守ノ内を見上げた。

「勝永たちはお召し替え、なしなの?」
「厄介なのも居ますしね、動き慣れたのが一番です」
「成る程…面倒が起こらないと良いねえ」
「ええ。お姫様はお守りしますからね、今回はお嬢さんも楚々としてお過ごしくださいよ」
「任せといて、何かあっても無心で食べとくよ」

会場となる広間の中央に机が長く伸びていて、手持ち無沙汰にも立ち尽くす三人の姿があった。
座って食べられるぞ、と白いテーブルクロスに整然と並ぶ銀食器と蝋燭の眩しさに、雪妃は嬉々として両手を合わせた。

「わあ、見違えましたよ録事殿」
「ふっふ、もっと言って。今回限りの大放出で頼む」
「お綺麗ですねえ、写真撮っても良いですか?軍曹に見せびらかします」
「おや、私のですよ。撮るならふたり、くっついてるのにしてください」
「あはは。分かってますよ中佐」

はしゃぎ撮影会を始める面々から少し離れて、ギリョウはそれを胡乱げに見遣る。
みんなで撮ろう、と周りに集まってくるので、苦々しくも内心舌打ちした。

「寄るなよ単細胞」
「うふふ。見てよギリョちゃん、王妃さまのこの指輪の石を。君の頭とどっちが硬いかしら」
「黙れ。空っぽな己の頭でもかち割ってろ」

フンと顔を背けた先に脳内花畑たちを認めて、ギリョウの眉根も寄せられた。燕尾服姿の美貌たちに囲まれた、ローズピンクの色を纏った可憐な花が咲き誇る。
うげえと浮かれた気分も静まってしまった。ニールを庇うようにして歩み寄る彼らは、じろと白服たちを一瞥した。

「まあ雪妃様、綺麗」

男たちの合間から覗かせた愛らしい顔は、満面の笑みで胸の前で手を合わせた。

「素が良いと映えますものね。お色もシックで素敵よ。私なんて、何を着ても幼く見えちゃって」
「えへへ…ありがとう。これね、王妃さまがお貸しくださったんだよ。しかしながら聖女さまの方が何億倍も可愛いのは間違いござらぬ」
「え、王妃様が?何で?」
「え?折角だしとご用意くださったみたいで」
「それ全部王妃様から?お付きの侍女たちにやってもらったの?」
「そうなのかな?有難いものです」

きゅっと桜色の艶やかな唇が噛みしめられる。何かマズかったか、と雪妃は見下ろすユアンたちに、へへと愛想笑いを浮かべておいた。

「フン、母上のお見立てならまあ、それなりにもなろう」
「ははあ、どうぞこちらにはお構いなく。ささ、お座りになっててくださいまし」
「無礼者めが、貴様などに構うものか」
「参りましょう、何をされるか分かったものではありません」

微笑むニールは両手に王子を侍らせ、その後ろへと騎士二人が控える。やれやれと見送って、侍女に促されるままに雪妃たちも席へとついた。磨き込まれた銀食器が白く輝いて迎えてくれた。

「おい、どういう事だ」

不意にユアンが怒号を上げる。 
いちいち騒がしいなあとげんなりとして視線を向けると、震える侍女にユアンは憤怒の色を滲ませていた。

「貴様、国外追放されたいのか」
「も、申し訳ありません」
「何故あいつらがでかい顔で父上の席の側に座り、第一王子の婚約者たる至高の聖女ニールの席がないんだ」
「こちらは、王妃様より決められた席次にございます。私共は如何とも」
「黙れ下賤の者が。貴様もニールの愛らしさに嫉妬する愚者か」
「やめてユアン、良いの、私は意地悪になんて負けないわ」
「ああニール、何て健気なんだ」
「その上この不敬を許すと?慈愛の女神の権現なのか?」

始まりましたねえ、とアンシェスが苦笑する。もう見てない事にして、雪妃は今か今かとご馳走の登場を待ちわびた。
入り口辺りが忙しそうに動き出したので、間もなく王と王妃も来るのだろうか。

