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第一章 知らざれる羽衣伝説 翼の乙女
翼を狩る者と運命の乙女
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翼の乙女
「ああ、早く逃げないと、支配者たちがやってくる」
リビングでテレビを見ていた祖母が慄くように言った。
「支配者?」
大学から帰ってリビングに足を踏み入れた三保衣望里は、祖母の言葉を聞いて何の番組を見ているのか不思議に思い、画面に目をやった。
てっきり時代劇か映画だと思ったのに、画面はただのニュース番組だ。
しかも、スクリーンには富士山が大きく映し出されているだけで、どこにも支配者らしきものは出ていない。耳を傾けると、富士山がユネスコの世界遺産に登録されたニュースだった。
衣望里が住む三保の松原は、富士山から四十五キロも離れているので、富士山の景観を構成することに関連性が無いとして、世界遺産登録申請から除外するようにユネスコから勧告されていた。
それを聞き入れれば十分ほどで終わったはずの審議は、三保の松原は重要な文化があるので、含めて検討してほしいという沢山の嘆願や意見があがったため、当初の予定を四十分ほど延長し、最終的には認められて、登録に至ったとアナウンサーが告げている。
画面には市民たちが酒を酌み交わして喜ぶシーンも映っていた。
それがどう祖母の言葉と繋がるのか訝しんだ衣望里が、祖母の顔をそっと盗み見ると、祖母はまるでこの部屋に誰も存在していないかのように、独り言を呟いた。
「三保の松原が世界に紹介されたら、伝説が蘇ってしまう」
衣望里の頭をかすめたのは羽衣伝説だ。
でも、あれは世界各国にあるおとぎ話の一つで、実話ではないと思っている。それに羽衣伝説に支配者は出てこないはずだ。
そう言いたくなったが、黙って祖母の様子を観察する。もし、これ以上おかしなことを口走ったり、変な行動をとるようなら、両親が経営する旅館「天女の羽音」に連絡を入れて、医者に連れていくかどうか相談しなければならない。
眉根を寄せて祖母を見ていた衣望里は、祖母がいきなり振り返ったのに驚いて思わず声をあげそうになった。祖母は衣望里をひたっと見据えて言った。
「羽衣を探して、彼らに返してちょうだい」
「……お、おばあちゃん。私、ちょっとお母さんに電話してくる」
「しなくていい。私の頭は正常よ。それよりあなたに秘密の話があるの。不思議な話だから私がぼけたと思うかもしれない。でも、話した内容は誰にも言わないで。誰かから漏れて、あなたが捕らわれるといけないから」
祖母は旅館の経営から退いたとはいえ、問題が起きると両親から真っ先に相談をされるほど、七十三歳になった今もかくしゃくとしている。
その祖母から衣望里は名前を分けてもらった。衣望里が生まれた時、日本人らしからぬ薄茶色の髪と目を見て、家族はとても驚いたそうだ。祖母は羽衣伝説に因んだ自分の衣里という名前から漢字を分け与えて衣望里と名付け、この羽衣の里で幸せに暮らせるようにと願ったという。
名づけ親であるばかりか、旅館を経営する忙しい両親に代わって、衣望里に愛情をかけて育ててくれた祖母は、衣望里にとっては母親同然の大切な存在だ。
大学生になっても衣望里はおばあちゃん離れしないと、旅館で若女将を務める五歳年上の姉の羽音(はのん)からも、からかわれるほど仲がいい。
何でも話し合ってきた祖母がいきなり秘密の話があり、しかも他人に漏らしてはいけないというのなら、かなり深刻な話であろう。
衣望里は覚悟を決め、L字型に置かれたソファーの三人掛けに座る祖母と、斜めに向かい合うよにして、二人掛けの方に腰かけた。
祖母はなかなか口を開かず、少し俯き加減の顔から見える唇が開いては閉じる様子から、何から話そうか迷っているようだ。
衣望里はじっと待ちながら、一体支配者と羽衣はどう関係するのだろうと考えた。
まさかと思うが、祖母が貴重な織物を盗んで、持ち主が取り戻しにくるとでもいうのだろうか?でも、捕らえられるのが私ってどういうことだろう?