「何の騒ぎです?お客様の前ですのよ」

付き人を連れ、煌びやかな姿が静々と現れる。ギリと奥歯を噛みしめたユアンは足音高く王妃へと詰め寄った。

「母上、一体どういうおつもりか。ニールを、斯様な真似を何故」
「醜態を晒すのはおやめなさいな、ユアン。呼んでいない者の席が何故あると思って?」
「母上…あなたまで嫌がらせを」

息子たちの悲痛な表情へ、王妃は冷ややかにも口元を歪ませ笑った。

「嫌がらせ?迷惑を被っているのはこちらですのよ、下賤とはそれの事ではなくって?」
「母上…!ニールを愚弄するはあなたでも許しませんよ」
「次期国王の妃です、母上。それなのに何故手酷く当たるのかと聞いているのです」
「まあ、あなたたちが次期国王?気は確かなの?母は目眩を覚えてしまいますわ」

静かに椅子を引く侍女。そこへとふわりと裾を揺らしゆったりと座る王妃に、愕然とした顔が向いていた。
早く食べたいのに、と雪妃は焦ったくなってしまう。
今回は見事にお家騒動の最中の視察のようだった。大陸や獣が絡むよりは、こちらも気楽なものではあるが。

「静粛に。始めよう」

恭しいお辞儀たちの中を進み国王が席につく。それで一旦場は収まった。
運ばれ始める食事に目を輝かせて、待ってましたと雪妃はナプキンをいそいそと手に取った。

「父上までもなのですか?どうかご説明を」
「静粛にと申した、ユアン」
「しかし、父上」
「騒ぐなら出て行け。これは中枢の皆様との晩餐、場を乱すでない」

言い切る父へと焦りの色も浮かんだ。
豊かなドレスの裾をきゅっと握りしめ俯いたニール。悲しげなそれを横目に入れたままで、ユアンは白い手袋を大理石の床へと叩きつけた。

「もう良い、行くぞニール」
「え…?」
「これ以上のおまえへの侮辱は耐えられない。食事は俺の部屋で楽しもう」
「で、でも私。皆様と過ごしたいわ。折角ご一緒できる機会なのに」
「ああニール、君の健気さには本当に敵わないよ」
「我慢する必要はないんだよ、いつものように私たちだけの楽しい時間を」
「でも、でも。嫌よ、私は慣れているものこんなの。負けないわ」

最早茶番劇を聞き流している気分で、前菜へと雪妃はナイフを入れた。軽く焼かれた赤身の魚に添えられた香草、白いソースは何だろう、口に入れると絶妙な酸味の爽やかさがいっぱいに広がった。

「おまえには俺たちがついてる、無理をするな」
「だって、家族になるのよ?私のお父様とお母様なのに」
「まあ、欲深くも浅慮ですのね。どの口が仰るのかしら」
「王妃様、私はいつまでもお美しいあなた様に憧憬を。どうか今回こそはご一緒させて頂けませんか?」
「嫌ね、浅ましい虫でも居るのかしら。どなたか払ってくださいませんこと?」

上品にもナプキンで口元を拭う王妃の一声に兵が駆け寄った。後ろ手に掴まれたニール、それを庇い喚く美貌たち。広間の端が揉みくちゃになっている様を、あらまあと着席した面々は遠くに見た。

「皆様、騒々しくて申し訳ない」
「いえ、構いませんよ」

苦笑を浮かべて守ノ内はシャンパンをちびりと口にした。酔い潰れないでよとのお達しなので、酒好きの下戸は努めて少量に止めておいた。

「リーアムさんと話しましたが、次期は第三王子なんですって?」
「うむ。あの有様よ、とても任せられぬ」
「賢明です。さっさと追放なりしちゃえば良いのに」
「フフ、愚かでも子は子でのう。アリンの下で大人しく尽力させるつもりよ」
「あれが大人しくしますかね、厄介なのと切れれば多少はまともになるんです?」
「どうかのう、貴殿はあの娘をどう見る?」
「おや、つまらないものとしか見えませんが。何かあります?」
「ふむ。あれの出生を探らせたが、あまりにも空白が多くての」

低温ローストされた塊肉が目の前で分厚くもスライスされていく様を雪妃は涎を拭い見た。マッシュポテトに香草の緑、キノコらしきバターソテーも見える。色鮮やかな魚介と野菜のテリーヌの断面も最早芸術的だった。