様々な疑問と不安が湧いてきて、これ以上は沈黙に耐えられなくなったとき、祖母がようやく重い口を開いた。
「あのね、今も語り継がれている神話の中には、国や人にモデルがあったりするの。神話の一部分は本物で、現在も生きていることを人々は知らないのよ。その一つが、羽衣伝説なの」
「羽衣伝説が本物?まさか、あり得ないわ」
「普通はそう思うわね。羽衣伝説はアジア地区だけでなく、世界各地に存在することを話したことがあるわね?あれは翼の乙女が世界中にいた証拠でもあるのよ」
衣望里は小学生のころ、羽衣伝説を興味本位で調べて、「天女の羽衣」が、三保の松原だけでなく、日本の各地でも同じような伝説を残しているのを知って驚き、祖母に話したことがある。
その時に祖母から、羽衣伝説は日本ばかりか、アジアはもちろん、西洋にまで存在することを聞いたのだ。
西洋のドイツでは、美しいワルキューレが白鳥に変身して水辺に降り、羽の衣を脱いで水浴びをしているときに、やってきた男が衣を隠してしまい、逃げられなくなったワルキューレと結婚したという伝説が残っているという。
日本の羽衣伝説とあまりにもそっくりな話を聞いて、小さな衣望里はとても不思議に思ったものだ。
「でも、もし翼の乙女が現在もいるなら、あっというまにSNSに上がって、空を飛ぶ姿が動画で流れるはずよ」
「翼の乙女たちは、今はもう空を飛べないの。生まれた時に、その一族の女性にしか見えない羽や衣をまとってはいるのだけれどね。必要な場合に備えて、母親が用意した密封容器に、赤ちゃんの髪やへその緒と一緒にそれを入れて保管するのよ。そうしないと空気に溶けてしまって、見えなくなってしまから」
「えっと……その話が本当なら、おばあちゃんが返して欲しいと言ったのは、赤ちゃんがまとっていた羽か衣のことなの?」
祖母が頷いたのを見て、衣望里は盗んだ衣装じゃなかったとホッとした。それなら解決するのは簡単そうだと思って質問を重ねる。
「保管された羽や衣はどこにあるの?それを誰かに返せばいいってこと?」
ところが祖母は、今度は首を振った。
いいから慌てずにお聞き、と言われたら最後まで聞くしかない。衣望里は続きをどうぞと祖母に促した。
「保管された翼の乙女の衣は、乙女が純潔を失った時に消滅してしまうの。我が家の家系の翼の乙女たちは、結婚したり、婚前前に資格を失っているから、容器の中はもう空っぽになっているわ。でも、一人だけ時間内に回収できなかった羽があるの」
衣望里の心臓が嫌な音を立てて振動した。
衣望里の知る限り年上の従姉たちは既に結婚していて独身者はいない。
同じ歳の従妹も近くに住んではいるが、明るくて美人の美羽は、昔から男の子にもて、付き合いの派手さは噂に聞くほどだった。
姉の羽音と結婚間近の婚約者とは、男女の関係であることは傍から見ていてもわかるほどに熱々だ。
考えるほどに、危険が自分に迫ってくるような圧迫感を感じ、衣望里は身を護るように両手を組んだ。
「どうして、その子の羽衣は保管できなかったの?」
「未熟児で生まれたからよ。すぐに保育器に入れられてしまったから、医療関係者以外は、その子に触れることができなかったの。二十四時間のタイムリミットが過ぎて、翼の乙女の印の翼が見えなくなってしまったの」
衣望里は、腕で囲っただけではカバーできない寒気を感じて、ぶるりと身を震わせた。
「未熟児だった赤ちゃんって、私のことね?消えた羽はどこにいくの?それをどうやって見つければいいの?見つけられなかった場合はどうなるの?」
疑問が次から次へ湧いてきて、不安と共に衣望里の口からこぼれ出す。期待した答えは返らず、祖母の眉間には皺が刻まれたままだった。
「保管しそこなった羽衣は、その子が成長して誰かと結ばれるまでは、姿を色々変えながら自由に移動して、その子を見守るらしいの。でも、支配者たちは羽の気配を感じることができるから、翼の乙女の居場所を知らせる役割も果たしてしまうのよ」
「ええっと、ちょっと待って、おばあちゃんの言う支配者って誰のこと?どうして支配者が翼の乙女を探すわけ?」
頭が混乱して目を白黒させる衣望里に、祖母が落ち着いて聞いてと声をかけて話し始めた内容は、とても現実にあった話とは思えず、おとぎばなしのように感じられた。