「空白ですか、怪しいですね」
「うむ。生まれはここ北の地とあるが生みの親は見当たらず、どこぞに引き取られたようだがそれも不明よ。聖女へ志願する前、三年程の教会の記録も取って付けたもののようでのう」
「へえ、もう気にせず追放で良いですね。百害あって何とやら、というものです」

じっくりローストされた肉はしっとりとしていて瑞々しい。ソースは三種、定番の赤ワインのものと、ぴりと舌に辛いもの、そしてヨーグルトだろうかまろやかな酸味のもの。
幸せそうに頬張る雪妃を、守ノ内はフッと微笑み眺めた。

「困るのは大陸と繋がっていたら、なんですけどね。まあ小物です、動くようなら何とでもしましょう」
「うむ。やはり貴殿は頼もしいのう。どうだ、未だ心は変わらぬか。無論録事殿も一緒で構わぬぞ」
「ふふ。お嬢さんは冷え性なんです、極寒の地は可哀想ですよ」
「中は暖かい、問題なかろうて」
「私も中枢の王様には世話になってますし、おいそれとは移れないんです」
「うむう…惜しいのう。気が変わるのを待っておるわ」

芳醇な赤ワインの香りを確かめて国王は口に含ませる。お肉にさぞかし合うんだろうなあと羨みつつも、ちぎったバゲットにソースを絡めた。

「では、聖女は打ち切り。あれはどの教会の敷居も跨がせない、ですね」
「うむ。遠路遥々来てもらった所、このような騒ぎで不面目極まった。許してくれるか」
「良いんです、もう関わる事もありませんしね」

毛利は微笑んで丁寧にひと口大に切った肉を口に運んだ。デザート何だろね、とぺろりと平らげた雪妃の笑みが向く頃、奏でられていた弦楽器の音がぴたりと止んだ。
怪訝として注がれる視線の先に吹雪が舞い込む。燭台の灯火が大きく揺らめいた。

「何だろね、換気かな」
「さて、何でしょうね」

ことりと銀食器を置いて守ノ内は首を傾げた。微笑んだ顔が不意に薄闇に紛れる。デザート前に何て事だ、と雪妃は低く唸りながら位置を探ってくる守ノ内の腕を握った。

「どっちだろ、お花畑のみなさん?それとも大陸の人かな?」
「食事を邪魔するとは、どちらにせよ無粋な真似をしますね」
「全くだよ、ぼくのデザートが…」

明かりを手に近衛兵が卓を囲んだようだった。瞼の裏に残る光、暖かな空間に吹き込む冷えた風。ほんのりと鼻腔を擽る甘い香りを捉えて、雪妃は思わず腰を上げた。

「優雅に座っててくださいよ、お姫様」
「むう、これはカラメリゼか…?勝永さん、デザートがすぐそこに」
「良い鼻です、でも終わってからですよ」
「そんなご無体な、守ノ内勝永様。大人しく座ってますから、そこを何とか」
「ふふ。すぐ済ませましょう、私も美味しいコーヒーを飲みたいです」

夜目がきく男は微笑んで亜麻色の髪を撫でて、背後からゆっくりと伸びてくる華奢な腕を掴んだ。舌打ちが聞こえて、ぎりと握り上げた掌をそれはするりと抜けていく。

「私のです、お手は触れぬよう」
「チ、面倒だな守ノ内。邪魔すんなよ」
「お兄さんの方ですか、大陸が何の用です」

飛び退る気配を追いながら、守ノ内は近衛兵の翳す明かりを器用にも避けて動く影たちを計数する。中枢への斥候、湖のほとりの領地でも見かけた、よく組んで現れる三人組のようだった。

「ユキは頂く。てめえにゃ手に余る程他が居るだろ、そっちにしとけ」
「つまらない事を言いますね、他は要りませんよ」
「そうかよ、贅沢だよなあ色男ってのは」

不意に頭上から襲う重みに守ノ内の身が沈んだ。大理石の床が軋み、繊細な飾りを持った椅子の背をしなやかな手は探る。
何じゃ?と危機感もなく辺りを見渡す椅子の主へと微笑んで、守ノ内はふさりと掴んだナプキンを閃かせた。