「支配者は神獣の力を宿す王位継承者のことよ。その昔、翼の乙女は珍しさから、売買されたり貢ぎ物に使われるために乱獲されるようになってしまったの。大多数が不幸になったことから、翼の乙女たちは不思議な力を持つ支配者たちに庇護を求め、その国に乙女たちの住む場所が与えられた。経緯は知らないけれど、一人の支配者に対して一人の翼の乙女が運命づけられているために、支配者たちにとっても翼の乙女を一か所に保護する必要があったみたいね」
「わけが分からないわ。運命づけられるってどんな風に?その国は今でもあるの?」
不安と混乱から解放されたくて、矢継ぎ早に質問をする衣望里を宥めようとして、膝の腕で握りしめた衣望里の手に、祖母がそっと皺だらけの手を重ねた。
「その国はヴァルハラ王国というの。言い伝えでは、国を治める王には翼の乙女がいないと、あらゆる災害や災難が降りかかって、国が乱れるそうよ。王子たちが自分の運命の相手の翼の乙女に触れると、王子たちに宿る神獣の一部が身体に現れるらしいの。王子に獣紋を刻まれないうちに、翼の乙女の印の羽衣を返して結婚の意志がないことを伝えるか、純潔を失えば運命からは逃れられると聞いているわ」
「そんな!見も知らない国に行って、神獣だかなんだかわけのわからない力を持つ人のものになんかなりたくない。獣紋って、名前から怖すぎるわ。ねぇ、おばあちゃん。見えない翼ををどうやって見つければいいの?」
重ねられた祖母の手を握り返し、身を乗り出して衣望里が尋ねると、祖母は視線を外して俯き、首を振りながら辛そうに答えた。
「分からないわ。今まで支配者がここまで来ることは無かったし、翼の乙女の印は回収できていたから……でも、もし今の王子たちに翼の乙女が見つかっていなかったら、血眼になって探しているはずよ」
「それで、三保の松原がユネスコ無形文化財に登録されたニュースを見て、伝説が蘇ってしまうと言っていたのね」
「そうよ。ひょっとしたら、あのニュースを見て、支配者たちが翼の乙女を探しにやってくるかもしれないわ。気を付けなさい。王子たちに狩られぬように。あなたには翼の乙女の血が流れているのだから」
「ああ、早く逃げないと、支配者たちがやってくる」
リビングでテレビを見ていた祖母が慄くように言った。
「支配者?」
大学から帰ってリビングに足を踏み入れた三保衣望里は、祖母の言葉を聞いて何の番組を見ているのか不思議に思い、画面に目をやった。
てっきり時代劇か映画だと思ったのに、画面はただのニュース番組だ。
しかも、スクリーンには富士山が大きく映し出されているだけで、どこにも支配者らしきものは出ていない。耳を傾けると、富士山がユネスコの世界遺産に登録されたニュースだった。
衣望里が住む三保の松原は、富士山から四十五キロも離れているので、富士山の景観を構成することに関連性が無いとして、世界遺産登録申請から除外するようにユネスコから勧告されていた。
それを聞き入れれば十分ほどで終わったはずの審議は、三保の松原は重要な文化があるので、含めて検討してほしいという沢山の嘆願や意見があがったため、当初の予定を四十分ほど延長し、最終的には認められて、登録に至ったとアナウンサーが告げている。
画面には市民たちが酒を酌み交わして喜ぶシーンも映っていた。
それがどう祖母の言葉と繋がるのか訝しんだ衣望里が、祖母の顔をそっと盗み見ると、祖母はまるでこの部屋に誰も存在していないかのように、独り言を呟いた。
「三保の松原が世界に紹介されたら、伝説が蘇ってしまう」
衣望里の頭をかすめたのは羽衣伝説だ。
でも、あれは世界各国にあるおとぎ話の一つで、実話ではないと思っている。それに羽衣伝説に支配者は出てこないはずだ。
そう言いたくなったが、黙って祖母の様子を観察する。もし、これ以上おかしなことを口走ったり、変な行動をとるようなら、両親が経営する旅館「天女の羽音」に連絡を入れて、医者に連れていくかどうか相談しなければならない。
眉根を寄せて祖母を見ていた衣望里は、祖母がいきなり振り返ったのに驚いて思わず声をあげそうになった。祖母は衣望里をひたっと見据えて言った。
「羽衣を探して、彼らに返してちょうだい」
「……お、おばあちゃん。私、ちょっとお母さんに電話してくる」
「しなくていい。私の頭は正常よ。それよりあなたに秘密の話があるの。不思議な話だから私がぼけたと思うかもしれない。でも、話した内容は誰にも言わないで。誰かから漏れて、あなたが捕らわれるといけないから」
祖母は旅館の経営から退いたとはいえ、問題が起きると両親から真っ先に相談をされるほど、七十三歳になった今もかくしゃくとしている。
その祖母から衣望里は名前を分けてもらった。衣望里が生まれた時、日本人らしからぬ薄茶色の髪と目を見て、家族はとても驚いたそうだ。祖母は羽衣伝説に因んだ自分の衣里という名前から漢字を分け与えて衣望里と名付け、この羽衣の里で幸せに暮らせるようにと願ったという。
名づけ親であるばかりか、旅館を経営する忙しい両親に代わって、衣望里に愛情をかけて育ててくれた祖母は、衣望里にとっては母親同然の大切な存在だ。
大学生になっても衣望里はおばあちゃん離れしないと、旅館で若女将を務める五歳年上の姉の羽音(はのん)からも、からかわれるほど仲がいい。
何でも話し合ってきた祖母がいきなり秘密の話があり、しかも他人に漏らしてはいけないというのなら、かなり深刻な話であろう。
衣望里は覚悟を決め、L字型に置かれたソファーの三人掛けに座る祖母と、斜めに向かい合うよにして、二人掛けの方に腰かけた。
祖母はなかなか口を開かず、少し俯き加減の顔から見える唇が開いては閉じる様子から、何から話そうか迷っているようだ。
衣望里はじっと待ちながら、一体支配者と羽衣はどう関係するのだろうと考えた。
まさかと思うが、祖母が貴重な織物を盗んで、持ち主が取り戻しにくるとでもいうのだろうか?でも、捕らえられるのが私ってどういうことだろう?
様々な疑問と不安が湧いてきて、これ以上は沈黙に耐えられなくなったとき、祖母がようやく重い口を開いた。
「あのね、今も語り継がれている神話の中には、国や人にモデルがあったりするの。神話の一部分は本物で、現在も生きていることを人々は知らないのよ。その一つが、羽衣伝説なの」
「羽衣伝説が本物?まさか、あり得ないわ」
「普通はそう思うわね。羽衣伝説はアジア地区だけでなく、世界各地に存在することを話したことがあるわね?あれは翼の乙女が世界中にいた証拠でもあるのよ」
衣望里は小学生のころ、羽衣伝説を興味本位で調べて、「天女の羽衣」が、三保の松原だけでなく、日本の各地でも同じような伝説を残しているのを知って驚き、祖母に話したことがある。
その時に祖母から、羽衣伝説は日本ばかりか、アジアはもちろん、西洋にまで存在することを聞いたのだ。
西洋のドイツでは、美しいワルキューレが白鳥に変身して水辺に降り、羽の衣を脱いで水浴びをしているときに、やってきた男が衣を隠してしまい、逃げられなくなったワルキューレと結婚したという伝説が残っているという。
日本の羽衣伝説とあまりにもそっくりな話を聞いて、小さな衣望里はとても不思議に思ったものだ。
「でも、もし翼の乙女が現在もいるなら、あっというまにSNSに上がって、空を飛ぶ姿が動画で流れるはずよ」
「翼の乙女たちは、今はもう空を飛べないの。生まれた時に、その一族の女性にしか見えない羽や衣をまとってはいるのだけれどね。必要な場合に備えて、母親が用意した密封容器に、赤ちゃんの髪やへその緒と一緒にそれを入れて保管するのよ。そうしないと空気に溶けてしまって、見えなくなってしまから」
「えっと……その話が本当なら、おばあちゃんが返して欲しいと言ったのは、赤ちゃんがまとっていた羽か衣のことなの?」
祖母が頷いたのを見て、衣望里は盗んだ衣装じゃなかったとホッとした。それなら解決するのは簡単そうだと思って質問を重ねる。
「保管された羽や衣はどこにあるの?それを誰かに返せばいいってこと?」
ところが祖母は、今度は首を振った。
いいから慌てずにお聞き、と言われたら最後まで聞くしかない。衣望里は続きをどうぞと祖母に促した。
「保管された翼の乙女の衣は、乙女が純潔を失った時に消滅してしまうの。我が家の家系の翼の乙女たちは、結婚したり、婚前前に資格を失っているから、容器の中はもう空っぽになっているわ。でも、一人だけ時間内に回収できなかった羽があるの」