「私もう満腹なのでそれ、食べて良いですよ」
「え、良いの?お肉…ニクか?」
「ええ。残すのも悪いですしね」
「やったあ、食べる食べる」

ひと口二口、小さく切り取られただけのメインの皿を雪妃は目を輝かせて引き寄せた。周りが翳す光を頼りにナイフフォークを手に取ると、遠慮なく艶やかな先端を差し込んだ。

「デザートまで終えて満足したお嬢さんの綺麗な姿を、この後堪能するんです。邪魔はそちらですよ」
「ハハ、そりゃあ悪いな。益々邪魔したくなるわ」

更に身に増す重力。しかし構わず沈んだまま守ノ内は白いナプキンを低く薙いだ。智恩は咄嗟に跳び躱し、綺麗な断面を見せつけて床へと倒れる後方の石像を一瞥した。

「だからてめえとはやり合いたくねえんだよ、バケモノが」

好戦的な笑みを歪ませもう一段階、小さな歪みを重ねる。膝が沈んだのを認めてほくそ笑むと、冷めても旨いと肉を頬張る雪妃へと改めて手を伸ばした。
掴んでしまえば後は消え入るのみ。智恩は刹那、その手首へと向け叩かれた白い布を、ぞわりとしながら薄闇に見て手を引いた。

「クソ、本当にてめえはよ」
「姫君はお食事中です、お静かに」
「何でもかんでもすぐ斬り落とそうとするなよ、極悪魔王かよ」
「斬られても仕方ない真似をするからです、諦めて大陸にお戻りくださいよ」
「やなこった。でもてめえは無理だ」

フッと消える気配に守ノ内は辺りを見渡す。国王も王妃も近衛兵に囲まれ無事なのが見えた。借りてきたのか、明かりを手に駆け寄る部下の緊張した面持ちが陰影を生んでいた。

「守ノ内中佐、自分が追います」
「いえ、放っておきましょう」

シャンデリアが眩しく灯り始めると、穏やかに微笑んだ顔が椅子を引く。ナプキンを膝に座り直した守ノ内は、怪訝とする細面へと首を傾げてみせた。

「遠くへは行ってないようですし、また来るでしょう。その時で良いと思いますよ」
「は…しかし、みすみす見逃す訳には」
「すぐ隠れちゃいますしね、追うより待つのが楽なんです」

腑に落ちない顔をすぐに改めて、ギリョウは真っ直ぐ敬礼し席へと戻った。
真田大佐なら、と渋い顔を俯き隠して歯噛みする。あの厳めしい顔の上官なら、こんな風に呑気に座ってなどおらず、直ちに追跡と雪原へ駆り出されていただろう。

「確かに空間移動相手だと、徒労に終わってしまいそうですもんねえ」
「追わず待つ、でございますか。斬新でございますなあ」
「大佐だと有り得ないですもんねえ。今頃雪まみれで凍えてる所ですよ」

苦笑を滲ませアンシェスはグラスを傾けた。任務中は一杯まで、と酒豪は眉間のシワも深くよく言ってたものだと思い返した。

「守ノ内殿、大陸の者か」
「ええ。お騒がせしちゃいそうですが、リーアムさんの方で休むのも悩みますね」
「ふむ。民を不安にさせる訳にもいかぬしの」
「あら、皆様程はなくともこの国も屈強ですわ。お気になさらず、こちらでお休みになって」

お待ちかねのデザートのお目見えだった。話をほぼ聞き流し、雪妃は先に運ばれるソルベの甘酸っぱい冷たさを舌先に乗せた。
先程鼻腔に幸せを運んできてくれた林檎のカラメリゼは、甘くスパイシーな香りと共にゴロゴロと大きくも口内に沁み渡った。

「助かります、出来るだけ穏便にとは思ってますよ」
「うむ。しかし奴らの狙いは…我が国にめぼしいものもなかろうて」
「ええ。悪い人の考える事はよく分かりませんからね」

コーヒーカップに口を付けて守ノ内は苦笑する。添えられた小さなパステルカラーのマカロン。それを隣の幸せそうな顔の皿に乗せてやって、何事もなかったかのように弦楽器が奏でられる広間の隅へと視線を向けた。
印者の光の残滓が、煌めくシャンデリアの下でも尚仄かに揺らめいていた。
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