衣望里の心臓が嫌な音を立てて振動した。
衣望里の知る限り年上の従姉たちは既に結婚していて独身者はいない。
同じ歳の従妹も近くに住んではいるが、明るくて美人の美羽は、昔から男の子にもて、付き合いの派手さは噂に聞くほどだった。
姉の羽音と結婚間近の婚約者とは、男女の関係であることは傍から見ていてもわかるほどに熱々だ。
考えるほどに、危険が自分に迫ってくるような圧迫感を感じ、衣望里は身を護るように両手を組んだ。
「どうして、その子の羽衣は保管できなかったの?」
「未熟児で生まれたからよ。すぐに保育器に入れられてしまったから、医療関係者以外は、その子に触れることができなかったの。二十四時間のタイムリミットが過ぎて、翼の乙女の印の翼が見えなくなってしまったの」
衣望里は、腕で囲っただけではカバーできない寒気を感じて、ぶるりと身を震わせた。
「未熟児だった赤ちゃんって、私のことね?消えた羽はどこにいくの?それをどうやって見つければいいの?見つけられなかった場合はどうなるの?」
疑問が次から次へ湧いてきて、不安と共に衣望里の口からこぼれ出す。期待した答えは返らず、祖母の眉間には皺が刻まれたままだった。
「保管しそこなった羽衣は、その子が成長して誰かと結ばれるまでは、姿を色々変えながら自由に移動して、その子を見守るらしいの。でも、支配者たちは羽の気配を感じることができるから、翼の乙女の居場所を知らせる役割も果たしてしまうのよ」
「ええっと、ちょっと待って、おばあちゃんの言う支配者って誰のこと?どうして支配者が翼の乙女を探すわけ?」
頭が混乱して目を白黒させる衣望里に、祖母が落ち着いて聞いてと声をかけて話し始めた内容は、とても現実にあった話とは思えず、おとぎばなしのように感じられた。
「支配者は神獣の力を宿す王位継承者のことよ。その昔、翼の乙女は珍しさから、売買されたり貢ぎ物に使われるために乱獲されるようになってしまったの。大多数が不幸になったことから、翼の乙女たちは不思議な力を持つ支配者たちに庇護を求め、その国に乙女たちの住む場所が与えられた。経緯は知らないけれど、一人の支配者に対して一人の翼の乙女が運命づけられているために、支配者たちにとっても翼の乙女を一か所に保護する必要があったみたいね」
「わけが分からないわ。運命づけられるってどんな風に?その国は今でもあるの?」
不安と混乱から解放されたくて、矢継ぎ早に質問をする衣望里を宥めようとして、膝の腕で握りしめた衣望里の手に、祖母がそっと皺だらけの手を重ねた。
「その国はヴァルハラ王国というの。言い伝えでは、国を治める王には翼の乙女がいないと、あらゆる災害や災難が降りかかって、国が乱れるそうよ。王子たちが自分の運命の相手の翼の乙女に触れると、王子たちに宿る神獣の一部が身体に現れるらしいの。王子に獣紋を刻まれないうちに、翼の乙女の印の羽衣を返して結婚の意志がないことを伝えるか、純潔を失えば運命からは逃れられると聞いているわ」
「そんな!見も知らない国に行って、神獣だかなんだかわけのわからない力を持つ人のものになんかなりたくない。獣紋って、名前から怖すぎるわ。ねぇ、おばあちゃん。見えない翼ををどうやって見つければいいの?」
重ねられた祖母の手を握り返し、身を乗り出して衣望里が尋ねると、祖母は視線を外して俯き、首を振りながら辛そうに答えた。
「分からないわ。今まで支配者がここまで来ることは無かったし、翼の乙女の印は回収できていたから……でも、もし今の王子たちに翼の乙女が見つかっていなかったら、血眼になって探しているはずよ」
「それで、三保の松原がユネスコ無形文化財に登録されたニュースを見て、伝説が蘇ってしまうと言っていたのね」
「そうよ。ひょっとしたら、あのニュースを見て、支配者たちが翼の乙女を探しにやってくるかもしれないわ。気を付けなさい。王子たちに狩られぬように。あなたには翼の乙女の血が流れているのだから」
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